【中国・潮流】創新、イノベーション、新結合

2017年7月25日

中国の政策文書にはしばしば、「イノベーション駆動型経済」への転換、といった文言が登場する。中国は鉄鋼やセメントをはじめとした生産能力の過剰問題を抱え、政府には経済成長が投入量の増加に依存したものであるとの意識がある。

ポール・クルーグマンは「アジアの奇跡という幻想」(フォーリンアフェアーズ、1994年)で、東アジアの経済成長もソ連同様、生産性の向上より要素投入によるものと指摘し注目を集めた。ソ連は論文発表の3年前に崩壊していた。アジア諸国はその後、通貨危機に見舞われる。

生産年齢人口が減少し始めた今の中国が考えるべきは、需要追加による雇用の増加より潜在成長力の下振れ回避であり、それが「イノベーション駆動型経済」を志向するゆえんである。

ところで、中国語でイノベーションは「創新」と書く。イノベーションという言葉から日本人が連想するのは技術革新であり、その担い手は科学者、技術者だろう。一方、中国政府は「創新」の推進にあたり、「大衆創業、万衆創新(大衆の起業、万人のイノベーション)」をスローガンに掲げている。「創新」が万人を担い手とするなら、技術革新は「創新」の一部にすぎないように思う。

イノベーションといえば、シュンペーター経済学のキーワードである。シュンペーターが29歳で発表し経済学の古典となった「経済発展の理論」の第2章「経済発展の根本現象」に、イノベーションの概念が著されている。しかしこの章にイノベーションという言葉は登場しない(岩波文庫版同書による)。イノベーションという言葉が登場するのは後の著作においてである。

「経済発展の理論」で用いられたのは、「新結合」という言葉である。それまでの延長線上にはない何らかの飛躍を表しながら、全く未知でもない、組み合わせの妙とでもいったニュアンスを感じさせる言葉だ。

イノベーションとは、簡単にいえば「企業家による新結合」である。そして「新結合」とは、(1)新しい商品の創出、(2)新しい生産方法の開発、(3)新しい市場の開拓、(4)原材料の新しい供給源の獲得、(5)新しい組織の実現の5点である。

シュンペーターの言う五つの「新結合」はいずれも、競争下に置かれた普通の企業であれば日々取り組んでいることなのではないだろうか。

「創新」の訳語としては、技術革新より「新結合」の方が合うように思う。あるいは、その字のままに「新しさを創ること」とでも訳す方がよいように思う。新しさには、かろうじて模倣でないレベルから独自技術の開発まで、モノからコトまで、さまざまあろうが、万人を担い手とする「創新」とは、それくらい幅のある概念なのではないだろうか。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課長
箱﨑 大(はこざき だい)
都市銀行に入行後、日本経済研究センター、銀行系シンクタンク出向、香港駐在エコノミストを経て、2003年にジェトロ入構。ジェトロ・北京事務所次長(調査担当)を経て、2014年より現職。編著に『2020年の中国と日本企業のビジネス戦略』(2015)、『中国経済最前線―対内・対外投資戦略の実態』(2009)がある。