ロシア ‐ 極東特区への企業進出進む

2017年8月15日

2015年、極東に新たな特区が設けられた。優先的社会経済発展区域とウラジオストク自由港だ。一部では既に企業の進出が進んでいるものの、インフラ整備が着手されていない場所もある。既に進出した日本企業のほか、中国企業も進出に動き出している。日ロ間では、極東進出支援の枠組みも整備されつつある。

大統領主導で新型特区を導入

プーチン大統領は、2012年に再び大統領の座に就いた直後に極東発展省を設置し、極東地域の経済振興策を本格的に打ち出した。その目玉となるのが、優先的社会経済発展区域(TOR)とウラジオストク自由港(以下、自由港)という二つの特区だ。

図:TORと自由港の立地と優遇税制の概要
項目 入居者 非入居者
企業利潤税(法人税) 最初の5年間 無税
次の5年間 12%
20%
資産税 最初の5年間 無税
次の5年間 0.5%(1.1%)
2.2%
土地税 最初の5年間(3年間) 無税 0.3~1.5%
社会保険料率(雇用主負担) 最初の10年間 7.6% 30%
注:
かっこ内の記述はTORの場合。特に記述がないものは同じ
出所:
極東発展公社資料を基に作成

TORは他国にもある経済特区と変わらない。15年3月に TOR 設立に関する連邦法が施行されて以降、17年7月時点で極東地域内に17カ所設置されている(注)。TOR入居事業者として認定されると、税制面などで優遇措置が受けられる(図)。一方、自由港に関する連邦法は15年10月に施行。対象区域は、TORとは異なり行政区単位で指定されている。当初はウラジオストク周辺および沿海地方の主要港がある行政区のみだったが、16年7月に極東地域で主要港がある行政区も追加された。承認された事業者に対してTORとほぼ同様の優遇措置が供される。日本企業にとっても自由港の各種優遇措置中、恩恵の大きいのは簡易ビザ制度だろう。日本を含む18カ国の国民を対象に、自由港対象領域に入国・滞在する場合、8日間を上限として簡易ビザが提供されるからだ。事前に特設ウェブサイトを通じて申請、4日程度の審査を経て許可が下りると、空港などロシア入国地点でビザが発給される仕組みだ。商談などの急な出張であっても、ロシアへの渡航が容易になる。17年8月から、ウラジオストク空港および港でこの制度が実施される見込み。

TORも自由港も入居事業者に対して提供される税制面などでの優遇措置はほぼ同じだ。では違いは何か。入居条件の一つである最低投資額である。TORは50万ルーブル(約100万円、1ルーブル=約2円)なのに対し、自由港は500万ルーブル。また、メリットとしては、TORでは連邦・地方予算を基に区域内の電気・ガスなどのインフラが整備される。広い行政区を対象領域にしている自由港では、立地場所の選択肢が広いという点が挙げられよう。

地区によって入居にばらつき

TORと自由港それぞれに関する基本法が施行されて以降、企業入居状況では明暗が分かれている。沿海地方ウラジオストク郊外にあるTOR「ナデジディンスカヤ」では、地場企業のエウロプラストが15年10月にペットボトル工場を開設した。TORが設置されて以降、最初に稼働した工場といわれる。さらにガスプロム傘下企業が17年5月、大型のヘリウム供給センターを建設すると発表した。21年の稼働予定。

ハバロフスク地方コムソモリスク・ナ・アムーレ周辺にあるTOR「コムソモリスク」区画の一つである「アムールスク」には、TOR設置以前からロシアの木材加工大手RFPグループ傘下のアムールスク木材工場がある。ここでは日本製の機械を使って生産した単板を、日本に輸出している。今後は住宅用製材を生産する構えだ。実際、オーストリアから設備を導入して17年6月に試験生産を開始した。ウラジーミル・グリゴリエフ工場長は、同工場および周辺の敷地がTORに指定されているため、加工分野で日本企業との事業展開の可能性に期待を寄せている。

自由港でも企業進出の動きがある。16年5月、ウラジオストク空港と同市内の間に真新しい大型倉庫が完成した。地場家電販売大手DNS子会社が床面積2万8,500平方メートルに上る最新式の倉庫を完成させたのだ。

他方、課題が見え隠れする事例もある。TOR「コムソモリスク」内にある「アムールリトマシ」には、同名のクレーン工場が立地する。同社はソ連時代に隆盛を極めたが、現在の生産規模は最盛期の100 分の1まで落ち込んだ。敷地内にあるほとんどの建屋は空き工場だ。TORに指定されたのは、同社の復興を狙ってのこととみられる。だが、ハバロフスクから北に250キロ余り離れた小都市であるため、資源調達が容易な木材加工分野ならまだしも、日本企業の生産候補地とするには不便であるかもしれない。同じTOR 内の「パルス」地区の電気や道路などのインフラ整備はこれからで、整備に2~3年を要する。企業誘致が実現するかは未知数だ。

極東地域に複数あるTORでは、立地やインフラ整備状況がそれぞれ大きく異なることに注意が必要だ。

中国企業は日本企業よりも積極的

TORでは、日本企業が関わる3社が既に登録済みだ。日揮などが現地企業と合弁で設立した JGCエバーグリーンはTOR「ハバロフスク」に入居。16年3月には温室で栽培したキュウリとトマトを本格的に出荷し始めた。市内中心部にある市場では行列ができるほどの人気を博している。北海道総合商事は、酷寒の地ヤクーツクにあるTOR「カンガラススィ」に16年12月、温室を完成させてトマト栽培を開始した。サハリンのTOR「山の空気」では、北海道で温浴施設を展開する丸新岩寺が同施設建設を計画している。現地事業会社は17年3月に入居登録された。

日本企業以上に進出を積極的に行っているのが、中国企業だ。極東発展公社によると、TORへの日本の投資額が18億ルーブルなのに対し、中国のそれは約80倍の1,400億ルーブルに上る。TOR「アムロ・ヒンガンスカヤ」で大豆加工、TOR「ベロゴルスク」ではセメント生産という動きが取り沙汰されている。

自由港でも中国による投資が10億ルーブルに上るとされる。例えば、住宅用建材を生産する事業や、現地自動車ディーラー大手と合弁でのトラック生産事業のほか、農畜産業での入居もあり、いずれも立地は沿海地方である。

極東進出を日ロ共同で後押し

プーチン大統領主導で極東地域の投資環境整備が進む中、日ロ間で進出を支援する枠組みもできつつある。安倍晋三首相がプーチン大統領に提示した8項目の協力プランの中に、「極東地域の産業振興・輸出基地化」がある。その一環として、国際協力銀行(JBIC)は17年4月、極東輸出促進・投資誘致庁などとの間で、TORと自由港向けのプロジェクト開発促進会社を日ロ折半出資で設立する契約を締結した。8~9月をめどにウラジオストクに設立される。進出に関する支援や助言の提供を通じ、極東地域への投資促進を目指す。

極東地域ではこれまでにもTORや自由港に類似する特区が設置されたが、一部では企業誘致が全くできずに廃止となった。優遇措置の提供があるからといって、企業進出が必ずしも進むわけではない。複数あるTORでは成否が分かれてくるだろう。日本企業としては、日ロ間の枠組みも活用しつつ、投資環境整備を極東進出の足掛かりとしたい。


注:
極東地域以外にも21カ所設置されている。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所 次長
浅元 薫哉(あさもと くにや)
2000年、ジェトロ入構。2006年からのジェトロ・モスクワ事務所駐在時に調査業務を担当したほか、農水産輸出促進事業、知的財産権保護事業にも携わる。本部海外調査部勤務時に「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。2017年7月から再びジェトロ・モスクワ事務所勤務。