ミャンマーの美容品兼医薬品「タナカ」

2017年11月22日

ミャンマー人が頰に白いペースト状のものを塗っている姿を見たことがある方もいるかもしれない。これは「タナカ」とよばれる木を円盤状研磨石ですりつぶし、それを顔に塗ったものだ。タナカはミャンマーで伝統的な化粧品として広く知られているが、現地では消化不良時にタナカの木のくずを食べるなど、伝統医薬としても利用されている。本稿ではタナカについて紹介する。

2000年前から使用

ミャンマー語でタナ(Thana)は汚れ、カ(Kha)は清潔という意味で、タナカとはつまり、汚れを落とすという意味になるが、杉やヒノキ等と同様、木の名前である。ミャンマーの子供や女性が顔に塗っているペースト状のものは、このタナカの木をチャウッ・ピン(Kyauk-pyin)と呼ばれる円状の研磨石ですりつぶし、それを顔に塗っているのだ。

タナカは約2000年前のタイェーキッタヤー時代までさかのぼることができる。タナカは当時からミャンマー女性の間で美容・化粧品として使用されていた。タナカを塗った皮膚は、ひんやりと冷たく、日焼けや、虫刺されに対して防止効果があるといわれている。さらにタナカは皮脂成分も吸収するとされ、ニキビができたときにミャンマー人は男女ともにタナカを塗ることが多い。この他にも、ミャンマーでは乳幼児が消化不良を起こした際にタナカの木くずを食べさせたりする。

この他にもタナカにはさまざま効用がある。『ミャンマー・タナカ』という書籍によると、タナカの実は解熱効果があり、幹は頭痛緩和等に効果があるとされている。ミャンマー人にとってタナカは単なる伝統的な化粧品だけでなく医薬品としても位置づけられているようだ。


タナカの木と円盤状研磨石(チャウッ・ピン)。 タナカの木をチャウッ・ピンで
擦りつぶし、ペースト状になったものを顔に塗る。(ジェトロ撮影)

タナカの木をかじり質を確認

タナカは主に乾燥地帯で生える木である。寺院遺跡で有名なバガン近郊のニャウンウーやパコック、シュエボー等の地域がタナカの一大産地だ(図1)。タナカの木にはさまざまな品種があるが、ニャウンウーで25年間タナカの仲買人をしているチョー・アウン氏によると、「全国からバイヤーがタナカを求めて買いにくる。タナカの木は、乾期の涼しい時期でも1日500本、雨期や酷暑の時期には1,000本は売れる」という。同氏のところで取り扱うタナカはシュエボーとシンマタウンとよばれる品種であるが、取引価格は1本当たり6メートルの原木ならばおよそ6万5,000チャット(48ドル)、3メートルに切った原木は5万チャット(37ドル)、1メートルに短く切った原木は1万2,000チャット(9ドル)で取引されるという。質の良いタナカになると1本あたり13万チャット(96ドル)で取引されることもあるという。同氏によると、「同じタナカの木でも、特に根(下部)部分に価値がある。次に幹(中部)、先端(上部)となり、先端はそれほど価値がない。ミャンマーの地場のタナカ化粧品会社は先端ばかり購入する」と語る。バイヤーは木の皮の凹凸具合を確認したり、実際に幹をかじり木の鮮度を確認するという。ミャンマー人も市場で自分好みのタナカを購入する際、十分に質を確認しながら購入するという。あるミャンマー人女性によると、「自分の納得するタナカを使いたいので、化粧品会社が製造した粉末やペースト状のタナカは買わない。タナカを買う際は実際に手に取り、触り、木をかじって味を確認するのがミャンマー式」という。

図1:タナカの産地図
タナカの産地は主に乾燥地帯で、寺院遺跡で有名なバガン近郊のニャウンウーやパコック、シュエボー等の地域が一大産地。
注:
網掛け内がタナカの産地
出所:
ジェトロ作成

チョー・アウン氏によると、ミャンマー中部の都市ピィーに大規模なタナカの卸売市場があり、自身の取り扱うタナカの半分はピィーへ、残りはヤンゴン、パテイン、マンダレー等の地域に販売されるという。

ミャンマーでは高速バスが国内の荷物配送の機能を有しており、同氏のところでは毎日高速バス会社が取引されたタナカを集荷し、全国に配送する。タナカの端にはチョー・アウン氏の印が押印されているが「ミャンマーでは質の悪い偽物のタナカが多く流通している。この印により正規ルートのタナカであることを証明している」という。実際に、ミャンマー人が市場でタナカを購入する際に木をかじるのは、その鮮度を確認するとともに、偽物でないことも確認しているという。


販売されたタナカが低品質品や偽物のタナカではなく、
正規のタナカであることを仲買人が印を押印し保証する。(ジェトロ撮影)

タナカの輸出が拡大

近年、外国から多くの化粧品がミャンマーに輸入され、若い女性は口紅やファンデーションなどで化粧をするようになり、国内の化粧品市場は急成長している。グローバルトレードアトラスによると、ミャンマーの化粧品(HSコード3304)輸入額は、2011年は922万ドルであったものが、2016年は5,658万ドルと、5年で6倍以上に伸びた。ただしミャンマーの若い女性は日常的にタナカを好んで使うことに変わりはない。若い女性たちは「友人と外出するときなどは、口紅やファンデーションを塗っておしゃれをするけれど、夜はローションタイプのタナカを顔や手足に塗る。化粧品と比べてタナカは保湿効果が高く、肌にうるおいが出る。タナカはやめられない」という。このようにミャンマーでの根強いタナカの人気を受け、ミャンマーに進出した韓国系企業のなかには現地企業と共同でタナカ入りのクリームを化粧品として製造・販売したところもある。


べラ社(韓国系)が販売するタナカ入り化粧品。(ジェトロ撮影)

タナカの効能を科学的に示す努力を

一方で、タナカの輸出も始まっている。同じくグローバルトレードアトラスによると、ミャンマーの化粧品(HSコード3304)輸出額は、2011年の12万ドルから2016年は63万ドルと拡大している。特にインドへの輸出額が大きく増えており、2011年の2万ドルから2016年は36万ドルに伸びた。

表1:ミャンマーの化粧品輸出額(単位:年、万ドル)
国名 2011  2012  2014  2015  2016 
インド 2 2 8 15 36
マレーシア 6 3 4 7 10
シンガポール 0 1 2 4 7
バングラデシュ 0 0 3 5 7
タイ 4 3 0 0 3
ニュージーランド 0 0 0 0 0
合計(その他の国含む) 12 11 18 31 63
注:
HSコード3304
2013年はデータなし。
出所:
グローバルトレードアトラスからジェトロ作成

ある現地化粧品会社は、「少しずつだが外国でタナカの需要も出始めており、フィリピンやタイへの輸出も始めた。これらの国々に受け入れられるよう新商品の開発も進めたい」と語る。現在、ミャンマーからの主な輸出品は天然ガスやマメ・ゴマ等の農産物であるが、今後、海外でタナカの認知度が上がれば、順調に輸出が拡大する可能性を秘めている。ただし、タナカが外国に受け入れられるためには、乗り越えなければならない課題もある。例えば、タナカの効用については科学的根拠が乏しいことだ。既述の効用は、2000年という長い歴史のなかでミャンマー人が経験で得たものである。長期間続いた軍政の影響で、大学や研究機関による基礎研究が大幅に遅れており、タナカについても十分な研究がなされていない。そのため、タナカの科学的な根拠はほとんど明らかにされていない。タナカの利用方法も、水で溶かしそれを皮膚に塗るという伝統的な方法だけでは、乾いた時にタナカが皮膚に残ってしまうため、見栄えも含め外国人が日常的に利用することは困難であろう。タナカを塗っても跡が残らない方法やタナカの成分を抽出する技術等も必要になろう。

一方、科学的に効用が明らかになれば新薬の開発に役立つかもしれない。現地の研究機関や企業が研究から開発まで全ての工程を独自で担うことは、人的資源や資金面の問題で困難が多く、外国からの支援も必要となろう。2000年におよぶ歴史から得られたタナカの効能が科学的に証明される日が待たれる。

執筆者紹介
ジェトロ・ヤンゴン事務所
堀間 洋平(ほりま ようへい)
2003年中国電力株式会社入社。2015年ジェトロ海外調査部アジア大洋州課(出向)、2016年よりジェトロ・ヤンゴン事務所勤務。