ブルネイの経済多様化は成功するか ‐挑む日本企業の着眼点‐

2017年10月16日

ブルネイ(正式名称はブルネイ・ダルサラーム国)は、石油・天然ガスの産出国で人口が少ないため、一人当たりGDPがASEAN域内ではシンガポールに次いで2番目に高い。同国には個人所得税や消費税はなく、ブルネイ国民であれば、医療・教育費も無料だ。他方、この「恵まれた環境」は新たな産業を生み出す意欲を事実上低下させた。いつかは枯渇する天然資源を見据え、ブルネイが経済の多様化に取り組み始めてから約10年がたった。ブルネイとのビジネスに挑む日本企業は同国をどう見ているのか。

2035年までに経済を多様化

ブルネイはボルネオ島(カリマンタン島)の北西部に位置するイスラム教の王国である。国土は三重県とほぼ同じで、そこに42万人が住んでいる。現国王のハサナル・ボルキア国王は今年10月5日に即位50周年を迎え、英国のエリザベス女王に次いで世界で2番目に在位期間の長い君主となっている。

ブルネイは1888年に英国の保護領になり、経済開発はプランテーションを中心に進められてきたが、1929年に油田が発見されると、資源開発に軸足が移った。ブルネイは1984年に英国より完全独立したが、石油事業は現在もブルネイ政府とロイヤル・ダッチ・シェルの合弁会社が担当している。

ブルネイ経済は豊富な石油や天然ガスの輸出に大きく依存する産業構造となっている。石油・天然ガスおよび関連製品は2015年のGDPの56%、輸出総額の93%を占めており、天然資源の価格変動の影響をまともに受ける「モノカルチャー経済」だ。

また、ブルネイの国勢調査(2014年)によれば、就業している国民の6割が公的セクターで働いている。公的セクターは給与水準もよく、あえてリスクをとってビジネスを興す国民は少ない。

ブルネイ政府はこのような状態から脱却すべく経済多様化を目指した成長戦略を推進している。2008年1月に発表された長期的な国家ビジョンである「ワワサン・ブルネイ2035」では、2035年を目標に、(1)国民の生活水準を世界の上位10位まで向上すること、(2)国民が高い教育と優れた技術を取得すること、(3)石油・天然ガスへの過剰な依存から脱却して多様化された経済でのダイナミックで持続可能な社会国家を実現することなどが盛り込まれている。

図:ブルネイの輸出入品目
輸出は液化天然ガスが55.7%、石油が37.3%、その他が7.0%。
輸入は機械・輸送機器が39.4%、工業製品が21.4%、食料品が13.7%、雑工業品が8.6%、化学製品が7.3%、鉱物燃料及び関連品が6.1%。

出所:ブルネイ首相府

水素の「原料」の安定調達先

経済多様化の方法のひとつに、石油・天然ガスを単に生産・輸出するのではなく、これらを原料として他の製品を製造する、いわゆる川下産業の育成がある。既に天然ガスを原料としてメタノールを生産・輸出するなどの事例が出てきている。

そのようななか、千代田化工建設(神奈川県横浜市)は、三菱商事(東京都千代田区)、三井物産(同)、日本郵船(同)と組んでブルネイから水素を輸入し、国内の火力発電所の燃料として使う計画を進めている。水素は燃焼しても二酸化炭素(CO2)を排出せず、発電所はその分のCO2排出量の削減が可能で地球温暖化対策ができる。

具体的にはブルネイに設置する専用設備で天然ガスから水素を取り出し、常温・常圧下で液体の物質にして、日本へ海上輸送し、国内で再び水素に戻す。発電所では燃料に一定の割合で水素を混ぜて使う。この仕組みの利点は水素を消防法の危険物第4種第1石油類のガソリンなどと同じように扱えるため、既存の石油運搬インフラを使用でき、コストを抑制できること。水素を輸送する方法は他にもあるが、この方法がコスト面でもスピード面でも優位だ。

日本はさまざまな国から天然ガスを輸入しているが、なぜブルネイを今回のプロジェクトの場所に選んだのか。千代田化工建設水素チェーン事業推進ユニットの遠藤英樹GMによれば、きっかけは2013年5月に来日したヤスミン首相府エネルギー大臣自らが同社の技術に関心を持ち、横浜の研究所を訪問されたこと。それ以来、大臣の強いリーダーシップに基づき、今日まで、ブルネイとの協力関係が続いている。そのほか、遠藤GMは、ブルネイがASEAN有数の親日国であること、水素の原料である天然ガスが安く・安定的に調達できること、距離が比較的近いため燃料輸送費の削減で優位なことなども挙げた。

同社は、ブルネイで実証運転を行った後、2020年以降の商業化を目指している。日本政府は2020年の東京オリンピック・パラリンピックを「水素社会のショーケース」としたい考えで、普及が進めば、さらにビジネス・チャンスは広がる。


ブルネイの水素製造および水素化プラント完成予想図(千代田化工建設提供)

中小企業が使える「国際舞台へのゲートウェイ」

ブルネイは石油・天然ガスに恵まれ、経済はそれらに頼ってきた結果、民間資本が十分に形成されてこなかった。ブルネイ政府は国内産業として育成すべき重点産業として薬品、食品、化粧品などを挙げ、外国からの企業誘致による技術導入、産業育成を推進している。

ソイ&ワールド(東京都港区)は、大豆をペースト状に加工した際に発生するえぐみ、青臭さを消す特許を取得し、当該特許を活用した商品を販売するベンチャー企業だが、2013年にブルネイに進出した。

きっかけは同社の三坂大作社長が、ハラルビジネスのセミナーに参加した際に出会ったブルネイ政府関係者から現地視察を勧められたこと。実際に行ってみると、大臣をはじめ政府高官から「ぜひ現地で作ってほしい」との要望があった。しかし、ブルネイには受託製造する工場がなかったため、合弁会社を作り、自ら製造を行うことになった。

当初のビジネスモデルは、国内産業のハブとして同国の学校給食に大豆ペーストを活用したドリンクを配給することだった。しかし、2015年11月の省庁再編により担当部署が変更、また、計画実現に意欲的だった官僚が退官したことにより政府の対応が一転して遅くなった。現在、学校給食への配給はスタンバイ状態だが、一方で国営のハラル製品販売会社ガニム・インターナショナルへのOEM供給が徐々に拡大してきている。

他方、三坂社長によれば、うれしい誤算は「ショールーム効果」だ。ブルネイに進出する外資進出は珍しいため、政府関係筋と非常に近い距離感を持て、その結果、政府資料などに取り上げられる機会も多く、それによって同社を知った企業などからの視察や問い合わせが増えている。進出は「企業としてのクレディビリティやバリューアップにつながった」と三坂社長は言う。現在、ブルネイ以外の国の企業とも話が進んでおり、他の国で先に学校給食への配給が始まる可能性もある。


ブルネイでの試飲会の様子(ソイ&ワールド提供)

最後のカギは「国民の意識改革」

ブルネイ政府は経済多様化のためにさまざまな方策を実施している。例えば、一村一品運動のようなものを通じた地域活性化や大学での起業家精神講座、さらにはスタートアップ支援コンテストなどである。

また、海外からの企業を誘致するため、国内の工業団地などインフラの整備を進めている。投資優遇措置も充実しており、例えば、ブルネイにはキャピタルゲイン税はないし投資から得た利益と配当金の送金に制限もない。さらにパイオニア企業として認められれば、法人税(30%)の一定期間免除、機械、装置、部品等の輸入税の免除、原材料に係る輸入税の免除、そして損失および引当金の繰り越し等が認められる。上述のソイ&ワールドの三坂社長は、ブルネイで実際活動したところ、「電気や水道も安く、実は人件費もそこまで高くない」と評価する。

では、課題は何か。三坂社長によれば、ブルネイ人は「人が良く、頭も良いが、ハングリー精神に欠ける」とのこと。また、国内にビジネスのノウハウの蓄積がないため、「実務や運用の際に何をしていいかわからない」こともある。例えば、あるブルネイ食品企業は国際展示会に出展した際、写真展示のみで試食がない状態だった。

ハサナル・ボルキア国王は2014年大みそか、国民に向けて、「ワワサン・ブルネイ2035」の実現までに残された時間は少ない、「20年は長い時間ではない」と呼びかけた。ブルネイの経済多様化のパズルを完成させるのは「国民の意識改革」というラスト・ピースかもしれない。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課長
小林 寛(こばやし ひろし)
1998年、日本貿易振興機構(JETRO)入講。ハノイ事務所(2004年~2008年)、企画部事業推進室(ASEAN・南西アジア担当)(2008年~2010年)、中小企業庁(2011年~2013年)などを経て現職。