国外への流出が懸念される専門職(H-1B)ビザ保持者(米国)

2018年6月7日

米国では、外国人労働者の入国の厳格化および雇用に関する移民取り締まりが強化されている。2017年4月、トランプ大統領は「バイアメリカン・ハイヤーアメリカン」の強化を目指す大統領令に署名した(2017年4月27日付通商弘報記事参照)。H-1B(専門職)ビザ(注1)を含む全種類のビザについて、審査基準が変更され、ビザ取得を取り巻く状況が大きく変わってきた。

H-1Bビザ保持者への規制を強化

2017年3月に米国移民局(USCIS)は、H-1Bビザ申請の特急申請サービスの一時停止とともに、準学士号(2年制大学を終了した際に得られる学位)のみを卒業要件とする初級レベルのコンピュータープログラマー職をH-1Bビザの適用外とした。雇用主は、採用ポストが移民法に規定される要件を満たす専門職であることを立証するための証拠書類の提出を求められることになった。同年4月には、H-1Bビザ申請の不正防止に向けて査察の強化や労働条件申請書(LCA)の透明性確保に向けた手続き変更の検討などを発表した。

2017年6月ごろからビザ取得の追加資料の要請が急増しており、2016年の2倍以上の頻度となっている。特に賃金に関する追加資料の要請が急増した。可能な限り賃金を高く設定することが望ましいとされた。同年8月には、国務省のビザ申請手続きマニュアル(Foreign Affairs Manual:FAM)に「米国人労働者を保護する」との文言が追加され、審査がさらに厳格化している。

H-1Bビザの申請は、特にコンピュータープログラミングやコンピューターシステムデザインのIT分野に集中している(表1参照)。登録企業の上位には、インフォシス、タタ・コンサルタンシー・サービシズ、ウィプロなどのインド系ITサービス企業が入っている(表2参照)。

表1:H-1Bビザ申請数(業種別)
年度 2013 2014 2015 2016 2017
コンピューター関連 184,944 210,396 253,003 281,017 280,776
建築・エンジニアリング・調査 27,496 29,301 28,902 29,822 32,689
教育 19,571 18,961 19,351 19,253 17,878
官公庁専門職 19,399 20,047 21,140 22,786 24,887
医療関連 16,342 15,195 14,957 15,196 14,298
マネジャー 5,731 5,706 5,116 5,124 5,233
ライフサイエンス関連 5,054 4,887 5,109 5,172 5,190
数学・物理学関連 5,445 5,596 5,983 6,696 8,406
社会科学関連 4,001 4,284 4,180 3,866 3,899
その他 11,707 11,598 11,111 10,417 10,831
注:
年度は、前年10月~9月。
出所:
米国移民局(USCIS)
表2:H-1Bビザ登録数上位20社(2017年度)
順位 企業名 登録数
1 コグニザント・テクノロジー・ソリューションズU.S. 28,908
2 タタ・コンサルタンシー・サービシズ 14,697
3 インフォシス 13,408
4 ウィプロ 6,529
5 デロイトコンサルティング 6,027
6 アクセンチュア 5,070
7 テック・マヒンドラ 4,931
8 アマゾン 4,767
9 HCL アメリカ 4,392
10 マイクロソフト 4,069
11 キャプジェミニ・アメリカ 3,580
12 IBM インディア 3,000
13 アーンスト&ヤング 2,986
14 グーグル 2,758
15 インテル 2,625
16 シンテルコンサルティング 2,119
17 アップル 2,055
18 ラーセン&トゥブロ・インフォテック 1,864
19 シスコ・システムズ 1,587
20 フェイスブック 1,566
注:
2017年10月25日時点の承認状況を反映。
出所:
米国移民局(USCIS)

H-1Bビザ制度が厳格化したことから、2016年から2018年にかけてH-1Bビザの申請数は、全体で20%減少した。外国人材を多く活用するコンサルティングやIT企業、特に前述のインド系のITサービス企業への影響が大きい。2017年度の申請数は約40万人で、うち約30万人はインド人である。約4万人の中国人、約4,000人のフィリピン人が続き、日本人は13位(1,333人)だった。

H-1Bビザの申請枠は年間6万5,000人で、加えて修士・博士課程修了者用に2万人の枠が設定されている。USCISは、2018年4月2日に2019年度のH-1B申請の募集を開始したが、数日で申請枠に達した。

配偶者の就労許可廃止も検討

H-1Bビザ申請者はインド人が圧倒的に多く、申請者の7割を占める。H-1Bビザ取得者の配偶者に発給するH-4ビザがあるが、2018年4月に米政府はH-4ビザ保持者の就労を禁止する意向を示した。同ビザ保持者の就労は認められてなかったが、オバマ政権時代の2015年に就労許可書(EAD)が発行されることになり就労が可能となった。H-4ビザ保持者の9割はインド人である。同ビザ保持者で労働許可を得ている者は全米で7万人とみられる。うち8割は女性だ。

米政府はH-4ビザ保持者の就労許可を廃止する方針を示したが、インド系米国人のプラミラ・ジャヤパル議員が率いる130人の議員が、キルステン・ニールセン国土安全保障長官宛ての抗議文を5月16日に発表した。同文書では、H-4ビザ保持者が米国で就労し経済に貢献していることを指摘した。就労許可が廃止されると、米国の永住権取得を望んでいる多くの就労者を疎外することになり、米国の労働市場と経済の競争力をそぐとしている。同ビザ保持者の就労を保証することで、カナダやオーストラリアへの労働力の流出を防ぎ、技能人材の確保につながると言及している。「米国の価値観としても、性別にかかわらず個人の技能を生かし、経済的に自立し、自身の夢を追求することを推奨しており、対象者に女性が多いことから男女の格差を広げることになる」とも述べている。H-4ビザ保持者の米国での就労が認められなくなると、経済的理由で移住を考える人も増えるとみられる。

FWD.us(注2)も報告書を発表し米国政府の方針に懸念を表明した。報告書の中で出生国で高い教育を受けたH-4ビザ保持者は、米国で就労し地域の経済にも貢献していると主張した。就労を妨げることで、家計だけでなく米国経済のマイナス要因にもなるとしている。また、NAFSA(注3)のデータを引用し、2016年度に米国の大学で就学している100万人以上の留学生が、369億ドルの経済規模を有し、国内の労働人口45万人の供給源であるとしている。州別では、カリフォルニア州の留学生が最も多く、15万6,879人(経済規模60億ドル)、2位がニューヨークの11万8,424人(46億ドル)、3位がテキサス州の8万5,116人(21億ドル)の順だ(表3参照)。

表3:留学生の多い上位10州(2016年度)
順位 州名 留学生数
(人)
経済規模
(億ドル)
就労者数
(人)
1 カリフォルニア 156,879 60 70,131
2 ニューヨーク 118,424 46 55,851
3 テキサス 85,116 21 27,232
4 マサチューセッツ 62,926 27 36,678
5 イリノイ 52,225 18 24,771
6 ペンシルベニア 51,129 20 27,971
7 フロリダ 45,718 14 16,493
8 オハイオ 38,680 12 14,680
9 ミシガン 34,296 11 14,444
10 インディアナ 30,600 10 12,632
出所:
NAFSA

米国での企業活動にも影響

米国移民局(USCIS)のデータを基にしたアメリカ政策基金(National Foundation for American Policy)の報告によれば、2017年度(2016年10月~2017年9月)にH-1Bビザの新規取得数が多かった企業は、これまで上位を占めたインド系企業に加え米国企業が上位を占めた(表4参照)。

アマゾン(新規登録数2,515)、マイクロソフト(1,479)、グーグル(1,213)は新規登録上位10社に入った。アマゾンは前年度比78%増と大幅に増加し、14位に入ったフェイスブック(720)は53%増だった。新規登録が増加した企業では、研究開発(R&D)に力を入れており、アマゾン(研究開発費226億ドル)、グーグルを所有するアルファベット(166億ドル)、マイクロソフト(123億ドル)、フェイスブック(78億ドル)と研究開発費支出の多い企業が上位を占めている。

一方、インド系企業の新規登録数は減少した。上位10位以内のインフォシス(1,218、前年度比49%減)、ウィプロ(1,210、18%減)および13位のHCLアメリカ(866、17%減)、21位のラーセン&ターボ(479、45%減)は前年より減少した。3位のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(2,312)は前年度より増加したものの、2015年度との比較では51%減だった。政府の取り締まり強化に加えて、ITサービスがクラウドやAIの方向に進展しており、多数の技術者を必要としなくなったことを反映している。例年ビザを最も多く申請するコグニザント・テクノロジー・ソリューションズ U.S.(3,194)も、前年度と比較して25%減少した。

配車サービス企業のテスラ(207)、ウーバー(158)、ゼネラルモーターズ(GM、179)は、自動運転技術に対応する人材として新規登録数を増やした。

表4:H-1Bビザ新規登録数上位15社(2017年度)
順位 企業名 新規登録数
1 コグニザント・テクノロジー・ソリューションズU.S. 3,194
2 アマゾン 2,515
3 タタ・コンサルタンシー・サービシズ 2,312
4 テック・マヒンドラ 2,233
5 マイクロソフト 1,479
6 IBM 1,231
7 インテル 1,230
8 インフォシス 1,218
9 グーグル 1,213
10 ウィプロ 1,210
11 デロイトコンサルティング 961
12 アクセンチュア 954
13 HCL アメリカ 866
14 フェイスブック 720
15 アップル 673
出所:
アメリカ政策基金(元データは、米国移民局(USCIS))

また、同報告書では、H-1Bビザの6万5,000人の申請枠は、1990年に設定されたことを指摘している。スマートフォンやソーシャルメディアなどが存在してなかった当時と比べて、ネット環境が激変している現在では、追加で設定された2万人枠があっても技能人材の需要を賄いきれない状況であるとしている。さらに、技能人材を両親に持つ移民の子供たちが、将来、技能人材として米国で活躍できる可能性が高いことも示唆している。

米国の大学を卒業した留学生には1年間の就労が許可されるが、科学・技術・工学・数学(STEM)の学位を取得した者は、さらに2年間の任意実習(Optional Practical Training)が許可され、通算3年間の就労が可能である。その後H-1Bビザを申請する者も多かった。ビザ取得の可能性が低くなれば米国での学位取得を考える留学生が減少することも懸念される。米国国際教育研究所(IEE、注4)が2017年秋に行った調査によれば、教育機関からの回答数500のうち7%が新規留学生が前年より減少したと回答した。この傾向が続き留学生の全体数が減少することになれば、将来的な技能人材の不足につながる。

日本企業は、NTTデータがH-1Bビザの登録数で34位(806)、新規登録数で29位(254)に入った。数は比較的少ないが、今後、留学生以外の人材を確保するなどの調整が必要と思われる。

技能人材の確保が困難になれば、企業は投資を見直し、米国への投資動向に引き続き影響を与えることも考えられる。

2017年の米国の対内直接投資額(フロー)は、前年に比べて39.8%減と大幅に落ち込み2,753億8,100万ドルだった。産業別では、製造業(1,026億6,100万ドル)、金融(預金取扱機関を除く)・保険(382億8,900万ドル)、情報産業(93億3,400万ドル)は前年のほぼ半額まで落ち込み、専門サービス(88億4,600万ドル)は8割、その他(325億2,900万ドル)は、6割近く減少した。2017年以降、100億ドルを超える対内直接投資の大型投資案件が少なくなっている。

カナダ政府は積極的に受け入れ

H-1Bビザ取得の規制が厳しくなる状況で、H-1Bビザ保持者は米国での居住継続を諦め、米国以外での就労を考える者も出てくると思われる。カナダでは技能人材を確保するため、米国のH-1B保持者を経済移民として積極的に受け入れようとしている(2017年8月エリアリポート参照PDFファイル(277KB) )。


注1:
H-1Bビザの対象者は、特殊技能を必要とする職業(建築、工学、数学、物理学、医学・衛生、教育、経営学、会計、法律、神学、芸術など)に従事する者。条件として、特定分野での学士あるいはそれ以上の学位が必要。
注2:
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)やマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らが設立した政治団体。
注3:
1984年に設立された国際教育交流を推進する非営利団体。
注4:
米国の留学生の調査分析、公的奨学金の運営、途上国のリーダーなど開発支援プログラムの実施などを行う機関。
執筆者紹介
海外調査部米州課 課長代理
松岡 智恵子(まつおか ちえこ)
展示事業部、海外調査部欧州課などを経て、生活文化関連産業部でファッション関連事業、ものづくり産業課で機械輸出支援事業を担当。2018年4月から現職。米国の移民政策に関する調査・情報提供を行っている。