【中国・潮流】米国で高まる対中警戒感 ‐ 在米有識者へのヒアリングより(1)

2018年3月30日

中国共産党第19回党大会にて習近平政権がその基盤を固める中、米国側の中国に対する見方を探るべく、1月から2月にかけ、米国のワシントンDC、ニューヨークにおいて、中国経済・政治などの専門家へのヒアリングを実施した。ヒアリングでは現下の中国経済の状況、米中政治・経済関係、中国企業の対米投資、一帯一路構想など広範なテーマについて意見を交換した。

これら識者のうち、米国人有識者は、いずれも中国に対する米国内の警戒感の高まりに言及していた。特に環太平洋パートナーシップ(TPP)協定からの離脱など、トランプ政権下で米国の世界秩序に対する関与が弱まりつつある中、中国が世界展開を活発化させているが、その世界戦略を具現化したものが「一帯一路」構想であるとする捉え方が目立った。

貿易赤字の削減に並々ならぬ意欲を示すトランプ政権下において、2018年は米中の利害の対立が、特に貿易を中心とした経済面で顕在化する年となろう。加えて、中国企業の対外直接投資が活発化する一方で、技術の獲得を目指す中国企業などの動きに対する警戒感はかつてないほど高まっている。

中国への警戒感の高まりは、中国が進める「改革」の道筋が、グローバルスタンダードとは異なる形で進んでいると見られつつあることと深く関係している。中国経済を分析・展望していく上では、これまで以上にその「独自性」を念頭に置いていくことがより一層重要となってこよう。

中国経済の現状・先行きをどのような視点で見ていけばよいか。在米国の専門家の話からは、以下の諸点が視点として抽出できる。

トランプ政権と中国

  • 中国の経済的・政治的台頭に対する米国側の警戒感は日増しに高まっている。特に2018年の中間選挙を見据え、米国政府は中国に対する政策的な圧力をより強化していくとみられる。
  • TPP協定からの離脱など、米国のプレゼンス低下の間隙(かんげき)を縫って、中国は「一帯一路」構想などを通じ、国際社会における影響力、権益の拡大を図りつつある。
  • 米国のアジアにおけるプレゼンスの低下や、中国のアジアにおける経済的影響力の増大を背景として、アジア諸国の中には中国への接近を図る動きが顕在化しつつある。他方では、米国を補完する「よりどころ」となり得る日本やオーストラリアにより一層の影響力発揮を期待する向きもみられる。

米中経済関係

  • トランプ大統領の関心の多くは、巨額の対中貿易赤字に集中。2017年の米国の対中貿易赤字が3,752億ドルと拡大する中、2018年の米中経済関係は緊張が高まるとの点では各有識者の見解は一致。ポイントは、米国側が通商法301条調査を踏まえた対中制裁措置に踏み出すか否か。
  • 中国の輸出依存度が低下し、経済が内需型に転換しつつある中、米国の制裁措置による中国経済への実質的な影響は以前よりも小さいとみられる。
  • 在中国米国企業は、中国のビジネスリスクの高まりを認識。こうした中、中国ビジネスには引き続き取り組むものの、中国に集中しているサプライチェーンの東南アジア諸国連合(ASEAN)地域への移管など、中国ビジネスの比重の引き下げを図る在中米国企業の動きも顕在化しつつある。

イノベーション促進に向けた中国の取り組み

  • 中国は巨大市場を背景として、自国のイノベーション成果の普及、市場拡大の面では、比類なき優位性を有している。
  • 一方で、中国発イノベーションについては、イノベーション人材の質や個々のイノベーションの付加価値、中国のイノベーションに関する取り組みが国家の強い関与の下で行われていることなどを問題視する見方もみられた。
  • 他方、中国企業によるハイテク企業などへの投資を通じた技術獲得などに対する米国側の警戒感はかつてないほど高まっている。2018年においては、外国企業の対米投資の審査を行う対米外国投資委員会(CFIUS)の権限の強化に加え、中国人の米国への留学に対する入国制限の強化などの、具体的な対応策が取られる可能性がある。その背景には、中国企業が欲する技術の付加価値が上がっており、技術の移転・盗用による米国側のダメージがより大きくなるとの米国内の広範な懸念があるとみられる。

中国の「改革」の方向性

  • 習近平政権は盛んに「改革」という言葉を使っているが、その意味は、中国がグローバルスタンダードに近づくべく(與国際接軌)経済改革を目指していた世界貿易機関(WTO)加盟前後の意味合いとは大きく異なる。現在の「改革」は、中国スタンダードに基づく動きとの声が多かった。
  • 経済をはじめとする中国の政策運営が、これまでの「改革」とは異なる流れで進みつつある一方で、中国の動きをみる際には、欧米的視点から中国経済を論じる傾向が強い(かつては、日本でも、社会主義経済論、移行経済論などの講義科目があり、中国の独自性を勘案したうえでウオッチしていたが、足元ではそうした分析は減っている状況にある)。習政権が進める、従前とは異なる「改革」の流れを勘案すると、これまで以上に「中国の独自性」を勘案しながら、中国の動向を分析していく必要があろう。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所 次長
中井 邦尚(なかい くにひさ)
1996年、ジェトロ入構。清華大学留学(2000~2001年)、ジェトロ・北京事務所経済信息部長(2002~2008年)、本部海外調査部中国北アジア課課長代理(2008~2012年)、ジェトロ・成都事務所長(2014~2015年)などを経て、2015年9月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課長
箱﨑 大(はこざき だい)
都市銀行に入行後、日本経済研究センター、銀行系シンクタンク出向、香港駐在エコノミストを経て、2003年にジェトロ入構。ジェトロ・北京事務所次長(調査担当)を経て、2014年より現職。編著に『2020年の中国と日本企業のビジネス戦略』(2015)、『中国経済最前線―対内・対外投資戦略の実態』(2009)がある。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部総括課長代理
島田 英樹(しまだ ひでき)
1998年東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。北京大学留学後、北京、大連支店勤務。2005年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・北京事務所進出企業支援センター長を経て現職。中国駐在は合計10年にわたる。