パブの経営難が続き、集客にあの手この手(英国)
変化する英国人の酒との付き合い方(2)

2018年6月28日

英国人のアルコールに対する嗜好(しこう)がゆっくりと変化している。短時間に大量に強いアルコールを好む人が減り、地場の小さな醸造所が作ったクラフトビール、軽い味わいの発泡ワインや、ハーブ、スパイス、果物などの風味豊かなジンなどが人気を集めている。20世紀後半から衰退の一途をたどってきたパブの存続に向けた努力も続いている。

クラフトビールや、発泡ワイン、ジンが人気

英国のアルコール飲料の市場規模をみると、ビールが最も大きい。ビールの消費量は2003年をピークに急減した後、ここ数年、わずかながら回復傾向にある(図1参照)。ワイン、サイダー(リンゴ酒)/ペリー(洋梨酒)も緩やかな増加傾向にある。

図1:英国のアルコール飲料の市場規模
アルコール飲料市場の合計規模は各年順に(単位:100万リットル)(8,324、8,426、8,348 、8,293、8,258、8,130、7,909、7,814、7,696、7,613、7,485、7,476、7,493 、7,449、7,441、7,436、7,471、7,497、7,525、7,559) 飲料別のシェア(%)は各年順に以下の通り。 ビール(73.2%,73.4%,72.7%,71.5%,70.1%,68.7%,67.2%,65.6%,64.5%,63.9%,63.2%, 63.1%,63.4%,63.6%,63.7%,63.%,63.9%,64.1%,64.2%,64.3%) ワイン(14.4%,14.8%,15.5%,16.3%,16.7%,17.3%,17.7%,18.2%,18.3%,18.3%,18.4%, 18.3%,18.2%,18.2%,18.2%,18.2%,18.3%,18.2%,18.2%,18.2%) サイダー/ペリー(6.0%,5.6%,5.8%,6.5%,7.8%,8.7%,9.5%,10.5%,11.2%,11.7%,12.3%, 12.5%,12.5%,12.3%,12.1%,12.0%,11.8%,11.7%,11.7%,11.6%) 蒸留酒(3.4%,3.4%,3.5%,3.6%,3.7%,3.8%,4.0%,4.1%,4.1%,4.2%,4.2%,4.2%,4.2%, 4.3%,4.4%,4.3%,4.5%,4.5%,4.5%,4.5%) RTD酒等(3.1%,2.8%,2.5%,2.1%,1.8%,1.6%,1.6%,1.6%,1.8%,1.9%,1.8%,1.8%,1.7%, 1.6%,1.6%,1.5%,1.5%,1.4%,1.4%,1.4%)
出所:
ユーロモニター社

ビールの回復には、クラフトビール(大手ではなく、小規模の醸造所による手作りビール)ブームも寄与している。嗜好の変化もあるが、2002年に小規模醸造所を対象とするビール税優遇制度が導入されて以降、小規模の醸造所が盛んに設立されていることも追い風となっている。大手会計事務所UHYハッカーヤングが2017年10月23日に発表した調査では、2016年末の時点で英国内には前年比18%増の1,994軒の醸造所が確認され、これは1930年代以降で最も多い数となった。

クラフトビールの拡大のもう1つの理由は、イングランドとウェールズのパブで提供できるビールの銘柄が自由化されたことだ。英国ではビール醸造元大手数社による団体「パブ・カンパニーズ[Pub Companies、通称:パブコ(Pubco)]」に所属する大手醸造会社が、英国全土の大半のパブの不動産を所有し、直接経営するパブはもとより、不動産を賃貸借しパブを営業する事業者に対しても自社のビールを独占販売させることを賃貸契約に盛り込む慣例があった。1989年に競争当局である、公正取引および独占・合併委員会が行った調査では、大手6社が英国全土のビール生産の約75%を占めていた。しかし、2015年3月に施行された「小規模事業者、企業および雇用法」により不動産契約にビールの独占販売を盛り込むことが禁止されたことで、パブは自由に地場のクラフトビールなどを顧客に提供できるようになった。

ロンドン中心部にあるパブと看板。ディケンズ時代からの伝統あるパブだが、
2018年春に改装され、明るく開放的な雰囲気となっている(ジェトロ撮影)

ビールだけでなく、地場で手作りされた酒を飲みたいという要求はワインにも広がっている。ワインは輸入品が主流だが、地球温暖化の影響もあって、英国でもブドウ栽培が広がっている。2015年の時点で、国内ワイン醸造所は133軒を数え、2017年の作付面積は2,330ヘクタールだった。これは調査を開始した1989年の876ヘクタールの2.7倍である。

ワイン・蒸留酒事業者協会(WSTA)が2017年10月に行った調査では、成人の60%がワインを飲むと回答しており、特に25~34歳の若い層ではワインが最も好きだとの答えが多かったという。ワインの中でも人気があるのは白ワインだ。また、UHYハッカーヤングが2017年10月9日に発表した調査では、発泡ワインの成長が続いており、発泡ワイン市場はこの5年間で76%も拡大したという。発泡ワインの代表はフランス産のシャンパンだが、それより安価なイタリアのプロセッコやスペインのカバなどの発泡ワインが人気を集めて販売を伸ばしており、それと同時に英国のワイン園が多く栽培しているシャルドネ種などの白ブドウから作られる発泡ワインも人気となっているという。

WSTA によれば、発泡ワインと並んで、ここ数年、人気が急上昇しているのがジンだという。ジンは庶民のための安くて強い酒として18世紀以降、爆発的な人気となったものの、アルコール中毒患者が続出、20世紀後半になって人気が下火となっていた。

WSTAによれば、2016年の英国産のジンの輸出は前年比12%増、2017年の英国内でのジンの販売量は27%増の伸びを示した。もはやジンは、ただの強くて安い酒ではなく、ジュニパーベリー、レモン、ライムなどの風味を楽しむ酒となっている。2018年2月には高級スーパーのウエイトローズがサントリーのジン「ROKU(ロク)」を発売した。日本製のジンとして初めて英国のスーパーで発売されたことで、話題を呼んでいる。

食事が重視されるようになったパブ

飲酒の量や頻度が低下する一方で、一部の酒の消費拡大が続いているのは、英国人の飲酒のスタイルが、酔うことを主目的とした飲み方から、多様な風味を少量ずつ味わうように変化してきたことによるものだ。これに伴い、英国人の飲酒の場として中心的な役割を果たしてきたパブも、その在り方を変えつつある。

パブはパブリックハウスの略で、村や町の中心的な交流の場となっていた。しかし、1980年以降、パブは急速に数を減らしている。ビール&パブ協会によれば、1982年に6万7,800店あったパブは、2014年には5万1,900店に減り、30年間で1万5,000店以上のパブが閉業に追い込まれたという。経済問題研究所(Institute of Economic Affairs)は2014年12月に発表した報告書「クロージング・タイム」の中で、30年間で閉鎖された店のうち、半数が2006年以降に閉業したとしている。閉業の理由は、パブでの喫煙禁止令(スコットランドでは2006年、イングランド、ウェールズ、北アイルランドでは2007年)と、増税による価格上昇などによるものだと分析している。

パブの営業が振るわない理由として、店頭やネットでの酒類購入が容易になったことも挙げられる。英国では、パブや居酒屋で種類を注文して飲むことをオントレード、小売店の店頭で酒を買うことをオフトレードと呼ぶが、図2はオントレードとオフトレードの数量の変化を示している。

図2:ビール販売量の変化
ビール全体の販売量(単位:1万バレル)各年順 (34,572 、34,627 、35,141 、35,500 、35,641 、34,902 、34,448 、33,155 、31,482 、30,214 、29,150 、28,477 、27,031 、26,999 、27,090 、26,970 、26,723 、26,913) オントレード、オフトレードのシェア(%)は以下の通り(各年順)。 オントレード (67.6%,65.7%,63.6%,61.7%,60.4%,59.4%,57.9%,56.5%,54.2%,53.8%,51.9%,52.4%,52.4%,50.7%,50.0%,49.1%,48.4%,46.9%)   オフトレード (32.4%, 34.3%, 36.4%, 38.3%, 39.6%, 40.6%, 42.1%, 43.5%, 45.8%,46.2%, 48.1%, 47.6%, 47.6%, 49.3%, 50.0%, 50.9%, 51.6%, 53.1%)
出所:
ビール&パブ協会

アルコール学研究所が2018年2月に発表した酒類の入手のしやすさについての調査では、1987年と比べて2017年は、スーパーマーケットや町中の酒屋でのビールの買いやすさ(指数による比較)は2.9倍も向上し、ワインや蒸留酒では2.3倍向上したという。パブでなく、家飲みする人が増えている。

こうした中、パブ側でも集客の努力が続けられている。その1つが食事メニューを増やすことだ。英国のパブはもともと、飲酒のための施設であり、多くの客が立ち飲みし、食事の提供はあまり重視されていなかった。しかし昨今、食事はパブの集客の大きなカギを握っており、1990年代に登場したガストロパブなど食事を重視したパブなどが増えている。この背景には、グルメブームの中で、英国の伝統食への回帰があり、1995年にそれまで禁止されていた14歳以下の子供がパブで飲食することが認められ、保護者同伴であれば夜9時までいられるようになったことも大きい。特に郊外のパブは家族向けのサービスを拡大するようになり、その多くは、広い駐車スペースや子供のための遊戯施設を備え、週末に家族連れが長時間過ごせるような、いわばファミリーレストランのような存在となっている。郊外の大型パブは、誕生会や冠婚葬祭の場としても利用されている。

地元に密着したパブでは、客を引きつけるための個性をつけようとさまざまな工夫を凝らし、クイズやライブコンサートなどの企画を打ち出すといった努力をしている。ロンドン市内のパブをはしごするツアー(パブ・クロール)なども企画され、あの手この手で集客の工夫が行われている。


英国のパブではおなじみのメニューであるシェパーズパイ。ひき肉の炒め物にマッシュポテトを
載せて焼いた英国伝統料理で、コテージパイとも呼ばれる(ジェトロ撮影)

とはいえ、パブの減少に歯止めをかける活動をしている消費者団体(CAMRA :The Campaign for Real Ale、注)が2018年3月18日に発表した調査結果によれば、現在もまだ全国で週平均18軒のパブが閉業に追い込まれているという。同団体は2014年に週平均29軒のパブが閉鎖に追い込まれていると警鐘を発しており、数こそ減ったが、依然としてパブが滅亡の危機にひんしている。閉鎖の大きな原因となっているのは、不動産価格の上昇に伴う賃料やビジネスレート(事業者を対象とした固定資産税)の急速な上昇だ。英国文化の中心であるパブを守るためには、ビール税などの酒税や付加価値税(VAT)の見直しなど、政府による抜本的対策が必要と訴えている。

ロンドン市もパブ存続に乗り出す

首都ロンドン市も、パブの減少は大きな問題と考えている。2017年11月27日、サディク・カーン市長は、市内のパブが2001年と比べて4分の3に減り、年平均で81軒閉鎖しているとの調査結果を挙げ、パブの存続に向けて有効な対策を構築していくと約束した。同市長は、ロンドンの経済成長にはナイトタイムエコノミーの振興が有効との考えから、2016年に「ナイトシーザー」というポストを新設し、ナイトクラブ「ダッキー(Duckie)」のプロモーターでもあるエイミー・ラメ氏を任命している。同市長は「首都のパブは、コミュニティーや歴史的価値の中心にあり、首都のユニークな性格を保護するために地方自治体の保護を受けるべきだ」と述べ、具体的には各区に対し、パブの周囲の再開発を図る建設業者などに、周辺の居住用施設の防音対策を徹底しパブと共存できるようにすることや、パブの振興に有効な政策をとることなどを求めている。


注:
CAMRAはもともと、たるの中で熟成・発酵させて飲む「リアルエール」の復活を目指す4人の若者によって1971年に設立された。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
岩井 晴美(いわい はるみ)
1984年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(1990年~1994年)、海外調査部 中東アフリカ課アドバイザー(2001年~2003年)、海外調査部 欧州ロシアCIS課アドバイザー(2003年~2015年)を経て、2015年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。著書は「スイスのイノベーション力の秘密」(共著)など。