節度ある飲み方をする人が長期的に増加傾向(英国)
変化する英国人の酒との付き合い方(1)

2018年6月28日

アルコールと健全な付き合い方をする英国人が増えている。政府や専門家によるアルコールに関する啓発活動などが功を奏したこと、健康意識の高まり、ライフスタイルや嗜好(しこう)の変化などさまざまな要因がその背景にある。飲酒スタイルの変化に伴い、英国文化の中心的な存在だったパブも、その在り方を大きく変えている。

飲酒の頻度や飲酒量は低下傾向に

飲酒の頻度、飲酒量は、ともにこの10年間で低下傾向にある(図1参照)。国民統計局(ONS)が2005年以降毎年発表している飲酒習慣調査の2017年の調査結果(2018年5月1日発表)で明らかになった。

図1:英国人の飲酒習慣の変化
「前の週に1回以上酒を飲んだ」(64.2%,63.1%,64.1%,62.1%,60.7%,59.9%,59.4%,57.5%,57.9%,58.1%,58.9%,56.9%,57.0%)「前の週に5回以上酒を飲んだ」(16.8%,15.8%,16.8%,14.9%,14.0%,13.0%,12.7%,11.2%,10.6%,11.3%,11.8%,9.6%,9.6%) 「前の週に一番多く飲んだ日には、暴飲した(注)」(18.3%,18.4%,19.6%,17.3%,16.5%,15.7%,14.9%,14.7%,15.1%,15.8%,17.1%,15.3%,15.5%) 「飲酒はしない」 (18.8%,18.7%,19.1%,20.0%,21.0%,21.4%,20.7%,22.5%,21.3%,20.8%,21.5%,20.9%,20.4%)
注:
暴飲 (binge drinking)は、「24時間以内に男性8単位以上、女性6単位以上を飲むこと」と定義される。1単位 (unit) は酒類によって異なるが、含有するアルコール量10ミリリットルまたは8グラムに相当する。政府はアルコール戦略の中で、健康被害が生じないアルコール摂取量の上限を男性4単位、女性3単位としており、その2倍を「binge(暴飲)」と定義している。アルコール度数5.2%のラガービール1パイント(568ミリリットル)が3単位、12%のワイン125ミリリットルが1.5単位。
出所:
ONS 2018年5月1日発表

調査の前の週に1回以上飲酒したとの回答は57.0%、前の週に一番多く飲んだ日の摂取量を聞いたところ、70.6%が一般的に1日の摂取量としては適切な範囲(注)とされてきた男性4単位、女性3単位以内だった。年代別にみると、ここ数年、若年層(16~24歳)の飲酒離れが注目され、2016年の調査では26.8%が「全く飲酒をしない」と回答していたが、今回調査ではその比率は22.8%に低下した。しかしそれでも、65歳以上の24.2%に次いで比率が高く、全世代平均の20.4%を上回っている。

今回の調査結果は、アルコールと節度のある付き合い方をするようになった人が増えていることを示している。英国人に多かった、短時間かつ大量という飲み方(「暴飲」)は、健康への弊害や犯罪、経済破綻などの原因として、社会問題とみなされてきた。節度ある飲み方をする人が増えた背景には、飲酒の健康への弊害が政府や専門家によって繰り返し指摘されたことがあり、最近も、医学雑誌「ランセット」(4月14日付)に「1日1種類のアルコールを飲むだけでも毎日飲めば寿命を縮める」との調査結果が掲載され、大きな反響を呼んだばかりだ。英国ではビールなどアルコール度の低い飲料を子供にも飲ませる家庭も多かったが、若年層や高齢者だけでなく、成人でも量が多ければ健康に弊害をもたらすという認識が浸透しつつある。現在、全ての酒にアルコール量を示す単位(ユニット)表示が義務付けられている。ちなみに、英国の医療ガイドラインでは1週間で14単位が健康維持のための上限として推奨されている。

もう1つは経済的な理由だ。今回の調査結果では、飲酒の量や頻度が所得の高さと比例していることが明らかになった。高所得者層ほど飲酒の頻度が高く、「全く飲まない」比率が低い(図2参照)。職業別にみると、経営者層や専門職など高所得な人ほど飲酒の頻度が高かった。若年層のアルコール離れの背景には、前述の健康意識の高まりに加え、大学の学費が年々引き上げられ多くの若者が学費ローンを抱えるようになったこと、スマートフォン費用など高額で継続的な支出が増えたことで、低所得の若者にとって飲酒が「ぜいたく」になった事情がある。ただし、「全く飲まない」若年層がいる一方で、この世代の20.4%が前の週にもっとも飲んだ日に「暴飲」したと回答しており、これは他の世代を大きく引き離してトップとなっている(全世代平均は15.5%)。

図2:年収(グロス)と飲酒の関係(単位:ポンド)
 年収は順に1万ポンド未満、1万ポンド以上1万5,000ポンド未満、1万5,000ポンド以上2万ポンド未満、2万ポンド以上3万ポンド未満、3万ポンド以上4万ポンド未満、4万ポンド以上の6段階。(以下回答は、年収枠順) 先週1回以上飲酒した人の比率(46.5%,51.8%,56.5%,60.5 %, 68.5%,78.9%) 先週5日以上飲酒した(6.8 %,8.8%,9.4 %,9.5%,13.2%,13.9%) 飲酒はしない(27.9%,21.3%,22.5%,15.6%,13.1%,6.1%)
出所:
ONS 2018年5月1日発表

富裕層が多い地域は飲酒頻度が高い

地域別の飲酒傾向にも貧富の差が表れている(図3参照)。「調査の前の週に飲酒した」と回答した比率は、平均所得が高いイングランド南東部地方やイングランド南西部地方が高く、英国の中でも所得が比較的低いウェールズやスコットランドの比率は低いという結果になった(表1参照)。

図3:英国の地域分布図
 英国はスコットランド(ブリテン島北部)、北アイルランド(アイルランド島東北部)、ウェールズ(ブリテン島西部)、イングランド(ブリテン島南部)の4つの地方から構成されている。また、イングランドは、北から北東イングランド、北西イングランド、ヨークシャー&ハンバーサイド、東ミッドランド、西ミッドランド、東イングランド、大ロンドン市、南東イングランド、南西イングランドの9地域により構成されている。
出所:
ジェトロ・ロンドン事務所作成

表1:調査の前の週の飲酒についての結果

先週1回以上飲んだ (単位:%)
イングランド南西部 61.4
イングランド南東部 61.1
ヨークシャーとハンバー 60.7
イングランド全体 57.8
東ミッドランド 57.5
東イングランド 56.7
イングランド北西部 56.1
ロンドン 55.3
西ミッドランド 55.0
イングランド北東部 54.6
スコットランド 53.5
ウェールズ 50.0
英国全体 57.0
先週5日以上飲んだ (単位:%)
イングランド北東部 12.1
イングランド南東部 11.4
イングランド南西部 11.1
イングランド全体 10.0
東イングランド 9.7
西ミッドランド 9.5
ヨークシャーとハンバー 9.4
ロンドン 9.3
イングランド北西部 9.0
東ミッドランド 8.9
ウェールズ 8.5
スコットランド 7.0
英国全体 9.6
出所:
ONS 2018年5月1日発表

ただし、その一方で、重度のアルコール中毒や健康被害につながる「暴飲」した人の比率をみると、所得とは逆の傾向が出ている。つまり、英国内でも所得が比較的低いスコットランドが全国一高く、ウェールズがそれに続く(表2参照)。

表2:先週、一番飲んだ日に暴飲した (単位:%)
スコットランド 19.9
ヨークシャー/ハンバー 19.1
イングランド北西部 18.7
ロンドン 16.3
東ミッドランド 15.9
ウェールズ 15.2
イングランド北東部 15.2
イングランド南西部 15.2
イングランド全体 15.1
西ミッドランド 13.0
東イングランド 12.4
イングランド南東部 11.4
英国全体 15.5
出所:
ONS 2018年5月1日発表

スコットランドでは5月からアルコール飲料に最低価格制度を導入

こうした中、スコットランド政府は5月1日、アルコール販売最低価格制度を導入した。これにより、スコットランドではアルコール1単位当たり50ペンス以上で販売しなくてはいけなくなった。これを主な酒類に換算すると、700ミリリットル入りウイスキーの最低価格は14ポンド(約2,058円、1ポンド=約147円)、700ミリリットル入りウオッカ/ジンは13.13ポンド、2リットル入りサイダーは5ポンド、750ミリリットル入りワインは4.88ポンド、400ミリリットル入リビールは1.1ポンドが最低価格となった。スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相は「スコットランドは、低価格の強いアルコールの重大な害を減らすために、最小単価制を導入する世界で最初の国になった」と導入の前日にツイートし、制度が公衆衛生、すなわち害のある飲み方を減らすことを目的としていることを強調した。導入に当たっては、パブなどの業界団体が強硬に反対したが、それを押し切るかたちでこの制度が導入できた背景には、スコットランドに目立つ「暴飲」をする人の多くが、安くて低品質な酒を大量に飲む傾向があり、それによる健康被害が国民保健サービスの支出拡大につながっていること、加えて社会的な被害が甚大なことなどが挙げられている。


注:
政府は2012年にアルコール戦略を発表し、その中で1日の摂取量の適切な範囲について男性4単位、女性3単位としたNHS(国民保健サービス)の基準値を示していたが、2016年に男女とも週14単位という基準に変更している。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
岩井 晴美(いわい はるみ)
1984年、ジェトロ入構。海外調査部欧州課(1990年~1994年)、海外調査部 中東アフリカ課アドバイザー(2001年~2003年)、海外調査部 欧州ロシアCIS課アドバイザー(2003年~2015年)を経て、2015年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。著書は「スイスのイノベーション力の秘密」(共著)など。