顧客との近さを決め手にニューヨークへ進出(米国)
ピーティックス海外事業担当者に聞く

2018年7月31日

ニューヨークは近年、シリコンバレーに次ぐ世界2位のスタートアップ・エコシステム構築都市として注目を集めている。巨大市場での事業展開を目的にビジネスを立ち上げる企業が多く、イベント管理・コミュニティー運営サービスのピーティックス(Peatix)も、顧客との近接性を重視して2011年、ニューヨークに米国法人を設立した。同社の海外事業担当者である庄司望氏に、米国進出の経緯やニューヨークの起業環境などについて聞いた(7月16日)。

シリコンバレーに次ぐ世界第2位の起業都市に変貌

米スタートアップゲノムの「グローバル・スタートアップ・エコシステムレポート2018」において、ニューヨークは世界2位のスタートアップ・エコシステム構築都市に位置付けられた。7,000社以上ものスタートアップ企業が拠点を置いており、ユニコーン企業(評価額10億ドル以上の非上場企業)の輩出数は、シリコンバレーに次いで米国では2位となっている。共用オフィスを提供するウィーワークや、ビジネスアプリケーションを展開するインフォア、広告プラットフォームのアップネクサスは、全てニューヨークで設立されたユニコーン企業だ。

ニューヨーク市のマイケル・ブルームバーグ前市長は、金融危機を背景に市の産業多様化を目指し、ハイテク都市構想のイニシアチブを推進した。また、金融危機をきっかけに、ミレニアル世代の若者の就業観が変化し、起業の選択肢を選ぶ若者が増え、ニューヨークのスタートアップ・エコシステムが構築された。前述のスタートアップゲノムのレポートによれば、ニューヨーク市のテック企業が2012年に調達した資金は総額23億ドルだったが、2017年には130億ドルに及ぶほどの成長を遂げている。

ニューヨークは、金融、不動産、ファッション、メディアなど、多様な産業が集積し、さまざまな分野で事業パートナーや顧客となり得る企業が存在している。このため、ITと他産業を組み合わせて新しいビジネスサービスを創造する技術系企業のハイフンテック(-Tech)が多く生まれていることが特徴といわれる。シリコンバレーなど西海岸は新たな技術やコンセプトをビジネスの軌道に乗せる環境に優れる一方で、巨大な商業集積や消費市場を抱えるニューヨークでは、市場に近いより実用的な事業が生まれやすい。

市場や文化、企業理念が進出の決め手に

イベント管理・コミュニティー運営サービスのピーティックス(2011年に東京で創業)は、顧客との近接性を重視し、ニューヨークに進出した。同社の海外事業担当者である庄司望氏は「ニューヨークは人口密度が高い大都市で、さまざまな人種やバックグラウンドを持つ人々が集まっており、イベントやコミュニティーの数も西海岸と比較して圧倒的に多い。当社サービスの需要が高く、将来性のある市場と判断した」と述べる。


海外事業担当者の庄司望氏(ピーティックス提供)

さらに庄司氏は、ニューヨークには「利益だけを追求するのではなく、社会的意義を重視するベネフィット・コーポレーションが多く存在する」「ピーティックスはイベントの運営だけにとどまらず、それ以上に人とのつながりや、コミュニティーへの貢献に注力することから、企業理念とも相性が良いと判断した」と述べた。ハンドメイド製品のマーケットプレイス「エッツィ」や、クラウドファンディングサービスの「キックスターター」のように、哲学が先にあり、その哲学を実現させるために技術を活用する企業がニューヨークには目立つという。

ユーザーとのネットワーキングを強化

進出当初は、米国でピーティックスのアプリを普及することを目的に、営業スタッフを採用し、多数のイベントに参加するなどした。しかし、米国では、業界最大手のイベントブライトが圧倒的なシェアを誇り、競合他社も20~30社ある。また、チケッティング・プラットフォームは、高度な技術で他社と差別化できる部分が少なく、先行企業が有利となる。

このため今は戦略を変更し、イベント開催などを通したユーザーとのネットワーキングを強化している。競合するイベントブライトは、イベント管理・チケット販売を行うサービスを提供しているので、ピーティックスとしては特定の分野を攻める1点突破の戦略を立てている。庄司氏は「当面は、ニューヨークの日本好きの人たちを中心としたイベントを多く実施し、コミュニティーづくりに協力していきたい」と話した。

庄司氏はまた、ベンチャーに開かれた米国のビジネス環境の良さも指摘した。「米国はビジネスの競争が激しい面では厳しい市場だが、ビジネスの筋が通っていれば、米国の人は取りあえず話を聞いてくれるという面では日本と違う。日本においてはまだ認知度が低かったころは、大企業に提案すら行けなかった」と述べた。

ニューヨークで世界に通用するUIデザインを開発

ピーティックスの米国進出は、米国市場でのビジネス展開に加えて、世界市場で通用する「ユーザー・インターフェース(User Interface: UI)」を構築することも目的としている。ニューヨークには人種的にも文化的にも多様な消費者がおり、UIもシンプルかつ分かりやすいデザインであることが重視される。庄司氏は「こうした誰にでも受け入れられるUIの構築は、ピーティックスの他の海外市場での事業拡大にも必要だと考えた」と語る。

庄司氏はさらに、「例えば、自動車配車サービスのウーバーも、サービスの利便性に加えて、アプリの使いやすさがユーザーから評価され、世界市場での成功につながった」と指摘する。ウェブサイトやアプリを利用したサービスが拡大する中で、製品の操作性は、他社との差別化を図るために重要な要素になる。ニューヨークのUIデザイナーは、ビジュアル的にも機能的にも常に使いやすさを追求し、余計なものを排除する決断力がある。また、仕事もスピード感があり、最新のトレンドも率直に取り入れるという。

ピーティックスも、米国で成功すれば、世界展開の可能性も高まると考え、従来、日本で行っていたUI開発をニューヨークに移した。現在はニューヨークのデザイナーが、日本も含めた世界市場全体で統一したUI開発を行っている。日本の本社とのやり取りでは、文化的背景の違いから製品開発に関する意見が異なることもあるが、UI開発においては文化の違いを乗り越えて使いやすいものを目指している。その点において、多様な文化が混在するニューヨークは、UI開発においても素晴らしい環境とのことだ。なお、シンガポールの同社の事業が大きく伸びているが、その要因の1つとして、ユニバーサルでシンプルなUIが同国のユーザーに広く受け入れらたことが挙げられるという。

ニューヨークでスタートアップ・ツアーを開始

ピーティックスはまた、日本企業を対象にした「ニューヨーク最新スタートアップ視察・体験ツアー」の募集を2018年1月から開始した。参加者はツアーを通じて、ニューヨークのスタートアップ・エコシステムの最新動向についての理解を深められるとともに、スタートアップ関係者ともつながる機会を得られる。

顧客の関心分野によって訪問先を変えるため、ツアーの視察先は毎回異なるが、東海岸では業種的にブロックチェーンやフィンテック分野などの関心が高い。また、共用オフィスの急成長により、働き方革命について知りたいという問い合わせもある。庄司氏は今後について、「単なる見学よりは、参加企業とニューヨークの投資家との交流など、直接ビジネスにつながる人との出会いの場をつくることに重点を置きたい」と述べている。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部
樫葉 さくら(かしば さくら)
2014年、英翻訳会社勤務を経てジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。