企業は採用と解雇に際し十分な確認を(中国)
広州で労務リスクに関するセミナーを開催

2018年10月12日

ジェトロ広州事務所は8月27日、中国における労務リスク対策に関するセミナーを開催した。中国では2008年1月から労働者の権益保護を重視した、労働契約法が施行されている。セミナーでは、広東深秀法律事務所の尹秀鍾弁護士が、同法に照らし、企業側が従業員の採用、試用、解雇などを行う際の留意点について、次のとおり講演した。

労働契約締結時に確認すべきは5点

中国では労働契約法第12条で、求職者が就業に際し、人種、民族、性別、宗教などで差別されない旨が規定されている。性別については同法第13条で、国が定める女性に不適当な職種や部門を除き、女性の採用を拒否し、または女性に対する採用基準を高く設定することを禁じている。求人仕様書に性別を記載すると、違法性を指摘される可能性があるため要注意だ。

労働契約の締結に当たり、求職者から業務内容、勤務地、作業の危険性、報酬などについて求めがあれば、採用者側は事実に基づき開示する義務を負う。採用者側も労働契約に関する求職者の状況を知る権利を有しており、採用者から照会があれば、求職者は事実に即して説明しなくてはならない。ただし、妊娠の事実については、求職者は雇用される前に採用者側へ申し伝える義務はなく、採用後に妊娠の事実が発覚しても、採用者側はその従業員を解雇できない。

その他、採用者側が労働契約の締結時に確認すべき点は、労働者の(1)身分証、(2)年齢、(3)他の労働契約の有無、(4)前職の退職理由、(5)競業避止義務の有無、の5点。

(1)について、偽造の身分証では社会保険に加入できないほか、労災が発生した場合、企業はその責任を免れない。(2)では、従業員が16歳未満の未成年者の場合、その雇用を禁じた、労働契約法第15条に抵触する。間接雇用の期間工には、16歳以上18歳未満の未成年の学生が多い。学生の期間工に労災が発生すると、派遣先の企業も責任を問われるので、注意を要する。(3)に関しては、求職者Aと他のB社との労働契約が解除されたかを確認する必要がある。契約が終了していないにもかかわらず、C社がAを採用し、AがB社に損失を与えると、C社にはB社 に対し、連帯して賠償責任を負う義務が生じる。

労使間には労働契約が必要

企業によっては、従業員と労働契約を締結しないケースが散見される。締結しない期間が雇用開始日から1カ月以内であれば合理的な猶予期間とされる。しかし、その期間が1カ月を超え1年未満となると、満1年となる日の前日まで従業員に毎月2倍の賃金(注1)を支払う必要が生じる。労働契約を締結しない期間が1年以上だと、無固定期間の労働契約を締結したとみなされるため要注意だ。

従業員が契約締結を拒否した場合、雇用開始から1カ月以内であれば雇用関係の終了を書面で通知すればよく、2倍の賃金と経済補償金(注2)を支払う義務は生じない。一方、雇用期間が1カ月超1年未満の場合、雇用関係の終了に当たり、書面での通知と経済補償金の支払いが必要となる。

市内での移転なら労働契約解除は不要

従業員との労働契約書に記載が必要な項目は次のとおり。

  • 雇用者の名称、所在地および法定代表人または主な責任者の氏名
  • 従業員の氏名、住所および住民身分証など有効な身分証の番号
  • 労働契約の期間
  • 業務内容および勤務地
  • 勤務および休憩時間
  • 労働報酬
  • 社会保険の付保項目
  • 労働条件および危険作業に係る防護措置
  • 法律および法規が労働契約に含めるべきと規定するその他事項

近年、広東省内の日系企業では、環境規制などによる(A)工場の他地域への移転、事業再編などによる、グループ会社間での(B)事業部門の統合や(C)吸収合併などが見受けられる。これにより、従業員が雇用者側から転籍、さらには勤務地や業務内容の変更を迫られている。

(A)の場合、深セン市内など同一行政区域内であれば、従来の労働契約を解除し経済補償金を支払った上で再契約する必要はない。しかし、雇用者側で従業員に対し、交通手当の支給や、社員寮の設置などの配慮が必要となる(注3)。

他方、(B)の場合、転籍前の会社での、従業員との労働契約を解除した上で、転籍先の会社で当該従業員との間に新たに労働契約を締結する必要が生じる。また、当該従業員が転籍先との契約に合意できない場合、転籍前の会社は経済補償金を支払う必要がある。

(C)では、吸収合併される会社と従業員間の労働契約は引き続き有効で、吸収合併する側の会社が当該契約を引き続き履行することとなる。この場合、労働契約の解除は生じないため、原則として従業員側は経済補償金の支払いを請求できない。

「業務不適任」の証明はかなり困難

雇用者側は、従業員が以下の状況に該当する場合、従業員を解雇できるが、経済補償金を支払う必要がある。

  1. 従業員が疾病または労災以外で負傷し、医療期間終了後も以前の業務に従事できず、配置転換後も新たな業務に従事できない。
  2. 従業員が業務に不適任であることが証明され、研修または配置転換後も、依然として不適任と証明できる。
  3. 労働契約締結時の根拠となる状況に、客観的かつ重大な変化が生じ、労働契約の履行が不可能となり、かつ従業員が契約内容の変更に同意しない。

1と2の配置転換について、広東省では、(a)配置転換の前後で給与水準に変動がない、(b)侮辱性や懲罰性がない、(c)その他法律および法規に違反しない点が求められる。(a)に関しては、明確な規定はないが、配置転換後の給与水準は転換前に比べ2割が調整可能な範囲とされる。(b)に関しては、以前に管理職だった従業員を警備員に配置するなどの行為は、侮辱性があると見なされる。

2については、雇用者側に証明の義務がある。ただ、証明は大変困難で、雇用者側が訴訟や仲裁で勝訴できる確率は2割程度といわれる。

3の客観的かつ重大な変化とは、1994年に中国労働部(当時)が制定した関連規定によれば、会社の移転や吸収合併などとされる。

拠点移転後も試用期間の再設定は不可

従業員の試用期間は、労働契約法19条で次のとおり定められている。

  1. 労働契約期間が3カ月以上1年未満の場合、試用期間は1カ月以内。
  2. 労働契約期間が1年以上3年未満の場合、試用期間は2カ月以内。
  3. 労働契約期間が3年以上(無固定期間を含む)の場合、試用期間は6カ月以内。

前述の試用期間を超えて試用期間を設定し、これが既に履行されていた場合、雇用者には労働者に賠償金を支払う義務が生じる。

試用期間の設定の際には、以下の点に注意する必要がある。

  1. 同一の雇用者は、同一の従業員との間で一度だけ試用期間を設定できる。
  2. 一定任務の完了を目的とした労働契約、または労働契約期間が3カ月未満の場合、試用期間を設定できない。
  3. 試用期間は、労働契約期間に含まれる。
  4. 試用期間中の賃金は労働契約に規定された賃金の80%を下回ってはならず、かつ雇用者の所在地における最低賃金を下回ってはならない。
  5. (労働者の能力が)採用条件に合致しないために労働契約を解除する場合、試用期間の満了前に従業員に対して解除通知を提示すること(注4)。
  6. 従業員は、試用期間内であれば、3日前に雇用者に通知することで労働契約を解除できる。
  7. 雇用者は、従業員に対し、試用期間内も社会保険料(注5)を納付しなくてはならない。

1については、工場移転などで就業場所が変更となっても、試用期間を再度設定できない点に注意を要する。


講師の尹秀鍾弁護士(広東深秀法律事務所提供)

注1:
広東省では、基数は月額基本給に超勤手当を加えた額。年末賞与など支払い周期が1カ月を超える賞与や特殊な状況で支給する手当などは含まれない。なお、従業員側が雇用者に対し2倍の賃金の差額分を請求する場合、仲裁時効は請求した日から1年さかのぼって月単位で計算し、請求した月から過去1年を超える分は請求できない。
注2:
労働契約解除前12カ月間の平均月収に勤続年数を掛け合わせた額。月収が勤務地前年度の平均月収の3倍を上回る場合は、同平均月収の3倍を限度額とし、これに勤続年数を掛け合わせる(ただし、最長で12年を超えない)。
注3:
この場合、勤務地に関する補充協議書を作成し、従来の契約書に添付する必要がある。
注4:
試用期間内であれば、労働契約の解除に当たり、経済補償金の支払いは不要。
注5:
養老、医療、労災、失業、生育の5種の保険に、住宅積立金を加えたもの。
執筆者紹介
ジェトロ・広州事務所 次長
粕谷 修司(かすや しゅうじ)
1998年、ジェトロ入構。中国・北アジアチーム(1998~2000年)、ジェトロ青森(2000~2002年)、ジェトロ・香港事務所(2002~2008年)、知的財産課(2008~2011年)、生活文化産業企画課(2011~2014年)を経て、現職。