外国企業に対する投資規制を強化へ(米国)
議会審議が進む2017年外国投資リスク審査現代化法案

2018年5月24日

中国企業の米国投資に対する警戒感が高まっている。米連邦議会では、外国投資委員会(CFIUS)の権限強化法案「2017年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」の審議が行われている。FIRRMAにはCFIUSの審査対象を大幅に拡大する規定が盛り込まれている。米中関係の専門家からは「米中間の貿易摩擦が関心を集めるが、CFIUSの権限強化は法制度の変更であり、米国のビジネス環境により永続的な影響を及ぼす」との指摘も聞こえる。トランプ政権はFIRRMAへの支持を表明する一方、もし同法の議会審議が停滞すれば、行政権限に基づきFIRRMAの一部内容を含めた投資規制策を独自に執行する姿勢を示している。

CFIUSによる投資差し止めが増加

民間調査会社ロディウム・グループの統計PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(326KB) によれば、2017年の中国企業の対米直接投資額(引き揚げは含まない)は294億ドルであった(図)。過去2番目の水準となったが、最高額を記録した2016年(452億ドル)から大幅に減少した。件数ベースでみても2017年は141件であり、前年の177件から減少している。ロディウム・グループは対米投資の減少は商業的な要因ではなく、米中両国政府の政策によるところが大きいとして、中国政府の対外投資規制(注1)に加え、米国の外国投資委員会(CFIUS)による審査強化を減少要因に挙げた。なお、2017年の投資額のうち、97.4%を企業の合併・買収(M&A)が占めている。

図:中国企業の対米直接投資額(案件ベース、グロス)の推移
2000年0.7億ドル、2001年0.5億ドル、2002年1.0億ドル、2003年0.7億ドル、2004年1.9億ドル、2005年20.0億ドル、2006年2.0億ドル、2007年3.6億ドル、2008年7.7億ドル、2009年7.0億ドル、2010年46.0億ドル、2011年49.0億ドル、2012年76.0億ドル、2013年143.0億ドル、2014年128.0億ドル、2015年149.0億ドル、2016年452.0億ドル、2017年294.0億ドル。
注:
引き揚げは除く。
出所:
ローディアム・グループ資料からジェトロ作成

CFIUSは米国政府内の委員会(注2)で、外国企業による米企業の買収が米国の安全保障の脅威となるかを案件ごとに審査している。もともとは日本企業の米企業買収に対する警戒感の高まりを背景に1988年に「1950年国防産業法PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(369KB)」を修正する形で設置されたもので、大統領にはCFIUSの勧告を受けて外国企業の買収を差し止める権限が与えられている。CFIUSへの審査申請は買収の当事者である各企業の判断に委ねられているが、CFIUSは申請の有無にかかわらず独自に審査を行う権限を持つ。企業からの申請がされていない案件についても、安全保障上の問題があると判断すれば、大統領は買収案件の進捗(しんちょく)段階にかかわらず、契約の解消を命じることができる。

CFIUSの審査過程は、(1)調査開始前の非公式な協議、(2)安全保障審査(National Security Review)、(3)安全保障調査(National Security Investigation)の 3段階に分かれる。企業は通常、CFIUSとの非公式な協議を経た後、正式な審査申請を行う。CFIUSが書類を受理すると30日間の安全保障審査が行われ、安全保障上の問題がない、または安全保障上の懸念を解消する対応を企業が取ったと判断された場合は、審査はその時点で終了する。一方、買収案件が米国の安全保障を脅かす、買収により米国の重要インフラが外国人の支配下になる、または買収企業が外国政府により支配されていると判断された場合は、さらに45日間の安全保障調査が行われる。CFIUSはこの安全保障調査の結果を受けて、大統領に勧告を行うかを判断する(注3)。勧告がなされた場合、大統領は15日以内に、買収差し止めなどの実施の有無を決定する必要がある。

1988年にCFIUSが法制化されて以降、大統領が投資差し止めを行った買収案件は5件(表)。そのうち、4件が中国企業の投資であった。また、クアルコムに対するブロードコムの敵対的買収の阻止についても、CFIUSは中国との技術競争が背景にあると説明PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(624KB)している。長期投資を抑える方針のブロードコムによる買収により、第5世代ワイヤレスネットワーク技術の開発競争でクアルコムが後れを取る可能性があり、同技術を華為技術(ファーウェイ)などの中国企業に握られるとの懸念を示している。

表:CFIUSに基づく米国大統領による投資差し止め事例
実施年 大統領 買収企業国籍 概要
1990年 ジョージ・H・W・ブッシュ 中国 中国宇宙航空技術輸出入公司(CATIC)によるシアトルの航空機部品メーカーMAMCOマニュファクチャリングの買収について、契約解消を指示。買収により輸出規制の対象技術をCATICが入手する可能性があることが理由。
2012年 バラク・オバマ 中国 中国系企業ロールズ・コーポレーションなどによるオレゴン州の風力発電関連企業4社の買収について、契約解消を指示。ロールズ・コーポレーションが計画していた風力発電事業の所在地が、同州の米海軍訓練施設近くの飛行制限空域内にあることが理由。
2016年 バラク・オバマ 中国 中国系投資ファンド福建芯片投資基金による米国資産を持つ独半導体企業アイクストロンの買収差し止めを指示。議会調査局は、アイクストロン社の技術や実績が軍事転用される可能性があることが理由との報道内容を紹介。
2017年 ドナルド・トランプ 中国 トランプ大統領は、CFIUSの勧告に基づき、米半導体企業「ラティスセミコンダクター」に対する投資ファンド「キャニオン・ブリッジ・ファンド(CBFI)」などによる買収の差し止めを指示。CBFIには中国政府関連ファンドが出資しており、同買収案件は米国の安全保障に脅威となり得ると判断。
2018年 ドナルド・トランプ シンガポール トランプ大統領は、シンガポールに本社を置くブロードコムによる、米半導体メーカーのクアルコムに対する敵対的買収を阻止。クアルコムの半導体は米国の多くの携帯電話で使用されているほか、第5世代ワイヤレスネットワーク技術で同社が後れを取ることを警戒。
出所:
議会調査局資料などからジェトロ作成。

なお、中国アリババグループのアント・ファイナンシャルによるマネーグラムの買収(2018年1月24日記事参照)のように、CFIUSとの協議や調査結果を受け、大統領の最終決定前に「自主的」に買収を断念する事例も多くある。

ロディウム・グループの推計によれば、CFIUSの認可を得られず不成立に終わった中国企業の米国企業買収案件は、2017年で80億ドルに上る。

CFIUSの審査対象を拡大

米国政府内では、中国企業による海外の先端技術の買収を、中国政府が「中国製造2025」などの産業政策に基づき支援していることへの懸念が強い。

米連邦議会では、2017年11月8日に下院のロバート・ピッテンガー議員(共和党、ノースカロライナ州)らがCFIUSの権限強化法案「2017年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)(H.R.4311)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(259KB)」を提出(注4)した。

FIRRMAは、現行のCFIUSの権限を大幅に拡大する内容になっている。まず、「米国企業を支配する外国企業の投資」を審査対象にする現行制度の範囲を拡大し、以下の事業活動を追加で審査対象に含める。

  1. 米軍施設などに隣接する土地の購入・賃貸
  2. 重要技術や重要インフラを持つ米国企業に対する非受動的投資(少額出資であっても、米国企業が保有する非公開の技術情報にアクセスする、取締役会に参加・関与するなどの条件を満たす積極的な投資は規制対象にする)
  3. 重要技術を持つ米国企業が合弁事業などを通じて知的財産などを外国企業に提供する取引(※議会の関連委員会は同条項を削除。詳細は後述)
  4. 米国事業に関する外国企業の支配権などを変更する投資
  5. CFIUS審査の迂回(うかい)を目的とした取引・譲渡・契約

企業負担を軽くする制度変更も

FIRRMAはまた、「宣誓(declaration)」制度を新設する。外国企業は、投資の概要を記した5ページ以内の簡易な宣誓書を取引完了日の45日前までにCFIUSに提出することで、正式な申請を行う必要があるかの判断を事前に求めることが可能になる。この宣誓制度で正式な申請は必要ないと判断されれば、正式な書類作成に係る労力をかけずに済ますことができる。

宣誓制度の活用は、原則として企業の判断に委ねられている。しかし、議決権の25%を外国の投資家が得る取引において、その外国投資家の25%の議決権を直接・間接的に外国政府が持っている場合などには、宣誓書の提出が義務付けられる。

国により審査基準に濃淡

FIRRMAはそのほか、特定国による一部の投資をCFIUSの審査対象から除外できる規定を設けている。適用除外となる投資の具体的な条件は別途定めるが、対象国については、相互防衛協定や外国投資に対する安全保障の分野での相互取り決めを米国と締結している国や、当該国の外国投資の審査制度などを検討し選定する。

一方、米国の安全保障に重大な脅威をもたらす「特に懸念がある国(countries of special concern)」を利するような投資は規制される。特に、「新興技術(emerging technologies)」について、安全保障に関連する技術上の優位をこれらの国に対してもたらすかどうかを審査基準として新たに追加した。また、これらの国の産業政策への対応として、CFIUSと同様の審査システムを構築することを同盟国に促し支援することや、輸出規制制度の強化で同盟国と協力することを大統領に求めている。下院のデジタルコマースと消費者保護に関する小委員会が開催した上述の公聴会において、ヒース・タルベルト財務次官補は、「FIRRMAは安全保障目的に基づく他国政府などとの情報共有を許可することで、同盟国との連携を強化する」と述べている。

そのほか、FIRRMAは取引総額の1%に当たる金額か30万ドルのどちらか安い方の金額を上限として、申請手数料を企業から徴収できる権限をCFIUSに与えている。

議会の審議動向に注目

米連邦議会では、現行の制度内での対応をまずは行うべきと主張する意見も強く、議会での審議を通して、法案内容は今後修正される可能性も高い。特に、前述3の「重要技術を持つ米国企業が合弁事業などを通じて知的財産などを外国企業に提供する取引」に関しては、「米国企業の海外事業が妨げられる」「既存の輸出管理規則と管轄が重複する」などの懸念が強く、関連委員会での修正により上下両院案から既に削除されている。そのほか、前述2の非受動的投資の審査対象化や他国政府との情報共有の条項については下院案では削除されたが、上院案では引き続き盛り込まれており、今後の議会審議の動向が注目される。

トランプ政権は法案成立に圧力

トランプ政権はFIRRMAへの支持を表明している。しかし、法案の議会審議が進まなければ、国会緊急経済権限法(IEEPA)に基づく行政権限によりFIRRMAの一部内容を含めた措置を独自に執行する方針を示し、法案成立に圧力をかけている。

また、トランプ大統領は2018年3月22日、1974年通商法301条に基づく対中制裁措置の発動を決定し、ムニューシン財務長官に対して60日以内に中国企業の投資規制に対する強化案を提案するよう求めた(2018年3月23日記事参照)。ムニューシン財務長官による強化案の提出がなされたかは2018年5月23日現在で不明だが、米中両国政府は通商摩擦の解消に向けた交渉を引き続き行っており、トランプ政権による対中投資の規制強化はこの交渉の行方にも左右されると見られる。


注1:
中国政府は2016年末以降、対外投資に対する規制を強化している。中国企業の対外投資を業種別に「奨励」「制限」「禁止」に分け、対米投資額が大きい不動産やホテル、映画館、娯楽業などは制限分野に規定している。中国企業の投資規制の詳細については、2018年4月17日記事参照。
注2:
審査メンバー(オブザーバーや投票権のないメンバーは除く)は以下の省庁部局の代表者で構成される:財務省、司法省、国土安全保障省、商務省、国防総省、国務省、エネルギー省、通商代表部、科学技術政策局。委員長は財務長官が務める。
注3:
下院のデジタルコマースと消費者保護に関する小委員会(エネルギー・商業委員会傘下)が4月26日に開催した公聴会におけるヒース・タルベルト財務次官補の証言内容PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(45KB) によれば、CFIUSが2017年に安全保障審査で受け付けた申請件数は約240件であった。その約7割が安全保障調査に進んでおり、申請件数全体の2割がCFIUSによって投資内容の修正や阻止が必要と判断されている。
注4:
上院でも多数党院内幹事のジョン・コーニン議員(共和党、テキサス州)が同様の法案(S.2098PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(369KB))を提出している。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
鈴木 敦(すずき あつし)
2006年、ジェトロ入構。対日投資部にて外国企業誘致に向けた地方自治体の支援や、日本の投資環境のPR業務を担当。その後、海外調査部国際経済研究課にて、国際貿易や世界の通商動向などに関する調査業務に従事。2014年9月から現職。米国の通商政策などに関する調査・情報提供を行っている。