北京市のイノベーション分野に日中協業の余地

2018年5月30日

北京市は、中国国内で最もイノベーションが発展している地域の1つだが、その原動力となっているのが中関村地区である。同地区には多数のIT企業や研究所があるほか、近隣にも有名大学が立地しているため、これらが連携して研究・開発・生産を行う拠点となっており、「中国のシリコンバレー」と呼ばれている。中関村には日本向けにアプリ開発を行う企業も存在しており、今後、イノベーション分野において日中企業が協力できる余地は大いにある。

中国におけるイノベーションの現状

近年、中国では「創新駆動発展計画(イノベーションに基づく発展戦略)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」によりIT産業、人口知能(AI)産業などが発展してきた。「創新駆動」は、「第12次5カ年規画」(2011~2015年)において初めて独立した章として取り上げられ、「第13次5カ年規画」(2016~2020年)では「創新、協調、緑色(グリーン)、開放、共享(共有)」の5つの発展理念の最重要目標に位置付けられた。

特に2015年以降、イノベーションが政策において重視されている。2015年3月に開催された全国人民代表大会の政府活動報告において、李克強首相が「インターネット+(プラス)行動計画」を提起したほか、同年5月には国務院より「中国製造2025」が発表され、イノベーションを展開していくための政策が打ち出された。また、インターネットを活用して産業の高度化を達成するため、国務院は2016年5月に「国家創新駆動発展戦略綱要」を発表し、2050年には世界のイノベーション強国になるという目標を示した。

2018年3月に開催された第13期全国人民代表大会第1回会議では、第12次5カ年規画期間を振り返り、中国のeコマース、モバイル決済、シェアリングエコノミーなどが世界の潮流をリードし、「インターネット+(プラス)」が各業種と広範囲で融合したとして、中国のイノベーション分野における発展について一定の評価がされた。

北京市におけるイノベーションの現状

中国でのイノベーションの発展における北京の位置付けについて、北京市科学技術委員会の許強党組書記/主任は「2018年全国科技イノベーションセンター建設工作会議」の中で、同市の総合科学技術イノベーションの水準は全省区市の中でトップクラスであると報告した。北京市の研究開発支出が域内総生産(GRP)に占める割合は6%前後と全国首位であり、技術協力成約額は4,485億元(約7兆6,245億円、1元=約17円、前年比13.8%増)で全国の33.4%を占めている。また、2017年末の同市の科学技術型企業は50万社にのぼり、ユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)は同市だけで67社存在している。

北京でインキュベーション施設を運営している優客工場(UCOMMUNE)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の張鵬首席戦略官は、現在の同市はスタートアップ企業にとって良い環境であると語る。優客工場は2015年に設立され、海外も含めた35都市に200施設を設置しており、中国のインキュベーション施設運営企業の中では唯一のユニコーン企業である。張氏によると、北京市では最近、参入に必要な投資額が比較的少ないIT、AI、ICO(イニシャル・コイン・オファリング)、ビッグデータといった分野での起業が多い。また、深セン市はスマート製造、上海市はサービス業に強いのに対し、北京市は、イノベーションエコシステムが確立され、幅広い分野で起業がみられることが強みである。優客工場は、大学生のスタートアップ企業に対する支援例は比較的少ないものの、同社のオフィスに入居している企業の代表者の年齢は28~40歳と一般企業に比べて若いのが特徴である。また、この傾向は北京のイノベーション関連企業全体についてもいえる。

中関村地域のイノベーションの現状

北京市におけるイノベーションの主な原動力となっているのが、中関村地域である。中関村は、1988年5月に国務院が批准し、北京市政府が公布した「北京市新技術産業開発試験区暫行(暫定)条例」により中国で最初の国家級ハイテク技術産業開発区として成立、その後、中関村国家自主革新モデル区となった。近年は、中国最大のIT企業である聯想集団(レノボグループ)をはじめ、多数のIT企業や研究所が同地域に集積しているほか、北京大学、清華大学、中国人民大学や北京理工大学といった名門大学も近くに立地していることから、こうした大手IT企業や大学と連携して研究・開発・生産を行う拠点となっており、「中国のシリコンバレー」と呼ばれている。

2016年の中関村所在企業の従業員の学歴をみると、大学学部卒以上の割合は53.2%となっており、うち修士および博士課程の修了者数は26万3,000人、2万5,000人と、それぞれ全体の10.6%、1.0%を占めている(図1)。中関村における創業者の平均年齢は39.1歳であり、その中でも30代までに起業した割合が22.4%に上るなど、比較的若年層による起業が多い。

図1:中関村所在企業における従業員の学歴構成(2016年)
博士およびそれ以上の学歴が2万5000人で全体の1%、修士卒が26万3000人で10.6%、大学卒が103万1000人で41.6%となっており、3つを合計した大学学部卒の割合が53.2%と過半数を占めた。
出所:
「中関村指数2017」より筆者作成

2016年の中関村における科学技術関連の従業員数は65万7,000人(前年比8.7%増)で、同地域の従業員総数の26.5%を占めている。全企業の科学技術関連事業活動費は1,972億4,000万元(約3兆3,530億8,000万円、前年比11.1%増)、収入(売り上げ)額が100億元以上の企業の科学技術関連事業活動費は317億9,000万元(前年比12.7%増)となっている。また、中関村の現代サービス業は、売り上げが2兆9,869億7,000万元(前年比11.4%増)と、5年連続で同地域の企業の売上高の6割以上を占める主要産業となっている。

2016年に中関村では、新たに科学技術関連企業2万4,607社が設立された。企業規模も拡大している。2016年、売上高1億元以上の企業は3,273社(前年比306社増)あり、うち100億元超が73社(前年比5社増)、1,000億元超が6社あった(図2)。

中関村のユニコーン企業は65社(前年比25社増)と、中国全土のユニコーン企業の約半分を占めており、米国のシリコンバレーに次ぎ、世界でもユニコーン企業が多い地域となっている。65社の総評価額は2,137億元とされており、その中ではスマートフォン大手の小米(460億元)、ライドシェア大手の滴滴出行(338億元)、消費者向けアプリなどを運営する美団点評(180億元)の3社の評価額が100億元を超えている。また、中関村には5,054社のガゼル企業(高成長を続ける中小企業)があり、2016年の総売上高は4,526億2,000万元と前年比23.5%増加している。

図2:中関村所在の年間収入(売り上げ)1億元以上の企業数(2010~2016年)
2010年以降毎年増加しており、2016年は3,273社であった。
出所:
「中関村指数2017」より筆者作成

外資企業の進出も多い。米国フォーチュン誌が発表している世界トップ500企業のうち、インテル、マイクロソフト、IBM、シーメンス、サムスンなど130社が中関村に子会社もしくは研究開発拠点を設置している。中関村イノベーション大街提携街区機構は米国、イスラエルなど20カ国の30余りの機構と業務提携し、世界のイノベーション資源と人材を誘致しようとしている。これは、中関村に海外に留学していた帰国生が3万人(前年比11.2%増)、外国籍人材も9,779人(14.6%増)いることからも分かる。

また、2016年の中関村企業の専利(特許、実用新案、意匠)出願件数は6万9,217件(前年比14.2%増)、専利取得件数は3万6,336件(4.0%増)となっており、それぞれ北京市における割合は36.6%、36.1%である(図3,4)。うち、特許出願件数は4万1,127件(8.7%増)、特許取得件数は1万4,782件(15.3%増)となっている。また、中関村企業のPCT出願(特許協力条約に基づく国際出願)件数は3,187件と北京市全体の47.9%を占めており、うち、京東方科技集団(BOE)、北京奇虎科技など6社のPCT出願件数は100件を超えている。

図3:中関村所在企業の専利および特許の出願件数
2016年の中関村所在企業の専利(特許、実用新案、意匠)出願件数は6万9217件で北京市の出願件数の36.6%を占めた。うち、特許出願件数は4万1127件となった。
出所:
「中関村指数」各年版より筆者作成
図4:中関村所在企業の専利および特許の取得件数
2016年の中関村所在企業の専利(特許、実用新案、意匠)取得件数は3万6336件で北京市の取得件数の36.1%を占めた。うち、特許取得件数は1万4782件となった。
出所:
「中関村指数」各年版より筆者作成

北京のイノベーション企業と日本企業との協力の可能性は

北京市のイノベーションの中心地である中関村地区において、日本向けのサービスに特化して製品の開発、製造を行っている企業がある。

表:企業概要
企業名 新娯時代網絡科技(newestage、本社所在地:北京)
設立年 2016年
従業員平均年齢 25歳
従業員数 100人(中国70人、日本15人、インドネシア15人)
事業概要 インターネットライブ配信、ゲーム製作、イベント開催など

新娯時代網絡科技(newestage外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )は、2016年に百度(Baidu)の国際製品部門の幹部ら3人が独立し、複数の有名ファンドから出資を受けて設立された。同社は東京にも事務所を開設しており、「Stager Live」というインターネットライブ配信アプリを提供しているほか、そのアプリ内で利用できるゲームの製作、イベント開催、マーケティングサービスなどを行っている。この企業の特徴は、製作するすべての商品が日本向けであり、コンテンツを中国で製作し、日本でサービスを提供しているところにある。「Stager Live」の総ダウンロード数は600万以上で、2017年には日本のAppStoreの「ソーシャルネットワーク」カテゴリーでダウンロード数第4位を獲得した。同アプリに登録しているユーザー、視聴者のほとんどが日本人である。「Stager Live」とそのアプリ内のゲームは中国で製作しているが、日本の趣向に合わせるために日本人が製作責任者を務めているほか、多数の日本人が製作およびテスト作業に携わっている。同社は中国で発展したビジネスモデルを日本に導入している。例えば、視聴者がバーチャルギフトを購入し、アプリ内でライブ配信をしている人に贈ると、受け取った配信者はそのギフトを現金化できる。newestageの創業者の1人である朱軒氏によると、北京では、スタートアップ企業がベンチャーキャピタルから出資を受けやすく、また、優秀な大学生が多いためソフトウエア開発においても優位性がある。同社は日本の芸能・文化が受け入れられているインドネシアにも事務所を置いている。また、今後は他国への事業拡大も検討しているという。優客工場の張首席戦略官も、日本の技術やコンテンツなどで中国でも活用できるものは多く、北京のイノベーション関連企業と日本企業との将来的な協力の可能性は多いにあるとする。特に、スタートアップ企業の中心となる若者同士の日中交流を活性化することで、日中におけるイノベーションの発展がより一層見込めると言えそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・北京事務所 対外業務部 副部長
小林 紘之(こばやし ひろゆき)
2009年、ジェトロ入構。アジア経済研究所成果普及課、農林水産・食品部農林水産・食品事業課を経て、2014年4月より現職。