待ったなし、急増する高齢者の暮らし支える環境づくり(シンガポール)

2018年9月4日

シンガポール北部ウッドランドの公団住宅街に2017年8月、同国初の高齢者専用の住宅やデイケア施設、医療施設を完備した次世代公共総合施設「カンポン・アドミラリティ」が完成した。リー・シェンロン首相が、2018年8月9日の独立記念日の国民向けのビデオメッセージの舞台に選んだのはこの施設だ。人口の高齢化が加速する同国では、高齢者向けの住宅や医療施設などの整備が進んでおり、同施設の設置は政府の高齢者政策の新たな試みである。

全てがそろう「高層村」は未来の高齢者団地のモデル

カンポン・アドミラリティはその「カンポン(村)」という名前が示すとおり、住宅から買い物、食事、医療など1つの場所で全てが完結するコミュニティーだ。1階には吹き抜けの広場があり、その周りを飲食店などの店が並び、2階には900席もある大規模なフードコートがある。また施設内には、専門医療施設や高齢者向けのデイケア施設のほか、屋上に庭園も設けられ、一カ所で生活に必要な全てがそろう。このほか、託児所も設けられている。


高層村「カンポン・アドミラリティ」には、住宅や食事、医療など
生活に必要なアメニティーが全てそろう(ジェトロ撮影)

さらに、住宅(全約100戸)は、滑って転ばないよう床材に工夫を凝らし、調理器を火力ではなく電気にするなど、高齢者が安心して生活できるように配慮している。リー首相は独立記念日のメッセージで同施設を、「未来の公団住宅のモデルだ。人口高齢化のニーズを満たし、住民とその家族が集まれるようにしてコミュニティーを形づくるよう促している」と述べた。

加速する人口の高齢化の中、遅れるインフラ整備

シンガポール政府が公共の高齢者用住宅の建設に本格的に乗り出した背景には、国民の急速な高齢化がある。65歳以上の高齢者は2017年6月末時点で49万6,600人と国民の14%を占め、1990年の16万4,500人(6%)から3倍強に増加した(図参照)。さらに、首相府人口・人材局(NPTD)の予想では、高齢者が2030年に90万人へと増え、人口の21%以上が65歳以上の高齢者という「超高齢者社会」入りする見通しだ。

図:高齢者(注)人口の推移と見通し(単位:1,000人、%)
65歳以上の高齢者は2017年6月末時点で49万6,600人と国民の14%を占め、1990年の16万4,500人(同6%)から3倍以上に増加した。今後は高齢者が2030年に90万人へと増える見込み。
注:
各年央時点の外国人永住権者を含む国民の65歳以上の高齢者。
出所:
統計庁、首相府人口・人材局(NPTD)から作成

人口の高齢化により、介護を必要とする高齢者は今後、大きく増えていく見込みだ。保健省は、食事、歩行やトイレなど6種類の日常生活行為のうち、少なくとも3つの行為が介助なしでできない65歳以上の高齢者が、2014年時点の2万9,000人から、2030年に6万9,000人へと2倍以上に増加すると見込んでいる(注1)。このように急速に増え続ける高齢者に対し、養護施設やデイケア施設などのインフラは不足している。保健省は2020年までに、養護施設のベッド数を2017年2月時点の1万2,800床から、2020年までに1万7,000床に増やすことを計画している。また、保健省は自宅での介護を支援するため、訪問介護サービスを2020年までに年間1万件(2014年時点:6,500件)に増やし、エルダーケアセンター(デイケア施設)の受け入れ能力を2020年までに6,200件(3,100件)に拡大する計画だ。しかし、同国の福祉団体、リエン財団のリポート(注2)によると、保健省傘下の高齢者ケアを管轄する政府機関、統合ケア庁(AIC)が2015年に受理したデイケア施設への入所依頼は年間7,800件と、2020年の目標を既に上回っている。

同国の高齢者の介護は現状、多くの世帯で、フィリピン人やインドネシア人などの外国人メイドに依存している(注3)。保健省によると、日常生活に支障をきたす高齢者などの世話に外国人メイドを雇用する場合、1世帯当たり月120シンガポール・ドル(約9,840円、 Sドル、1Sドル=約82円)を補助する「外国人家庭内労働者補助金(世帯収入が2,600Sドル以下が対象)」の受給を受けた家族は、2015年末時点で約6,200世帯に上る。同補助金の受給を受けるには、メイドに対して介護に関する研修の受講が義務付けられているが、短時間の講習にとどまっており、メイドの多くが介護に関する専門知識を持っていないのが実態だ。また、外国人メイドの給与は上昇しており、1人暮らしの高齢者が増加する現状の下、全ての世帯がメイドを雇えるわけでない。

コミュニティーで高齢者支援を

一方、これら高齢者を支える現役世代も、少子化により急速に割合が縮小している。65歳以上の高齢者1人を支える現役世代(20~64歳)は2017年6月末時点で4.4人と、1990年の10.4人から半分以下に減少した。統計局の予想によると、2030年には高齢者1人を支える現役世代はさらに2.4人へと縮小してしまう。保健省は2015年8月発表の「高齢化を成功裏に迎えるためのアクションプラン」で、核家族化で高齢者の孤立を防止し、若い世代との交流を促すため、今後10カ所の高齢者向けの公団住宅(HDBフラット)に託児施設を設置する目標を設定した。上掲の高層村「カンポン・アドミラリティ」に託児所があるのは、そうした取り組みの一環だ。近所に住む若い夫婦が子供をその託児所に預け、同施設に住む祖父母が迎えに行きやすいように配慮することで、世代間の交流も促している。

このほか、カンポン・アドミラリティの1階には、高齢者向けの店舗にとどまらず、若い世代も対象にした飲食専門店も並んでおり、近隣の若い世代の住民も楽しめるようにしている。この高齢者専用の「高層村」の設置は、急増していく高齢者を家族だけでなく、コミュニティー全体で支えていくという、理想の高齢者ケアを模索するシンガポール政府の新たな試みだ。


注1:
保健省2018年5月25日発表「エルダーシールド見直しレポート」での予測PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.3MB)
注2:
リエン財団の2018年8月14日付報告書「住み慣れたコミュニティーで老いを迎える(Care Where You Are-Enabling Singaporeans to age well in communityPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.2MB)
注3:
人材省によると、外国人メイドは2017年12月末時点で24万6,800人。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。