外資系小売企業のブランド出店が進むウクライナ
経済回復と消費拡大が背景に

2018年10月25日

ウクライナへ新規進出する外資系企業が増えている。8月18日、ウクライナの首都キエフ最大のショッピングモールに、ファストファッションブランドのH&Mが初出店した。既に世界各国に店舗を持つH&Mだが、今回は70カ国目の出店先としてウクライナを選んだ。新規進出先としてウクライナを選ぶのは、H&Mだけではない。その背景にある経済と消費市場の動向を分析する。

消費の拡大が経済回復のリード役

ウクライナ経済は、2016年から回復基調にある。2014年2月の政変(マイダン革命)以降、重工業の盛んな東部での紛争に伴う鉱工業生産の低下や国防費の増大、外国為替レートの暴落とそれに伴う物価の上昇などが原因で、経済が低迷していた。しかし、2016年の実質GDP成長率は、農業や食品製造業への設備・インフラ整備向けの投資の増加が牽引し、2.4%と4年ぶりのプラス成長となった。その後も経済は回復傾向にあり、2017年は加工業、特に機械製造や化学、冶金(やきん)製品の増加によって、成長率は2.5%となった。2018年の第1四半期は3.1%(2018年5月24日ビジネス短信参照)、第2四半期は3.8%と、引き続き経済回復傾向にある。

この経済回復のリード役となっているのが、消費の拡大だ。ウクライナ中央銀行は、2018年第2四半期の実質GDP成長率に最も寄与したのは消費だとしている。それを支えるのは、4.2%と高い伸びを示した家計最終消費支出である。小売売上高は、2014年に前年比10%減、2015年には20%近く減少していたが、2016年4.5%増、2017年6.0%増となり、回復へと向かっている。2018年上半期は前年同期比4.4%増だが、通年では7~8%増に高まると予想されている。特に好調なのは、半耐久財(注1)および耐久財だ。項目別に見ると、織物や衣類、スマートフォンを含む通信機器などが伸びを続けている。

図1:小売売上高の項目別伸び率
小売売上高、2013年6.1%、2014年-10.0%、2015年-19.8%、2016年4.5%、2017年6.0%、2018年上期4.4%。飲食料品、2013年7.7%、2014年-3.2%、2015年-17.6%、2016年1.5%、2017年5.5%、2018年上期5.9%。織物・衣類、2013年15.7%、2014年12.2%、2015年-21.0%、2016年4.0%、2017年19.9%、2018年上期17.3%。自動車、2013年5.0%、2014年-45.4%、2015年-35.8%、2016年41.8%、2017年23.7%、2018年上期0.4%。通信機器、2013年10.5%、2014年1.4%、2015年-29.7%、2016年27.8%、2017年41.5%、2018年上期35.5%。医薬品・化粧品、2013年12.8%、2014年-2.6%、2015年-15.4%、2016年18.2%、2017年22.4%、2018年上期18.4%。燃料、2013年5.4%、2014年-8.5%、2015年-13.3%、2016年-2.9%、2017年6.8%、2018年上期-10.8%。
注:
2014年からはクリミア自治共和国とセバストポリ市、ドネツク州、ルガンスク州を除く。
出所:
ウクライナ国家統計局データを基にジェトロ作成

消費拡大を支える賃金の上昇

消費拡大の背景となっているのが、賃金の上昇だ。実質賃金は、2014年のマイダン革命による経済低迷の影響を受けて2015年まで低迷していたが、2016年は前年比9.0%増、2017年は19.1%増となり上昇を続けている。名目賃金も上昇しており、2017年は前年比37%増の月額7,100フリブニャ(約267米ドル)(注2)、2018年7月には前年同月比14.7%増の9,170フリブニャ(約347米ドル)(注3)となり、ドルベースで比較しても大きく上昇している。グロイスマン首相は「2018年末までに1万フリブニャまで上昇するだろう」と楽観的な見通しを示す。

また、実質可処分所得も賃金と同様に推移し、2016年第2四半期から前年同期比増を維持、2018年第1四半期は10%増でマイダン革命以降最大の伸び率となった。賃金および実質可処分所得の上昇が、国民の消費意欲を高め、消費の拡大へとつながっている。

図2:賃金と実質可処分所得の推移
名目賃金、2013年3,282フリブニャ、2014年3,480フリブニャ、2015年4,195フリブニャ、2016年5,183フリブニャ、2017年7,104フリブニャ、2018年第1四半期7,973フリブニャ、2018年第2四半期8,782フリブニャ。実質賃金上昇率、2013年8.2%、2014年-6.5%、2015年-20.2%、2016年9.0%、2017年19.1%、2018年第1四半期26.2%。実質可処分所得上昇率、2013年1.9%、2014年9.0%、2015年-26.6%、2016年7.3%、2017年0.2%、2018年第1四半期10.0%、2018年第2四半期9.7%。
注:
名目賃金および実質賃金は、2013年と2014年はクリミア共和国とセバストポリ市を除く。2015年から東部紛争地域も除く。実質可処分所得は、2014年はクリミア共和国とセバストポリ市を除く。2015年から東部紛争地域も除く。2018年はドネツク州とルガンスク州も除く。
出所:
ウクライナ国家統計局

消費の回復を受け、外資系消費財企業の進出が目立つ

市場の回復と拡大により、外資系消費財ブランドがウクライナへ続々と進出している。2017年はドイツの靴メーカーのリーカーや米国のスポーツウェアブランドのアンダー・アーマーなど、約20社が新規進出を遂げた。アンダー・アーマーは、2017年12月にキエフとハルキウに各1店舗オープンした後、3・4店舗目を2018年4月と5月にキエフ市内に開店するなど、ウクライナ国内で精力的に店舗を拡大している。

表:2017年および2018年初進出の主要企業
ブランド名 製品 時期
サッカニー(saucony) 米国 2017年1月
コールハーン(COLE HAAN) 靴・衣類 米国 2017年4月
Superdry 極度乾燥(しなさい) 衣類 英国 2017年7月
ヒューゴ・ボス(Hugo Boss) 衣類 ドイツ 2017年9月
リーカー(Rieker) ドイツ 2017年11月
アンダー・アーマー(Under Urmer) スポーツウェア 米国 2017年12月
ザラホーム(ZARA home) インテリア スペイン 2018年5月
コトン(Koton) 衣類 トルコ 2018年5月
H&M 衣類 スウェーデン 2018年8月
出所:
ウクライナ小売協会データおよび現地報道よりジェトロ作成

2018年8月、キエフに同国初の店舗をオープンしたH&Mウクライナのドミニク・ファンタッチノ社長は、進出の理由として、(1)ウクライナ経済の回復、(2)生活水準の向上、および(3)中間層の増加を挙げ、「今こそウクライナに進出すべき時だ」と述べた(「キエフポスト」8月17日)。同社は10月、キエフ市内に2店舗目の出店を予定している。2018年には、スペインのアパレルメーカー・ザラのインテリアブランドであるザラホームや、トルコのアパレルメーカー・コトンもキエフに初出店した。

スウェーデンの家具量販店イケアは2019年中に、フランスのスポーツ用品製造・販売店のデカトロンは2019年第1四半期の出店を発表しており、今後もウクライナへの外資系小売企業の進出が進む見込みだ。

人材流出の歯止めとなる可能性も

外資系企業の進出は、国内での新たな雇用を創出している。ウクライナでは現在、総人口約4,200万人のうち320万人以上の国民が国外で就労している。背景にあるのは、ウクライナの高い失業率だ。2013年に7.4%だった失業率は、2014年以降増加の一途をたどり、2017年には9.5%に上った。2018年第2四半期の失業率は8.3%で、前年同期比0.8ポイント低下したものの、依然として高い。H&Mが、キエフでの店舗開設に当たり求人募集を行ったところ、応募が殺到した。H&Mウクライナのドミニク・ファンタッチノ社長は「優秀な人材を雇用するのは容易だった」としており、外資系企業の増加は、人材の流出に悩むウクライナにとって明るい材料だ。

ウクライナ中銀は、2018年の経済成長率を3.4%と見込む。経済回復と消費需要の拡大に合わせ、ウクライナの人口約4,200万人の市場としてのポテンシャルは高く、人材も豊富だ。2014年の政変以降、東部での軍事衝突や不完全な改革の進展などが足かせとなり、ウクライナ経済は明確な回復基調とは言えなかった。しかし、状況は良い方向に変わりつつある。消費市場の拡大は、外国企業にとっての新たなチャンスを生み出している。ウクライナ市場を改めて見直してみる時期に来ている。


注1:
衣類やかばん、靴などを指す。比較的安価かつファッション性から頻繁に買い替えられるため、耐久財とは見なされない。
注2:
1米ドル=26.5966フリブニャ(2017年期中平均)。
注3:
1米ドル=26.4007フリブニャ(2018年7月期中平均)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
加峯 あゆみ(かぶ あゆみ)
2018年4月、ジェトロ入構。同月より現職。