インターネット教育に沸く中国の教育市場

2018年12月5日

中国では子供の教育にお金を惜しまない親が多い。所得の増加に伴い、消費に占める教育関連の支出も増加傾向にあり、2017年の住民(都市部と農村部を含む)1人当たりの教育関連支出は前年比8.9%増の2,086元(約3万3,376円、1元=約16円)となった(図1参照)。新浪教育などが発表した「2017年中国家庭教育消費白書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」によれば、年収に占める教育支出の割合は、子供の就学前で26.4%、K12(注1)で20.8%、大学で29.2%といずれも2割を超える結果となった。また、就学前の子供を持つ家庭では、教育支出が年間1万元を超える家庭が10%に達する。

中国では2016年に「一人っ子」政策が撤廃されたものの、いまだ一人っ子の家庭が主流であり、厳しい競争社会に勝ち抜くために子供により良い教育を受けさせたいと願う家庭は多い。2014年時点で北京市、上海市、広州市、深セン市の4大都市では、課外学習に参加している学生の割合が7割を超えた(人民日報、2016年12月29日付)。また、教育においてスタートダッシュが肝心という考えが一般化し、近年では、幼児期から始められる教養や語学関連の教育も人気が高い。

図1:教育と文化関連の年間支出額および伸び率
2014年は前年比9.9%増の1,536元、2015年は12.2%増の1,723元、2016年は11.1%増の1,915元、2017年は8.9%増の2,086元。
出所:
中国国家統計局の発表を基に作成

教育資源の均衡化や有効活用がポイント

こうした教育熱の高まりを受け、各地で就学前やK12の子供を対象とした習い事教室や学習塾が急増している。しかし、講師のレベルに偏りがあり、教室の安全管理ができていないなどの問題も存在している。優秀な講師は都市部(一、二線都市)に集中しており、実際、大手学習塾を経営する新東方教育科技が運営する学習塾の所在地も9割以上が都市部にある。2015年に、袁貴仁教育部長(当時)はインタビューで、中国では教育資源が不足し、資源配置に偏りがあることを認めた上で、「問題を解決するため一定の過程が必要」と述べている(中国経済網、2015年3月12日付)。

教育資源のバランスのとれた配置や有効活用が求められる中、インターネットを活用した教育システムに注目が集まっている。2015年に国務院が発表した「国務院による『インターネット+』行動の指導意見」(国発〔2015〕40号)においては、「インターネット+教育」の理念も打ち出された。そこではインターネットを利用した新たな教育サービスを提供すること、優秀な教育資源の分配を促進することなどが示されている。また、2017年1月に発表された「国務院による国家教育事業発展に関する十三・五規画の通知」(国発〔2017〕4号)においても、「インターネット+教育」を積極的に発展させ、企業などがデジタル教育の資源を開発し、デジタル教育のサービス市場やサービスの新業態をつくり出すことを推進するとした。

こうした政策の後押しや市場のニーズ拡大により、インターネット(オンライン)教育市場は急成長している。調査会社iResearchによれば、2017年のオンライン教育市場の規模は前年比22.9%増の1,941億2,000万元となり、2019年には2,727億1,000万元に達する見込みである(図2参照)。このうち、K12向けオンライン教育市場の成長は特に目覚ましく、2017年は前年比51.8%増の298億7,000万元に達した(注2)。今や都市部住民におけるインターネットの普及率は7割を超え、また、K12向けなどのオンライン教育の主な顧客(利用者の親)がインターネットに慣れ親しみ、オンラインでの教育を抵抗なく受け入れられる世代であることも、人気を下支えしていると考えられる。

図2:オンライン教育市場の規模
2010年は491億元、2011年は前年比17.1%増の574億9,000億元、2012年は21.8%増の700億6,000万元、2013年は19.9%増の839億9,000万元、2014年は18.8%増の998億2,000万元、2015年は22.8%増の1,225億4,000万元、2016年は28.9%増の1,579億4,000万元、2017年は22.9%増の1,941億2,000万元、2018年は21.1%増の2,351億4,000万元、2019年は16%増の2,727億1,000万元。なお、2017年から2019年は予測値。
注:
eは予測値。
出所:
iResearch「2017年B2B2Cオンライン教育プラットフォーム業界研究方向」を基に作成

急成長するオンライン教育のプラットフォーム

では、具体的にオンラインでの教育商品にはどのようなものがあるのか。本レポートでは、就学前とK12教育分野で近年、急成長している企業のプラットフォームを紹介する。

  1. VIPKID
    4~12歳の子供向けオンライン英会話のプラットフォーム。2013年に設立し、2014年にサービスを開始した。設立から4年で、年間の売上高が35億元に達した(注3)。2018年11月時点で、約6万人の講師が在籍し、約260万人が利用者登録をしている。講師と生徒による1対1のレッスン(1レッスン約25分)が中心である。他社のオンライン英会話レッスンには英語を母国語としない講師が多いが、VIPKIDは講師を北米出身のネーティブスピーカーに限定し、差別化を図っている。

    VIPKIDのオンラインレッスンの画面。講師と生徒が
    遠隔でレッスンを行う(VIPKID提供、無断転載禁止)
  2. 学而思網校
    北京世紀好未来教育科技が2008年に設立したオンライン学習のプラットフォーム。利用対象者は3~18歳で、学年ごとに多様な授業内容をオンラインで配信し、また個別補習も実施している。授業を担当する講義専門の講師と、補習を担当する補習専門の講師がペアになって指導を行う。補習専門の講師は生徒の質問に答えるほか、宿題の添削も行う。同社ウェブサイトによれば、中国全土の200以上の都市で1,000万人以上が利用している。
  3. 一起作業
    一起教育科技が提供する教師、生徒、保護者の3者をつなぐ学習プラットフォーム。2011年にサービスを開始した。教師はアプリを利用して生徒に宿題を出し、生徒はアプリを経由して宿題を提出する。保護者はアプリで子供の勉強の進捗(しんちょく)状況を確認できるほか、教師とコミュニケーションを取ることもできる。同社によれば、2017年時点でプラットフォームの利用者数は5,000万人に達し、このうち生徒の利用者数は3,000万人を超える。

こうしたオンライン教育企業に、経済界も注目している。VIPKIDは、2014年以降、雲鋒基金、真格基金などから相次いで融資を受け、2018年6月には米国の投資機関コージュマネージメント(Coatue Management)をはじめ、騰訊(テンセント)、紅杉資本中国基金などから新たに5億ドルの融資を受けたと発表した。一起作業も、2018年3月にシンガポールの政府系投資会社テマセク・ホールディングスなどから新たに2億5,000万ドルの出資を受けたと発表した。中国科学技術部の研究機関などが発表した「2017年中国ユニコーン企業発展報告」(以下、報告書)に掲載されたユニコーン企業164社のうち、インターネット教育に携わる企業が9社ある(表参照)。

表:「2017年中国ユニコーン企業発展報告」におけるインターネット教育企業リスト
順位 ユニコーン
企業ランク
企業名 評価額
(億ドル)
設立年 所在地
1 65 VIPKID 15.0 2013 北京
2 89 一起作業(注1) 12.5 2013 上海
3 101 滬江網校 10.8 2015 上海
4 107 VIPABC(注2) 10.0 2008 北京
5 107 猿輔導 10.0 2012 北京
6 107 学覇君 10.0 2013 上海
7 107 朴新教育 10.0 2014 北京
8 107 作業幇 10.0 2015 北京
9 107 直播優選 10.0 2017 武漢
注1:
2018年3月から一起教育科技に変更。設立年は一起作業としての登記年。
注2:
2017年5月にtutorABCに変更。
出所:
「2017年中国ユニコーン企業発展報告」を基にジェトロ作成

ユニコーン企業に選ばれる基準としては、(1)中国国内で登記した法人であること、(2)設立から10年以内であること、(3)未上場企業であること、(4)企業評価額が10億ドルを超える企業であることが求められる。ランクインした9つの企業はいずれもK12向けのオンライン教育サービスを提供しており、これらの企業は教育熱や政策の後押しにより急成長を遂げたといえよう。

求められるオンラインとオフライン教育の一体化

このように、オンライン教育は急成長を遂げている。しかし、それで従来型のオフラインの教育が不要になるわけではない。オフライン教育に代表される学習塾などでは、講師と生徒が1つの教室にいることで一体感が生まれ、また講師は生徒の反応を観察して細やかな指導ができる。中国電子商務研究中心の陳礼騰氏は「広州日報」のインタビューに対し、「従来型のオンライン教育とオフライン教育は独立した形態が多く、両者をつなぐものがないため、知識の抜け漏れがあった。しかし、オンライン教育の発展により、将来の教育モデルはオンラインとオフラインが融合したものとなり、教育環境はさらに整うだろう」とコメントしている(電子商務研究中心の記事、2018年7月5日)。今後、オンライン教育では教育資源の利便性を高めながら、オフライン教育では個別指導を行うなど、オンラインとオフラインを融合させた一体型の教育モデルが発展していくことが期待される。

中国の教育市場に参入している日系企業はまだ多くないが、通信教育講座の分野で成功している企業はある。ベネッセホールディングスは2006年から中国市場に参入し、幼児向けを中心とした通信教育講座を展開している。2018年現在、同講座の受講者数は中国全土で100万人を超える。中国市場に受け入れられている理由としては、中国に合った教材を開発していること、各都市で地道な宣伝活動を実施していること、などが挙げられる。さらなる教育熱の高まりで、中国の教育市場は今後も拡大していくことが予想されるが、市場競争の激化により淘汰(とうた)される企業も少なくないと考えられる。中国の教育市場に進出することを検討する企業にとっては、他社と明確に差別化できるコンテンツや独自の教育ノウハウなどの強みと計画性を持って市場に展開していくことが求められるだろう。


注1:
米国の教育制度に倣い、幼稚園の年長から高校を卒業するまでの13年間の教育期間を指す。
注2:
iResearch「2018年中国K12オンライン教育業界研究報告」より。
注3:
注2と同じ。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
方 越(ほう えつ)
2006年4月、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、金沢貿易情報センターを経て2013年6月から現職。