実例に見る日本食レストラン開店と課題(イタリア)

2018年10月19日

高まるイタリア人の健康志向や他の欧州各国での日本食流行、そして2015年の万博開催などを追い風に、日本食レストランの進出ペースが加速したミラノ。その一方で、万博後に開店したレストランの中には既に撤退する例もみられる。こうした市場環境の中で、現地パートナーの力を借りて、うどん屋をスピード開店したのが「ドゥーファン・ウドン・アンド・テンプラ(Dufan Udon & Tempura)」だ。現在は、パートナーとの協力関係を解消し、資金を引き揚げたものの、同店を立ち上げた宮上秀一氏は、2018年2月の開店から瞬く間に、ミラノっ子の心をつかむことに成功した。開店から事業を軌道に乗せるまで運営に携わった同氏に、イタリアの消費者を引き付けるポイントについて聞いた(7月11日)。

質問:
なぜミラノでうどん屋を開こうと考えたのか?
答え:
過去に米国や中国で外食産業に関与していたが、いつか日本文化発信につながる店を自分でやりたいと考えていた。米国滞在中に外国人がうどん屋を開店するなどの現象を目の当たりにして刺激を受け、自分もうどん屋を開店しようと考えた。既に成功者が多い市場に参入するつもりはなかったが、一方で成功者もいる市場ということで欧州CIS地域に着目し、その中で、自分の描く諸条件を満たし、旅行での訪問経験もあるミラノを最初の土地として選んだ。イタリアは食に保守的なため、イタリアで広域に展開していくのであれば、比較的国際化の進んでいるミラノから始めるのが好適でもあると考えた。

宮上秀一氏 店舗の前にて(ジェトロ撮影)
質問:
事前にどのような準備をしたか?
答え:
日本では、うどん屋だけでなく天ぷら屋も含め、大手チェーン・個人店など約10店舗で修業し、製粉会社でも勉強させていただいた。進出先で現地の人にうどんについて自分で説明できるようになっておく必要があるとともに、日本とは水質が異なる海外でうどんを提供していくために必要な知識を得たいと考えたからだ。ミラノに来てからは、語学学校に通いながら市場調査した。その間にビジネスパートナーとも知り合い、2017年7月に出店を決断し、2018年2月に開店した。ビジネスパートナーには、イタリアに来てから現地で知り合った人に紹介されて出会った。
質問:
従業員の採用や教育、現場管理をどう実施しているか?
答え:
採用活動は人づてに紹介を受けて実施した。調理については、麺とだしを作るのは難易度が高い一方で、作り方を教育しても従業員がすぐ辞めてしまう可能性があり、また質が高くない段階で料理をお客さまに提供すると悪い評判が立ってしまい、リピート客がつかないリスクがあったため、最初はすべて自分で担当した。天ぷら作りについては良い人材を採用でき、安定したものを提供することができた。
技術面だけでなく、接客や心構えの教育も必要だが、これも非常に難しい。「やらなければいけないこと」を増やしても従業員が混乱してしまうので、「絶対やってはいけないこと」を印象付け、「外れ」の料理を出さないようにした。料理の印象が悪いと二度と足を運んでもらえなくなる。質を保つためメニューの種類も絞った。
質問:
中国人が多く集住するサルピ通りに開店したが、ミラノ市内でここに決めた理由は?
答え:
米国在住時の経験から、すしは白人、麺はアジア人のお客さまが多いと感じていた。丸亀製麺さんの展開スピードもアジア地域で圧倒的に速い。早期に採算をとるために最初はアジア人をターゲットとすることは戦略として決めていた。語学学校在学中に市場調査を行った際も、アジア系の人脈を構築するイメージを持って滞在した。今から新しい店を出すとしたら、理想を言えばトレンドの先端をいくブレラ地区に開店したいが、賃料の面で難しい。賃料で一定の線引きをすることは、利益を出す上で重要だからだ。車がない人にも来店してもらえるように、地下鉄駅から近いことが望ましいが、駐車場があることも重要だ。サルピ通り周辺は駐車場が少ない上に駐車料金が高く、その点は良くなかった。
質問:
店舗は飲食業許認可つきの居抜き店舗か?
答え:
違う。以前は旅行会社のオフィスとして使用されていた物件を賃借し、新たに飲食業許認可を取得した。そのため、飲食業のインフラとしては不足もある。業者に依頼して改修工事を行ったものの改善していないなど、店舗施設面では実のところ非常に苦労した。また、厨房(ちゅうぼう)はもう少し広くすべきだったと感じており、この点は設計ミスだった。
質問:
客単価や回転率、客層は?
答え:
平日の昼11ユーロ、夜17ユーロで、週末はもう少し高い。採算は特に昼の回転率の高さで確保している。うどんは、提供するのにもお客さまが召し上がるのにも時間がかからない。常連客が多く、また客単価も高くない店なので、満席時には既に食べ終わったお客さまに席を譲ってもらうようお願いもできる。当店はイタリアの飲食店では珍しく、通し営業をしているが、中華系のお客さまは15~18時におやつをとる感覚で来店されるので、これも採算に寄与している。お客さまのうちイタリア人は4割程度で、リピーターが非常に多い。イタリア人は話をするのが大好きなので、自分がエンターテイナーでいることを常に意識しながら接客している。
質問:
コスト抑制の工夫は?
答え:
人件費については、パートタイムの活用、作業の単純化により、抑制を心掛けている。原材料も廃棄をなるべく少なくし、また、調達も一回の量を少なく回数を多くすることで、鮮度も担保している。サルピ通り近辺は生鮮食料品店が多く、この点は好都合だった。
質問:
食材の調達先の国は?
答え:
しょうゆ、みりん、ちくわなどは、想定した味を実現するため日本産。かつお節は日系企業によるフランス産、昆布は台湾産、にぼしはスペイン産を利用。だしは味の生命線なので、いずれも品質を重視し、価格には妥協はしない。調味料の熟成などは工夫している。肉や野菜はイタリア産の質が高いので問題はない。通関でのトラブルは特に遭遇していない。
質問:
人気メニューは?
答え:
ぶっかけうどん。特にイタリア人に人気で、しょうゆの風味が好まれている。逆に、かけうどんは思ったほどの反響がない。はっきりした味が好まれるようだ。現地のプロのシェフはだしに関心があるようで、かけうどんを好む。
質問:
今後の展望は?
答え:
実はパートナーとの協力関係を解消し、自分の出資した資本金も引き揚げて一度日本に帰国する。店舗の運営方針、利益目標などでパートナーと自分の間での齟齬(そご)が顕在化し、埋め難いものになったからだ。自分が現場に出てお客さまと積極的にコミュニケーションをとっていたことで、お客さまとの関係が強くなり過ぎ、そのことにパートナーが不満を持ったこともあるようだ。ただ、開店に当たっては税金回りや行政対応などをパートナーに任せられたため、自分が得意かつ必要な分野に集中できたので、その点はやはり良かった。今後も、うどん文化とそれを通じた日本文化に対する理解の促進と普及を図っていきたいし、同業者が増えてほしいと思っている。
執筆者紹介
ジェトロ・ミラノ事務所 ディレクター
山内 正史(やまうち まさふみ)
2008年、ジェトロ入構。ジェトロ青森などを経て2014年8月より現職。