中国東北地域の概況と日系企業のビジネス動向
ジェトロ「中国経済情報研究会」セミナー報告

2018年1月24日

2017年9月20日、ジェトロ「中国経済情報研究会」セミナーで、展示事業部ドバイ博覧会安藤勇生チームリーダー(前ジェトロ・大連事務所長)が「中国東北地域の概況と日系企業のビジネス動向」をテーマに講演を行った。本稿では、講演録としてその一部を紹介する。

東北三省の概況

東北三省各省(遼寧省・吉林省・黒龍江省)の域内総生産(GRP)成長率は2014年以降、全国平均を下回るまで鈍化していたが、2016年には遼寧省大連市(前年比6.5%)、吉林省(6.9%)、黒龍江省(6.1%)で、経済が回復基調に転じた(図1)。一方、遼寧省全体としてはマイナス2.5%と経済停滞が目立った。同省のGRPが目標値に達しなかった理由のひとつには、2017年1月17日に行われた遼寧省政府活動報告の中で明言された、2011年から2014年にかけての「統計虚偽」による影響もあるだろう。2017年上半期の遼寧省のGRP成長率は2.1%となり、2017年第1四半期(2.4%)に続きプラス成長で推移したものの、2017年の目標(6.5%前後)を下回っている。

図1:東北三省の域内総生産(GRP)成長率
中国全体の国内総生産(GDP)成長率 2012年7.7%、2013年7.7%、2014年7.4%、2015年6.9%、2016年6.7%、2017年上半期6.9%。 東北三省の域内総生産(GRP)成長率 大連市 2012年10.3%、2013年9.0%、2014年5.8%、2015年4.2%、2016年6.5%、2017年上半期6.8%。 吉林省2012年12.0%、2013年8.3%、2014年6.5%、2015年6.5%、2016年6.9%、2017年上半期6.5%。 黒龍江省2012年10.0%、2013年8.0%、2014年5.6%、2015年5.7%、2016年6.1%、2017年上半期6.3%。 遼寧省2012年9.5%、2013年8.7%、2014年5.8%、2015年3.0%、2016年‐2.5%、2017年上半期2.1%
出所:
国家統計局、各省統計年鑑、省政府ウェブサイト

2016年の各省のGRPを産業別構成比で見ると、吉林省では第2次産業の比率(47.4%)が、黒龍江省では第1次産業の比率(17.4%)が全国平均を大きく上回っている(表1)。

東北三省の資源埋蔵量、農業・工業製品の生産量シェア(2015年)をみると、遼寧省では鉄鉱石の資源埋蔵量、吉林省では自動車生産量、黒龍江省は豆類(27.5%)、トウモロコシ(15.8%)など農産物の全国シェアが高い(表2)。

表1:産業別域内総生産(GRP)構成比(2016年)(単位:%)
産業分類 全国 遼寧省 吉林省 黒龍江省
第一次産業 8.6 9.8 10.1 17.4
第二次産業 39.8 38.7 47.4 28.6
第三次産業 51.6 51.5 42.5 54.0

出所:各省統計年鑑、中国統計年鑑、国家統計局資料

表2:東北三省の資源埋蔵量、生産量全国シェア(2015年)(単位:%)
資源 東北三省合計 遼寧省 吉林省 黒龍江省
鉄鉱石 27.4 24.9 2.3 0.2
原油 22.0 4.3 5.1 12.6
天然ガス 4.1 0.3 1.3 2.5
石炭 4.0 1.1 0.4 2.5
自動車 13.2 4.4 8.5 0.3
豆類 32.3 1.7 3.1 27.5
トウモロコシ 34.5 6.2 12.5 15.8
15.8 2.2 3.0 10.6

出所:各省統計年鑑、中国統計年鑑、国家統計局資料

2016年の固定資産投資の増加率は、遼寧省(63.5%減)、黒龍江省(5.5%増)が全国平均(8.6%増)を下回った(表3)。遼寧省の固定資産投資のマイナス成長は、主因となった不動産開発投資の減少(41.1%減)(表4)のほか、製造業やインフラ投資の低迷によるものである。遼寧省の不動産開発投資大幅減については、2013年以前の数値が実態よりも大きく公表されていた「統計虚偽」による影響が指摘されている。

表3:固定資産投資増加率(農家を含まず)(単位:%) △はマイナス値
2012 2013 2014 2015 2016
全国 20.7 19.4 15.0 10.0 8.1
遼寧省 23.5 15.1 △ 1.5 △ 27.8 △ 63.5
吉林省 28.2 5.0 14.2 12.6 10.1
黒龍江省 31.0 18.6 △ 14.2 3.6 5.5

出所:各省統計年鑑、中国統計年鑑、国家統計局資料

表4:不動産開発投資増加率(単位:%) △はマイナス値
2012 2013 2014 2015 2016
全国 16.2 19.8 10.5 1.0 6.9
遼寧省 21.6 18.2 △ 17.8 △ 32.9 △ 41.1
吉林省 9.6 △ 4.4 △ 17.7 △ 10.3 10.0
黒龍江省 25.1 4.5 △ 17.5 △ 25.1 △ 12.8

出所:各省統計年鑑、中国統計年鑑、国家統計局資料

遼寧省のGRPが目標値に達しなかった理由として、統計虚偽による影響を挙げたが、遼寧省の経済減速の要因には、(1)第2次産業中心の産業構造、(2)その他製造業、サービス業のけん引力の弱さ、(3)国有企業への依存、(4)人口流出・少子高齢化、といった東北地域全体の経済構造もある(図2)。このため、東北地域は目下、(1)製造業の高度化、(2)新たな中核産業の育成、(3)国有企業改革、(4)高齢化対策、(5)インフラ投資、(6)消費の拡大などの対策を講じ立て直しを図ろうとしている。

図2:東北経済の問題点と対策
構造的問題としては第2次産業中心の産業構造(原材料、資源などの重厚長大型産業へ依存)、その他製造業、サービス業のけん引力が弱い、国有企業に依存、民営経済の発展が緩慢、人口流出・少子高齢化など、近年の問題点としては 生産過剰、市場価格低迷、需要減少、地下資源の枯渇(石油、石炭、鉄鉱石など)、景気を支える力が弱い、非効率な企業運営、高度人材の流出・高齢化による社会負担増などがある。 その影響により、企業の収益悪化、経済成長鈍化が生じている。 そこで政府の対策として、製造業の高度化、新たな中核産業の育成(産業構造調整)、国有企業改革、高齢化対策、インフラ投資、消費の拡大などが考えられており、それによって、東北経済の立て直しを図る。
出所:
東北振興策に関する各種政府文書をもとに作成

中央政府は2016年4月に「東北地区等旧工業地区の全面振興に関する若干の意見」を公布した。さらに同年8月には「東北地区等旧工業地区の振興推進3カ年継続実施方案(2016~2018年)」を公布し、2016年から2018年までに東北地域で実施する主要プロジェクト(127件)について制定した。このうち、北東アジア各国との連携強化、工業ロボット、バイオ医薬、電子商取引など新興産業の育成、サービス業の発展、現代農業の発展、インフラの整備などの分野は日系企業にとってビジネスチャンスといえ(表5)、参入可能性を探る日系企業が情報収集などを始めている。

表5:2016~2018年、東北地域で実施する主要プロジェクト(127件)重点取り組み分野
体制・メカニズムの改善
  • 政府の企業向けサービスの強化
  • 国有企業改革
  • 民間企業の参入業種の緩和、融資支援
  • 北東アジア各国との連携強化、辺境貿易、中国企業の対外進出の促進
  • 首都圏との連携促進
産業構造改革の促進
  • 設備製造業等の研究開発・製造技術の向上
  • 工業ロボット、バイオ医薬、電子商取引など、新興産業の育成
  • 生産型サービス業などサービス業の発展
  • 現代農業の発展
  • 基礎インフラの整備
イノベーション、起業の支援
  • 産学連携の促進
  • 人材育成・人材誘致の強化
民生の保障と改善
  • 社会保障、就業問題の解決
  • バラック改造などの事業の実施
  • 都市インフラ、都市公共サービスの整備
  • 資源型都市の持続的な発展の促進
出所:
「東北地区等旧工業地区の全面振興に関する若干の意見」に基づく

また、遼寧省政府活動報告の中で発表された2017年の重点政策にも、グリーン発展の継続と強化(大気汚染対策、石炭から電気への暖房供給の切り替え、水の浄化プロジェクト、土壌汚染の防止、クリーンエネルギーの促進など)や対外開放の拡大(遼寧自由貿易試験区の建設加速、大連越境EC総合試験区の発展促進など)などが盛り込まれており、ここからも日系企業のビジネスチャンスが見えてくる。

遼寧省の概要

遼寧省のGRPは東北三省の約5割を占め、全31省・直轄市、自治区の中で14位に位置する(2017年上半期)。遼寧省の日系企業数は2015年10月1日時点で1,929社で、うち省都の瀋陽市に212社、大連市に1,691社あり、日系企業の多くが大連市に進出している。

貿易額(2016年)、対内直接投資額(2016年、実行ベース)をそれぞれ相手国・地域別で見ると、日本は貿易額で第1位(うち、対日輸出額は78億2,000万ドル)、対内直接投資額で2位となっている(表6)。対内直接投資額の1位は香港であるが、他地域より香港を経由した投資や中国本土から香港を経由した資金による再投資を多く含むため、実質的な1位は日本と考えられる。

表6:遼寧省の対内直接投資相手国・地域(2016年)(単位:100万ドル)△はマイナス値
順位 国・地域 実行ベース
金額 構成比 前年比
1 香港 1,320 44.1 △ 67.9
2 日本 250 8.2 2.8
3 シンガポール 120 4.1 △ 50.0
4 英領バージン諸島 94 3.1 △ 50.2
5 韓国 65 2.2 △ 18.3
注:
上位5位のため、実行ベースの総額(29億9,900万ドル)と一致しない。
出所:
遼寧省商務庁

大連市の概要

前述のように、大連市には多くの日系企業が進出している。1980年代後半から日系製造業が相次いで大連市に進出し、安価な労働力に依拠した日本向け加工貿易を展開してきたが、人件費上昇や円安の影響を受け、国内販売型の新規投資案件が増加している。近年の大型案件としては、東風日産のスポーツ型多目的車(SUV)工場(2014年10月から生産開始、エクストレイルなど年産15万台)およびパナソニックの車載電池工場(2017年度中に生産開始予定)が注目されている。大連市の貿易額および対内直接投資(2015年)を国・地域別でみると、遼寧省と同様、日本は貿易額で第1位、対内直接投資で第2位(国別ではいずれも1位)となっている。大連市や遼寧省にとって日本は最大の貿易・投資相手国であり、日本との協力関係の強化に政府も積極的だ。2017年6月15日には、ジェトロ・大連事務所と大連市政府との間で経済貿易協力に関する覚書(MOU)が締結された。

東北地域は依然として国有企業が強い市場であり、日系企業にとって同地域の市場への販路拡大は容易ではないことも多いが、今回のMOU締結を契機に、進出日系企業の事業環境改善や内販拡大に向けた両者の協力関係の強化が期待される。

「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」でみる日系企業の動向

ジェトロが実施した「2016年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」をみると、在中国進出日系企業が抱える経営上の問題点として、「従業員の賃金上昇(77.8%)」が1位に挙げられている。大連市の平均賃金(月額)の推移をみると、2008年(2,859元)から2016年(6,147元)にかけ倍増している(図3)。

図3:大連市の平均賃金(月額)と伸び率
2008年月額2,859元、伸び率21.5%。2009年月額3,231元、伸び率13.0%。2010年月額3,718元、伸び率15.1%。2011年月額4,144元、伸び率11.5%。2012年月額4,568元、伸び率10.2%。 2013年月額4,922元、伸び率7.7%。 2014年月額5,301元、伸び率7.7%。2015年月額5,783元、伸び率9.1%。2016年月額6,147元、伸び率6.3%。
出所:
「大連市統計年鑑2013」、大連市人力資源社会保障局ウェブサイト

ただし、進出日系企業の現地での製造原価に占める人件費の比率はそれほど高くない。製造原価に占める比率は材料費が平均59.5%と大半を占めるのに対し、人件費は平均18.8%であった。また、原材料・部品の調達先の内訳をみると、中国の現地調達率は7割程度(67.8%)と、インドネシア(40.5%)、マレーシア(36.6%)、ベトナム(34.2%)、ミャンマー(34.1%)、フィリピン(31.6%)など東南アジア諸国連合(ASEAN)よりもはるかに高い。

前述より、中国での人件費の高騰から、ベトナムやミャンマーなどの東南アジアへの工場移転を検討する日系企業が多いが、部品や材料の調達コストを考えると、移転がコスト削減につながるとは必ずしもいえない。事実、人件費の高騰により移転を検討したものの、全体のコストを試算した結果、移転をとどまった日系企業もあった。

今後の事業展開については、「販売機能」を拡大するとした企業の割合は、上海市(82.1%)と遼寧省(80.0%)で8割を超え、他の省市よりも高い結果となっている。また「生産(高付加価値品)」の機能を拡大するとした企業の割合は、江蘇省(52.6%)と北京市(50.0%)で5割以上、広東省(43.8%)、遼寧省(40.0%)で4割以上となった。このデータからも、内販強化や製品の高付加価値化などビジネスモデルを転換する日系企業の動きがうかがえる。

大連市と東北三省他地域の市場規模の比較

前述のように、遼寧省の日系企業は大連市に集中している。しかし、市場規模自体は大連市よりも瀋陽市や黒龍江省ハルビン市の方が大きい。大連市、瀋陽市、ハルビン市の2015年の人口(戸籍人口)と社会消費品小売総額をみると、人口はそれぞれ594万人、730万人、961万人、社会消費品小売総額は3,084億元、3,883億元、3,395億元と、いずれも瀋陽市とハルビン市が大連市を上回っている。また、1人当たり可処分所得(2016年)についても、瀋陽市(3万9,135元)が大連市(3万8,220元)を上回っている。さらに、遼寧省における外資系企業の店舗数をみても、瀋陽市はおおむね大連市を上回っている(表7)。

表7:外資系企業の遼寧省における進出状況(店舗数)(空欄は店舗なし)
項目 瀋陽 大連 鞍山 丹東 撫順 本渓 営口 錦州 盤錦 遼陽 阜新 鉄嶺 葫芦島
流通・小売 パークソン 1 2 1
ウォルマート 4 4
カルフール 11 4 1 1 1 1
華潤万家 41
METRO 2 1
H&M 8 7 1 1 1 1
ZARA 5 5 1
ユニクロ 10 7 1 1 1
Honeys 4 5 2 1 1 2 1
無印良品 3 3
IKEA 1 1
外食 マクドナルド 41 39 1 3 2 1 1 1
Pizza Hut 30 21 2 2 3 1 2 2 2 1 1 1
味千ラーメン 6 3 1
スターバックス 24 22 3 1 1 1
ハーゲンダッツ 4 7 1 1
ラグジュアリー Louis Vuitton 3 1
GUCCI 3 1 1
Cartier 4 1
PRADA 2
COACH 5 3 1
注:
2017年6月5日時点。
出所:
各社ウェブサイトなどよりジェトロ・大連事務所作成

2017年9月13日には、遼寧省政府、ジェトロ・大連事務所などの共催により、瀋陽市で初の中日商談会が開催された。同商談会には日系企業100社、中国企業500社が参加した。実際にこの商談会に参加した日系企業へのヒアリングでは、新たな販路拡大への手ごたえを感じたとの声があった。

以上、中国東北地域の概況と日系企業のビジネス動向を紹介した。中国の東北地域は目下、工業ロボットやバイオ医薬など新興産業の育成やサービス業の積極的な導入といった産業構造の転換などにより経済の立て直しを図ろうとしており、こうした東北地域の変化は高い技術力を持つ日本企業にとってビジネスチャンスといえる。


※本稿については、表7の差し替えを行ました(2018年1月26日)。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
田中 琳大郎(たなか りんたろう)
2015年4月、ジェトロ入構。同月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
清水 絵里子(しみず えりこ)
2016年4月、ジェトロ入構。海外調査部海外調査計画課を経て、2017年6月より現職。
講演者紹介
ジェトロ展示事業部 ドバイ博覧会チームリーダー
安藤 勇生(あんどう いさお)
民間企業、2005年日本国際博覧会協会勤務を経て、2006年ジェトロ入構。展示事業部での勤務後、2009~2014年ジェトロ・上海事務所次長、2014~2015年展示事業部・伊ミラノ国際博覧会日本館副館長、2016~2017年6月までジェトロ・大連事務所所長。