ICTインフラの発展が「エドテック」振興のカギ(フィリピン)

2018年12月26日

デジタル技術を活用して教育に革新を起こす「エドテック(EdTech:EducationとTechnologyを合わせた造語)」。この取り組みによって、教育の質の向上や校務の効率化、離島などの遠隔地における教育アクセスの向上が期待されている。米国と中国等が先行しているが、日本でも官民でエドテックが推進されつつあり、オンライン教育プラットフォームが発展してきている。フィリピンにおけるエドテック産業の現況と日系企業の参入可能性を紹介する。

一部の私立校でエドテック導入進む

フィリピンでは、教育制度改革法案(共和国法10533号、通称「K-12」)が2013年に署名され、義務教育期間が10年から12年に延長され、それに伴って授業枠が大幅に増加しており、情報通信技術(ICT)教育のカリキュラムへの導入が急がれている。フィリピン教育省(Department of Education: DepEd)が2008年にICT戦略計画を発表しているが、フィリピンにおいてエドテックに特化した法制度やプログラムなどはまだ存在しない。ただし、教育省が2018年に発表した、2022年までのロードマップでは、教育用システムの開発・展開や、学習管理システム(Learning Management System: LMS)、教育評価システムなどを2019年までに各学校に展開するなど、公立校のICT整備が計画されている。

エドテック提供企業に関するポイントは以下のとおり。

  1. フィリピンでアプリ・学習管理システムを提供している企業は、フィリピン資本の教材作成・出版社の関連企業であることが多い。
  2. 外資企業も少数ではあるが参入しており、アプリ・学習管理システム開発、通信インフラサービスを提供している。
  3. 日系企業では公立・私立学校向けに学習管理システム・学習アプリを提供しているクイッパ―社が唯一参入している。
  4. エドテックに関連するスタートアップ企業の数は少ない。また、ICTインフラが脆弱(ぜいじゃく)なフィリピンにおいて、エドテック系スタートアップに投資しようというフィリピンまたは外資ベンチャーキャピタルは少ない。

フィリピンで提供されている主なエドテック関連サービスは、eラーニング(学習アプリ、電子教材)、学校運営システム、LMSなどであり、主な顧客(エドテック製品・サービスの利用者)は、マニラ首都圏やその他都市部のインターネットに接続されている私立校である。公立校はICT整備の遅れなどから利用は限定的であり、生徒に利用料を転嫁できないなど費用面でも課題がある。

ICTインフラや教員のICT活用能力がカギ

フィリピンにおけるエドテック産業は発展途上であり、ICTインフラの発展がエドテック振興のカギとなる。ICTインフラが整備されれば、飛躍的にエドテック市場が拡大する可能性はある。そのためには、ICTインフラの開発と並行して、教員のICT活用能力の向上も必要である。

まず、ICTインフラが全国的に脆弱であり、マニラ首都圏内でもインターネットスピードは遅い。ICTインフラの整備不足のため、教育分野へのICT導入は遅れている。特に、ブロードバンドに接続できている公立校は少なく、インターネットを利用した教材が導入できない状態だ。フィリピンのブロードバンドの契約率は固定が5.5%と、ASEAN諸国平均の7.1%を下回る(2016年実績)。

さらに、教育関係者の意識も、学校運営者・教員のICTリテラシーが低く、パソコン(PC)、イントラネットなどのICT機器の使用を嫌う傾向があるため、誰でも使える簡単なシステムが必要である。学校運営者と長年のビジネスパートナー(主に教材出版社)の提携関係も、新規参入を阻害している。

スタートアップ(サービス開発・提供者)について、ベンチャーキャピタルによるスタートアップ企業への投資はまだ少ない。起業家の営業意識も未熟であり、市場に商品を出してすぐ売り上げにつなげられる企業は少ない。販売チャネル獲得などが苦手であり、利益を出すための積極性に欠けているのだ。

利用者(顧客・市場)に関し、eラーニングを導入できるのは私立校など主に富裕層が通う学校に限られている。公立校の生徒数は私立学校よりも多いが、生徒にeラーニングコストを転嫁できない。

エドテックに日本企業の商機も

ステム(STEM:科学、技術、エンジニアリング、数学の4分野)教育が重要視され始めたフィリピン市場に日本のステム教育コンテンツを紹介する、システム効率化で勝負するなど、日系企業のノウハウを生かす機会は多い(表参照)。

エドテックサービスを利用できる所得世帯は少ないが、フィリピン全体における世帯当たりの教育への支出額は2009年から2015年までの間で年間約12%の割合で増加している。とりわけ、教育費への投資が多いとされる所得水準の上位30%の階層(2015年時で月収約2万7,000ペソ=約5万6,700円以上)の支出額も、年間約5%ずつ増加している。

日系企業が進出する場合、ステム教育コンテンツの充実、システムの使いやすさで、他国製品と差別化できる可能性はある。ただし、初等・中等教育のコンテンツは教育制度改革「K-12」のカリキュラムに対応していることが必須であるため、教育省の学習指導要領を把握している担当官と提供するコンテンツに関して十分に検討することが重要である。

ICTインフラ整備の遅れにより、ICTを使った教育の提供は遅れているが、今後、ICTインフラ整備が進めば、一気に市場が発展することが考えられるため、ICTインフラの充実を見越して準備しておくことも必要である。

表:フィリピンのエドテック産業における日系企業の参入機会
アプローチ 市場環境 参入機会
日本の教育分野ノウハウを生かす
  • 塾産業は日本に比べると未発達。学習補助目的で小・中学生が塾を利用できる世帯は富裕層の一部である。
  • 日本に比べステム教育が充実していない。
  • 学校運営・学習管理システムへのニーズが高まりつつある。
  • 学校運営・学習管理システムにおいて日本で運用されているシステムがより使いやすく、効率的であると判断された場合は日系企業の製品・サービスが参入できる可能性はある。価格競争力も必要。
  • 日本におけるステム教育のノウハウをフィリピン市場に活かす(日本で販売されている小学生向け工作キットなどに興味を持つ業者も存在)。
フィリピン国内ICT人材の強みを生かして海外展開
  • フィリピン人材は英語が堪能であることから、海外市場向けアプリ・コンテンツ開発、システム開発が可能である。
  • 日本のノウハウを組み込んだ英語版の製品開発ができる。
  • 開発コストにかかる人件費が日本に比べて低い。
  • フィリピン国内に開発拠点を置きコンテンツやソフトウエアを開発、英語圏市場に販路を広げる。
  • 価格競争力を持った製品が開発できる。
出所:
野村総合研究所調査報告を基にジェトロ作成
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所