中国の小売業に地殻変動をもたらす「新小売り」

2018年8月14日

中国の小売業は現在、急激な変革期にある。ビッグデータ、クラウドコンピューティング、モバイルインターネットなどのITが次々に小売業に導入され、電子商取引(EC)と実店舗販売は一体化し、「新小売り」と呼ばれる新ビジネスモデルが続々と登場しており、消費者に斬新な買い物体験を提供している。

新小売りとは

ECおよびオンライン販売は近年、急成長しているが、成長率は鈍化傾向にある。ITコンサルティング会社iResearchの統計によると、中国のオンライン販売の年間取引額の成長率は2013年の59.4%をピークに低下傾向にある(図1参照)。2017年は29.6%増と前年より成長率が高かったものの、2013年に比べれば29.8ポイント低い。

図1:中国オンライン販売の年間取引額成長率(%)
2013年の59.4%をピークに減少傾向がみられ、2016年は23.9%、2017年は29.6%だった。
出所:
iResearch の発表を基にジェトロ作成

アリババなどの電子商取引業者は成長の鈍化を懸念し、2016年から対策を打ち出した。アリババ集団の馬雲総裁は2016年10月13日に開催した「2016雲栖大会」(注)で、「純粋な電子商取引はもうすぐ終焉(しゅうえん)を迎え、今後10~20年で新小売りが電子商取引にとって代わるようになる」と予言し、初めて「新小売り」という概念を提起した。この後、「新小売り」は小売業のイノベーション動向および新しいビジネスモデルを説明するための専門用語となっている。

アリババ集団傘下のアリ研究院は2017年3月9~10日に開催した「2017年中国電子商取引・小売りイノベーション国際サミット」で、「新小売り研究報告」を発表した。同報告によれば、商品販売の効率化を最も重視する従来の小売業と異なり、「新小売り」は消費者の体験を中心にしたビジネスモデルである。ビッグデータ、クラウドコンピューティングやモバイルインターネットなどの最新のITを駆使して消費者のニーズ情報を収集・分析し、オンライン販売、実店舗販売および物流などを緊密に連動させて新しいビジネスモデルを立ち上げ、消費者の複合的なニーズに対応することが特徴だという。

新たなビジネスモデルが続出

多くの小売業者も各分野でさまざまな新ビジネスモデルを試み、「新小売り」を模索している。

1. 新型生鮮スーパー

EC大手の京東商城で高級管理者を務めた侯毅氏は2015年、生鮮食品を取り扱う新型スーパー「盒馬鮮生」を設立、2016年1月15日に上海市浦東新区の金橋に1号店を開設した。アリババ集団は2016年3月、盒馬鮮生に1億5,000万ドルを投資し、子会社化した。

盒馬鮮生はオンライン販売と物流システムを活用して、顧客の複合的なニーズを取り込む斬新なビジネスモデルを構築している。その特徴については以下のとおり。

  1. オンライン販売と実店舗販売を同時に取り扱い、実店舗はオンライン販売の出荷拠点でもあり、実店舗に近い地域であれば最速30分で商品を届ける。
  2. オンライン販売の物流システムを有効に利用し、顧客は実店舗で購入した商品を速達で配達してもらうことができる。マイカーを持たず、大量の商品を購入する顧客のニーズに対応した。
  3. 実店舗にキッチンスペースを設置し、顧客は実店舗で購入した食材の調理をキッチンスペースで依頼でき、また、その場で飲食できる。
  4. 決済手段は現金のほか、アリババ集団傘下の電子決済システムのアリペイも導入している。

盒馬鮮生は、こうしたサービスで絶大な人気を集めて急成長を遂げ、2017年7月18日に1号店が黒字経営を実現した。この成功を機に、同社は2017年下半期以降、上海、北京、深セン、蘇州、杭州、寧波、成都、南京、広州、武漢、西安、福州、貴陽の13都市で相次いで出店し、2018年7月末時点で盒馬鮮生の実店舗数は全国で67カ所に上った。

盒馬鮮生のビジネスモデルは、急速な普及の時代に突入している。ほかの小売企業も2017年に入り、相次いで盒馬鮮生をまねる手法で新型スーパーを開業した。スーパー大手の永輝超市(本社:福建省福州市)は2017年1月1日、福州市に生鮮スーパー「超級物種」を開設した。超級物種も盒馬鮮生のように、オンライン販売、実店舗販売、宅配便と飲食店を組み合わせた複合的なサービスを提供している。上場企業の永輝超市の年間経営報告書によれば、超級物種の店舗数は2017年末時点で27カ所に達した。

ショッピングモールを経営する新華都購物広場は2017年5月に福州市に「海物会」、小売業大手の百聯集団は同年6月に上海市に「RISO」、スーパー経営の歩歩高集团は同年6月に湖南省長沙市に「鮮食演義」、スーパー大手の大潤発は同年7月に上海楊浦支店内に「大潤発優鮮」、スーパー大手の世紀聯華は同年8月に浙江省杭州市に「鯨選」という大型スーパーを開業した。

図2:新型生鮮スーパー「盒馬鮮生」のビジネスモデル
食材の実店舗販売、オンライン販売、宅配サービスと食堂を一体化した複合サービスを提供している。
出所:
ジェトロ作成

2. パパママショップの改造プロジェクト

アリババは、傘下に「零售通」という事業部門を持っている。同部門では個人・家族経営の中小型食品雑貨店(いわゆるパパママショップ)と生産メーカーをつなげるB2Bプラットフォームを運営している。中小型食品雑貨店は零售通のB2Bのプラットフォームを通じて安価な仕入れルートを確保でき、また、全国をカバーするアリババの物流システムを活用できる。零售通は2017年8月28日の記者会見で、同プラットフォームのメンバーになった食品雑貨店(以下、メンバー店)は50万店舗を超え、今後1年で100万店舗に増やす目標を公表した。また、零售通はビッグデータなどを駆使して、メンバー店の経営効率の向上につながる新サービスを提供すると発表した。その内容は以下のとおりである。

  1. アリババのビッグデータを活用して、メンバー店に消費者ニーズに合った仕入品目をアドバイスする。例えば、店舗から1キロ圏内で100匹の犬が飼われている場合、メンバー店にペットフードの販売を推薦する。小さい子供が100人いる場合は育児用品を推薦する。
  2. メンバー店に小売業用のスマート設備を提供し、経営者が商品、顧客と取引の情報を電子化して経営状況を即時に把握できるよう支援する。
  3. 「天猫小店」というコンビニエンスストア・小型スーパーのチェーン店を展開する。

店舗面積が50平方メートル以上など条件を満たしたメンバー店は天猫小店への加盟を申請できる。天猫小店の加盟店は将来、小売店舗のみならず、アリババ傘下の物流事業部を運営する「菜鳥驛站」、旅行関連のオンライン注文サービスを運営する「飛猪」など各事業部と連動して、アリババのサービス拠点として機能することを目指している。

零售通事業部の林小海総経理は記者会見で、「全国の食品雑貨店は600万店舗を超えるが、その大部分が家族経営の中小型店舗である。このうち7割の店舗は地方の中小都市にあり、店舗経営者の8割は45歳以上である。これらの経営者は立地の選択、仕入れ、価格設定やアフターサービスなど一連の作業を全て自分で行わなければならず、1日当たりの営業時間は平均12時間を超えているものの、収益性は低い。零售通の使命はこれら食品雑貨店をデジタル時代へと導くことである」と、新サービスを始める理由を説明した。

アリババのほか、B2Cオンライン販売大手の京東商城は「京東コンビニ」、電気量販・B2Cオンライン販売大手の蘇寧は「蘇寧小店」というチェーン店を全国に展開している。

3. 新型雑貨・ファッション・百貨店の進化

アリババは現在、「新小売プラットフォーム」というサイトを運営しており、オンラインと実店舗を組み合わせる新型雑貨・ファッション・百貨店の普及を推進している。小売業者は同サイトを通じてアリババと提携し、アリババのビッグデータなどIT技術を利用して店舗・ビジネスモデルを改造することが可能で、有名な小売業者も活用するようになっている。例えば、小売り大手の百聯集団は2018年2月、アリババと事業提携の戦略協力協議を締結し、6つの分野でオンラインと実店舗販売の一体化運営を模索する方針を打ち出した。同ビジネスモデルの特徴は以下のとおり。

  1. オンライン価格と実店舗価格が同一である。
  2. オンライン販売と実店舗販売が連動しており、実店舗で商品のQRコードをスキャンすればオンラインで購入することができる。また、オンラインで買った商品を実店舗で受け取ることもできる。
  3. 実店舗で実際に商品を確認したり、服を試着したりできるため、オンライン販売の促進にもつながる。

このように、中国の小売業は「新小売り」へと急速な進化を遂げており、絶えずスマート化、個性化、利便化している。前述の3ビジネスモデルのほか、無人店舗などの新ビジネスモデルがなおも生まれ続けている。小売り各社にとって、アリババやテンセントなど消費者のビッグデータを持つIT企業と提携し、スマートフォンを使いこなす新世代の消費者を囲い込めるようビジネスモデルを変化させていくことは、中国市場で生き残るための重要な手段の1つになっている。


注:
アリババ集団が2009年から毎年、浙江省杭州市郊外の雲栖鎮で開催するフォーラムで、同集団関連のIT技術開発者・ベンチャー企業向けに同社の発展戦略や技術動向などを説明する場である。
執筆者紹介
ジェトロ・上海事務所 高級経済分析師
文 涛(ぶん とう)
2003年3月からジェトロ・上海事務所に勤務。