大詰めブレグジット交渉(1)EUとの合意も英国議会承認も予断許さず

2018年10月16日

英国のEU離脱(ブレグジット)に関する交渉が正念場を迎えている。2019年3月29日の離脱を前に、英国とEUの双方で必要となる承認・批准手続きの時間を考えれば、遅くとも2018年中には合意がまとまっていなければならない。しかし交渉は、重要課題を巡り平行線をたどっている。これまでの交渉の過程と焦点、今後のシナリオを概観する。

交渉は第2段階でこう着

英国がEUに離脱を通告したのは2017年3月29日。EU条約第50条に基づき、英国はこの日から2年後の2019年3月29日午後11時(ブリュッセル時間3月30日午前零時)に、EUから離脱することになった。

これを踏まえ、EUは離脱交渉の方針となるガイドライン作成に着手。欧州理事会によるガイドライン承認や双方の交渉体制決定などを経て、EUはミシェル・バルニエ首席交渉官、英国はデビッド・デービスEU離脱担当相(当時)を筆頭に、2017年6月19日に交渉を開始した。

離脱交渉での取り決めは「離脱協定」としてまとめ、法的拘束力を持たせるものだ。ガイドラインにより、交渉は2段階に分けられ、まず、a. 在英EU市民・在EU英国民の権利保障、b. 北アイルランドとアイルランドの国境問題、そしてc. 英国のEUに対する債務義務について交渉を行うことになった。第1段階の交渉は難航する局面もみられたが、2017年12月までに合意。主なポイントは、a. 離脱後の双方市民の権利水準は離脱前と同等に維持する、b. アイルランド国境に「ハードボーダー」(国境管理のための物理的な構造物)を設けない、c. 英国はEUに清算金(350億~390億ポンドとされる)を支払う、というものだ。

これを受け、EUは新たにガイドラインをまとめ、2018年2月から第2段階の交渉が始まった。主な協議事項は、d. 離脱後の移行期間、e. 英国とEUの将来関係の枠組み、f. 北アイルランド・アイルランド国境に関する具体策導入が間に合わない場合の「バックストップ」(予防策)などだ。このうち、英国とEUの将来関係の枠組みは、離脱協定とは別に「政治宣言」として取りまとめられることとなっている。法的拘束力は持たないが、両者の関係の方向性を定める重要なもので、離脱協定とともに合意が必要となる。

移行期間については2018年3月に、2020年12月31日までの21カ月とすることで合意した。この間、英国は単一市場・関税同盟にとどまり、EU司法裁判所(CJEU)の管轄下にとどまるが、第三国との自由貿易協定(FTA)交渉は開始できる。英国は引き続きEUへの拠出金を支払うが、EUの意思決定には参加できない。

ところが、北アイルランドとアイルランドとの国境のバックストップと、英国とEUとの将来関係の枠組み、特に通商関係については交渉が難航し、こう着状態に陥っている。9月19~20日にオーストリアのザルツブルクで開催された欧州理事会(EU首脳会議)の非公式会合でも、この2点に関する双方の溝が浮き彫りになった。

バックストップと通商関係にレッドライン

これらの何が争点になっているのか。北アイルランドとアイルランド国境のバックストップについて、EUは移行期間中に具体的解決策が導入できない場合、北アイルランドをEUと同じ通関規則を適用する共通規制区域とすることで関税同盟・単一市場にとどめ、ハードボーダーの設置を回避することを提案している。

英国はこの提案を、受け入れることのできない「レッドライン」として拒否している。グレートブリテン島と北アイルランドを異なる制度の下に置き、その間に通関手続きの壁を設けることは、国家を分断するに等しいと考えるためだ。英国は対案として、2021年末までの期限付きで、英国全体をEUと同じ通関規則の下に置くことを提示したが、同期限までに解決できない場合の計画がなく、EUの合意は得られていない。

バックストップ問題は、政治宣言に盛り込まれる英国とEUの将来関係の問題に結び付いている。テレーザ・メイ首相は2018年7月6日、チェッカーズの首相別邸で臨時の閣議を開催し、離脱強硬派のデービスEU離脱担当相とボリス・ジョンソン外相の辞任を伴いながらも、EUとの将来関係について政府方針を収れんした(いわゆる「チェッカーズ提案」)。これを踏まえて、EUとの将来関係に関する具体的な提案を記した「白書」を作成し、EUとの交渉に臨んだ。

しかしEUは、白書が将来関係に関する交渉の土台になると評価しながらも、通商関係に関する提案を問題視し、受け入れを拒んでいる。英国が提案する「自由貿易圏」は、実質的にモノの貿易のみEU単一市場を実現しようとする「いいとこ取り」とみなされているためだ。人、モノ、サービス、資本の4つの移動の自由は分割できないというのがEUの原則であり、これに反することはEUの「レッドライン」を超えることになる。

英国議会での行き詰まりに強い懸念

このバックストップと将来の通商関係で、何らかの妥協ないし代替案により合意することが喫緊の課題だが、EUとの合意が成立したとしても、もう1つ大きな課題がある。英国の議会だ。議会がEUとの合意内容を承認しなければ、離脱協定は発効しない。

メイ首相率いる与党・保守党は2017年6月の下院選挙で議席を減らし、北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)の閣外協力で辛うじて過半数を確保している。従って、わずかな造反でも議会で否決され得る危うい状況にある。これまでの離脱関連法案の投票結果をみると、労働党からも数人の造反議員が出ているが、チェッカーズ提案に不満を持つ保守党のEU離脱強硬派は60~80人ほど存在する。このうち十数人が反対を貫けば、合意は行き詰まる。

既に合意している移行期間は、あくまでも離脱協定の一部であり、協定全体の合意と、英国およびEUでの議会承認がないと、英国は2019年3月29日に移行期間を経ることなく離脱することになる。EUの単一市場・関税同盟から外れ、EUとの貿易は世界貿易機関(WTO)が定める最恵国待遇に基づいて行われることになる。いわゆる「ノー・ディール」と呼ばれる事態で、通関に限らず、運輸、金融、許認可、人の移動など広範にわたり断絶が生じ、大きな混乱が生じることが危惧されている。

離脱協定案の85~90%は既に合意に至っているといわれ、これまでの交渉には確かな進展がみられているのも事実だ。しかし、バックストップと将来の通商関係の溝は深く、また英国議会の状況と保守党内の意見の対立により、行方は不透明なままだ。

なお、今後の主な日程を表にまとめた。

表:今後の主な日程
時期 内容
2018年 10月18日 欧州理事会 ※当初想定されていた合意期限
11月中旬 欧州理事会緊急会合 ※10月の欧州理事会で実施を判断
12月13~14日 欧州理事会 ※実質的な最終合意期限
10~12月以降 英国議会・EU議会での審議・承認へ
2019年 3月29日 EU離脱 ※EU27カ国の承認を経て延期の可能性も
3月30日以降 英国・EU将来関係の詳細協議、第三国との通商交渉など
2020年 12月31日 移行期間終了
出所:
各種資料を基にジェトロ作成

いまだ多数のシナリオが

こうした中、交渉の結末としてはさまざまなシナリオが考えられる(図資料)。主なものをみてみよう。

合意による円滑な離脱:英国・EU双方が10~12月の欧州理事会(EU首脳会議)で離脱協定と政治宣言について合意に至り、その後に英国議会と欧州議会、EU理事会がこれを承認すると、2020年12月31日までの移行期間を伴う円滑な離脱が確定する。バックストップについては妥協に向けた作業が続いている。また、双方の将来関係の枠組みを記す政治宣言はあくまで方向性を示すもので、通商交渉などの実務は移行期間に行われることが以前から想定されていた。こう着している将来の通商関係も、ある程度曖昧さを残したまま合意されると予想する専門家は少なくない。

合意後の焦点は英国議会に移るが、チェッカーズ提案に近い内容で合意すれば、保守党のEU離脱強硬派が造反する可能性がある。メイ首相は「チェッカーズか、ノー・ディールか」の二者択一に持ち込み、「(社会的・経済的混乱が強く懸念される)ノー・ディールよりは良い」としてEUとの合意に賛成せざるを得ない状況に持ち込む狙いで、これがうまく機能すれば過半数を確保できよう。野党労働党の大半は合意内容に反対するとみられるが、同じく「ノー・ディールよりは良い」と考える造反議員が増えるかもしれない。

あるいは、EUが合意可能なモデルの1つつとして英国に提示している「カナダ型FTAの発展系」に近い妥協案を、英国政府が受け入れる可能性もある。これは保守党内のEU離脱強硬派の主張に近いため、バックストップの解決が伴えば、交渉は加速するかもしれない。この場合、保守党内親EU派の造反が予想されるが、その際にも「ノー・ディールよりは良い」が機能すれば、議会の承認を獲得できる。むしろこの場合は、時間との戦いになるだろう。2019年3月29日の離脱日は、英国を除くEU27カ国すべてが合意すれば、延長は可能だ。いずれにせよ、合意による円滑な離脱は、今でも主なシナリオの1とつだ。

ノー・ディールによる移行期間なしの離脱:このシナリオには、EUとの交渉が決裂してノー・ディールになる場合と、EUと合意するが英国議会が否決してノー・ディールになる場合の2つのサブシナリオがある。

前者は、英国・EUともレッドラインを譲らず平行線が続き、合意を断念するシナリオだ。双方ともノー・ディールを望んでいないが、同時に最悪の事態の備えも進めており、このシナリオは排除されていない。

後者は、英国議会がEUとの合意を否決し、さらに政府も議会もノー・ディールを受け入れるシナリオだ。チェッカーズ提案とほぼ同じ内容で合意し、保守党離脱強硬派の説得に失敗して「ノー・ディールよりは良い」が成り立たないと、多数の造反が発生し、このシナリオが現実味を帯びる。実際に、ノー・ディールの経済的損失は深刻ではないと考える離脱強硬派も少なからず存在する。

その他のシナリオ:英国の「2018年EU(離脱)法」は、EUとの交渉が決裂しても、英国政府は議会に対してその後の方針を示し、議会が採決を行うことを規定している。政府が議会の反対を押し切ってノー・ディールに進もうとすれば政治的混乱は避けられず、政府は議会の同意を得てEUとの再交渉に進む可能性もある。あるいは、議会が条件付きでEUとの合意を承認するとどうなるか。EUとの再交渉になればその時間が必要で、その条件を無視すれば離脱協定は発効できない。

EUと合意したものの英国議会の承認を得られずに行き詰まった場合、メイ首相は事態打開のために解散・総選挙を行い、改めて議会の承認を追求する可能性もある。ただし英国では、下院議員の3分の2以上の賛成がないと、解散・総選挙は実現しない。下野する可能性が高い選挙を望む保守党議員は現状ほぼ皆無で、ハードルは高い。仮に実現しても、解散から投票までは通常1カ月以上かかり、このシナリオも時間が極めてタイトだ。

メイ首相ほか離脱強硬派も繰り返し否定しており、可能性は低いものの、こう着打開の手段として2度目の国民投票に踏み切り、再び国民の信を問うシナリオもあり得る。労組や市民団体、労働党議員の一部はこれを求めている。しかし実施には新たな立法を伴い、少なくとも下院の過半数の賛成が必要となる上、実施まで4~6カ月を要するため、EU全27加盟国の同意による離脱日の延長が必要不可欠となる。この場合の問題は、国民投票で問うのは「EUとの合意に対する賛否(否の場合はノー・ディール)」なのか、「残留」も選択肢にするのかという点だ。国民投票を選択肢に残している労働党もこの部分では一致しておらず、紛糾する可能性が大きい。

これらさまざまなシナリオが起こり得るが、離脱日は刻々と近づいている。政局も絡み、予断を許さない。


変更履歴
「表:今後の主な日程」中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2018年10月18日)
「英国・EU将来関係の詳細協議、第三国との通商交渉など」の時期
【誤】2019年4月1日以降
【正】2019年3月30日以降
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所 次長
宮崎 拓(みやざき たく)
1997年、ジェトロ入構。ジェトロ・ドバイ事務所(2006~2011年)、海外投資課(2011~2015年)、ジェトロ・ラゴス事務所(2015~2018年)などを経て、2018年4月より現職。