ミャンマー・インド間の国境貿易の現状

2018年1月15日

ミャンマーはバングラデシュ、インド、中国、ラオス、タイの5カ国と接しており、それぞれの国境地域は隣接国へのゲートウェーとして製造・物流、ならびに新たな市場の開拓拠点として関心が高まっている。国境貿易(注1)では中国とタイ間が近年大きく拡大しているが、インド政府はアクトイースト政策を掲げ、ミャンマーとインド北東部との連結性強化に本腰を入れつつある。本稿ではミャンマーとインドの国境貿易の現状について紹介する。

インド・中国による支援競争が激化

2017年5月に中国で開催された「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムで、中国政府はミャンマー政府に対し同国の経済発展や少数民族問題の解決に向けた支援を行っていくことを約束した。同年11月には中国の王毅外相がミャンマーを訪問し、アウンサンスーチー国家最高顧問やティンチョー大統領と会談し、両国間の合意事項の確認や中国からの新たな支援を約束するとともに、同月にはアウンサンスーチー氏が中国を訪問するなど、ハイレベルな交流が続けられている。

一方、インドについてもミャンマーとの間でハイレベルな交流が積極的に展開されており、2017年9月にはインドのモディ首相がミャンマーを初めて訪問し、首脳会談が開催された。その際、インド側からミャンマーに対し、国境貿易を通じた連結性強化や、ミャンマーのインフラ開発を支援していくことが約束された。このように、近年ミャンマーを巡り、中国とインドは同国に対し積極的な支援を行っており、現地新聞はこれを「中国とインドによる支援競争が激化」などと報じている。

対中国・タイ貿易と比べればまだ微量

ミャンマー中央統計局によると、2016年度のミャンマーの全貿易額は291億6,300万ドルとされ、そのうち国境貿易額は77億7,700万ドル(全貿易額の26.7%)と見込まれている。同国における国境貿易は中国との貿易拠点であるムセ、タイとの貿易拠点であるミャワディが中心である。商業省の資料によると、ムセでの2016年度の貿易額は50億8,500万ドル(国境貿易に占める割合65.4%)、ミャワディは9億2,900万ドル(同11.9%)と、これら2拠点で国境貿易全体のおよそ8割近くを占める。

一方、インドとの貿易拠点であるタムーとリーの2016年度の貿易額は、タムー4,800万ドル、リー4,000万ドルと2拠点を合わせても同1.1%と、中国やタイと比較し大きく下回っている。

図:各都市の位置関係
インド、ミャンマーの国境周辺地図。タムーとモリ―、リーとゾコーダーはそれぞれ国境に面して隣接している。
注:
それぞれミャンマー側がタムー、インド側がモリー。ミャンマー側がリー、インド側がゾコータ。
出所:
ジェトロ作成
表:ミャンマーの国境貿易(4地域)における貿易額の推移(単位:百万ドル、%)
越境
都市名
国境を
接する国
2015年度 2016年度 構成比(2016年度)
輸出 輸入 輸出入計 輸出 輸入 輸出入計 輸出 輸入 輸出入計
ムセ 中国 3,810 1,568 5,378 3,446 1,639 5,085 70.2 57.2 65.4
ミャワディ― タイ 44 682 726 60 868 929 1.2 30.3 11.9
タムー インド 33 13 46 38 10 48 0.8 0.3 0.6
リー インド 20 6 26 25 15 40 0.5 0.5 0.5
合計(その他の越境拠点含む) 4,549 4,910 9,459 4,910 2,867 7,777 100.0 100.0 100.0
出所:
中央統計局および商業省資料を基にジェトロ作成。

タムーとリーの国境貿易の現状

インド商業省によると、インドとミャンマー間の国境貿易は1995年から開始された。現在の両国間の国境貿易は、農産物やタバコ、革靴など40品目が5%の関税、その他の品目については通常/MFN税率が適用される。

国境地点から16キロ以内に住む両国の住民については、ビザなしで越境地点からそれぞれの国にて16キロ以内の往来と3日間の滞在が許可されている。インド商業省によると、両国間の国境貿易で取引される主な品目は、ミャンマーのタムーからインドのモリーならびにミャンマーのリーからインドのゾコータには、ビンロウ(betel nut)(注2)の種がインドに輸入され、一方、モリーからタムーへはクミン(Cumin)の種がインドから輸出されている(ゾコータからリーへの主な輸出品は統計上明らかにされていない)。

ミャンマーの現地物流会社ミョー・ミャンマー・トレーディングのザーザーボー氏によると、「インド北東部でもミャンマーと同様にビンロウの種が嗜好(しこう)品として広く普及している。加えて織物等の染料としても使用されており、そのためインドはミャンマーからビンロウの種を多く輸入している。この他にもインドはミャンマーからコメ、豆類、野菜、果物等の農産品を輸入している。一方、インドからミャンマーへはコメ、豆類、花などの農産品に加え、かつら用の人毛、アルミ製品、革製品、腕時計、縫製品等が輸出されている。特に人毛はトラックで運ばれており、ミャンマーを経由し中国やタイなどに運ばれている。コメや豆類などの同一農作物が輸出入されているのは、両国の市場取引価格が理由で、インド側の農作物が安いときはインドからミャンマーへ輸出され、インド側が高いときはミャンマーから農作物が輸入される」という。

タムー(インド側の越境都市はモリー)では連日、国境を挟んで市場が開催されており、現地の人々の往来が活発だ。タムーではコメ、野菜、豆類などの農産品に加え、鶏肉、中国産の果物、菓子、缶詰、さらには中国製の家電、自転車、玩具等も売られている。インド人バイヤーがこれらの商品をミャンマー側の市場で購入し、ハンドキャリーでインドに持ち帰る姿がみられる。そのため、タムーの市場ではミャンマーチャットからインドルピーへの両替所がいくつもみられる。モリー側の市場ではスパイスや革製品、縫製品、マットレス等が販売されており、ミャンマー人バイヤーがこれらを購入しミャンマー側へハンドキャリーで持ち帰る姿が絶えない。

一方、もう一つの越境地点であるリーについて、現地物流会社プーキングのミャットゥエチュ社長によると、「リーの道路事情はタムーより悪く、物流には適していないが、リーにはハート型の湖として知られるリー湖があり、インド側から観光客が多く訪れる。地元では観光地として有名だ」という。


タムーの様子(ジェトロ撮影)

モリーの様子(ジェトロ撮影)

タムーの市場で売られている自転車は昆明から来たもの(ジェトロ撮影)

道路インフラの改善が不可欠

ミャンマー側のタムーやリーに最も近い同国の主要都市はカレイミョだ。カレイミョからタムーへは、インド政府が建設支援したミャンマー・インド・フレンドシップロードとよばれる道路がある。この道路は舗装されており、カレイミョからタムーまでは車でおよそ3時間だ。ただし、カレイミョとタムー間はいくつもの川を渡る必要がある。中には昔ながらの木製の橋もあり、重量13トン以上の通行は制限されている。中国やタイのように国境貿易を活性化させるためには、まずはこうした橋の改修が必要といえよう。マンダレーにあるインド総領事館のナンダン・シング・バハイソラ総領事は「カレイミョとタムー間には69の小さな橋があるが、これらの橋はインド政府が全面的に支援し改修されることが決まっている」と語る。また、前述のミャットゥエチュ社長によると、「カレイミョからリーまではカレイミョからタムーよりも近く、テディムとリー間は橋は1カ所のみだ。ただし、カレイミョからリーへの中継地点であるテディムまでは道路が整備されているものの、テディムからリーまでは未整備でトラックが走行できる状態にはない」という。そのため、タムーやリーがムセやミャワディのように国境貿易の拠点となるには、まずは道路インフラの整備が急務といえる。さらに、カレイミョからミャンマー第2の都市マンダレーへの道路整備も急がれる。

インド政府は現在、インド北東部とミャンマーの連結性を高めるため、カラダン・マルチ輸送計画とよばれるプロジェクトを推進している。これは、インドのコルカタ港からミャンマーのシットウェー港を経由し、ミャンマーのチン州パレッワまでをカラダン川を利用する河川輸送に加え、ミャンマーのパレットワからインド北東部のミゾラム州までを高速道路で結ぶ計画だ。既にインド政府の支援によりシットウェーには港が完成した。今後は道路建設に着手する見込みだ。これに加えて、本稿で紹介したタムーやリーを通じたインド北東部との連結性強化にも本腰を入れつつある。インド政府が掲げるアクトイースト政策の実現には、ミャンマーとインド北東部の連結性の強化が何よりも重要だ。前述のナンダン・シング・バハイソラ総領事はこの点について「ミャンマーとインド北東部間の物流が改善されることがこの政策のポイントだ」と語る。インド政府は政策実現に向け、ミャンマーへの支援を一層加速させるだろう。経済発展が遅れているミャンマーとインドとの国境地域において、両国との国境貿易を通じ経済が活性化されることが期待される。


カレイミョ・タムー間の橋の様子(ジェトロ撮影)

注1:
海上輸送、航空輸送等を除いた貿易で、国境貿易局、税関、歳入局、警察、入国管理局等の行政サービスが、一元化されたワンストップ拠点において提供されるケースが多い。
注2:
ビンロウの種は「キンマ」とよばれるかみタバコとしてミャンマーで広く嗜好(しこう)されている。インドでもキンマは広く普及している。
執筆者紹介
ジェトロ・ヤンゴン事務所
堀間 洋平(ほりま ようへい)
2003年中国電力株式会社入社。2015年ジェトロ海外調査部アジア大洋州課(出向)、2016年よりジェトロ・ヤンゴン事務所勤務。