ブラジルの新自動車政策Rota2030を斬る
新政策の全体像を紹介

2018年12月27日

2012年に開始されたブラジルの自動車産業支援策「Inovar Auto」が2017年12月31日をもって終了し、後継政策となる「Rota 2030プログラム- 輸送とロジスティクス」が2018年12月11日に施行した。

Inovar Autoは、ブラジルに所在する完成自動車メーカーの競争力強化や自動車関連産業のブラジル国内への投資促進などを目的とした産業支援策であり、中には国内調達部品を優先して使用することにより恩典が受けられるなど、内外無差別の原則に反する制度も包含していたため、日本およびEUからWTOの紛争処理手続きに持ち込まれた経緯がある。このため、新たな政策で規定される支援措置の方向性や内容について、内外から注目が集まっている。

本稿では、Rota 2030プログラム(以下、Rota2030)の内容を規定した法律第13.755号/2018や他の関連法令の内容を中心に、支援策の概要を紹介する。

Rota 2030策定の経緯

自動車政策の立案を担当するブラジル商工サービス省は、Inovar Autoの終了後、切れ目なく新政策を導入する意図を有していた。しかし、優遇措置の提供による税収減を懸念する財務省などとの調整が難航し、結局、半年超の空白を経た2018年7月5日、ブラジル政府は大統領暫定措置令第843号/2018により、今後15年間にわたる新たな自動車産業支援策「Rota 2030」を公表した。

同暫定措置令はあくまで暫定的な効力を有するものであり、有効期限は2018年11月16日とされていた。有効期限までに下院、上院でそれぞれ同暫定措置令に関して審議を行い、修正がある場合には所要の修正を経て可決されれば、正式な法律として発効するが、可決されない場合は、暫定措置令の効力は失効するものであった。

議会審議の過程では、81もの修正提案が提出され、当初の暫定措置令には存在しなかった種々のインセンティブが付加されることとなった。これらのインセンティブの中には、北東部やアマゾン地域の生産事業者に対する優遇など、国内生産事業者の間で利害対立の絡むものや、輸出の際の税金還付制度の適用など、WTOルールとの整合性に疑義のあるものも含まれていた。修正された暫定措置令は11月7日に下院、翌11月8日に上院で速やかに可決され、法案第27号/2018として大統領府に送付された。

なお、大統領は法案に対して拒否権を有しており、法案そのもの、または法案の一部の条項に対して拒否権を行使することができ、議会審議の過程で付加された種々のインセンティブの取り扱いが注目された。テーメル大統領は、議会審議の過程で付加された修正案の多くに拒否権を行使した上で、12月10日に法案を承認し、これが法律第13.755号/2018として12月11日に官報に掲載され、同日から施行された。

Rota 2030の概要

Rota 2030は、政策のサブタイトルとして「輸送とロジスティクス」と掲げられているように、その対象は、完成車メーカーのみが対象であった「Inovar Auto」と比べ、完成車メーカーはもとより、自動車部品企業や輸送・ロジスティックに関するソリューション提供企業にまで拡大され、政策目的も自動車関連企業の技術力強化、競争力強化に加えて、環境保全や輸送の安全性向上にまで拡大されている。

Rota 2030による支援策は、大きく分けると3つの柱から構成され、1つ目は、燃費効率や構造性能・運転補助装備に関して義務的要求を設定し、クリアした車両に対して工業製品税(IPI)の減税を行うもの、2つ目は、企業の行う研究開発投資に対して税額控除を行うもの、3つ目は、国内調達不可能な自動車部品に対して輸入関税免除を行うものである。

このほか、ハイブリッド車や電気自動車に対するIPIの減税は、法律第13.755号/2018とは別に、2018年7月5日に公布された政令第9.442号/2018で規定され、一足早い2018年11月から施行されているが、以下では、1つ目の柱の内数としてまとめて記述する。

1. 燃費効率および構造性能・運転補助装備に関する義務的要求の設定

(1)燃費効率について
車両重量と車両タイプ[乗用車、商用車、SUV(スポーツ用多目的車)の別、小型か否か、四輪駆動か否かなどにより区分]に応じて、それぞれの車両が2022年10月1日までに達成すべき燃費効率の基準に関する計算式が細かく設定され、対応するラべルの貼付が義務付けられるとともに、基準に達成した車両は2023年からIPIが1%減税、より高い基準を達成した車両は2%減税とされている(具体的な計算式は、政令第9.557号/2018の付属書Ⅲに示されている)。

(2)構造性能・運転補助装備について
車両の構造性能や運転補助装備に関して、「A. 一般的要求事項」と「B. 革新的要求事項」を定め、2022年10月1日時点を基準として、A. 一般的要求事項の装備率を年々高めていくことが義務化され、装備の状況を表示するラべルの貼付が義務化されるとともに、「A. 一般的要求事項」と「B. 革新的要求事項」の全ての項目を満たしたものについては、2023年からIPIが1%減税される(具体的な項目は、政令第9557号/2018の付属書Ⅳに示されている)。

「A. 一般的要求事項」について
A1. 側面衝突対応構造、A2. スタビリティ・コントロール・システム、A3. 方向指示器、A4. 常時点灯ライト、A5. 運転席シートベルト非着用警告機能、A6. 緊急ブレーキ警告機能、A7. 後方警告機能(画像または音声による)

「B. 革新的要求事項」について
B1. サイドインパクトバー、B2. 歩行者保護性能、B3. 緊急ブレーキシステム(対可動物)、B4. 緊急ブレーキシステム(対固定物)、B5. 車線逸脱警告機能、B6. 正面衝突被害低減機能

なお、(1)の燃費効率の基準達成で得られる減税率と、(2)の構造性能・運転補助装備の基準達成で得られる減税率は、合算して最大2%までとされている。

(3)ハイブリッド車、電気自動車、フレックス・ハイブリッド車に対するIPIの減税
ハイブリッド車や電気自動車に対するIPIの減税は、2018年7月5日に公布された政令第9.442号/2018で規定され、2018年11月から施行されている。具体的な税率は、車両重量と燃費効率に応じて次の表のとおり7%~20%に低減されている(税率は政令第9.442号/2018に示されている)。

表:減税されたハイブリッド車や電気自動車に対する工業製品税(IPI)
IPI税率表コード 燃費効率(MJ/km) 車両重量(kg) IPI税率(%)
ハイブリッド車
(8703.40.00および8703.60.00)
1.10以下 1400以下 9
1400超1700以下 10
1700超 11
1.10超1.68以下 1400以下 12
1400超1700以下 13
1700超 15
1.68超 1400以下 17
1400超1700以下 19
1700超 20
電気自動車
(8703.80.00)
0.66以下 1400以下 7
1400超1700以下 8
1700超 9
0.66超1.35以下 1400以下 10
1400超1700以下 12
1700超 14
1.35超 1400以下 14
1400超1700以下 16
1700超 18
出所:
2018年 ブラジル連邦共和国 政令9.442号

また、ハイブリッド車のうち、ガソリン燃料のみならずバイオエタノール燃料による走行も可能とするフレックス・ハイブリッド車については、同等クラス、同等カテゴリーの同じタイプのエンジンを搭載した車両と比べて、最低3%のIPI税率の低減を受けるとされた。

2. 研究開発投資に対する税額控除

Rota2030の対象企業であると認定を受けて、ブラジル国内で研究開発投資(基礎研究、応用研究、実験開発、サプライヤー研修、基礎的製造技術、基礎的産業技術、技術サポートサービスなど)を行う企業は、投資相当額の30%を上限として、法人所得税(IRPJ)および社会負担金(CSLL)から控除を受けることができることとなった。

また、前述に加えて、戦略的な研究開発投資[先進的製造技術、コネクティビティー、戦略的システム開発、ロジスティク・ソリューション開発、自動運転、ナノテク、ビッグデータ活用、AI(人工知能)活用など]に対しては、さらに15%、すなわち前述と合わせて、研究開発投資の上限45%までがIRPJおよびCSLLから控除を受けることができる(注)。

研究開発投資は、2018年8月1日以降になされたものから対象となり、2019年1月から税額控除の利用が可能となる。

また、北部、北東部、中西部に所在する自動車関連企業に対しては、新規投資を行うことを条件に、売り上げの規模に応じて社会負担金(PIS/COFINS)の還付を受けられる従前からの優遇制度が、2025年末まで延長されることとなった。

3. 国内調達不可能な自動車部品に対する輸入関税免除

輸入自動車部品(部品、コンポーネント、組立部品、中間組立品、完成品、半完成品、空圧機器)に関して、ブラジル国産の類似品が存在しないと認められた場合のみ、輸入関税が免除され、2019年1月1日以降の輸入から対象となる。

なお、輸入関税の免除に当たっては、輸入額の2%相当額をブラジルの公的機関との共同研究開発に拠出することが条件となっており、拠出される資金の受け皿として、基金の設立が予定されている模様であるが、この点は追って詳細が定められることとなる。

ブラジル自動車産業への期待

ブラジル商工サービス省によれば、ブラジルの自動車産業は、国内で直接・間接的に1,300万人の雇用を創出し、ブラジルのGDPの4%、製造業部門では22%の比率を占める重要産業である。

前政策のInovar Autoなどによって、自動車関連産業のブラジル国内への投資は相当程度進んだが、今後は、これらのプレーヤーがコスト面のみならず、技術開発面でも真にグローバルなレベルで競争できる産業へと成長できるか否かがRota 2030の成功のカギになると考えられる。


注:
実際には、研究開発投資額の30%を上限とした控除対象額に対して、法人所得税(IRPJ)および社会負担金(CSLL)の税率34%を乗じた額、すなわち、30% x 34%=10.2%が控除額の上限となる。戦略的な研究開発投資も行われる場合には、控除額の上限は、45% x 34%=15.3%が上限。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所 次長
岩瀬 恵一(いわせ けいいち)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、貿易経済協力局特殊関税等調査室長、資源エネルギー庁長官官房総合政策課企画調査官、東北経済産業局地域経済部長などを経て、2017年現職に就任。