歴史的低金利がもたらすロシアの住宅ローンブーム
政府は若年世帯の住宅供給促進へ市場環境を整備

2018年2月22日

2015年、2016年の2年連続で経済規模の縮小を経験したロシア。2017年には回復を見せ、プラス成長に転じた。2017年秋にジェトロが実施した「ロシア進出日系企業実態調査」でも、在ロシア日系企業が消費市場の回復を実感している様子が浮き彫りとなった。景気回復に大きく貢献したのは住宅などの建設分野だ。中央銀行のインフレターゲット政策を背景にした住宅ローン金利引き下げに市民は敏感に反応し、住宅ローンの貸出額は過去最高を記録した。市中の銀行間では新規・他行の顧客獲得競争が激化している。政府は若年世帯層向け住宅供給増を押し進めている。直近で住宅供給量の増加は見込めず、住宅価格は上昇するとの専門家の見方もあるが、ロシアの住宅市場は引き続き成長する余地を残している。ロシア極東では地元企業や日系企業が事業に積極的に乗り出している。


集合住宅の建設が進むウラジオストク(ジェトロ撮影)

活発な長期融資が経済回復の一因に

ロシア経済は回復に向かっている。ロシア統計局によると、2017年の実質GDP成長率は1.5%(速報値)となり、2015年、2016年のマイナス成長からの転換を確実なものとした。2018年と2019年も1%台後半の成長が予想されている。2017年9月に大統領府で開催された閣僚会議でオレシキン経済発展相が経済回復の最も重要な要因と指摘したのは、中央銀行のインフレターゲット政策を背景とした市中銀行による長期融資の活発化だ。ロシアのインフレ率は1990年代や2000年代前半に比べ落ち着いたとはいえ、リーマン・ショック後の2009年には13.3%、資源価格とルーブル為替が急下落した直後の2015年は12.9%を記録するなど、世界経済から受ける影響はいまだ大きい。中央銀行は2015年7月、インフレ進行と景気回復の腰折れリスク回避を考慮して政策金利を調整する(引き下げる)インフレターゲット政策を打ち出した。2016年に入り油価とルーブル為替が安定し、同年のインフレ率は5.4%と落ち着きを取り戻した。さらに2017年は過去最低となる2.5%まで低下した。物価動向を慎重に見ていたロシア中銀だが、2017年には物価の安定を踏まえて異例ともいえる年7回の金利引き下げを実施、政策金利を年初の10%から7.75%とした。中銀のエリビラ・ナビウリナ総裁は2017年12月15日、「2018年のインフレ率は4%程度を予想している」と発言し、2018年はそれを目標に政策金利を調整していく方向性を明確にした。

金利低下で新規・借り換えの両面で資金需要増

政策金利の引き下げとロシア経済が中長期的に安定するとの見通しで弾みがついたのが、住宅、自動車などの各種の資金需要だ。特に、返済期間が長期にわたる住宅ローン分野での需要が喚起された。政府出資の非営利団体である住宅ローン担保庁(AIZhK)によると、2017年のローン貸出額は前年比37%増の2兆200億ルーブル、貸出件数は同27%増の109万件で、過去最高であった2014年の1兆7,600億ルーブルを16%上回った。また、2017年12月の貸出額は2,900億ルーブルで、単月ベースで過去最高を記録した。AIZhKの予測では、2017年通年の貸出額は前年比10~15%増とされていたが、それを上回る結果となった。AIZhKは貸し出し増の理由を市中銀行による住宅ローン金利の引き下げと分析している。市中銀行による住宅ローン金利は、2000年代を通じて年10%を超えていた。2017年でも年平均は10.64%であったが、12月だけで見ると9.79%と初めて1桁台に下落した。2018年1月時点の新築向け住宅ローンは利率9.66%、中古住宅向けで9.86%と、引き続き過去最低を更新している。中でもロシアの銀行最大手のズベルバンクは、2017年12月に年率7.40%、7年間の固定金利という画期的な設定を打ち出した。

金利の低下は住宅ローンの借り換え需要も喚起した。特に2017年下半期からローンの借り換えが増加している。ロシア商業銀行大手アプソリュートバンクは、貸出額の15%は借り換え需要と推測している。AIZhKによると、住宅ローン返済の90日以上の滞納者率は全体の2.3%でさらに低下傾向にあること、他国や他種類のローンと比較しても不良債権化率が低いことなどから、商業銀行は住宅ローン需要の拡大を肯定的に捉えており、借り換えの動きを他行からの顧客を獲得する絶好の機会として捉えている。ズベルバンクのグレマン・グレフ頭取は、インフレ率が継続的に3.0%以下になれば、住宅ローンの金利が年5.0%以下に下がる可能性も示唆しており、借り換え需要の一層の拡大も見込まれる。住宅ローンの借り換えによる家計の債務負担の軽減は、個人消費に好影響を与える可能性もある。

若年世帯層向けの住宅供給が政策課題に

ロシア政府は、継続するインフレ率の低下とそれに連動する住宅ローンの金利引き下げを、長年の政策課題であった若年世帯層向けの住宅供給を前進させる好機と捉えている。2017年12月に大統領府で開催された「優先的政策課題に係る会合」に出席したプーチン大統領は、「子供のいる若い世帯が現代的な住居を入手することが重要」と述べ、政府として集中的に取り組む姿勢を明確にした。具体的には、a.住宅建設計画の申請から許可までの審査期間の短縮、b.利用されていない公用地や工業用地などを住宅建設地への転用を促進するための規制緩和、c.住宅購入時の一般消費者の保護を目的とした制度設計(注)、d.住宅ローン証券市場の環境整備、などを進める予定。ミハイル・メニ建設・住宅公共サービス相は同会議で、「2025年までに50%以上の若い世帯が住宅ローンを利用できるようにする」とする政府目標を発表した。現在モスクワ市、サンクトペテルブルク市およびその周辺の連邦構成体ではすでに住宅購入にあたっては60%がローンを利用しているとの分析もあり、今後は地方都市での住宅供給量増加と、住宅ローンの供給体制整備が課題となる。

住宅ローン貸し出しと住宅供給の伸びに「タイムラグ」が発生することも政策当局者にとっては悩ましい問題だ。近年、住宅ローン需要とともに住宅の供給量も伸びている(図参照)。2014年からは年間800万平方メートル前後の高い供給量が続いているが、建設・住宅公共サービス省は政府目標の達成のため、2025年までに年間住宅供給量をさらに現在の1.5倍の1,200万平方メートルまで増やすとしている。しかし、民間の予想では2017年の住宅供給量は最終的に前年比減となる750万平方メートル程度となる見込みで、今後1、2年についても、政府方針とは裏腹に住宅供給量が前年比減となる可能性が高いと推測されている。この理由について専門家は、「現在住宅販売市場に供給されている物件は、ロシア経済が大幅に落ち込んだ2015年以前に計画され、着工されたもの。経済の落ち込みが激しかった2015、2016年は、建設業者の市場から撤退も相次ぎ、新規着工数が伸びていない」とする。このタイムラグにより、2020年までは市場への供給は絞られると分析。また、一般消費者保護の一環で建設業者への監督・規制強化が予定されていることも、新規着工数増への逆風となるとの見方もある。住宅ローンの伸びに関しては、「近い将来、住宅供給量の減少で住宅価格が上昇し、住宅ローンへの需要は減る」(「都市経済研究所」のナジェジダ・コサレワ代表)との意見や、「住宅ローンの貸し出しに際してはいまだペーパーワークが大部分を占めている。『デジタル経済化』による効率化の進展と銀行間の競争で、住宅ローン金利が下がり、需要を喚起する余地は十分にある」(AIZhKのオレク・コムリク住宅ローン事業分析部長)と発言もあり、専門家の間でも見方が分かれる。

図:住宅建設面積とインフレ率の推移
2006年から2017年までの期間。住宅建設面積は2006年から順に5,060万平方メートル、6,120万平方メートル、6,410万平方メートル、5,990万平方メートル、 5,840万平方メートル、6,230万平方メートル、6,570万平方メートル、7,050万平方メートル、8,420万平方メートル、8,530万平方メートル、7,980万平方メートル、2017年は7,860万平方メートル。インフレ率は2006年から順に、9%、11.87%、13.28%、8.8%、8.78%、6.1%、6.57%、6.47%、11.35%、12.91%、5.39%、2017年は2.51%。
出所:
ロシア統計局、建設・住宅公共サービス省、各種報道

ロシア極東で地元企業、日系企業が活動

ロシアの住宅市場への日系企業の参入は極東地域が中心だ。2000年代前半には当時ハバロフスクに進出していたみちのく銀行が個人向けに住宅ローンを提供した。現在ではウラジオストクで日系住宅建設・販売大手の飯田ホールディングスが戸建て住宅と集合住宅の建設・販売事業を進める。また、ロシア極東では現在、連邦政府が地域振興策の一環として、「ウラジオストク自由港」制度を導入し、大幅な優遇税制や行政関連手続きの簡略化を認めている。同自由港の認定企業が加盟する「ウラジオストク自由港入居者サポート協会」の会長で、ウラジオストクでホテル建設や運営を行うルネサンス社のアントン・スコリク社長は、自由港制度は不動産開発の観点からもメリットが大きいと指摘する。「(住宅やホテル建設のため)不動産を購入する際に、競争入札の手続きを省略でき、時間とコストがかからない」というのがその理由だ。政府主催の大規模国際会議の開催やビザ取得手続き簡素化による観光客の増加、アジア地域とのビジネスの活発化などで、ホテルやプレミアムクラスの住宅建設に需要があるという。同社は自由港制度の導入をビジネス拡大のチャンスと受け止めている。このほか、ハバロフスクでは地元企業のスメナトレーディングが高層住宅と商業棟を含む複合施設の開発を市内で進める。同社のアレクサンドル・シドレンコ社長はジェトロに対し、「(低金利の)銀行融資が利用できることも開発を積極的に進める要因の一つ」と述べている。

ロシアの歴史的な低インフレ政策を背景にした住宅ローンブーム。旺盛な資金需要と住宅需要を日系企業が取り込むことができるか。ロシア市場を攻める切り口になることを期待したい。


注:
ロシアで集合住宅を建設する際にとられる事業形態として、建設業者が住宅購入希望者から資金を集め集合住宅を建設する「区分参加契約」と呼ばれるものがある。しかし、資金を集めた建設業者が所在不明となったり、意図的に自己破産したりするケースなどが後を絶たない。資金提供者は債権回収の点で救済されないため、住宅市場での取引上の問題点となっていた。一般消費者保護の観点から、区分参加契約方式による集合住宅建設は2020年から2021年にかけて禁止される見通しで、代わりにエスクロー制度(専門知識・信用を持つ第三者への預託)が導入される予定。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課ロシアCIS班 課長代理
髙橋 淳(たかはし じゅん)
1998年、ジェトロ入構。2005年から2007年まで海外調査部ロシア極東担当。2009年から2012年までジェトロ・モスクワ事務所駐在。2012年から2014年までジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長。ジェトロ諏訪支所長を経て2017年7月より現職。