無償パイロット事業を活用し橋梁点検の受注拡大(米国)
NEXCO-West USA社長に聞く

2018年5月28日

米国の橋や道路は、1930年代のニューディール政策時に建設されたものも多く、老朽化が深刻となっている。米国土木学会によると、全国にある61万4,387の橋梁のうち、建設後50年以上経過した施設の割合は約4割とされており、こうした施設のメンテナンス業務に対するニーズは着実に高まっている。日本の高速道路の保守・点検分野で長年の実績を持つ西日本高速道路株式会社(NEXCO-West)は、日本で開発した赤外線検査の技術をいち早く米国に持ち込み、受注を積み重ねてきた。同社米国法人NEXCO-West USAの松本正人社長に、米国での事業展開について聞いた(2018年3月16日)。

日本で豊富な実績を持つ赤外線検査技術を輸出

質問:
米国市場参入のきっかけは。
答え:
米国には、日本のようにアスファルト舗装をせず、コンクリートむき出しとなっている高速道路橋が多い。こうした道路の点検は、作業員が路面上で鎖を引いて、音の変化によってひび割れや浮きなどを発見する「チェーン・ドラッギング」といった方法が一般的であった。しかし、この方法は、車輌(しゃりょう)通行を規制する必要があり、渋滞につながる懸念があることから、作業効率が悪いとされてきた。また、点検員が事故に巻き込まれる危険性があるなど、安全性の確保も難しかった。さらに、経験が少ない点検員が作業を行うと損傷を見逃す可能性があるなど、客観性の確保も課題とされてきた。
こうした課題を克服するため、日本の高速道路で実績のある赤外線検査の技術を米国に持ち込むこととした。具体的には、赤外線カメラを設置した検査車輌(しゃりょう)を一車線ずつ走らせ、路面上の温度分布を記録することで、損傷の検出を行う非破壊検査技術である。損傷部分は昼間に暖かく、夜間には冷たくなりやすいので、周辺の健全な部分との温度差を検知することで、損傷箇所を特定する。この方法を導入することで、損傷箇所のデータが記録され、高い客観性を確保することができる。また、最速50~60マイル(80~96キロ)の速度で車を走らせたまま検査が可能なため、交通規制を行う必要もなく、効率性や安全性も同時に担保することができる。
質問:
米国市場の魅力は。
答え:
米国の道路の総延長距離は世界一であるが、1930年代に作られた古いものも多い。こうした古い道路の点検業務に対する需要は高く、広い市場を持っていると考えている。また、日本のインフラ技術による海外展開と言えば、東南アジアに目が行きがちだが、日本の技術では過剰スペックと見なされる場合も多い。これに加えて、政情や為替が不安定といったカントリーリスクもあるが、米国ではこうした懸念が少ない。

点検に使用する赤外線カメラ
(NEXCO-West USA提供)

オハイオ州の橋梁を点検中の点検車両
(NEXCO-West USA提供)

無償パイロット事業を通じて受注獲得

質問:
米国での受注実績は。
答え:
2018年3月時点で、国内10州からの受注実績がある。営業人員に限りがあることもあり、東海岸の州からの受注が中心となっているが、これ以外の州に対しても企画提案書(プロポーザル)を提出するなど、幅広く営業活動を行っている。
また、われわれは検査機器の販売も行っているが、機器と一緒に損傷を判定する独自の点検システムを購入してもらうことで、技術のブランディングや売り上げの向上にもつなげることができる。例えばバージニア州は、橋の総数が1万3,400に及ぶと言われているが、当社で1年間に対応できるのはせいぜい数百程度。従って、われわれ1社だけで技術を独占していても広がりに乏しく、必要に応じて他社と連携し、技術移転するなどした方が、技術の普及が早くなる。こうした観点から、技術のブランディングに注力している段階とも言うことができる。
質問:
最初の受注獲得までに苦労した点は。
答え:
当初、州の運輸省(DOT)担当者に対して、日本で開発を終え、10年以上の利用実績がある技術を米国に導入できないかといった説明を行ってきた。しかし、国外の実績をいくらアピールしても、米国内での受注実績が1件もない技術を導入することは難しいと言われ、受注獲得に結びつかなかった。
そこで、まずは実際に技術の適用性を見てもらうため、無償のパイロット事業を実施した。最初の事業はフロリダ州南端のセブン・マイル・ブリッジで、無償であっても実績として評価してもらうことができた。フロリダ州をはじめ、10件程度のパイロット事業を行ったが、われわれの技術を評価した州の担当者が、具体的な点検案件を持つ他州の担当者に推薦してくれることで、徐々に州政府関係者との間に信頼関係を構築することができた。米国進出後、3年程度は有償での点検業務を受注できない状態が続いたが、その後、少しずつ契約に結び付けることができるようになった。

2020年までに全米スタンダードを目指す

質問:
インフラ分野における海外進出の難しさは。
答え:
日本の道路管理者の中にも、米国市場の参入機会を狙っている企業は多いと思うが、日本で開発した技術が米国でそのまますぐに通用するわけではない。インフラ分野では、現場ごとに異なる条件に合わせて技術をカスタマイズし、技術力と応用力を駆使できなければ、売り上げを計上することができない。消費者向けの製品を販売する場合は、消費者に製品を認めてもらうことで売り上げを伸ばすことができるが、インフラ技術を展開する場合、ただの「営業マン」ではなく「有資格技術者」が、発注者である州・郡などのインフラ管理者としっかり技術議論を展開することを通じて、技術提案を認めてもらう必要がある(※技術文書には、「プロフェッショナル・エンジニア(P.E.)」という資格を有する技術者のサインが必須)。
また、インフラ管理者は、一般の消費者に比べて新しい技術や製品の採用に保守的なことがあるため、新技術の市場展開には時間がかかる。さらに日本人が営業する場合には「言葉の壁」もあり、技術が優れていること以外にも乗り越えなければならない課題がある。
質問:
今後の事業展開の方向性は。
答え:
これまでは、主に元請けであるエンジニアリング会社に対して技術を提案し、そこから下請け受注することで、徐々に技術を浸透させ、実績を伸ばしてきた。一方で、州政府と直接契約する元請け会社になるためには、公共調達のルールに従う必要がある。高度な専門知識を必要とするエンジニアリング業務として認められなければ(競争入札方式による)価格競争に陥りやすい面がある。今後は、発注者に対して技術提案を行い、技術的に最も優れた者と州政府が直接価格交渉を行って契約することができる企画提案書(プロポーザル)方式(注)で、元請け受注を広げたいと考えている。
プロポーザル方式は、エンジニアリング技術が必要な事業に限られるものの、値崩れの心配が少ない。また、元請けとなることで、発注者と直接技術的な議論を行うことができる。2011年に米国に拠点を置いて7年間活動してきたが、2017年に、初めてバージニア州から元請け受注を獲得することができた。元請けになると、サービス納入時にP.E.のサインが必要となるが、2017年に私(松本社長)自身が資格を取得した。今後も、こうした取り組みを通じて、2020年までにわれわれの検査技術が全米のスタンダードになることを目指したい。

インフラ点検事業で着実に実績を積み重ねてきたNEXCO-West USA社

米国土木学会によると、米国のインフラは、2016年から2025年の10年間で4兆5,900億ドルの投資が必要とされなど、老朽化が指摘されている。このため、橋梁や道路を含め、米国のインフラ・メンテナンスを担う業務への需要は大きく、今後もさらなる市場拡大が続くと見込まれる。トランプ政権の掲げる1兆5千億ドルのインフラ開発計画への期待も大きい。現時点で日本企業の米国インフラ市場への参入事例は限られているが、2017年10月16日には、米国運輸長官と日本の国土交通相の間で交通インフラ分野に関する協力覚書が取り交わされるなど、日本政府も北米へのインフラ輸出に関する取り組みを強化し始めている。2011年の無償パイロット事業の実施にはじまり、元請けでの受注獲得、P.E.資格の取得など、着実に実績を積み重ねてきたNEXCO-West USA社の今後の米国での活躍に注目が集まる。


インディアナ州政府担当者と松本社長(左から3番目)(NEXCO-West USA提供)

注:
米国ではインフラ事業を計画する際、国、州などの実施主体は計画書や仕様書を作成する段階で、プロジェクトの最適化を目的に、応札候補企業を含む専門家に意見を求める「情報提供依頼:Request for Information(RFI)」が広く行われている。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
権田 直(ごんだ ただし)
2004年に内閣府入府。内閣府では、GDP統計、月例経済報告、経済財政白書、経済財政に関する中長期試算の作成のほか、経済財政諮問会議の事務局業務などを担当。2016年12月よりジェトロに出向。現在は、調査レポート執筆や企業への情報提供などを担当。