急速な発展と調整の過程で生じるモバイル消費のリスク(中国)

2018年7月18日

中国では、スマートフォンを代表とするモバイル端末は、「あれば便利」の時代から、今や限りなく生活必需品となったといえる。スマートフォンを持っていれば、いつでも、どこでも物品や各種サービスの検索、照会、予約・注文、配送荷物の追跡、決済などができる。中国では、各種オンラインサービスは、パソコンよりもスマートフォンなどのモバイル端末を利用するケースが多い。各種プラットフォームやアプリケーション、決済システム、物流といった消費に関わるサービスの展開により、迅速で質の良いサービスを受けられる環境が急速に整いつつある。物品やサービスの購入だけではない。スマートフォンは、顔認証による本人確認や、個人の信用格付けにおいても重要な役割を果たしている。

サービス業の発展や雇用創出に貢献

統計数値からオンライン(モバイル)消費の動向をみてみよう。商務部が2018年5月に公表した「中国電子商務報告2017」によると、2017年のネット小売額は7兆1,800億元(約122兆円、1元=約17円)で前年比39%増加した(表1参照)。このうち、商品の売り上げは5兆4,800億元(28%増)で小売総額(社会消費品小売総額)の約15%を占める。また、電子商取引(EC)関連のサービス業の売り上げは2兆9,200億元(19%増)だ。なお、農村における商品のネット小売額は7,827億元で35%増加した。

税関が通関した越境EC輸出入額は902億4,000万元(81%増)、このうち、輸出は336億5,000万元(41%増)、輸入は565億9,000万元(2.2倍)と輸入の急増が際立つ。

EC関連業務の就業者は推計で4,250万人に達し、前年比13%増加した。商務部では、ECが創業・イノベーションの重要な選択肢であり、農村の余剰労働力、帰郷創業青年、退役軍人、障がい者の就業に新たな機会を提供したと指摘する。

非金融機関系決済機構によるネット(オンライン)決済額は143兆2,600億元に達し、44%増加した。同報告では、「モバイル決済が伝統的な決済習慣に変革をもたらし、消費者の商品購入、外出、飲食、医療サービス受診分野などに浸透した」と評価している。

宅配物流(業務量)は400億件に達し、28%増加した。このうちの約70%はECによる荷物である。

表1:中国ネット小売り関連の経済指標
項目 単位 2015年 2016年 前年比(%) 2017年 前年比(%)
ネット小売り額 兆元 3.88 5.16 33.0 7.18 39.1
ECサービス業売り上げ 兆元 1.98 2.45 23.7 2.92 19.2
越境EC通関輸出入額 億元 360.2 499.6 38.7 902.4 80.6
オンライン決済額 兆元 49.48 99.27 100.6 143.26 44.3
宅配業務量 億件 206.7 312.8 51.3 400.6 28.1
宅配業務売り上げ 億元 2,770 3,974 43.5 4,957 24.7
出所:
商務部「中国電子商務報告2017」

モバイル消費の拡大と同時にトラブルも増加

このように、モバイル端末は消費者に格段の利便性をもたらし、経済発展に大いに貢献している。その一方で、消費者問題の発生や特有のリスクも少なくない。

中国消費者協会によると、2017年に全国の消費者協会が受理した消費者のクレーム総数(オンライン・オフラインの合計)は、72万6,840件に上り、前年比11%増加した(表2参照)。このうち、解決済みは55万2,398件で、解決率は76%である。消費者が被った経済的な損失に対して、5億1,639万元相当を取り戻したという。事業者の詐欺行為による割り増し(2倍相当)の賠償案件は4,898件、賠償額は合計825万元となっている。

2017年の主なクレーム内容を件数の多い順にみると、契約が約22万6,000件と最多で、全体の3割を占める。次いで、アフターサービスが約20万6,000件(28%)、以下は品質、虚偽宣伝、価格の順となっている。クレーム上位3項目の合計は総件数の8割を占める。

2017年の主なクレームの構成を前年と比較すると、2016年にクレーム件数トップだった品質や4位の価格は、2017年に大幅に減少したのに対し、契約(2.8倍)やアフターサービス(約4割増)は急増したのが特徴である。品質は、2016年以降2年連続で減少している。この現象について、中国消費者協会では「供給側構造改革の進展により、消費財の品質が全体として向上している一方で、新たな商業モデルや新たな販売方法が出現し、一部の新興ハイテク企業は契約やアフターサービス、宣伝などの領域で経験が乏しく、企業の信用システム強化が求められる」と指摘している。

表2:中国の消費者クレーム件数(△はマイナス値)
項目 2015年 2016年 前年比(%) 2017年 前年比(%)
全体 642,570 653,505 1.7 726,840 11.2
契約 71,013 79,903 12.5 225,829 182.6
アフターサービス 135,672 148,529 9.5 206,051 38.7
品質 285,250 270,990 △ 5.0 158,074 △ 41.7
虚偽宣伝 9,856 31,370 218.3 42,647 35.9
価格 20,423 34,419 68.5 23,106 △ 32.9
安全 5,170 20,671 299.8 17,228 △ 16.7
模倣品など 5,242 18,524 253.4 16,970 △ 8.4
計量 3,651 7,552 106.8 6,165 △ 18.4
人格尊厳 1,562 1,948 24.7 4,108 110.9
その他 104,731 39,599 △ 62.2 26,662 △ 32.7
出所:
中国消費者協会

次に、主な商品・サービス別にクレーム件数の構成をみると、商品では、全体(30万5,463件)のうち、家電・情報通信機器、輸送機器(自動車・同部品など)、衣類・靴など、日用商品(家具、雑貨、子供用品など)、住宅用建材などが件数の上位5品目を占める。サービス分野では、インターネット・サービス、販売サービス(ネット販売など)、生活・社会サービス、電信サービス、文化・娯楽・スポーツサービスがクレームの上位5分野である。

さらに、主なクレームと商品・サービスをクロス集計でみると、状況は若干異なる。契約では、消費サービス(理美容、仲介サービス、飲食サービスなど)、インターネット・サービス、販売サービス(ネット販売など)、輸送機器(自動車・同部品など)のクレームが多い。アフターサービスでは、家電・情報通信機器を筆頭に、インターネット・サービス、販売サービスが中心である。品質のクレームも、家電・情報通信機器が最も多く、衣類・靴など、日用商品(家具、雑貨、子供用品など)などが上位を占める。

シェアリング・エコノミーの普及でクレーム増も

サービス分野のクレームの傾向を2016年と比較すると、インターネット・サービスのクレーム件数が急増した。同協会は、この主な要因として、一部のシェアリング自転車のサービス事業者が、保証金の返還不能、または返還の滞りを起こしたことが、クレームの急増をもたらしたと説明している。

中国では近年、シェアリング自転車が全国的に急拡大した。同協会によると、2017年7月現在、中国ではシェアリング自転車サービスの事業者が約70社、投入自転車は累計1,600万台、登録ユーザーは1億3,000万人で、累計15億人・回のサービスを提供したという。シェアリング自転車市場の競争激化などにより、悟空単車、3Vbike、町町単車などの事業者が撤退した。このような事態を背景に、ユーザーが保証金の返還を求めてもスムーズに返還されないという問題が発生した。特に、2017年第3四半期以降、全国的にシェアリング自転車のクレームが急増したとのことである。1件当たりの保証金は99元から299元と必ずしも多額ではないものの、登録ユーザーが1社で100万人を超えるケースもあることから、被害総額は巨額になる。また、ユーザーは全国に及ぶため、社会的な影響も大きく、公益訴訟を提起するケースも生じているという。

ECユーザーの三大クレームは発送、返金、品質

ECをめぐるユーザーの問題に焦点を当てたレポートをひもとくと、より具体的な消費者問題が把握できる。電子商務中心(100ec.cn)の報告書「2017年度中国電子商務用戸体験与投訴監測報告」によると、2017年度のクレーム受理件数は、前年度と比べ48%増と急増した。特に下半期に伸び率が加速したという。前述した中国消費者協会の集計結果をはるかに上回る急増ぶりである。

取引形態別では、商品のネット小売りが6割を占めて最多で、生活サービスと越境ECがそれぞれ約13%である。このほか、インターネット金融は3.7%、宅配が1.5%となっている。地域別では、広東省(12.0%)、上海市(11.7%)、北京市(9.4%)がクレーム件数の多い上位3地域であり、以下、浙江省、江蘇省、山東省が続く。電子商務中心は、ECが活発に利用されている沿海地域と、クレームが多い地域には相関があると説明している。

クレームの主な内容は、商品発送(13.2%)、返金(9.7%)、商品の品質(6.7%)、返品・交換(4.5%)、模倣品など偽物販売の疑い(4.5%)、虚偽のバーゲン(2.8%)、退店時の保証金返還(2.3%)、ネット詐欺(2.2%)、顧客サービス(2.0%)、物流(1.5%)が上位10項目である。生活サービスのECでは、タクシーの予約、車両レンタル、飲食、オンライン旅行サービスのクレームが多いものの、ウエートは低下した。また、「校園貸」などの消費者金融サービスに対する管理監督が強化されたことから、ネット金融のクレームのウエートは前年に続き低下した。宅配のクレームのウエートも若干低下した。

2017年のネット小売りに関するクレームの典型事例としては、模倣品(ニセモノ)の疑いのある商品のバーゲンが頻発したこと、大幅値下げの誤解を招く価格調整、ポイントなどによる還元をめぐる問題などが紹介されている。

電子商務法草案の審議を重ね消費者問題対応の法整備強化へ

このような問題に対し、法制度面ではどのように対処しているのか。ECの特別法に相当するといわれる「電子商務法(草案)」は、2016年12月から全国人民代表大会常務委員会で審議が始まった。2018年6月には草案の第3次稿がパブリックコメントに付されたところだ。

全国人民代表大会憲法・法律委員会の説明によれば、第3次草案の消費者問題に関する主な修正案のポイントは以下のとおり。

  1. 微信(We Chat)や網絡直播などのソーシャルネットワーク媒体もEC事業者に含む。
  2. 消費者から保証金を預かるEC事業者は、保証金の返還方式、順序を明示すること。保証金返還に不合理な条件を設定してはいけない。
  3. EC事業者で、技術優位、顧客数、関連業界のコントロール能力、ECにおける取引上の依存度などの要因で市場支配的な地位にある者は、市場支配的な地位の乱用、排除、競争制限をしてはいけない。
  4. プラットフォーム事業者が、プラットフォームで販売する商品またはサービスが生命・財産の安全の要求を満たさない、またはその他消費者の合法的な権益・行為を侵害すると知っている、または知り得ながら必要な措置を取らない場合は、出店事業者と連帯責任を負う。

なお、「電子商務法(草案)」以外でも、モバイル消費に見合った事業者の管理や市場秩序の確立、消費者保護などを図るため、関連法の改正や規則の制定が相次いで進められている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
加藤 康二(かとう こうじ)
1987年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所(1990~1993年)、ジェトロ・大連事務所(1999年~2003年)、海外調査部中国北アジア課長(2003年~2005年)などを経て2015年から現職。