ドイツで進む水素導入の取り組み

2019年3月26日

ドイツでは、水素・燃料電池技術促進に関連する政策をまとめ、「水素・燃料電池技術革新国家プログラム(NIP)」を策定し、一元的統括機関を設立して、水素や燃料電池の開発促進を進めている。特に地域での関連技術の導入促進を重視し、地方自治体の取り組みを進める支援プロジェクトである「ハイランドプロジェクト」を2018年12月から開始した。また、企業の活動も活発で、共同開発を推し進めることにより、燃料電池量産でのドイツの競争力確保に向けた取り組みも進んでいる。

水素と燃料電池技術の一元的統括機関を設置し、研究開発を促進

ドイツ政府は1980年代から、水素と燃料電池技術の研究開発を振興してきた。その後、より効率的に研究開発の促進を進めるため、2007年からは政界、学術界、産業界による共同開発計画に基づき、各種支援政策を、エネルギーや交通分野での市場導入を目指す水素・燃料電池技術革新国家プログラム(NIP)に統合した。2007年から2016年までの第1フェーズでは、産業界は7億ユーロを研究開発費として投資し、連邦政府も7億ユーロをNIPに拠出した。また、第1フェーズの期間中の2008年に、政府は燃料電池・水素国家プロジェクトの研究開発を管理する国家水素・燃料電池技術機関(Nationale Organisation Wasserstoff- und Brennstoffzellentechnologie GmbH)を設立した。これにより、NIPの実践を一元的に統括し、国や州、産業界や学術界を包括する産官学協働が効果的に進められ、プログラム全体の戦略的な管理を可能とした。その結果、ドイツは欧州や国際レベルの競争で、水素・燃料電池技術をリードする立場を確立したとしている。

さらに2016年9月には、政府はNIPを2016年から2026年の10年間、第2フェーズ(NIP2)として継続することを決定した。交通・デジタルインフラ省は、2019年までに水素および燃料電池技術を支援するために2億5,000万ユーロを投資すると発表。また、経済・エネルギー省は、水素と燃料電池技術の応用分野の研究開発に対し、1年当たり約2,500万ユーロの支援を行うほか、2016年8月には、個人向けの燃料電池暖房器具の購入に対する補助金プログラムも開始している。

燃料電池・水素社会実現のため地方自治体の取り組みを支援

国家水素・燃料電池技術機関は2018年12月6日に、NIP2の枠組みの下、地方自治体の水素・燃料電池技術の導入を進める支援プロジェクトの「ハイランド(HyLand)プロジェクト」を発表した。これは、ドイツ政府が掲げる気候変動対策目標(2050年までに1990年の水準と比べて最大95%のCO2排出削減)の実現のために、地域での水素社会の創生や関連技術の活用の重要性を認識し、地方自治体の水素社会実現を支援するもの。「ハイランドプロジェクト」の支援プログラムは、プロジェクトの進行の度合いによって、以下の3つの支援プログラムに分けられている。

  1. ハイスターター(HyStarter)
    初期段階に必要な企業や行政、社会などの関連プレーヤーの組織化を促し、交通分野を中心に熱、電気、蓄エネルギーに関する地域のコンセプト(概念)づくりを支援する。
  2. ハイエキスパート(HyExperts)
    策定されたコンセプトの実現のための具体的なプロジェクトの事前準備と徹底的な分析を行うための資金を支援する。
  3. ハイパフォーマー(Hyper former)
    水素・燃料の地域プロジェクトを実施するための補助金を支給する。

このうち、ハイスターターについては、「ハイランドプロジェクト」の公表と同時に、公募が開始された。その結果、水素と燃料電池技術を活用した地域のコンセプトの開発に関心を寄せる国内の138地方自治体が、ハイスタータープログラムに応募した。応募した地域自治体の状況に応じた提案がされており、沿海部の風力発電、脱褐炭発電に伴う産炭地の産業構造調整、自動車産業の雇用維持、都市部の渋滞緩和、中小都市の投資促進、国境付近の地域での隣国との熱や水素の接続などが特徴として挙げられる、と国家水素・燃料電池技術機関は述べている。2019年3月6日付のチューリンガー・アルゲマイネ新聞は、ワイマール市がハイスターターに手を挙げたことを報じている。今後、選考が開始され、応募した138の地方自治体から最大で9つの地方自治体が支援対象として選ばれる。一方、ハイエキスパート、ハイパフォーマーは、2019年春に公募が開始される予定だ。

企業が協力し、燃料電池生産地としての競争力確保へ

「ハイランドプロジェクト」以外にも、NIPの下、ドイツでは水素普及のためのさまざまな取り組みが実施されている。例えば、「アウトスタック・インダストリー(Autostack-Industrie)」は、ドイツの自動車メーカーや部品メーカーなどが、燃料電池生産の開発と拡大に努める共同イニシアチブだ。目標は、燃料電池の「スタック」(注)の共同開発および共同利用だ。燃料電池の実用化に向けての課題である価格の低減に向けた燃料電池スタックの開発を、量産を可能にするための関連技術開発とともに推し進めるとしている。同プロジェクトでは、2020年までにドイツでの燃料電池自動車の商用導入の条件を確立することを目標にしており、燃料電池の量産におけるドイツの自動車産業の競争力確保を目指している。同プロジェクトの参加企業は、BMW、ダイムラー、フォルクスワーゲン(VW)、部品大手のラインツ・ディヒトゥング、フォード、素材メーカーのフロイデンベルク・パフォーマンスマテリアルズ、燃料電池・水電解装置部材メーカーのグリーンニリティ、化学大手ユミコア、バーデン・ビュルテンベルク州太陽エネルギー・水素研究センター(ZSW)など。そのほか、水素技術開発の事例には、以下がある。

表:そのほかのドイツで実施されている水素・燃料電池活用促進の動き
プロジェクト/地域・州 概要
H2 Mobility/ドイツ全土 2015年ダイムラー、エアリキッド、リンデ、シェル、OMW、TOTALが設立したジョイント・ベンチャー。BMW、VW、トヨタ、ホンダ、現代も協力。2019年までに主要都市・地域とそれらを結ぶ幹線・高速道路沿線、合わせて100カ所の水素ステーションを整備、運営することを目標とする。
水素都市ヘルテン/ノルトライン・ウェストファーレン州 炭鉱から脱却し、水素都市に。バイオマスと風力発電により水素を作り、水素ステーション、水素を使った研究開発などを支援。研究開発のためのラボスペースも併設している。

出所:各プロジェクトのウェブサイト

このような水素普及に向けた取り組みから、ドイツの水素導入計画は着実に進んでいるといえるだろう。


注:
燃料電池の最小単位となる結合構造体のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所 ディレクター
油井原 詩菜子(ゆいはら しなこ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部(2011~2013年2月)、ビジネス情報サービス部(2013年3月~2014年9月)、ジェトロ・ウィーン事務所(2014年10月~2015年9月)、ビジネス展開支援部(2015年10月~2017年10月)、海外調査部(2017年7月~2017年10月)を経て現職。