有識者に聞く、新政権の目指すべき産業政策の方向性とRCEPの見方(インド)
米コロンビア大 アルビンド・パナガリヤ教授(インド国家改造評議会元副委員長)

2019年5月21日

総選挙の結果が5月23日に開票されるインドでは、新政権下のインドの産業政策や輸出振興政策に関心が高まる。2019年中の妥結が目指される東アジア地域包括的経済連携(RCEP)をめぐるインドの交渉姿勢にも内外から注目が集まる。ジェトロは、インドの国家改造評議会(NITI Aayog)の元副委員長(2015年1月~2017年8月)で、現コロンビア大学のアルビンド・パナガリヤ教授(国際経済専門)に、新政権の政策の方向性や、インドのRCEPに対する交渉姿勢などについて聞いた(4月22日)。同氏はモディ政権発足以来、現在に至るまで、モディ首相のブレーン的存在と言われている。

産業政策の着実な実行に期待

質問:
4月8日に発表された与党・インド人民党(BJP)のマニフェストには産業育成や製造業振興、外資誘致の記述で目立つものがないが、仮にBJPが総選挙で勝利し、モディ政権が続投する場合には、これらの政策に重点は置かれるのか。
答え:
モディ首相は産業育成の重要性を理解しており、選挙で勝てば、着実に産業政策に取り組むと期待している。現在も、首相府の指示を受けたNITI Aayogが、経営状態が悪く民営化すべき国営企業のリストを発表するなど、良い政策を着実に進めようとしている。
質問:
新政権の輸出振興策についてどう考えるか。
答え:
モディ首相に、輸出振興のために沿岸部に特別経済区(SEZ)を整備すべきと提案した。インドの地方や農村で増加する人口の受け皿となるような、雇用吸収力のある産業を活性化させるべきだ。SEZはこれまで、内陸の小規模な工業団地に作られるケースが多かったが、輸送時間の短縮やSEZの大規模化などを考えると、沿岸部に作った方が有効といえる。土地は規模の経済が働くように、少なくとも500平方キロメートル以上にすべきだ。土地収用や労働規制については、州政府など地域の行政機関に独自の決定権限を持たせるべきだ。特に、グジャラート州やアンドラ・プラデシュ州は州首相がSEZの新設に前向きであり、港も深いので有望と見ている。他国における成功例としては深セン(中国)がある。深センは1980年代に特区に指定されて以降、外資誘致や製造業育成が進んだ。当時は人がほとんどいなかった場所だが、今では大都市に変貌している。
質問:
ジェトロはスレシュ・プラブー商工相に対し、日本企業とインド企業が連携し、自動車部品などの裾野産業育成を柱に、インドの輸出促進を進めることを提案した。こうした取り組みをどう評価するか。
答え:
素晴らしい取り組みだ。インドの輸出促進のためには、サプライチェーンを含めたビジネス環境を整備していくことが重要である。自動車はスキルのある労働者が多数必要なので、インドが比較優位を得るために、企業育成とセットで日本が貢献してくれるのは有難いことだ。

比較優位のある産業へのシフトが必要

質問:
インドのRCEPの捉え方をどう見ているか。
答え:
インド国内の議論において、対中貿易赤字拡大の懸念がよく取り沙汰される。これを聞くたびに、比較優位の原則を理解していないと感じる。まず、特定の2ヵ国間の貿易収支にこだわることは合理的ではない。自由貿易のメリットは、最も安く売ってくれる国から輸入して、最も高く買ってくれる相手に輸出すること。売り先がRCEP域内である必要すらない。また、自由貿易によりGDPが増えるメカニズムは、比較優位のある産業に国内の資本・人のリソースをシフトして集中させ、規模の経済が働く点にある。インドはアパレルや家具製造などの労働集約産業に比較優位があるので、競争力のない産業からリソースをシフトすべきである。さらに、RCEP域内の市場や生産構造も変化するだろう。例えば、中国はあと15~20年もすれば賃金が上がり、海外に生産拠点を求めるだろう。その時にインドが外資の多国籍企業を受け入れられるビジネス環境を整えておく必要がある。既にベトナムやバングラデシュ、カンボジアは投資環境を改善し、中国資本を受け入れ、その利益を中国とシェアし始めている。1980年代に台湾・香港・韓国の賃金が上昇した際、中国沿岸部に産業が集積した。同じことを、インドが実現する必要がある。
質問:
しかし、(インドが競争力を持たない産業から比較優位のある産業への)産業間の移行はスムーズに進むのか。また、例えばアパレルであれば、バングラデシュはインドより賃金が安く競争力があるため、インドがアパレル産業に移行したくても簡単ではないといった意見もあるはずだ。これにはどう反論するか。
答え:
バングラデシュの生産能力にも限界があり、拡大する世界の需要全てに一国で応えられることはあり得ない。インドが比較優位のある産業に注力して生産量を増やし、中国などから市場を取っていくことに意味がある。また、インド全土の平均的な1人当たりGDPの数字だけを見るのは誤りだ。インドは広く、バングラデシュ以上に貧しい州はたくさんあるので、こうした安い人件費を活用し、労働集約型の産業を誘致することも一案といえる。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所産業調査員
小野澤 恵一(おのざわ けいいち)
2007年、経済産業省入省。主にエネルギー政策、通商政策等の政策企画・立案に従事。留学(コロンビア大学公共政策大学院修了)、石油流通課課長補佐、大臣官房総務課課長補佐を経て、2018年6月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課を経て、2015年7月からジェトロ・ニューデリー事務所勤務。