マルチ・スズキ、スタートアップアクセラレーションを開始(インド)

2019年7月10日

インドの自動車市場において、50%以上の圧倒的なシェアを誇るマルチ・スズキ。スズキは1982年にインド市場に参入し、インド政府と合弁会社マルチ・ウドヨグを設立してから37年間、インドで業界のトップランナーとしてビジネスを続けている。同社はイノベーションの動きを加速すべく、業界での評価が高いGHVアクセラレーターと手を組み、首都デリー近郊のハリヤナ州グルガオンでスタートアップ向けのアクセラレーション・プログラム「Mobility and Automobile Innovation Lab (MAIL)」を立ち上げた。同プログラムを開始した経緯やその内容について、マルチ・スズキの担当者にインタビューした(2019年6月4日)。

質問:
アクセラレーション・プログラムを開始した理由は。
答え:
マルチ・スズキはインドの乗用車市場で高いシェアを有しているが、それを今後どのように維持していくかが課題。特に、コネクテッドやシェリングエコノミーなどの新しい領域での開発が重要となってくる。内部のリソースは限られているため、外部との連携が必須だ。その方法として、今回はスタートアップのアクセラレーションという新たな方法を試している。
質問:
GHVアクセラレーターとの連携に至った経緯は。
答え:
同社は、スタートアップ関連メディアのInc42が毎年発表しているアクセラレーターのランキングで、2年連続1位を獲得している。さらに、インド政府のスタートアップ振興機関であるスタートアップインディア外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます も同社を活用している実績を評価した。また、同社がデザインするアクセラレーション・プログラムは、「量よりも質」を重視しており、クオリティーを重視するスズキの文化に合致している点も大きい。

ベンガルールで開催されたマルチ・スズキとGHVアクセラレーター
共催のプログラムお披露目イベント(マルチ・スズキ提供)
質問:
プログラム実施期間および対象企業は。
答え:
募集・選考などに3カ月、アクセラレーション・プログラムに3カ月の計6カ月である。マルチ・スズキが抱える課題を解決することを目的に、自動車・交通分野のアーリーステージスタートアップを対象に、年に2回インド全土から募集し、5社を選定する。第1回のプログラムは既に開始しており、ベンガルール、ハイデラバード、ムンバイ、グルガオン、プネから有力スタートアップを選定した。インドにおけるマルチ・スズキの「ブランド力」と「ビジネスの規模」を強みに、スタートアップからの関心も高く、かなりの数の応募があった。
質問:
プログラムの内容は。
答え:
プログラムの中心は、マネジメント、財務、ソリューションテクノロジー、マーケットインに関するメンタリングだ。メンターは、GHV アクセラレーターからの紹介や自社のコネクションの中から7~8人を選出。上位に選ばれたスタートアップ2社にはPoC(概念実証)のためのファンドも出す。まだ開始したばかりのため、プログラム内容については今後も試行錯誤を続けていく。
質問:
日本企業がインドでアクセラレーション・プログラムを実施する上で、マルチ・スズキが意識している点は。
答え:
有望なスタートアップを集めるために、企業としての知名度は必要だ。また、大企業とスタートアップの企業文化の違いは大きく、これを理解する必要もある。インドのスタートアップとの連携に際し、マルチ・スズキは「社内の風通しの良さ」、「トップダウンとボトムアップ双方を取り入れた経営」と「スピード感のある意思決定」を意識した。社内には、役員および各部門から集められた社員で構成された少数精鋭のスタートアップチームがあり、イベントでのネットワーキングや外部とのディスカッションをこのチームの権限で行っている。

柔軟さと謙虚さがスタートアップ連携のカギ

スタートアップとの連携を模索する日系企業の数は増えてきている。インドへの新規投資やインド企業の買収も連携の1つではあるが、時間をかけて共に事業やプロダクトを創っていくアクセラレーション・プログラムも新たな選択肢だ。これはスタートアップとの距離を縮め、互いの文化を学び合う良い機会でもある。その方法について、マルチ・スズキの担当者は「スタートアップに根気強く、われわれの文化を教えるか、われわれがスタートアップの文化を学ぶかのどちらかだ」としつつ、「インドやスタートアップ特有の文化である『アジャイル(注1)』や『デザインシンキング(注2)』などを謙虚に学ぶようにしている」と語った。異なる文化を受け入れ独自のビジネスに取り入れていく柔軟性や謙虚さもマルチ・スズキの強みのようだ。インドでは、こうした前向きでオープンな姿勢が、スタートアップとの連携においては日系企業にも求められそうだ。


注1:
「俊敏な」「すばやい」という意味の英単語で、リスクを最小化しながら改善を繰り返し、短い期間で開発しようとする手法。特にソフトウエア開発に使用される言葉。
注2:
デザインに必要な思考方法と手法を利用して、ビジネス上の問題を解決するための考え方を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
瀧 幸乃(たき さちの)
2016年、ジェトロ入構。対日投資部誘致プロモーション課(2016~2018年)、ジェトロ・ベンガルール事務所実務研修(2018~現在)。高度人材、スタートアップ、オープンイノベーション関係の事業、調査を主に担当。