ベトナム南部の成長企業2社にインタビュー
企業を取り巻くビジネス環境、課題と今後の取り組みについて

2019年6月12日

ベトナム経済政策研究所(VEPR)がまとめた年次経済報告書(2018年5月8日発行)によると、ベトナムの労働生産性は向上しているものの、いまだ製造業を含め低い水準にあり、労働生産性が給与の上昇に見合っていないとの指摘がある。裾野産業においても同様で、「効率性」を考慮した現場改善の余地は大きい。

ジェトロは2019年5月15日、ベトナム南部で成長を続ける地場中小企業2社を訪問しビジネス環境などについてヒアリングした。本ヒアリングを通して、ベトナム裾野産業における地場中小企業の課題と今後の展望について説明する。

JICAの支援を受け、生産性向上に取り組む

今回ヒアリングを行ったのは、ホーチミン市2区のカットライ工業団地で亜鉛メッキなどを行うタンルアン・エレクトロプレーティング・アンド・メタル・フィニッシング(以下、タンルアン社)、およびビンズオン省で機械加工を行うバットゥン・メカニクス・コンストラクションズ(以下、バットゥン社)の2社。いずれの企業も、4月に終了した国際協力機構(JICA)の裾野産業中小企業(SME)支援に関する調査プロジェクトによる専門家団の支援を受けていた。

タンルアン社はJICAから支援を受ける前、「受注があった仕事にただ対応するだけ」(同社)で、業務の効率化が進んでいなかった。JICA専門家による同社の問題分析を踏まえた改善提案を受け、組織および人の管理を行うことで効率性を上げる取り組みを行った。同社のチャン・ティエン・トゥアン社長は、「効率性に関してプラスの変化を感じる」という。

バットゥン社はJICA支援前、職場環境の維持改善のための「5S」(注)を理解して実施することができずにいた。支援を通じて、その意味や実施方法を学び、財務管理や担当業務ごとの成果報告方法の検討など、生産性を向上させるための取り組みを実施したことで、売り上げが5~10%伸びた。一層の改善を促すため、実際に生産性向上を達成することができたチームや個人を評価する報償付き表彰制度を設けた。同社の担当者は、「今のところスタッフは前向きに取り組んでいる。しかし、報償が無くなれば、従業員の意識が続かないのではないかと懸念している。将来的には、インセンティブがなくても各自が5Sを意識するようになってほしい」と話す。この取り組みは当面、継続する予定だ。


タンルアン社の工場外観(タンルアン社提供)

工場内の稼働状況
(タンルアン社提供)

ベトナム行政の支援の問題

ベトナム政府の方針の下で、各地方省・市が中小企業支援の具体的な計画の策定・実行を行うが、その効果は今一つだという。

ホーチミン市人民委員会は2017年、国内企業の製品が外国企業のサプライチェーンの中に参入できるよう、同市商工局が中心となり、2020年までの裾野産業支援策決定(15/2017/QD-UBND)を公布した。ホーチミン市裾野産業開発センターが、支援金拠出も含め関連プロジェクトを実施している。しかし、タンルアン社は同プロジェクトに対して、「裾野産業支援策の優遇措置の選定審査に何カ月も要し、実際の利用は難しい。JICAをはじめとした外部機関の支援は、実効性がある」と話す。

生産拡大や環境配慮への対応

タンルアン社は、順調な売り上げ増加に対応するため、工場を拡張する必要がある。入居する工業団地の排水処理能力が限界となったため、今後近いうちに、排水処理能力の高い工業団地に移転する予定だ。移転を理由に離職する従業員もおり、新規採用で補充する必要があるが、機械設備による自動化が進んでおり、新人教育に対する労力は以前より減ったという。

バットゥン社によると、同社の要件を満たす技術者を見つけることは容易ではない。大学新卒者は現場経験がなく、採用後に教育が必要となるため、即戦力の経験者も併せて採用し対応している。

原材料調達の問題と期待

ベトナムは、原材料の現地調達が難しく、輸入に頼るケースが少なくない。受注の増加および納期に対応するため、原材料調達をどうするかは、中小企業にとって重要な課題だ。

タンルアン社のトゥアン社長は、「昨年ごろから、中国以外の第三国(ASEAN)からの一部原材料の仕入れ価格に高騰がみられ、入手困難な部品もある。大企業とは違い、中小企業は資金面の限界などにより在庫をあまり抱えられず、その影響は大きい。」と話す。一方、米中貿易摩擦などの影響を受けて、ベトナムへの企業進出が増えれば、受注がさらに増えるのではないかとの期待もあるという。同社長は、「最近は、中国企業を中心にベトナムに拠点を移す検討をしている企業の相談を多く受ける。だだ、賃金は中国よりベトナムが安いが、中国には既に設備があり大量生産できるため、設備投資や生産ロットを考慮して単価を比較すると、中国の方がまだ安いため、検討中で止まっている企業が多い。部品ごとに生産量が増えれば価格が下がるため、ベトナムに一部生産移管を行う例はある」と近況を分析する。

バットゥン社は、「原材料の調達は台湾や日本が中心であり、中国からは調達は少ないため、調達価格に変動が出ているという認識は今のところ特にない。中国からベトナムへの移転については、視察調査中という企業は多く聞いているが、実際はまだそれほど移転していない」とみている。


ラインが引かれ、整然としたバットゥン社の工場内(バットゥン社提供)

日系企業との取引を通じて感じるメリット

ジェトロが2018年、裾野産業における複数の地場企業を訪問した際、「日系企業は品質管理が厳格なため、他の外国企業に比べて、取引開始決定までにかなりの期間待つ必要がある」との声が聞かれた。だが、今回ヒアリングした2社はどちらも日系企業との取引に前向きだ。

タンルアン社では、日系企業との新規取引は簡単には進まないが、取引先の日系企業から紹介を受けることもあるという。JICAのプロジェクトを通じて、展示会にも出展したこともあり、現在では日系企業との取引も増え、売り上げ全体の約30%を占める。同社のウェブサイトでは、日本語ページも設けた。同社のトゥアン社長は、「取引先の日系企業とは十分な打ち合わせを行い、協力しながら部門単位で改善にも取り組んでいる。このような日系企業との関係および取り組みが、自社および社員にとって大変勉強になる」と話す。一方、バットゥン社の日系企業との取引は売り上げの約15%だ。新規取引先を探すのはやはり難しいが、社長自身が日本語を話すことができ、日系企業と直接交渉できることが同社の強みだ。同社担当は、「日系企業はよくサポートしてくれ、われわれが対応できていない部分についても丁寧に説明してくれるため勉強になる」と話す。

日系企業がSMEの成長に影響を与える

ヒアリングを行った2社はいずれも、日系企業との取引過程を通じて、その要請に応えることが自社の改善につながり、成長できると考えており、それが日系企業との取引で得られるメリットと認識している。日本からの「技術支援」の形態だけでなく、実際の取引を通じて、日系企業が裾野産業企業の成長に影響を与えている可能性がうかがえた。なお、同2社はジェトロのベトナム有望企業(南部ベトナム編)第11版PDFファイル(8.3MB) にも掲載されている。


注:
職場環境を改善するためのスローガンのこと。「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」の頭文字の5つの「S」をとったもの。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所
小林 亜紀(こばやし あき)
1997年、財務省東京税関入関。2017年よりジェトロ・ホーチミン事務所勤務(出向)。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所
ダン・ティ・ゴック・スオン
2011年よりジェトロ・ホーチミン事務所に勤務。