スタートアップに加え、大企業にもイノベーションを創出(デンマーク)
グローバルイノベーション支援の雄、レインメーキングに聞く

2019年4月8日

スタートアップへの注目が世界中で広まる中、デンマークで興味深いのは、起業コミュニティー、民間によるスタートアップ支援や国主導のコワーキングスペースなど、スタートアップの支援体制が全国に広がりつつあるのと同時に、大企業のイノベーションも進展を見せてきている点だ。よく知られているところでは、イケアのオープンイノベーションハブ(SPACE10)や、レゴ(玩具)のオープンイノベーションをベースにした組織改革がある。本レポートでは、デンマークをはじめ、グローバルにイノベーションの場作りに貢献しているレインメーキング(Rainmaking)を紹介する。同社の共同創設者であるアレックス・ファルセット氏に、レインメーキングが大企業のイノベーション創出支援に成功している理由について聞いた。(2月18日)

スタートアップ相互扶助のコミュニティーからスタート

レインメーキングは2007年に設立された。複数の起業家のパートナーシップから始まり、当初は相互扶助のスタートアップ育成コミュニティーとしての企業体だった。起業家は、財務や経営、営業など全てを自前で展開する必要がある。こうした課題に対して、互いに助け合いながら成長していこうというのがもともとの狙いだった。

飛躍のきっかけとなったのは、2010年開始のスタートアップ・ブートキャンプという3カ月間のアクセラレーション・プログラム(注1)で、セールスフォース・ドットコム、アマゾン、グーグル、シスコ、インテルといった大企業の支援を得て実施された。選ばれた10企業がオフィススペースの提供、財務・法務アドバイスなどのサポートを受けることのできるプログラムで、レインメーキングは現在、世界16都市でこのプログラムを行っている。それぞれのエリアで、戦略的に産業を選び、産業クラスターを育成しつつ、プログラムを実施している。例えば、現在はローマのフードテック(食品関連技術)、ドバイのフィンテック、米国コネチカット州ハートフォードのインシュアテック(注2)のテーマに沿ったスタートアップ・ブートキャンプが実施されている。

設立当初は4人のパートナーが共同経営者となっていたが、現在は14人となり、150人を雇用し、コペンハーゲンに加えて、ベルリン、シンガポール、ムンバイ、クアラルンプール、ロンドン、ニューヨーク、メキシコシティーにオフィスを構えている。2007年から現在までに35社を起業し、740余りの起業を支援し、50社以上の投資実績があり、29社をエクジット(注3)させている。最近では、モノのインターネット(IoT)サービスのリレアー(Relayr)がミュンヘン再保険に3億ドルで買収されている。

フィンテックや海運のイノベーションハブに

レインメーキングは現在、コペンハーゲンにレインメーキング・ロフトとピア47(Pier 47)という2つのコワーキングスペースを保有し、起業家や新規事業を育てる場として具体的には、参加者・企業が互いに成功や失敗体験などの情報を共有するためのワークショップなどのイベント開催スペースとして機能している。ロフトは、主にスタートアップ企業のためのスペースで、企業に午前7時から午前0時まで業務可能なオフィススペースを提供、デスクやシート、ミーティングルームなどを有料で貸し出す。ピア47は、海運と金融の2つのテーマで、スタートアップと大企業がオフィスエリアを共有することで、情報交換やネットワークを通じたシナジー醸成を狙う。


レインメーキング・ロフトのシェアド
オフィススペース(ジェトロ撮影)

ロフトの入口に位置するカフェ兼コワーキング
スペース。開放的な空間が広がる。(ジェトロ撮影)

コペンハーゲンは北欧でフィンテックのハブとなることを目指しており、金融関連スタートアップ企業からも企業連携の拠点としての役割に期待が高まっている。2015年から、金融業の従業員組合(Finansforbundet)、デンマーク銀行連盟(Danish Bankers Association)、コペンハーゲン市、デンマーク弁護士・エコノミスト連盟( DJØF)、電子取引大手のネッツ(Nets)、投資銀行のサクソバンク、金融分野システムインテグレーターのBEC、保険大手トリュック(Tryg)、フィンテック産業の促進機関CFIRがフィンテック事業でレインメーキングと協働を開始した。具体的には、レインメーキングは前述の協働パートナーから、調査会社とともに調査の委託を受け、レポートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.4MB) としてまとめたり、フィンテック・ハブとなるためのコミュニティーの設立、フィンテック分野のリスクについての研究、政治的支援を得るためのロビイング活動を実施したりと、産官連携の下、コペンハーゲンを世界中のフィンテック動向情報を共有できるフィンテック・ハブとして構築するとともに、そのブランド確立に精力的に努めている。

海運分野も同様の動きが見られる。デンマークには、コンテナ船分野で世界最大の企業マースクの本社がある。将来もコペンハーゲンが海運分野の最先端に身を置き続けけるため、レインメーキングはピア47を、海運企業、スタートアップ、海運機関(Maritime Authority)が集まるイノベーション創出の場として位置付けている。例えば、マースクはレインメーキングとの協働で、ベンチャーを生み出す部門としてマースクグロースをCVC(注4)として設立、本社内で事業を実施する際に課されがちな制限から離れて、創造的なプロジェクトを進めることを狙う。マースクグロースは本社から地理的に離れたピア47にオフィスを構えることで、中立的な場所でスタートアップとプロジェクト実施やジョイントベンチャー設立を考えることを狙った。

大企業とスタートアップの協業をサポート

レインメーキングは、前述のようにスタートアップコミュニティーとして始まったが、大企業を対象としたイノベーション支援のプログラムを充実させている。現在のサポート内容としては、次の3つのカテゴリーの支援が注目されている。

1.社内イノベーション(Internal innovation)支援

1つ目は社内イノベーションの支援である。大企業を対象としたイノベーション支援で、一般的に生存率が高くなくリスクもあるスタートアップとの協業を避けつつ、企業文化を変革し、全従業員を創造的にしたいといったニーズに応える。年間を通したトレーニングなど、長期間の実施を想定している。例えば、エンジニアリングのランボル(Ranbøll)への社内イノベーション支援では、1年のプログラムが実施された。ランボルは、優秀な社員の多くが業務経験を積んで実力を付けると、それを新たな職場で試したいとして離職するという問題を抱えていたという。この課題を克服すべく、社内で60人のイノベーションプログラム参加希望者を選別し、チーム作り、コンセプト開発から、ビジネスアイデアの創造まで実施、プログラム終了時には15-20人ほどが残り、最終的にプログラムで考案されたプロジェクトが実施された。ファルセット氏によると、実力がある社員が社内でやりがいを見つけ、離職率を下げることにも貢献しているという。レインメーキングと協働をする多くの大企業では、社長が進んだ考え方をしていることが大きい。1~2カ月ごとに2週間ほど、優秀な社員をプログラムに参加させることが必要になるため、上司の合意がなくては実施は難しい。現在、1社ではなく、複数企業に同時にプログラムに参加してもらうことにより、企業横断の混成チームを作り、トレーニングを実施するなどのモデルケースを実施中だ。業界を超えたイノベーションの創出を狙い、企業や業界全体がイノベーション促進や企業文化の変革を目指している。

2.スタートアップとのマッチング支援

大企業と親和性の高いスタートアップとのマッチングを支援し、事業化のアイデア作りから、マーケット展開戦略までを支援するプログラムである。レインメーキングの強みは、大企業文化とスタートアップ文化の両方に通じる者が両方のマッチングを支援するという点だ。例えば現在、イケアと2年間のプロジェクトを実施しており、世界各地から集めた事業化のアイデアをイケアとともに実現につなげていくプロセスが進んでいる。86カ国から集まった1300の申請者から10組を採用、イケアとのコラボレーションの可能性を模索している。また、同様のプログラムは現在、米国のハートフォードでも実施されており、こちらではインシュアテックのハブの構築が進められている。

3.ベンチャー・ビルディング(Venture Building

新しいサービスやプロジェクト構築の開発手法である。パートナーとなった大企業とともにスタートアップ企業を立ち上げるというコンセプトがベースとなっているが、単なる社内ベンチャーとは異なる。大企業は多くの決断に長い時間がかかり、また、その大企業が確立してきた既存の枠組みの中でベンチャー的活動を行うことには困難が伴う。そのため、レインメーキングのプログラムでは、ビジネスアイデアを持った社員が独立したベンチャーとして資金提供を受け、大企業に守られた社員としてではなく、起業家のように寝食を惜しんで開発・事業化を進めるというコンセプトだ。例えば、大手保険会社トリュックとの事業では、ミレニアル世代(注5)のための保険サービスをテーマにした起業を支援し、「Undo」という保険サービスを立ち上げた。資金は20%をトリュック、10%をレインメーキング、残りを起業家自身による出資と外部調達により集めた。

なぜ大企業のイノベーション支援に成功しているか?

多くの大企業が新規事業の立ち上げで障壁にぶつかる中、なぜレインメーキングが手掛ける事業は成功しているのだろうか。レインメーキングは、イノベーションを支援する組織としては古参の部類に入り、すでに10年以上の経験値があり、これが強みとなっているということ、また、大企業での経験とスタートアップ起業家としての経験を併せ持ち、大企業の論理もわかり、スタートアップの産みの苦しみもわかる「企業文化のバイリンガル」人材が豊富なことをファルセット氏は指摘する。失敗や成功体験を積むことが重要なスタートアップにとって、経験値が高いことは大きな強みとなる。「失敗をしながら擦り合わせていくこと」がスタートアップの成功には不可欠で、起業を繰り返し経験してきた「シリアル起業家」がレインメーキングにはそろっているという。ファルセット氏自身もDHLとドイツポストで12年以上勤めた後、起業家に対して、立ち上げ、拡大支援を行うアクセラレータであるスタートアップ・ブートキャンプを含む6つの企業を設立した。これらアクセラレータの支援プログラムを通じてユニコーン企業(注6)に次ぐ規模にまで成長した企業も生まれている。


レインメーキング共同創設者の
アレックス・ファルセット氏(ジェトロ撮影)

そのほかにも成功の要因があるという。2010年ごろから始めたクラスターの形成は想定以上の効果があった。戦略的に分野を選び、クラスターを構築することで、該当分野を主要ビジネスにする大企業がレインメーキングにアクセスしてくるようになった。さらに、次第に支援したり、ネットワークを形成したりしたスタートアップの数が増加することから、ビジネスマッチングもしやすくなったという。例えば、金融関係のビジネス集積の核となるフィンテック・ハブを作ったことで、金融分野でイノベーションを求める大企業との関係が深まり、投資を受けやすくなったということだ。

もちろん、多くのプロジェクトを成功させたレインメーキングにとっても、「成功の公式」はまだ明確になっているわけではないという。特に大企業が対象の場合は、どのようなサポートが重要になるか、どのようなプログラムが提供されるべきかは、その企業、企業文化、そしてその業界の現状にもよるからだ。

ファルセット氏は、「誰かが破壊的イノベーションを生むのであれば、それが大企業でもいいはずだ。とはいえ、クレイトン・クリステンセン博士の『イノベーションのジレンマ』で述べられているように、大企業の強みを失わないようにすることも不可欠だ。大企業は100%根底から企業カルチャーを変える必要はないのかもしれない。重要なのは、適度なイノベーション人材と確固たる企業の伝統を継承する人材の適切なバランスと配置だ」と話す。

世界各地で起こるアクセラレータやイノベーションの動きは、今までの大企業とスタートアップ間に立ちはだかる企業異文化の壁を切り崩し始めている。大企業でもスタートアップのマインドセットを持つ人が増え、スタートアップも大企業の文化を理解し尊重する人たちが出てきている。まさに、レインメーキングの創立者たちが持っていた、とがった企業文化やマルチリンガルのスキルを保有する人が増えているのではないだろうか。


注1:
企業活動の成長を促すための資金や専門コンサルティングなどを提供するもの。
注2:
保健分野で情報通信技術などのテクノロジーを活用するもの。
注3:
創業者や投資家が事業の売却や株式公開などをし、投資した資金を回収すること。
注4:
Corporate Venture Capitalの略語で、事業会社が本業の拡大などを念頭にした投資活動を行うこと。またその組織。
注5:
厳密な定義はないが、2000年代に成人あるいは社会人になる世代で、1980年代から2000年代初頭までに生まれた人を指すことが多い。
注6:
評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
安岡 美佳(やすおか みか)(在デンマーク)
京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学でコンピュータサイエンス博士取得。2006年よりジェトロ・コペンハーゲン事務所で調査業務に従事、現在コレスポンデント。