2019年初に発効した改定米韓FTAの影響は限定的か
改定米韓FTAに対する韓国の見方

2019年2月13日

改定米韓FTAが2019年1月1日に発効した。自動車を中心に従来のFTAが改定されたが、米韓FTAの改定が韓国の産業界に与える影響は限定的というのが韓国の見方だ。他方、米韓FTA改定とともに合意された米国の韓国産鉄鋼輸入制限を巡る問題では、対米輸出の減少といった影響が顕在化している。

韓国の対米貿易黒字は2015年をピークに減少基調に転換

改定米韓自由貿易協定(米韓FTA、通称KORUS)が2019年1月1日に発効した。米韓FTAの改定は、2018年1月に交渉開始、3月に大筋合意、9月に署名と、交渉開始から署名・発効まで比較的短期間で進められた。本稿では、初めに韓国の対米貿易の推移を概観した後、改定米韓FTAに対する韓国側の評価について、韓国メディアの社説や、改定米韓FTA発効直前の2018年12月下旬に行った韓国の複数の通商専門家へのインタビューの結果などを基に整理する。

2000年以降の韓国の対米貿易収支は、米韓FTA発効(2012年3月15日)前の2011年まで、100億ドル前後のほぼ一定水準の黒字で推移してきた(図参照)。ところが、FTA発効後、韓国の対米貿易黒字が急増し、2015年には258億ドルを記録した。これを受け、米国通商代表部(USTR)は、トランプ政権が発足して間もない2017年3月に「韓国とのFTAは対韓貿易赤字の劇的な増加を伴った。(中略)いうまでもなく、これは米国国民が協定に期待した結果ではない」とする内容の報告を議会に提出した(報告の全体像は2017年3月8日記事を参照)。トランプ大統領も同年4月、ロイター通信とのインタビューで「KORUS FTAはひどい取引だ。われわれは再交渉または破棄をする予定」と述べた。当初、改定に消極的だった韓国は、米国側の圧力により同年10月、米韓FTA改定交渉の開始に同意した。

図:韓国の対米輸出入・貿易収支の推移
韓国の対米輸出は米韓FTA発効前年の2011年562億ドルから、2014年703億ドルに急増した。その後、増加は一段落し、2018年は727億ドルになっている。韓国の対米輸入は米韓FTA発効後、2016年まで停滞が続いていたが、2017年から増加し、2018年に589億ドルに達した。韓国の対米貿易収支は2000~11年にかけて100ドル前後で推移したが、米韓FTAが発効した2012年以降急増、2015年には258億ドルに達した。2016年以降は減少に転じ、2018年は139億ドルになった。

資料:韓国貿易協会データベース

ところで、皮肉なことに、韓国の対米貿易黒字は改定交渉の開始が決定する前年の2016年に減少に転じた。さらに、2017年、2018年と対米貿易黒字は大幅に減少、2018年は2015年に比べて半減し、米韓FTA発効前の水準に近づいた。

対米貿易黒字の動きの背景には、何があったのだろうか。対米貿易を品目別(注1)にみると、自動車の動向が対米貿易収支を大きく左右していることが確認できる。2011~2015年の対米貿易黒字増加分の55.9%が自動車で、増加分の半分以上を自動車が占めた(次いで、第2位の自動車部品が12.5%で、自動車関連品目が対米貿易黒字増加分の7割弱を占めた)。自動車の貿易黒字増加は、対米自動車輸入増をはるかに上回る勢いで対米自動車輸出が増加したことに起因するものだ。一方、2015~2018年の貿易黒字減少分の37.6%が自動車の貿易黒字減、36.3%が原油の貿易赤字増に起因している。前者はやはり、自動車の対米輸出減によるものだ(韓国の対米自動車輸出入の詳細については2018年4月18日記事参照)。なお、2018年の対米貿易黒字全体に対する自動車の貿易黒字の比率は85.1%で、自動車の貿易黒字が依然、突出している。

改定FTAを評価しつつも、対米通商問題には懸念が続く

このような状況を受け、自動車が改定交渉の最大の争点になったのは自然の流れだろう。交渉の結果、自動車については、「米国は、貨物自動車に対する関税撤廃時期を2021年から2041年に延期する」「韓国は、メーカー別に年間5万台(改定前は2万5,000台)まで、米国・連邦自動車安全基準を満たした車両について、韓国自動車安全基準を充足したとみなす」といった改定が行われた(米韓FTAの主要改定内容は表参照)。

表:改定米韓FTAの主要ポイント
分野 主要ポイント
自動車(米国の貨物自動車関税)
  • 米国の貨物自動車の関税(25%)撤廃時期を20年延期し、2041年とする
自動車(韓国の安全基準)
  • 韓国の米国車輸入に関して、メーカー別に年間5万台(現行は2万5,000台)まで、米国・連邦自動車安全基準(FMVSS)を満たした車両を韓国自動車安全基準(KMVSS)を充足したとみなす
自動車(韓国の環境基準)
  • 韓国政府は次期燃費・温室効果ガス基準(2021~2025年)設定時に米国基準など国際的な基準動向を勘案して設定
  • 「エコイノベーション・クレジット」認定上限を拡大
  • ガソリン車の排ガス試験手続き・方法を米国と調和
ISDS(投資家対国家の仲裁手続き)
  • ISDS乱訴に歯止め (例:同一の政府の措置に対し、別の投資協定によるISDS手続き開始・進行時には、韓米FTAによるISDS手続きを認めない)
  • 政府の正当な政策権限を保護
貿易規制の透明性・手続き
  • 現地実査手続き規定、アンチ・ダンピング関税率・相殺関税率の計算方法を公開
繊維の原産地基準
  • 一部の供給不足の原料品目について、域外産を域内産と見なす方向で改定
グローバル革新新薬薬価
  • 韓国政府は、「グローバル革新新薬(Global Innovative Drugs)」の薬価優待制度を韓米FTAに合致する方向で改定
原産地検証
  • 両国に共通して適用する原産地検証(事後確認)の作業チームを新規に設置
出所:
韓国産業通商資源部 「韓米FTA改定交渉結果および今後の計画」 を基に作成

改定米韓FTAに関する韓国での見方は、(1)改定を肯定的にみている、(2)対米通商問題の懸念は依然払拭(ふっしょく)できない、の2点に集約できるだろう。

改定米韓FTA署名を受けた各紙(電子版)の社説をみると、(1)について総論では、「聯合ニュース」(2018年9月26日)は「改定交渉署名で2国間の通商分野の不確実性がかなりの部分、解消した」、「ソウル経済新聞」(同日)は「韓・米FTA改定がこの程度で終了したことはそれなりに幸運なことだ。改定交渉が早期に妥結したことも明るい材料」、「毎日経済新聞」(2018年9月27日)は「韓・米FTA改定協定署名は、通商紛争の不確実性を取り除いた点で肯定的にみるべき」と、それぞれ改定内容を歓迎した。韓国政府は、これらの改定が韓国自動車産業に与える影響は限定的、とみている(注2)。メディアの社説も、これと同様の見方だ。例えば、前述の「聯合ニュース」は「(米国の貨物自動車の関税撤廃延期は)対米貨物車輸出に不利だが、韓国は現在、米国に貨物車を輸出しておらず、業界がこのためにすぐに打撃を受けることはない」と論じた。

他方、(2)については、各紙が社説で懸念を示している。米韓FTA改定の際、1962年通商拡大法232条(以下、232条)による自動車・同部品に対する最大25%の追加関税の適用対象から、韓国を除外すると米国側が明言しなかったからだ。例えば、前述の「毎日経済新聞」は「通商紛争の火種が完全に消えたわけではない。(中略)米国が輸入する自動車にも高率の関税を賦課する動きがある」、「韓国経済新聞」(2018年9月27日)は「韓・米政府がFTA改定交渉に署名したが、国内自動車業界は依然、不安感を払拭できないでいる」「米国の25%関税賦課により2018年に84万台を超えた対米自動車輸出の道がふさがれた場合、雇用減少、協力会社倒産などの連鎖的な悪影響を考えるとぞっとする」と、それぞれ論じた。

韓国の通商専門家の見方は

筆者は、韓国の通商専門家に改定米韓FTAの全般的な評価について聞いたが、おしなべて肯定的な評価だった。具体的には、「改定米韓FTA交渉で韓国は米国の要求をうまく防御した」「韓国国会の批准が順調に終了したことは、韓国国内での評価が肯定的なことの証左」といったコメントが聞かれた。評価のポイントとして、農産品市場の追加開放を避けられたこと、自動車部門で原産地規則見直しや米国製部品使用義務化といった当初危惧されていた内容が改定に盛り込まれなかったこと、米国の貨物自動車の関税撤廃延期による影響が小さいこと、などが挙げられた。これらの結果、米韓FTA改定による影響について、「改定された項目があまりなかったので、影響もさほどない」との見方でほぼ一致していた。では、なぜ改定米韓FTAが韓国にとってさほど影響のないかたちで交渉が決着できたのだろうか。理由として、米国議会の承認を必要としない範囲での改定だったこと、交渉が短期間で終了したことなどにより、改定が限定的だったこと、が挙げられた。さらに、「米国が交渉を急いだのは、米韓FTA改定を決着させ、他の国に圧力を掛けるためだった」「北朝鮮の非核化交渉を進めるために、両国が対立するわけにいかなかった」といった点が指摘された。なお、米国の自動車・同部品への追加関税賦課の懸念については、「追加関税が賦課される事態になれば、大きな問題になる」との指摘が多かった。

米国の鉄鋼輸入制限を巡る合意では影響も

米韓FTA改定交渉と並行して、米国の韓国産鉄鋼輸入制限についても交渉が行われた。その結果、米国が232条に基づく25%の追加関税賦課対象から韓国産鉄鋼を除外する代わりに、輸入数量枠を設定することで合意した。後者については、具体的には「韓国産鉄鋼材の対米輸出について2015~2017年平均の輸出(383万トン)の70%(268万トン)に該当する割当量(2017年比74%)を設定」(産業通商資源部、2018年3月26日付)したもので、2018年5月1日に運用が開始された。産業通商資源部では「免除措置確定により、25%の追加関税なしに2017年の対米輸出の74%相当規模に当たる輸出量を確保し、韓国企業の対米輸出不確実性を排除した」(同)としたものの、2018年の韓国の対米鉄鋼輸出は大幅に減少(注3)、特に、油井用鋼管は早い段階から対米輸出に支障が生じた。こうした中、韓国の一部の油井用鋼管メーカーは、米国工場の新増設計画を発表している。

鉄鋼に関する合意については、韓国国内の評価は定まっていないようだ。韓国の通商専門家インタビューでは、「鉄鋼については評価を下すには時期尚早。2018年は輸入割当量が不十分で、韓国に不利だった。2019年はどうなるか分からない」「鉄鋼の評価は難しい。企業によって影響度が異なる」「鉄鋼については業界内でも意見が分かれている」といった見解が聞かれた。


注1:
「自動車」「自動車部品」「原油」の定義は、韓国独自コードのMIT(Minister of Trade and Industry)3桁ベースによる。
注2:
ちなみに、「聯合ニュース」(2018年10月2日)は、政府系シンクタンクの産業研究院(KIET)・対外経済政策研究院(KIEP)が作成した「韓米FTA改定影響評価結果」の内容を報じた。それによると、米国の貨物自動車関税撤廃時期延期については「(もともと)韓国のピックアップトラックの輸出は容易でない」とし、米国車の安全基準の認定枠拡大に関しては「2040年までの年間販売量を推計しても、韓国市場での販売が2万5,000台を超える米国メーカーは現れない」とし、米韓FTA改定の影響は軽微、または皆無としている。
注3:
2018年の鉄鋼の対米輸出量は前年比24.8%減で、ピークの2014年に比べると52.1%減となった(対象はHS72、HS73の合計。ただし、一部品目は232条の対象に含まれない)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。