マハティール政権誕生から1年、マレーシアの今(1)
マレーシアの有識者に聞く:汚職ゼロへの取り組みが最大の変化

2019年6月11日

2018年5月9日、マレーシアでは史上初の政権交代が実現した。新たな政権のトップとなったのは、当時92歳のマハティール・モハマド首相だ。政府系投資会社ワン・マレーシア・ディベロップメント(1MDB)をめぐるナジブ前首相や前政権の汚職疑惑を背景に、国民がよりよい国家運営を求めた結果が表れたかたちだ。この第14回総選挙は、マレーシア国内外で「民主主義の勝利」と称される歴史的な選挙となった。発足から1周年を迎えたマハティール政権は、マニフェストの着実な実行を目指しつつも、前政権時代の置き土産ともいえる1兆リンギ(約26兆円、1リンギ=約26円)に及ぶ政府債務、汚職・不正のない政治体制への変革など、いまだ課題は山積みだ。5年の任期の1年目が終わった今、マレーシアの現在と今後をどうみればよいか、マレーシア人有識者2人に話を聞いた。1回目は、サンウェイ大学ビジネススクールのイェ・キム・レン教授のインタビューを紹介する。(インタビュー日: 4月13日)。

質問:
マハティール政権に対する印象は。
答え:
政権交代による最大の変化は、それまでの汚職・不正といった体質から脱却し、政府のイメージを修復しようと努力していることにある。現政権は、組織改革とガバナンス向上を強調し、首相に権力が集中しない政治体制を構築している。もし政権交代がなければ、(1兆リンギに達した政府債務の要因ともなっている)大型インフラ案件への支出継続や政府関連企業のスキャンダルなどにより、国として中長期的なダメージを受けていただろうと予測される。
現政権は経済を管理し、財政規律を保つ能力が認められ、国民の信頼を徐々に取り戻しつつある。前政権の財政的規律に配慮を欠いた管理による財政危機という最悪のシナリオからは脱したといえるだろう。
質問:
新政権誕生から1年が過ぎたが、現在の経済についての見解は。
答え:
民需が堅調に伸びており、経済を下支えしている。他方で、マレーシアの工業生産の4分の3は輸出向けであることから、世界需要の変動など外的要因の影響を受けやすい点には今後も留意が必要だ。消費の面からみると、2018年は物品・サービス税(GST)から売上税・サービス税(SST)への移行時に3カ月間のタックスホリデーがあり、民間消費が大幅に伸びた。しかし、インフレ率が下がっているにもかかわらず、生活コストは下がっていない。国内経済は安定しているものの、国民の実感としては今一つというのが実情だ。マニフェストがやや希望的すぎたともいえるだろう。
質問:
日本を含め、マレーシアへの外国直接投資についての考えは。
答え:
マレーシア政府は、外国投資家からの信頼を得るためにも、より魅力的な投資環境、制度を整えるべきだろう。現に、多国籍企業はマレーシア市場への輸出を見込み、周辺国に生産拠点を設ける傾向がある。例えば、米国の半導体大手インテルは当初、ペナンでの拡大投資を検討していたが、結局、ベトナムに工場を立ち上げている。特に、投資優遇制度は数も多く、複雑である点は改善すべきところだ。現在、政府はこれらを合理化し、シンプルかつ包括的な制度にすることを目指している。日本からの投資としては、技術集約型企業の投資に期待する。
質問:
2018年10月末にインダストリー4.0に関する国家政策が発表されたが、マレーシアにおけるインダストリー4.0導入促進の展望と課題は。
答え:
人材育成が一番のカギであり、課題だと考える。マレーシアには、データサイエンティストや人工知能(AI)プロフェッショナルといったインダストリー4.0導入に必要な知識や技術を持つ専門人材のプールが小さい。現行の教育制度では、STEM(科学・技術・工学・数学)教育のレベルがこうした人材を育成するのに十分でないことが背景にある。STEM教育強化の必要性については、政府が特別に強調していないことに加え、理数系の教科に関心を持つ学生が増えていないように感じる。
質問:
マハティール首相は2~3年で首相を交代すると発言しているが、後継者および首相交代後のリスクは。
答え:
首相交代時期については未定だが、外国投資家にとっての最悪のシナリオでありリスクは与党の分裂だろう。個人的には、人民正義党(PKR)党首のアンワル・イブラヒム氏が首相を引き継ぐのではないかと考えている。首相の発言などによると、アンワル氏に与党を取りまとめ、地位を確かにするための十分な期間を与えるためにも、首相交代は2020年までに行う可能性が高い。アンワル氏は、現政権の方針と同様に、民族に関りなく低所得者層を中心とした政策に注力するものと思われ、交代は比較的スムーズに行われるのではないかと考えている。
質問:
今後2~3年のマレーシアの政治および経済の見通しは。
答え:
マレーシア政府の現在の関心事項に、国民の所得向上がある。他の産業に比べて単純労働が多く、生産性の低い農業・プランテーション、建設業、一部のサービス業などで、賃金が比較的安い外国人労働者への依存率が高いことが、賃金上昇を抑制している、と政府は分析する。全体的な所得向上は、経済への寄与度が高い民間消費の成長に結びつくことから、最低賃金、外国人労働者に関する政策・制度には、引き続き動きがあるだろう。
1991年に策定された「ビジョン2020」における2020年までに先進国入りするという目標では、世界銀行が定める1人当たり国民総所得(GNI)の基準での高所得国入りが目指されている。この目標の達成は、2018年10月の見直しで4年先延ばしされているが、現在の傾向をみると、2023~2024年には達成できると思われる。しかし、「先進国」にはさまざまな要素があり、技術水準・生産性・創造性の向上に注力しなければ、1人当たりGNI上では「高所得国」であっても「中進国のわな」にはまるリスクは十分ある。そのためにも、日本をはじめとする外国からの技術集約型で質の高い投資を呼び込むことは、現政権にとって不可欠だろう。

略歴

イェ・キム・レン教授
ハワイ大学で、農業・資源経済学博士号および経営学修士(MBA)取得。マレーシア戦略国際問題研究所(ISIS)でのシニアアナリストを経て、1994年から2004年まで、マレーシアの格付け大手RAMレーティング・サービシズに勤務し、グループチーフエコノミストを務めた。2015年からマレーシアの私立大学、サンウェイ大学のビジネススクールの経済学教授に就任。同年から、マレーシア中央銀行の金融政策委員会の外部委員も務める。

マハティール政権誕生から1年、マレーシアの今

  1. マレーシアの有識者に聞く:汚職ゼロへの取り組みが最大の変化
  2. マレーシアの有識者に聞く:首相交代などの不確実性が今後のリスク要因
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。