インダストリー4.0の推進に向け、スタートアップとの提携に注目集まる(ドイツ)

2019年6月4日

インダストリー4.0の取り組みを通して、製造業のデジタル化を進めるドイツだが、多くの中小企業にとって、人材確保・育成やコストの面から、自社のリソースだけでデジタル化するのは障壁が高い。こうした背景から、デジタル化に資する新たなイノベーションを創出するスタートアップ企業との連携に注目が集まっている。ドイツの設備・機械メーカーのデジタル化の現状と、それに取り組む企業の実例を紹介する。

積極的な投資続く「インダストリー4.0」

4月1日から5日にかけて、ドイツ・ハノーバーで総合産業見本市「ハノーバーメッセ」が開催された。約6,500社が出展した見本市には、約21万5,000人が来場した。特に、ドイツが国策として推進するインダストリー4.0は、見本市のメイントピックの1つで、製造分野における第5世代移動通信システム(5G)技術の応用や人工知能(AI)の活用が大きな注目を集めた。また、テック系のスタートアップを中心に集められた「Young Tech Enterprises 2019」には140以上の企業・団体が出展した。

ドイツ IT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)が、ハノーバーメッセに合わせて発表したドイツ企業のインダストリー4.0への取り組みの現状に関する調査結果外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、53%の企業が「インダストリー4.0に関連するソリューションを既に導入している」と回答したほか、「導入を計画している」とする企業も21%に上った。また、「インダストリー4.0の関連技術に対し、売り上げの5%以上を投資する」とした企業の割合は、2019年には55%と、前年の39%から上昇するなど、ドイツ企業が同分野へ積極的に投資を行っている様子が浮き彫りになった。さらに、アンケートに回答した企業のうち12%の企業は「インダストリー4.0に関連してAIを利用している」と回答した。回答者の49%は「インダストリー4.0の文脈において、AIの導入が既存のビジネスモデルを大きく変える」と回答。AI導入のメリット(複数回答)として、「生産性の向上」(47%)、「予知保全(エラー検出およびダウンタイムの削減)」(39%)、「生産・製造のプロセス最適化」(33%)、「品質の改善」(25%)などを挙げた。

産業機器分野ではスタートアップとの協業に高い関心

産業機器分野では、インダストリー4.0や新たな技術の自社ビジネスへの取り込みのため、特にスタートアップとの提携に積極的に取り組む企業が増えている。ドイツ機械工業連盟(VDMA)は3月11日、産業機械およびプラント建設分野におけるスタートアップとの連携に関する調査結果を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。調査は2018年12月にVDMA会員110社を対象に行われたものだ。

それによると、回答企業(産業機械およびプラント建設分野)のうち、55%は「既にスタートアップと連携している」とした。中堅・中小企業に限定しても、44%となっている。スタートアップとの連携が望まれる分野(複数回答)については、「インダストリー4.0や産業分野におけるモノのインターネット(Industrial Internet of Things:IIoT)」と回答する企業が93%で最も高い割合を占めた。さらに、「データ分析や人工知能、機械学、コンピュータビジョン」(83%)、「機械工学やプラント・エンジニアリング」(64%)、「オートメーション・ソフトウエア」(58%)が続いている(表1参照)。

表1:スタートアップとの連携を希望する分野(単位:%)
インダストリー4.0や産業分野におけるモノのインターネット(Industrial Internet of Things:IIoT) 93
データ分析や人工知能、機械学習、コンピュータビジョン 83
機械工学やプラント・エンジニアリング 64
オートメーション・ソフトウエア 58
付加製造 47
産業プラットフォーム(プラットフォームビジネス) 42
オートメーション・ハードウエア 41
工場内外の物流システム 35

出所:VDMA、複数回答可

スタートアップとの連携の狙い(複数回答)としては、「新たな技術やプロセスノウハウ、ターゲットグループの開拓」(93%)、「新たなビジネスモデルや製品の開発」(90%)(表2参照)などが挙げられている。

表2:スタートアップとの連携の動機(単位:%)
新たな技術やプロセスノウハウ、ターゲットグループの開拓 93
新たなビジネスモデルや製品の開発 90
革新的であるという対外的な企業イメージ 63
専門人材へのアクセス 57
スタートアップ・カルチャーの把握 51

出所:VDMA、複数回答可

連携によりシナジー効果が得られるスタートアップの発掘方法については、スタートアップとの連携を望む回答者のうち42%、中小企業については23%が自社で調査・発掘活動を行っていると回答した。自社の活用に加えて行う発掘方法(複数回答)については、「大学や研究所のネットワークの活用」(94%)、「自社が保有するネットワークからの推薦」(85%)、「業界団体の仲介」(58%)などが挙がった(表3参照)。

表3:スタートアップの発掘方法(単位:%)
大学や研究所のネットワークの活用 94
自社が保有するネットワークからの推薦 85
業界団体の仲介 58
その他のスタートアップ・パートナー組織による仲介 33
自社のコンサルトによる推薦 16

出所:VDMA、複数回答可

スタートアップとの提携方法(複数回答)については、「プロジェクトでの協力」(75%)、「顧客とサプライヤーとしての関係」(56%)などが多く、「少額の資本参加」(25%)、「ジョイントベンチャーの設立」(14%)、「過半数持ち分の資本参加」(13%)など、本格的な資本提携に踏み切る企業も見られた(表4参照)。

表4:スタートアップとの提携方法(単位:%)
提携方法 既に実施 今後の3年間に
予定
プロジェクトでの協力 75 20
顧客とサプライヤーとしての関係 56 15
少額の資本参加 25 24
ジョイントベンチャーの設立 14 33
過半数持ち分の資本参加 13 25

出所:VDMA、複数回答可

アンケート回答企業のうち70%弱は「スタートアップとの連携に満足している」と回答するなど、一定の成果を認識していることがうかがえる。さらに、73%の企業は、「今後の3年間スタートアップと連携する予定」と回答しており、今後もスタートアップとの連携のさらなる増加が期待される。

スタートアップとの提携事例-ベコテクノロジーズ

圧縮ガス関連の製品・システムの開発・製造に取り組むベコテクノロジーズも、スタートアップとの提携に積極的なドイツ企業の1つだ。ベコテクノロジーズは1982年設立の同族経営による独立系メーカーで、従業員は約600人、2018年の売り上げは約1億ユーロに上る。世界15カ国に子会社を、35カ国に代理店ネットワークを有するなど、グローバルに事業を展開するドイツの典型的な「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」だ。インダストリー4.0や、IoT用のソフトウエアに関する専門知識の自社内での蓄積には多くの時間を要するほか、日本と同様に、ドイツでも企業間でのIoT人材の獲得競争が激化しており、熟練した専門人材を新たに採用することも、時間的・コスト的な制約が大きい。こうした背景から、同社では、産業分野のIoTやインダストリー4.0、M2M(注1)のソリューションを提供するスタートアップ企業optiMEAS Measurement and Automation Systems(以下、optiMEAS)との提携によって、自社製品のデジタル化に取り組んでいる。ベコテクノロジーズはoptiMEASと専門見本市で知り合い、その後すぐ密にコンタクトを取るようになったという。既存製品への導入はもちろん、新たな製品ラインを広げる上でも、ITに関する知識やノウハウが中長期にわたって不可欠であることから、optiMEASと長期間の提携契約を結んでいる。

ベコテクノロジーズのノルベルト・シュトラック最高経営責任者(CEO)は「スタートアップとの提携により、既存産業は多くのことが学べる」と指摘する。提携のメリットについて、(1)スタートアップが持つ技術ノウハウの活用、(2)研究開発活動の拡大、(3)スタートアップ特有のスピード感あふれる企業文化の自社内への取り込みを挙げる。また、提携を実施するに当たって、両社の企業文化や製品の開発方針などに違いはあったものの、経営層による定期的な意見交換や共同事業の実施、スタートアップ側への融資による成長支援などを通じ、有機的な提携が実現したという。

試験的取り組みとして、ベコテクノロジーズの製品にoptiMEASのモニタリング・システムを搭載し、自社製品のIoT化とクラウド環境への統合を実現した。これにより、製品の稼働状態や空気の圧縮率や湿度、気温といった圧縮空気の質に関する測定値や、摩耗データなどがクラウド上に転送され、リアルタイムでダッシュボード(データを網羅的かつ一覧的に表示する画面)で確認が可能となったとされるほか、これらのデータは後の分析のために保存されるという。同CEOは今後の方針について、「自社の圧縮空気清浄化処理システムや製品のデータをクラウド上で利用可能な状態にするための仕組み作りに焦点を当てていく。そのためには、特に開発のための人材など社内資源を確保し、ハードウエアや埋め込み式のファームウェア(注2)、クラウド・ダッシュボードに関するノウハウをいかに創出し、蓄積していくかが重要だ」と語った。


ベコテクノロジーズの圧縮空気などのデータ記録装置(ベコテクノロジーズ提供)

注1:
マシーン・ツー・マシーンを意味し、機器間の通信のことを指す。機械同士が直接にネットワークで接続し、人間の介在なしに相互に情報交換し、自動的に機械の制御を行うためのシステム、また、機器間の通信のこと。
注2:
電子機器に組み込まれたコンピュータシステム(ハードウエア)を制御するためのソフトウエアで、ソフトウエアをROMなどの集積回路にあらかじめ書き込まれた状態で機器に組み込んだもの。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
ベアナデット・マイヤー
2017年よりジェトロ・デュッセルドルフ事務所で調査および農水事業を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター
森 悠介(もり ゆうすけ)
2011年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課(2011年4月~2012年8月)、対日投資部誘致プロモーション課(2012年9月~2015年11月)を経て現職。