「メード・イン・ジャパン」のトーブ小売店がリヤドにオープン(サウジアラビア)

2019年5月29日

製造拠点の日本国外への移転が進み、「メード・イン・ジャパン」が希少になりつつある中、サウジアラビア人男性が着用する白い伝統的民族衣装「トーブ」を日本で生産・輸出し、当地で販売し始めた企業がある。35年間にわたり、中東地域へのトーブ生地輸出を手掛けてきた株式会社エム・エム・コーポレーションだ。外資による小売分野への進出障壁が高いサウジアラビアにおいて、非常に貴重な進出事例となった。

従来のビジネスモデルを覆す

サウジアラビアの男性は日常トーブと呼ばれる伝統的民族衣装に身を包んでいる。大多数が白い衣装を着ており一見同じように見えるのだが、その素材は綿からポリエステルなどの合繊まで、風合いの好みや価格帯に合わせて、実に多様だ。個人の体形や好みの襟袖のデザインに仕上げるため、オーダーメイドの店が多く、中国をはじめとするテキスタイルメーカーは生地のみを輸出するのが、当地の典型的なトーブビジネスのモデルとなっている。湾岸協力会議(GCC)諸国では、デザインはやや違えど、各国で男性が同様のトーブを着用していることから、日本からもGCC諸国向けに合繊生地が輸出されていることが分かる(図1、2参照)。

図1:日本の合成繊維織物(HS5512)の輸出先
(2018年金額シェア)
アラブ首長国連邦(UAE)が第1位で25.80%。サウジアラビアも16.70%と大きい。他の湾岸協力会議(GCC)加盟国はオマーンが2.62%、クウェートが1.58%、バーレーンが0.20%、カタールが0.19%。その他の国では中国が19.46%、ベトナムが12.06%、米国が3.81%、その他17.58%。

出所:財務省「貿易統計」

図2:日本の合成繊維織物(HS5515)の輸出先
(2018年金額シェア)
アラブ首長国連邦(UAE)が第1位で23.69%。サウジアラビアも12.30%と大きい。他の湾岸協力会議(GCC)加盟国ではクウェートも11.65%と大きく、次いでカタールが6.43%、オマーンが0.87%、バーレーンが0.52%。その他の国では中国が19.74%、ベトナムが13.46%、その他11.34%。

出所:財務省「貿易統計」

こうした生地輸出のみという、従来のビジネスモデルを覆した日本企業がある。大阪市の繊維製造・輸出企業の株式会社エム・エム・コーポレーションだ。同社は、日本で製造した生地を日本国内で加工・縫製してトーブを生産し、既製品としてサウジアラビアへの輸出を開始した。2019年3月に、そのメード・イン・ジャパンのトーブを販売する店舗「Fursato」を、首都リヤド中心部を貫く目抜き通り(通称:タハリヤ通り)にオープンさせた。

「当社は35年にわたり、日本製のトーブ用生地をサウジアラビアに輸出してきたが、サウジ国内市場で日本製の生地が中国製に紛れるなど、正当な評価を受けない現状を目の当たりにした。メード・イン・ジャパンにこだわるため、生地の生産、加工、縫製までを全て日本で完結するという新しいビジネスを立ちあげることにした」と語るのは、同社の社長でインド内陸部インドール出身のマムタニ・マンガ氏。1982年に大阪で同社を株式会社化する以前から、輸出ビジネスを立ち上げ、今や日本在住歴50年にも及ぶ。自身が「ふるさと」と呼ぶ国を複数持つことと、アラビア語で「機会」を意味する「Fursa」をかけ、サウジアラビアの店舗名を「Fursato」としたそうだ。

消費者も納得する日本製トーブ

木目を中心とした温かみのある第1号店には、日本で丁寧に縫製された異なるサイズのトーブが並ぶ。また、夏場には酷暑となる当地の気候に合わせ、米航空宇宙局(NASA)が開発した繊維素材Outlastを使用した肌着や、和紙を原料とした吸湿性に優れた靴下など、これまで当地にはなかった斬新な素材を使った製品も販売している。

マンガ氏は「お客さまに店内で実際の商品に手を触れてもらえば、皆その感触や縫製の丁寧さに納得してくれる。」と語り、消費者からの反応は開店2カ月目にして上々のようだ。一般的にトーブの価格は、生地の種類や原産国によって150リヤル(約4,500円、1リヤル=約30円)から1,000リヤル(約3万円)程度まで開きがある。Fursatoのトーブはメード・イン・ジャパンという高付加価値でありながら、平均的なサウジアラビア人でも、少し伸ばせば手が届く価格に設定されている。市内きっての目抜き通りを訪れる裕福なサウジアラビア人男性にとっては、びっくりするような高価格ではないことも、消費者に受け入れられている一因といえよう。


「Fursato」の店舗外観(ジェトロ撮影)

マンガ社長(右)と現地人スタッフのトゥルキー氏
(ジェトロ撮影)

落ち着いた店内(ジェトロ撮影)

和紙を原料とする靴下(ジェトロ撮影)

地場企業と組んでの会社設立

しかし、実は同社のように、外国企業が輸出ビジネスを超えて当地で小売分野に進出するのはかなり困難だ。小売店・代理店ビジネスのうまみや恩恵を地場企業が受けられるよう、政府が外資に対する小売分野への参入障壁を高くしているためだ。サウジアラビア総合投資庁(SAGIA)は、小売分野の外資の出資比率の上限を75%、かつ最低資本金も2,000万リヤル以上(外資分)と定めている。

一定の条件を満たせば、100%外資の小売会社の設立も可能だが、その条件とは、設立法人の資本金が3,000万リヤル以上であること、設立後5年間で3億リヤル(資本金を含む)以上の追加投資を行うことなど、グローバル企業にとっても達成しづらい厳しい条件だ。

今回のエム・エム・コーポレーションは、地場のパートナーと組んで現地法人エム・エム・アラビアン・カンパニーを設立するに至り、前述のような参入障壁の高い当地の小売分野へ進出した日本企業の貴重な事例となった。

原油価格の低迷により、過去数年、サウジアラビア経済は低迷していたが、「感覚的にも徐々に経済が回復傾向にあると感じている。今後国内に40店舗を開店させたい」と、マンガ氏は抱負を語る。現在、男性が頭にかぶる白い正方形の布「ゴトラ」の試作品も制作中だ。生地を重ねた際に現れる模様が特徴的で、他企業にはまねできない仕上がり具合だそうだ。今後は、さらに商品ラインアップも拡大していくとのことで、「インド出身の日本企業の社長によるサウジアラビアでのビジネス」という、国際色豊かな進出日系企業の今後に期待したい。

執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所
柴田 美穂(しばた みほ)
2004年、ジェトロ入構。海外調査部(中東アフリカ課)、企画部(中東・アフリカ担当)、農林水産・食品部を経て2018年8月より現職。