【中国・潮流】中国も「低欲望社会」を迎えたのか

2019年6月20日

「今年は、大学受験制度が再開した直後の大学生の多くが定年を迎え、代わって2000年以降に生まれた多くの00世代が大学に入学した」。これは、2018年の大みそかに発表された習近平国家主席の2019年の新年あいさつの一節である。中国は2018年に改革開放40周年を迎え、2019年は10月1日に建国70周年を迎える。習国家主席のこの一節は、中国社会が順調に世代交代し、時代の節目を迎えていることを象徴するものであると感じる。

消費拡大の牽引役となる90世代と00世代

中国の「00世代」の人口は1億4,700万人で、その上の「90世代(1990年代生まれ)」の1億8,800万人と合わせると、この世代が人口の約4分の1を占める。一方、ネットユーザーで見ると00世代が21.8%、90世代が27.9%を占め、この世代が約半分を占めている。中国の産業の発展や消費の拡大において、ネットの重要性がますます高まる中、今やこれら世代が中核を担っていると言える。

2018年の経済成長に占める消費の貢献率は76.2%となり、消費の伸びが中国の安定的な経済成長のカギとして注目される中、90世代や00世代は消費の牽引役としても期待されている。実際に、ネットを駆使し、流行に敏感なこの世代の消費市場での存在感は年々拡大している。アリババの発表によると、天猫(Tモール)の「双11」(注)での売り上げに占める90世代と00世代の割合は46%に達している。また、CBNData発表の「2018中国インターネット消費生態ビッグデータ報告」によると、シェアサイクルユーザーの46%、オンライン有料視聴サイトユーザーの58%、デリバリーアプリユーザーの47%をこの世代が占めると言われる。

低欲望社会到来をめぐる議論

一方で、2018年来、中国の経済成長がスローダウンし、消費の伸びにも減速傾向が見られる中で、中国も「低欲望社会」を迎えたのではないかとの議論が起こっている。きっかけとなったのは、2015年に日本で出版された、大前研一氏の『低欲望社会』の中国語版が2018年10月に発売されたことである。その他にも、2018年の10大新語の1つに「消費降級」(消費のダウングレード)、10大ネット流行語の1つに「佛系」(恋愛に興味がなく、一人の時間を大切にする男子を表すものとして2014年に日本で流行した仏男子に由来する)が、それぞれ選ばれたことも「低欲望社会」の傾向を象徴するものと言える。2018年の出生人口が1,523万人と前年比で約200万人以上の大幅減少となり、1961年以来の最も少ない人数となったことも「低欲望社会」到来の兆候を示すものと注目された。筆者が上海交通大学の教授と交流した際に、「最近は上海での生活が最も良いと満足して、海外に行きたがらない学生が増えている」との話もあり、中国も日本と同様に、若い世代を中心に、欲がなく、夢がなく、やる気がないといった「低欲望社会」になっていると感じる事象は多く見られる。

しかしながら、少なくとも現時点では、本格的に「低欲望社会」を迎えたというよりは、中国の専門家も同様に結論付けているように、若者を中心に消費の多様化や、理性的な消費が広がっているという見方が現実の姿に近い気がする。中国経済が量から質のステージに入っているように、消費者も物質的な満足よりも、精神的な満足を求めたり、自分なりのこだわりを重視したりするようになっている。そして、こうした消費市場の変化は、日本企業にとっては大きなビジネスチャンスになっていると感じる。90世代、00世代にしっかりと向き合い、ニーズを捉えていくことが、これからの中国市場獲得のカギであろう。


注:
毎年11月11日に開催されるネット販売のビッグセールデー。
執筆者紹介
ジェトロ・上海事務所長
小栗 道明(おぐり みちあき)
1994年、ジェトロ入構。ジェトロ・北京事務所(1999~2004年)、ジェトロ・広州事務所(2004~2006年)、本部企画部海外地域戦略主幹(北東アジア)などを経て、2015年より現職。