テック産業がヘルスケア分野へ続々参入(米国)

2019年4月4日

近年、米国のテック産業で、ヘルスケア分野への参入が相次いでいる。テック大手の参入領域から、注目されるスタートアップの動向を紹介し、米国デジタルヘルス全体の状況を俯瞰(ふかん)する。

ヘルスケアは3兆ドル市場

「デジタルヘルス」や「ヘルステック」とは、最新のテクノロジーとヘルスケアが交わる分野を指す。米国では近年、このデジタルヘルス・ヘルステック分野で、大手テック企業やスタートアップの動きが盛んだ。マッキンゼーの分析によると、ヘルスケアのデジタル化指数(注1)は22産業中19位と、デジタル化が遅れているため、目覚ましく進歩する人工知能(AI)を応用できる可能性が大きい。また、米国の医療費は約3兆ドル(注2)と、市場規模も大きい。

「診断・治療」領域でAI活用

テック産業におけるメインプレーヤーの参入領域は、「情報の管理・運用」「診断・治療関連」「保険・薬局」の3つに分かれる。現時点ではこの中で、「診断・治療関連」における大手企業の動きが活発だ(表1参照)。中でも、「慢性疾患とAI」の組み合わせで製品化が進んでいる。例えば、IBMは2018年6月22日、アイルランドの医療機器大手メドトロニックと共同でiOSアプリ「Sugar.IQ」の販売開始を発表した。Sugar.IQはメドトロニックの浸潤式小型センサー「ガーディアン・センサー・スリー」とつながり、IBMワトソン・ヘルスのAI・解析技術によって患者のグルコースレベルが食事やインスリン摂取量など、日々のルーティンにどのように反応しているか継続的に分析し、糖尿病の病状管理に役立つ。グーグルの関連会社ベリリー(注3)が製薬会社サノフィと共同で設立したベンチャー、オンデュオ(本社:ケンブリッジ、2016年設立)も2型糖尿病患者(注4)の病状管理を助けるバーチャルクリニック・サービスをアーカンソー州、ジョージア州、サウスカロライナ州で2018年から試験的に開始している。オンデュオのサービス内容の詳細は、ウェブサイトなどで明示されてはいないが、AI技術を用いているとみられる。

「情報の管理・運用」における「病院内の業務処理システム構築」については、グーグルやアマゾンなど大手6社(注5)がホワイトハウスで2018年8月、医療データの相互運用の標準規格として、ファイヤー(FHIR:Fast Healthcare Interoperability Resources、注6)を支持する共同声明を発表したことに注目したい。現時点では、マイクロソフトのファイヤー準拠クラウド・プラットフォームが発表されているだけだが、今後、他社も自社のクラウドシステムを基に追随すると予想される。

表1:テック大手によるヘルスケア参入領域の例
ヘルスケアにおける領域 具体的な機能 企業名 製品、サービス、研究内容など
診断・治療関連 生体情報収集・モニター グーグル(アルファベット傘下企業含む)
  • スタディーウォッチ(心電図、心拍数):研究用のみ
  • 光学センサーによる受動心臓モニター(特許申請中)
生体情報収集・モニター アップル
  • アップルウォッチ4(心電図)
  • エアポッドのようなイヤホンによる生体情報採取(特許申請中)
  • デバイス上のカメラや、灯りセンサーなどによる生体情報採取(特許取得済み)
病気やその兆候の発見 グーグル(アルファベット傘下企業含む) AI技術による眼病、糖尿病、パーキンソン病、心臓病などを感知・発見する研究開発・臨床試験実施
病気やその兆候の発見 アップル iPhoneフェイスタイムを使った表情認識による子供の自閉症・発達障害診断をする臨床試験実施
病状管理・モニター グーグル(アルファベット傘下企業含む) 糖尿病(バーチャルクリニック、病状管理を助けるインスリン投与のスマート注射器)
病状管理・モニター IBM
  • 糖尿病の病状管理を助けるiOSアプリ「Sugar.IQ」(医療機器大手のメドトロニックと協業)
  • 病状モニター:指先に装着する小型AIセンサー開発中(パーキンソン病、統合失調症)
病状管理・モニター アップル
  • 臨床研究用アプリ「リサーチキット」:継続的・効率的なリモートモニタリング
  • 慢性疾患の管理や術前・術後管理用アプリ「ケアキット」
保険・薬局 健康保険 アマゾン 投資持ち株会社バークシャー・ハサウェイと金融機関JPモルガン・チェースと共同でヘルスケア・ベンチャーを設立
オンライン薬局 アマゾン 2018年にオンライン薬局スタートアップを買収。これにより薬の供給元確保と50州での薬局営業許可を獲得
情報の管理/運用 パーソナルヘルスレコード アップル iOSアプリ「パーソナルヘルスレコード」:個人のヘルスケア情報をアプリ上に集約し、iPhoneユーザーが閲覧・管理できるようにした
病院内の業務処理システム構築 マイクロソフト 自社のクラウドシステムを基にしたファイヤー準拠のヘルスケア・プラットフォーム(ファイヤー・サーバー・フォー・アズーレ)発表

出所:CBインサイツレポート、各社ウェブサイトを基にジェトロ作成


IBMの指先に装着するAIセンサー機器
(CES2019でジェトロ撮影)

大幅に伸びるVC投資総額

ヘルステックのスタートアップへの注目も高まっている。デジタルヘルス専門ベンチャーファンドのロックヘルスによると、2018年に同セクターの米国スタートアップへの投資総額は81億ドルに達した(図参照)。2017年の57億ドルから42%も増加したことになる。ヘルスケア関連スタートアップ専門アクセラレーター、スタートアップヘルスがまとめた「2018年に最も高額な資金調達に成功した米国デジタルヘルス・スタートアップの上位10企業」のカテゴリーを見ると、医療保険関連と生体情報収集関連が大半を占めている(表2参照)。この表を見ると、デジタルヘルスがカバーする範囲が非常に広いこともわかる。ペロトン(1位)のフィットネスやトゥエンティスリー・アンド・ミー(5位)のバイオテックのように、人の健康に関わるエリアはほぼ全てデジタルヘルスに含まれる。この表にはないが、より質の良い睡眠をとるためのテクノロジー「スリープテック」もデジタルヘルスの1つとされる。

図:米国デジタルヘルス関連スタートアップへのVC投資額推移
2011年の投資額は、11億ドル、2012年は15億ドルと10億ドル台を推移していましたが、2013年から21億ドルに上昇し、2014年には41億ドルに跳ね上がります。その後、2015年は47億ドル、2016年は45億ドルと40億ドル台を推移していましたが、2017年には57億と50億ドル台後半にまで上昇しました。更に、2018年には2017年の42%増となる81億ドルに達しました。

出所:ロックヘルスのデータを基にジェトロ作成

表2:2018年デジタルヘルス・スタートアップ資金調達ランキング(トップ10)
順位 企業名 資金調達額 (百万ドル) カテゴリー 本社(市)/設立年(年) 備考
1 ペロトン
(Peloton)
550 ウェルネス(サイクリングクラスをストリーミング受信できるフィットネスバイク) ニューヨーク
(ニューヨーク州)
2012
IPOの準備に入ったと報道されている
2 スマイルダイレクトクラブ
(SmileDirectClub)
380 治療(歯列矯正キット) ナッシュビル
(テネシー州)
2014
3 オスカー
(Oscar)
375 健康保険(利用スキームの単純化と効率化。電話での遠隔医療も提供) ニューヨーク
(ニューヨーク州)
2012
4 グレイル
(grail)
300 生体情報収集・病気の発見(がんの早期発見のための血液採取デバイス) メンローパーク
(カリフォルニア州)
2016
5 トゥエンティスリー・アンド・ミー
(23andMe)
300 パーソナライズド・ヘルス*(バイオテック) マウンテンビュー
(カリフォルニア州)
2006
6 ディボーテッド・ヘルス
(Devoted Health)
300 健康保険(高齢者向けに個別指導のプランを提供) ウォルサム
(マサチューセッツ州)
2017
7 アメリカンウェル
(American Well)
291 遠隔医療(保険会社と協力して遠隔医療プランを提供) ボストン
(マサチューセッツ州)
2006
8 バタフライネットワーク
(Butterfly Network)
250 生体情報収集(超音波機器開発。iPhoneとつないで画像を映す) ギルフォード
(コネチカット州)
2011
9 ハートフロー
(HeartFlow)
240 生体情報収集・病気の発見〔CTスキャンデータを解析し冠状動脈の3Dモデル(画像)を作り、冠動脈狭窄(きょうさく)のレベルなどの診断に利用する〕 レッドウッドシティ
(カリフォルニア州)
2009
FDA認可取得
2014年日本進出
10 オーリスヘルス
(Auris Health)
220 内視鏡手術ロボット サンカルロス
(カリフォルニア州)
2007
2019年2月にジョンソン・エンド・ジョンソンが34億ドルで買収

*遺伝的情報やゲノム情報を含む生物学的情報を用いて病気のリスクや治療への反応を予測するもの
出所:スタートアップヘルス「グローバルデジタルヘルス投資レポート:2018年末レポート」、各社ウェブサイト、クランチベースを基にジェトロ作成

テックとの協業を求めるヘルスケア産業

ヘルスケア産業側もまた、最新のテクノロジーを取り入れようとしている。多くのヘルスケア企業がAI企業に投資するだけではなく、パートナーシップも積極的に行っている。開発業務受託機関のチャールズ・リバー・ラボラトリーズは1月、深層学習アルゴリズムによって創薬のための薬分子設計をするアトムワイズ(本社:サンフランシスコ、2012年設立)とパートナーシップを結んだ。アトムワイズのAI技術により、既存の創薬過程にかかる期間の短縮、コスト削減を期待する。サンフランシスコに本社を構え、西海岸で展開する非営利医療機関のディグニティ・ヘルスは、AI主導デジタルヘルス・スタートアップのキュベンタス(本社:マウンテンビュー、2012年設立)やOODAヘルス(本社:サンフランシスコ、2017年設立)と協業し、病院内の業務処理や支払いをAIでよりスムーズにしようと取り組んでいる(「サンフランシスコ・ビジネス・タイムス」紙2019年1月18日)。

消費者向け治療製品も

ラスベガスで毎年開催される世界最大級の国際家電展示会CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)2019でも、ヘルステックについてのカンファレンスが開かれ、ティビックヘルス、アキリ・インタラクティブ・ラブス各社の消費者向け製品が紹介された(表3参照)。

表3:消費者向け治療製品の例
企業名 製品名 特徴 本社(市)/設立年(年) 備考
ティビックヘルス
(Tivic Health)
クリアアップ 微小電流によりアレルギー性鼻炎由来の副鼻腔痛を抑える小型機器 メンローパーク
(カリフォルニア州)
2016
FDA認可を受けており、2019年に販売予定
アキリ・インタラクティブ・ラブス
(Akili Interactive Labs)
AKL-T01 神経機能異常を治療するため、脳の認知神経系統に働きかけるようデザインされたビデオゲーム。注意欠陥多動性障害(ADHD)を持つ子供の治療を目的とする。 ボストン
(マサチューセッツ州)
2011
FDA認可審査中

出所:各社ウェブサイトを基にジェトロ作成


CES 2019のカンファレンスで紹介されるティビックヘルス(ジェトロ撮影)

表3の2社のような形にはまだなっていないが、今後、新たな産業からデジタルヘルスへ参入する可能性もある。フランスの大手自動車部品メーカーであるフォルシアのパトリック・コールラー最高経営責任者(CEO)は、CES 2019での同社プレスカンファレンスで、「自動運転の時代には、車内で座っている間に生体情報などが採取できる可能性もある」と、ヘルスケア分野へ興味を示した。テクノロジーがより進化し、産業やセクターの境目が曖昧になりつつある中で、今後は、自動車産業のようなデジタルヘルスと全く接点がないように思われる分野からも、デジタルヘルス製品やサービスが生まれるかもしれない。


注1:
産業ごとの資産(支出、資産株)、使用法(商取引、コミュニケーション、ビジネスプロセス、市場構築)、労働(給与など、資産の深化、業務)におけるデジタル化を個別に評価したものをさらに総合評価し、デジタル化の深度を可視化したもの。
注2:
世界保健機関(WHO)と世界銀行のデータによると、2015年時点で米国のGDP(約18兆ドル)に占める医療費の割合は16.8%、約3兆ドルに上る。
注3:
グーグルとそのグループ会社の持ち株会社、アルファベットの傘下企業。グーグルのヘルスケア分野を主に担当する企業の1つ。
注4:
2型は糖尿病の中でも最も一般的で、インスリンがうまく作用せず(インスリン抵抗性)、このため膵臓(すいぞう)がインスリンをより分泌しようとするが、最終的には分泌が追い付かず、血糖値を正常に保つことができなくなる。これに対し、1型患者は膵臓がインスリンを分泌することができない。患者数は全体の5%以下と言われ少数派。
注5:
アマゾン、グーグル、IBM、マイクロソフト、オラクル、セールスフォースの6社。
注6:
現在、医療現場における電子データのやり取りはC-CDA(Consolidated Clinical Document Architecture)を基に行われるのが一般的だ。C-CDAは、書類全体の情報を送受信するデザインになっているため、医師が患者の性別など部分的な情報だけを探している場合でも、書類全体から該当の情報を見つけ出さなければならない。他方、ファイヤーは特定の情報のみのやり取りを可能にするため、業務の効率化につながると期待されている。
執筆者紹介
ジェトロ・サンフランシスコ事務所 調査部
田中 三保子(たなか みほこ)
2015年、ジェトロ入構。外資系消費財企業を経て2012年渡米、サンフランシスコ・ベイエリアでは日系食品メーカー勤務ののち、2015年2月から現職。