省力化でサービス現場にロボット、日系各社も参入(シンガポール)

2019年5月30日

清掃や車いすを押すのは、ヒトではなくロボット。シンガポールでは近年、空港や美術館、介護施設などにおいて、乗客の移動や清掃といったサービス現場でロボットの導入が進みつつある。少子高齢化の進行や人手不足などを背景に、労働生産性向上や省力化に取り組む政府は、ロボット導入には積極的だ。国内ではさまざまなロボット導入の実証実験の動きがあり、日系各社も実験に参画している。

チャンギ空港と国立美術館に清掃ロボット導入

チャンギ空港に新しくオープンした大規模商業施設「ジュエル」と、シンガポール国立美術館で4月から、全自動清掃ロボットの導入が始まった。同ロボットは地場企業ライオンズボット・インターナショナルが開発し、同社が2019年末までに段階的に導入予定の100体のうちの最初の2体(「ストレーツ・タイムズ」紙2019年4月23日)だ。同国では、少子高齢化や外国人労働者の就労査証の発給基準厳格化に伴い、労働市場に新たに参入する労働者は今後、減少する見通しであり、特に清掃や介護など、地元の労働者の雇用を確保するのが厳しいサービス現場では人手不足も深刻だ。

サービス現場では、清掃だけでなく、さまざまな形でロボットが活用されている。福祉団体のサルベーションアーミーが運営する介護施設、ピースヘブン・ナーシング・ホームは4月、入所者に食事を運ぶ無人搬送車の本格的な導入を始めた。同ホームでは1年間の試験運用期間において、食事の配膳時間が短縮されたほか、キッチン作業の外注を省略することで月額1万2,000Sドル(約96万円、1Sドル=約80円)のコスト削減ができたという(「ストレーツ・タイムズ」紙2019年4月16日)。

ホテル業界においても、ロボット活用が見られる。Mソーシャル・ホテルで2017年2月、米国サヴィオーク(Savioke)社が開発した自律走行型の配達ロボット「AURA」が導入された。同ロボットは、客室からの要望に応じ必要なものを部屋まで自動で届ける機能を有し、エレベーターに乗ることも可能だ。現在、カジノ付設型統合リゾート(IR)のマリーナベイ・サンズ(MBS)をはじめ、多くのホテルでAURAの導入が広まっている。

また、警備用にロボットが活用された例もある。シンガポール警察は、2018年11月に開催されたASEAN首脳会議の会場に、警備ロボットを配置した。このロボットは、あらかじめ指定されたルートを巡回し、周囲360度の映像を内蔵カメラで送ることが可能である。


SEAN首脳会議の際、シンガポール警察が活用した警備ロボット(ジェトロ撮影)

加速する少子高齢化への政府の対応

シンガポール政府は、省力化に貢献できるロボット導入に積極的だ。その背景には、少子高齢化に伴う労働市場の縮小や労働生産性向上への取り組みがある。2018年の同国の出生率は1.14と世界の中でも低水準にある。また、首相府人口・人材局(NPTD)の予想では、高齢者が2030年に90万人へと増え、人口の21%以上が65歳以上の高齢者という「超高齢社会」入りする見通しであり、日本を上回るスピードで少子高齢化が加速している(2018年9月4日付地域・分析レポート参照)。

少子高齢化に加え、シンガポール政府は労働生産性の向上に、これまで一貫して取り組んできた。政労使代表からなる経済諮問委員会である「経済戦略委員会(ESC)」が2010年に提言した経済戦略提言や、同じく政労使代表による「未来経済委員会(CFE)」が2017年に提言した経済戦略提言では、「労働生産性向上」が一貫して共通のテーマだ(2017年2月27日付ビジネス短信参照)。

政府は国内の労働生産性向上のため、外国人の就労許可書の発給基準を段階的に厳格化する一方で、生産性・革新クレジット(PIC:Productivity and Innovation Credit Scheme、2019年度以降廃止)や、2018年4月1日から生産性ソリューション助成制度(PSG:Productivity Solutions Grant、注)を通じて、業務プロセス改善に資するITソリューションの導入を支援している。

日系企業がロボット導入に参画する事例も

政府のロボット導入に向けた後押しもあって、近年では、日系企業がロボット導入に参画する事例も見られる。チャンギ空港においては2017年5月、株式会社ドーグ(Doog)が開発した、機内食などの食品ボックスの運搬ロボットが採用された。

シンガポールに子会社「Doog International Pte Ltd.」を設立したドーグは、車輪型移動ロボット装置の企画・開発・製造・販売を行い、同国で販路を拡大している。同社が開発した追従運搬ロボット「サウザー(THOUZER)」は、ロボット機能と機動力を備えており、人やモノの移動が激しい物流・製造・サービス業界において、人手不足の解消が見込めるものとしている。また、ドーグの移動式返却ポストは、タンパニーズ地域図書館において導入され、さらに、乗客自動運搬ロボットは、シンガポール国内での本格採用が内定している。

それぞれの事例において、従来、人員やコストがかかっていた作業をロボットが代行することで、省力化が達成され、効率的な業務運営が可能となっている。少子高齢化と外国人労働者の受け入れ厳格化が進む中、政府の施策や助成制度の後押しもあり、今後もロボット化を実現する施設などが増加し、労働生産性が向上することが期待されている。


注:
生産性ソリューション助成制度(PSG:Productivity Solutions Grant)は、業務プロセス改善のためにITソリューションやIT機器を導入する予定の企業を支援し、導入コストの最大70%の助成を与えるものである。助成対象となるのは、小売り、食品、ロジスティック、精密工学、建設や造園業のほか、デジタル顧客関係管理や人的資本管理システムなどの業種を超えたソリューションへの援助も対象としている。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所
安野 亮太(あんの りょうた)
2009年、明治安田生命保険相互会社入社。
2018年4月、ジェトロ海外調査部アジア大洋州課。
2019年4月、シンガポール事務所にて、シンガポールの調査・情報提供に従事。