シンガポールから見た、重慶・ASEANを結ぶ陸海新輸送路(前編)
欧州、そして東南アジアへ、広まる物流ルートの選択肢(3)

2019年4月8日

中国の重慶市から広西チワン族自治区の欽州港まで鉄道輸送し、そこから東南アジアへ海上輸送する新たな陸海輸送路「国際陸海貿易新通道(ILSTC)」の運用が本格化している。ILSTCは、中国とシンガポールの政府間の目玉プロジェクトとして開発された。ルートの起点である重慶市、中継地点の南寧市では、物流拠点としての機能が拡大するのを期待し、シンガポール資本による物流団地の開発も進む。ILSTC開発の背景やその運用の実態を、シンガポールからの目線で2回に分けて伝える。

中国内陸部の物流ボトルネックを解消へ

中国とシンガポール両国政府が開発した新たな陸海複合輸送ルートの正式名称は、「中国・シンガポール(重慶)戦略コネクティビティー・デモンストレーション・イニシアチブに基づく国際陸海貿易新通道(CCI-ILSTC、以下ILSTC)」だ。中国の重慶市から南方へ、ベトナム国境近くの広西チワン族自治区の欽州港まで鉄道輸送し、そこから東南アジアへ海上輸送するものだ。2017年12月から重慶市と欽州港を結ぶ鉄道貨物線の定期運行が始まり、同ルートの本格運用が始まっている。

四川省成都市と重慶市を中心とする地域には、米国のインテルや台湾のフォックスコンなどの電子工場が集積する。自動車産業の集積地でもあり、成都市と重慶市の年間の自動車生産台数は合計約450万台と、東南アジアの合計も上回る一大生産地だ。成都市の中心部には大型ショッピングモールが立ち並び、重慶市にもシンガポール政府系の大手不動産会社キャピタランドが開発する大型複合商業施設「ラッフルズシティ重慶」が9月から段階的に開業を予定するなど、消費市場の拡大が期待されている(地域・分析レポート2019年3月14日付原稿参照)。しかし、これら中国の中西部のさらなる発展に欠かせないのが、物流インフラの改善だ。

中国とシンガポールの2国間プロジェクトで「コネクティビティー」が主要テーマとなっているのも、中国西部地域の物流課題を解決したいという中国政府の思惑がある。両国政府は2015年11月、蘇州市、天津市に次ぐ3つ目の2国間プロジェクトとして、重慶市を選定した(2015年11月19日付ビジネス短信参照)。優先分野として、(1)金融サービス、(2)航空、(3)輸送・物流、(4)情報通信技術(ICT)の 4 分野を選定。それまでの蘇州市と天津市のプロジェクトが工業団地やエコシティーなど、ハード・インフラの開発が中心だったのに対し、重慶市のプロジェクトでは、物流ルートの開拓や金融、通信の整備など、ソフトを中心としたインフラ開発が焦点となっている。両国政府が推進するイニシアチブの中でも、ILSTCの開発は目玉プロジェクトの1つだ。

中国政府にとってこの新ルートは、「一帯一路」構想のもと、陸路の「一帯」と海路の「一路」をつなぐものと位置付けられている(図1参照)。重慶から東南アジアへ輸出する場合は従来、重慶から上海まで長江を河川輸送し、貨物を積み替えた上で東南アジアへ海上輸送、または、重慶から深センまで鉄道輸送し、そこから海上輸送していた。新たな海陸輸送ルートの開発により、輸送期間は約1週間で、上海経由(河川輸送)の約3週間と深セン経由の2週間と比べると、大幅に短縮されたことになる。

図1:「一帯」と「一路」を結ぶ国際陸海貿易新通道(ILSTC)
一帯一路構想は、中国から中央アジア、欧州へ向かう陸路である一帯と、中国から東南アジアを経て、インド洋、欧州へと向かう海路の一路からなる。新しく開発された国際陸海貿易新通道は、重慶を起点にこの一帯と一路をつなぐ。

出所:ジェトロ作成

シンガポール政府系の港湾管理会社PSAは現在、欽州港の一部ターミナルの運営にも関わっている。PSAは2015年9月、シンガポール最大手の船会社パシフィック・インターナショナル・ラインズ(PIL)と広西北部湾港集団とともに、同ターミナルを運営する合弁会社「北部湾・PSA国際コンテナ・ターミナル(BPCT)」を設立した。ターミナルのコンテナ取扱量の増加は、シンガポールにとっての利益となるだけでなく、ターミナルからシンガポール港への船積みが増えれば、シンガポールの東南アジアの積み替えハブ港としての競争力強化も図ることができる。

重慶、マルチモーダルな複数輸送ハブへの期待

シンガポールと中国による3つの目の2国間プロジェクトとして選ばれた重慶市は、北京、天津、上海と並ぶ直轄市だ。中国内陸部で唯一の直轄市である重慶市の物流拠点としてのアドバンテージは、長江の真ん中に位置するという地理的な優位性にある。さらに長江を利用した河川輸送に加え、鉄道、航空、トラック輸送と、複数の輸送手段が選べるマルチモーダルな一大物流拠点としての発展が期待されている。

シンガポールと中国の企業団が2017年8月に設立した合弁会社、中新互联互通(重慶)物流発展有限公司〔Sino Singapore Chongqing Connectivity Solutions, SSCCS(注1 )〕は2018年、重慶市を起点に4つの物流ルートの提供を始めた(図2参照)。上海、寧波、広州、欽州の4つの港を経由して世界へ、重慶から鉄道と海路の複合一貫輸送サービスを提供するのはSSCCSが初めてという。SSCCSによると、この4ルートの中で最も利用されているのが、欽州港を経由したILSTCだ。上海港や寧波港など必ずしもシンガポールを経由する可能性のない物流ルートを提供するのは、重慶市を経由する貨物量全体のパイを拡大したいという狙いからだ。

図2:SSCCSが提供する4つの複合一貫輸送サービス
シンガポールと中国の企業団が設立した合弁会社、SSCCSが提供する4つの複合一貫輸送サービスは、(1)重慶から河川、または鉄道で上海港へ貨物を運び、そこから海上輸送するルート、(2)重慶から寧波港まで鉄道輸送し、そこから海上輸送するルート、(3)重慶から広州港まで鉄道輸送し、そこから海上輸送するルート、(4)重慶から欽州港まで鉄道輸送し、そこから海上輸送するルート、からなる。

出所:SSCCS提供資料からジェトロ作成

SSCCS設立と時を同じくして2017年8月、SSCCSに出資するシンガポールの企業4社と中国企業3社による合弁会社「中新(重慶)多式联运物流発展有限公司(注2)」が設立された。この合弁会社は、重慶両江新区内にマルチモーダルな物流手段に対応できる総合物流センター「中新(重庆)多式联运示范基地(Multi-Modal Distribution and Connectivity Centre)」を6月以降、3期に分けて段階的に開発していく予定だ〔第1期投資額:17億8,000万元(約284億8,000万円、1元=約16円)〕。

南寧市でもマルチモーダル物流拠点を開発

物流の一大拠点としての発展が期待されているのは重慶市だけではない。欽州港に近接する広西チワン族自治区の首府・南寧市でも、シンガポール資本による物流センターの開発が進んでいる。上掲のシンガポールの最大手PILは2017年4月、南寧市政府と広西チワン族自治区商務庁と、国際物流団地開発で協力する合意書に署名。同年9月「中国・シンガポール南寧国際物流団地(CSILP)」の開発が正式に始まった。

CSILPは南寧国際空港からは20キロ、南寧南駅(貨物専用)や南寧駅(乗客専用)などの鉄道駅から10~15キロメートル圏内に位置する。また、欽州港からは約120キロの地点に位置し、海上や航空、鉄道、陸送などマルチモーダルな物流拠点への発展を目指している。同団地の面積は3平方キロ。6~8年にわたって段階的に開発し、第1期工事が2020年に完成する予定だ。同団地では保税対応も含む倉庫や加工施設に加え、物流の専門人材を育成する研修施設、データ・アナリティクス・ハブの設置も備えた包括的でスマートな物流団地となることを目指している。

拡大する海陸輸送ルート、中国の8省・自治区へと対象拡大

このように、新たな陸海輸送ルートは、重慶だけでなく周辺地域への広がりを見せている。これを受け、2018年11月には、それまで「南向通道」と呼ばれていた同ルートの名称は、「CCI-ILSTC」に変更された。1月までに、同イニシアチブに参加する省や都市、区は、重慶市、広西チワン族自治区、貴州省、甘粛省、青海省、雲南省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区の8つに増えている。同陸海輸送ルートを通じて、重慶や南寧周辺地域から東南アジアへの貿易が拡大していくことが期待されている。

CSILPのプロジェクト・ダイレクターであるジェフリー・リュー氏は新海陸輸送ルートについて、「われわれは既存の物流ルートと競争しているのではない。既存のものを補完するルートとして、国内外の顧客にオプションとして提供している」と強調する。新陸海輸送ルートの活用の現状はどうなのか、課題を含め後編で解説する。


注1:
SSCCSは、シンガポール4社(PIL、ケリー・ロジスティクス、PSA、YCH)が51%、中国の物流会社など6社が残り49%を出資して、2017年8月31日に設立された合弁会社。
注2:
中新(重慶)多式联运物流発展有限公司(Sino-Singapore (Chongqing) DC Multimodal Logistics)は、中国の物流関連会社が55%、シンガポール4社が残り45%を保有する。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。