伝統的な織物文化を都市部のファッション市場へ(インドネシア)
インドネシアにおけるソーシャルビジネスの一事例

2019年2月26日

インドネシアでは、バティックと呼ばれるろうけつ染め(注)や、トゥヌンという織物など、豊かな染織文化が育まれてきた。バティックがジャワ島を中心に発展してきた一方、トゥヌンはインドネシア全土に分布している。本稿では、織物文化を維持・継承し、織り手の生活水準の向上を目指すべく、インドネシアの若者が始めたソーシャルビジネスを紹介する。

地方の織物文化と都市部のファッション市場をつなぐ活動

バティックやトゥヌンなどの染織工芸は、日常生活や冠婚葬祭用の服飾品として用いられるほか、商品として販売され、生産者の貴重な収入源となっている。他方で近年、都市部や工場などでの就業機会の増加が生産者の減少をもたらし、大量生産の安価な布がこれらの手工芸品を代替してきた。手間暇がかかる染織工芸を取り巻く環境は厳しい。

そのようななか、Weaving for Life外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、ビジネスとして継続的な収益を確保しつつ、収益の還元による織り手の生活水準の向上など、インドネシア各地の織物文化を支援するソーシャルビジネスに取り組んでいる。活動の母体は、国連開発計画(UNDP)の地球環境ファシリティ(GEF)の資金提供を受けて活動するTerasmitra外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます だ。地方の農村部が中心となる産地は、布の生産はできるが、生産した織物をどのように都市部の近代的なマーケットにつなげるのか、どのような形に加工すればジャカルタなど都会の暮らしの中で使える商品になるのか、分からないのが実情だ。織りだけではなく、デザインや縫製の技術も必要となる。


Terasmitraのギャラリーで販売されている商品(ジェトロ撮影)

中心メンバーの1人であるメイナル・サプト・ウラン氏によると、Weaving for Lifeの具体的な活動は3つある。(1)織り手の育成とフェアトレード(正当な価格での取引)、(2)地域の特性や伝統を生かしつつ、都会のマーケットを開拓するための商品開発(デザインなど)、(3)織り手のネットワークの拡大だ。

Weaving for Lifeは2012年に東ヌサトゥンガラ州ティモール島で活動を始めた。同州はインドネシアで所得水準が最も低い地域であり、交通インフラが未整備で、インドネシアの他地域からのアクセスが難しい半面、伝統文化が色濃く残っている。ティモール島では今でも綿花から糸をつむぎ、植物や泥で糸を染め、先祖代々伝わるモチーフを織りあげる、イカットと呼ばれる織物文化が残っている。Weaving for Lifeは、これらの伝統的な織物の販売先として都市部のファッション市場を開拓しつつ、収益を奨学金として地元に還元する活動を続けてきた。

ジョグジャカルタ伝統の織物を活用した商品開発

Weaving for Lifeのジョグジャカルタにおける活動がHouse of Lawe外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (Laweはジャワ語で糸の意)だ。設立者のアディニンディア氏はガジャマダ大学で建築を学び、その後、House of Laweを立ち上げた。House of Laweは、ジョグジャカルタ伝統のルリックというストライプ柄の織物や、スタゲンという帯を素材として、日々の暮らしの中で使える商品を開発・生産している。主なマーケットはジャカルタで、バッグ類やクッション、ストラップといった雑貨のほか、セミナーや結婚式用のギフトアイテムの需要が大きいという。

販売チャネルは自社やTerasmitraのギャラリー、オンラインショップ、展示会などだ。バリ島の高級ホテルでも取り扱いが始まり、年間の売り上げは12億ルピア(約960万円、1ルピア=約0.008円)に達している。また、織物の産地などを訪問する体験型エコツーリズムも手掛けており、日本からも大学生の研修などを受け入れているという。


House of Laweの羽色ルリック(ジェトロ撮影)

由緒ある織物工房と協力したデザイン開発

House of Laweが使用しているルリックはテゥヌン・クルニア工房で織られている。ジョグジャカルタの王宮向けに伝統柄の布を生産する由緒ある工房だ。中に入ると、ガタンガタンという木製の機織り機の規則正しい音が聞こえてくる。糸は既製品を購入しているが、糸の染色から織りまで工房内で行っている。

House of Laweは、この工房から伝統柄のルリックのほか、特注品のカラフルなルリックを購入している。カラフルなルリックの生産を依頼した当初は、伝統柄と大きく異なる配色・デザインだったため、オーナーの理解を得るのに苦労したそうだ。House of Laweは新しい商品ラインアップとして、インドネシアに生息する鳥の羽色から着想を得た布の生産や商品開発に力を入れている。

また、ティモール島の子どもたちが織ったイカットのモチーフを再現した布も製造しており、ティモール島のモチーフとジョグジャカルタのモチーフを組み合わせた商品をWeaving for Lifeのブランドで開発し、その収益をティモール島の子どもたちに奨学金として還元している。伝統の手仕事を現代の暮らしにつなげることで、ジョグジャカルタの織物産業にとっての新たなマーケットを開拓するだけでなく、遠く離れたティモール島の子どもたちに学びの機会を提供しているのだ。


テゥヌン・クルニア工房(ジェトロ撮影)

高付加価値・高品質によりマーケット開拓を目指す

House of Laweが使用するもうひとつの素材スタゲンは、スジャティ・デサ村で織られている。この村で暮らす約300世帯はほとんど全て機織り機を持ち、女性たちが織っている。スタゲンは通常、仲買人に買い取ってもらうが、価格は驚くほど安く、10メートルで15,000~20,000ルピア(約120円~160円)にしかならない。1日で織ることのできる長さは10~20メートルほどで、1日の収入は最大40,000ルピア(約320円)だ。その収入の中から原料の糸を購入する必要がある。稲の植え付けから収穫までの間、スタゲンの販売が貴重な現金収入源になっているが、その利益はあまりにも少ない。織り手の高齢化も進み、伝統の存続が危ぶまれていた。

そのような中、同じくWeaving for Lifeの中核プロジェクトとして活動するDreamdelion外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます は、ジョグジャカルタ伝統のストライプ柄を用いた虹色のスタゲン作りを提案した。伝統的なモノクロームの帯では用途が限られてしまうが、カラフルならばファッション市場で新しい用途を見いだすことができる。天然染料を使うことで付加価値を高める取り組みも始めており、モノクロームのスタゲンの10倍の価格で販売できるようになった。Dreamdelionでは縫製技術のトレーニングも行い、村の女性たちは自分たちの手でかばんやポーチなどの小物を作れるようになってきた。こういった高付加価値品を生産できる世帯は、正当な対価を得ることで生活水準が向上し、若い世代もスタゲン作りに関心を示すという好循環が生まれつつある。


軒先に置かれた機織り機(ジェトロ撮影)

もちろん課題もある。ファッションマーケット向けのスタゲンは、まだマーケットが小さいため、全体の生産量からするとごくわずかで、虹色のスタゲン作りに参加している女性もまだ10人程度だという。多くの女性は依然として、価格は安価でも需要が安定したモノクロームのスタゲン作りに依存せざるをえない。市場拡大のためには、ジャカルタなど都市部のマーケットや、バリなど観光地のマーケット開拓がポイントになる。エコツーリズムなど都市部と農村部をつなげる動きが広まれば、都市部から来た観光客がスタゲンを再発見する機会も増えていくはずだ。

Hose of Laweでは、これらのルリックやスタゲンを購入し、自社のワークショップや生産パートナーの手で商品に仕上げ、販売している。品質管理にもしっかりと目を光らせており、日本のものづくりの工程管理・品質管理手法も参考にしながら生産している。伝統文化の維持・発展、女性のエンパワーメントといったストーリーもあり、デザイン・品質面でも日本など諸外国に輸出できる可能性が十分にある。マーケットは着実に広がっており、インドネシアの若者が始めたソーシャルビジネスが、虹色の希望を生み出しつつある。


注:
模様染めの方法の1つ。バティックの場合は、加熱して溶かしたロウをチャンティンやチャップと呼ばれる金属製の道具を用いて布に置き、模様を描く。布を染料につけると、ロウを置いた部分が染料をはじき、染まらずに残る。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
吉田 雄(よしだ ゆう)
2005年、ジェトロ入構。貿易開発部でインドネシアの一村一品支援やASEAN地域・インドの物流環境調査などを担当。2008年からジェトロ徳島で徳島県企業の海外ビジネスを支援。2011年からものづくり産業部でインフラ・プラント分野の海外展開支援に従事。2014年4月から現職。主に機械・環境分野の情報提供やビジネスマッチングを行っている。