ラテンアメリカ(中南米)を攻めるソフトバンクグループの衝撃

2019年6月7日

ソフトバンクグループ(SBG)は2019年3月7日、ラテンアメリカ(中南米)のテクノロジー・スタートアップ企業を対象に50億ドルのファンドを設立すると発表した。このニュースはラテンアメリカ諸国の官民を大きく揺るがした。SBGはなぜこのタイミングで、ラテンアメリカを狙ってきたのか。同社のエコシステムとどのようにマッチしていくのか。5月にアルゼンチンで開催された、投資フォーラムで行われた同社の講演を手掛かりに分析する。

「日出ずる国」からのサプライズ

3月7日のソフトバンクグループ(SBG)によるラテンアメリカに特化したテクノロジー・ファンドの設立発表は、ラテンアメリカ各国の人々の耳目を集めた。その理由は、50億ドルというファンド(ソフトバンク・イノベーションファンド、SIF)の規模である。ラテンアメリカ・プライベートエクイティ&ベンチャーキャピタル協会(LAVCA)が発表した2018年のラテンアメリカにおけるベンチャーキャピタルの投資額が19億8,300万ドルであることからしても、そのインパクトの大きさが伝わってくる(図参照)。

図:ラテンアメリカ向けベンチャーキャピタル投資額
2011年の投資額は1億4,300万ドル、2012年の投資額は3億7,100万ドル、2013年の投資額は4億2,500ドル、2014年の投資額は5億2,600万ドル、2015年の投資額は5億9,400万ドル、2016年の投資額は5億ドル、2017年の投資額は11億4,100万ドル、2018年の投資額は19億8,300万ドル

出所:ラテンアメリカ・プライベートエクイティ&ベンチャーキャピタル協会(LAVCA)からジェトロ作成

今回の発表によって時の人となったのは、ファンドの投資および運営の全体統括の責務を担うソフトバンク・ラテンアメリカのマルセロ・クラウレCEO(最高経営責任者)である。発表直後から、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、コロンビアといったラテンアメリカ諸国を次々と訪問し、起業家だけではなく、政府要人とも面談した。ブラジルではパウロ・ゲデス経済相、アルゼンチンではマウリシオ・マクリ大統領、コロンビアではイバン・ドゥケ大統領との会談が行われた。

その後、ソフトバンク・ラテンアメリカは4月30日、コロンビアの買い物代行サービスを行うユニコーン企業のラピに10億ドルの投資を行うことに合意したことを明らかにした(2019年5月20日付ビジネス短信参照)。

5月22日には、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスでアルゼンチン投資フォーラムが開催された。本フォーラムにおいて、主催者のアルゼンチン・プライベートエクイティ、ベンチャーおよびシードキャピタル協会(ARCAP)関係者は、講演のメインをSBGに据えるため、アルゼンチン政府を通じて調整を行ったとされる。その結果、フォーラムの基調講演には、クラウレCEOと古くからビジネスを共に携わるSIFのハビエル・ビジャミサール氏を迎えた。これから説明するラテンアメリカを鳥瞰(ちょうかん)した分析などは、ビジャミサール氏の講演を参考にしたものである。

ブルーオーシャンだった「新大陸」

SBGは、同社のプレスリリースで述べたように、ラテンアメリカの魅力を認めた外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。その理由として、次のようなことが挙げられる。まず、人口やGDPの規模である。国連の統計で見ると、ラテンアメリカの人口は世界全体の約1割の抱えており、GDPは中国の7割(インドの2.5倍)、1人当たりのGDPでも中国よりも若干ではあるが上回っている(インドの4倍以上)。そのような市場において、過去20年間に新たな消費者として1億4,500万人ほど誕生しており、ビジャミサール氏はそのトレンドが継続すると見ている。さらに、この地域の特徴として着目しているのが、人々のデジタル社会との親和性である。例えば、メッセンジャーアプリのワッツアップ、フェイスブック、映像ストリーミング配信のネットフリックスを最も愛用している地域はラテンアメリカであり、また、配車サービスのウーバーが最も利用されている上位3都市はいずれもラテンアメリカである。このようにSBGのエコシステムにかなうような地域だったにもかかわらず、これまでグループとしての投資額は全体の1%にも満たなかった。

また、このおよそ10年間でラテンアメリカの様相も大きく変わったことが、今回のSBGの決断を後押ししたと見られる。まず、ラテンアメリカにおけるスマートフォン利用者(2億5,000万人)が急増した。また、利用者が使うスマートフォンの機能も格段に上がっている。次に人材面では、コンピューターでコーディングを行える人材が限られたおよそ10年前と比べると、現在では政府支援のインキュベーターやコーディングの学校が増えていることが挙げられる。ユニコーン企業を概観すると、2010年には1社(アルゼンチンのeコマース企業メルカドリブレ)しかなかったものが、現在ではその数が13社に増え、ベンチャーキャピタルによって100万ドル以上の投資を受けた企業は10社未満だったのが、現在では500社以上に増えた。このようにラテンアメリカでは、イノベーションの世界で好んで使われる「ディスラプション」(創造的破壊)を受け入れる素地が整っていると、SBGが判断したようだ。

また、SBGはほかにも、ラテンアメリカを取り巻くビジネスチャンスに着目している。インターネット利用者はラテンアメリカ全体で3億5,000万人に達し、またインターネット利用時間も長い。英国のソーシャルメディア・コンサルティング企業「We Are Social」が発表した「Digital in 2019外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」によると、1日当たりのインターネット利用時間はブラジル(2位、9時間29分)、コロンビア(4位、9時間00分)、アルゼンチン(7位、8時間19分)、メキシコ(9位、8時間01分)と、調査対象40カ国の上位10位にラテンアメリカ4カ国が入っている(表参照)。このような利用者層が、それまでのワッツアップなどのチャットから、オンラインショッピングにシフトしていくことが見込まれる。また、中間層に焦点を絞った金融サービスのデジタル化では、スマートフォンなどを通じたオンラインバンキングの利用者の伸びしろがある、とも考えられている。

表:1日当たりのインターネット利用時間
順位 国名 時間
1 フィリピン 10時間02分
2 ブラジル 9時間29分
3 タイ 9時間11分
4 コロンビア 9時間00分
5 インドネシア 8時間36分
6 南アフリカ共和国 8時間25分
7 アルゼンチン 8時間19分
8 マレーシア 8時間05分
9 メキシコ 8時間01分
10 アラブ首長国連邦 7時間54分
世界平均 6時間42分
(参考)日本 3時間45分

出所:「Digital in 2019」よりジェトロ作成

医療産業に目を向けると、他地域と同様に、がんや糖尿病といった疾病や、生活習慣病などの予防や治療に資するテクノロジーなどのヘルステックに対する投資へのニーズが高まっている(2019年2月19日付地域・分析レポート参照)。そして、ラテンアメリカは都市化が進み、メキシコ市やブラジルのサンパウロ、コロンビアのボゴタといた大都市では輸送手段が限定的なために日頃から交通渋滞などに悩まされており、モビリティーに対するニーズも高まっている。

そのような社会的課題が存在する中で、ラテンアメリカでのビジネスを成功につなげるには、現地で展開する企業とのパートナーシップを作ることが必要となる。現地特有の事情の中には、魅力ある人材という好意的に捉えられるものもあれば、スペイン語やポルトガル語といった言語の壁、各種規制のハードル、文化の違い、複雑な税制、不安定な為替といった不確実性を帯びたものも含まれる。ソフトバンク・ラテンアメリカでは、このような地域特性を総合的に分析した結果、ラテンアメリカに存在するだろうテクノロジーに傾注したイノベーション企業、それを率いる個性的な起業家の可能性を最大限に解き放つことを、ミッションにすることを決断し、SBGのエコシステムに統合させる形で、ラテンアメリカ最大のファンドとなる取り組みを始めている。

アジアとラテンアメリカの一体化は加速するか?

そこで、ソフトバンク・ラテンアメリカは2つの柱を提案している。1つは「イノベーション・ファンド」であり、もう1つは「テック・ハブ」である。

前者は、冒頭で触れた50億ドル規模のファンドを指す。3月に本格的に開始をしたが、注目する分野は、フィンテック、EtoE(End to End)ロジスティクス、モビリティー、不動産、フードデリバリー、小売り、中古マーケットプレース、ヘルスケアの8業種が含まれる。投資フォーラムでSIFのビジャミサール氏は、今後10年間を視野に入れると、輸送手段の自動化と食関連サービスへの成長に期待を示した。なお、そのことを裏付けるようにソフトバンク・ラテンアメリカの第1弾の大型投資となったのが、4月に合意したコロンビアのラピに対する10億ドルの投資である。

また、ソフトバンク・ラテンアメリカとして、投資における最適の箇所(スイートスポット)と考えるのは1,500万ドルから2億ドルだと、ビジャミサール氏は指摘する。企業の初期段階の投資は、例えばベンチャーキャピタルのKasZek Ventures(メルカドリブレの元経営層が創設したベンチャーキャピタル)など他のプレーヤーに任せ、ある程度の実績を重ねた企業をコアに考えている。投資ステージが進めば、事業が軌道に乗り始めるステージB以上の段階まで至った企業に対して、資金調達ではなく、実業に集中してもらうための投資を行うとしている。また、そのステージまで至った企業であれば、名が知られているため、シリコンバレーなどで共同出資者と募りやすいという事情もあるとされる。

後者の「テック・ハブ」だが、こちらはSBGが世界中で行った投資によって形成されたエコシステムに属する企業を、ラテンアメリカに招くというプロジェクトである。ソフトバンク・ラテンアメリカとしては、中国やインドなどで事業を展開する投資先企業の中南米展開を斡旋(あっせん)し、その企業価値を一層高めるといった構想である。同社によれば、ラテンアメリカ側でマネージメントの経験を持つチームを形成し、そのチームに、SBGのエコシステムに属する企業の中から、ラテンアメリカに連れて来たい候補企業を探してもらうことを最初のステップとする。その次は、チームがターゲット企業にアプローチして誘致するステップである。交渉を経て、ターゲット企業の戦略にもかなうようであれば、最終的に現地法人を設立する。このような取り組みを通じて、ラテンアメリカに展開した企業の中から、8~12のユニコーン企業を創り出せるのではないかと期待している。現在、このプロジェクトに先立つ形で、SBGが2018年9月に10億ドルの追加出資を行ったインドのホテル予約サイト運営企業「オヨ(OYO)」は、既に2019年4月にブラジルに進出しており、メキシコにも事業を拡大するとしている。ソフトバンク・ラテンアメリカの後押しの下で、「テック・ハブ」の枠組みを使ったラテンアメリカ進出予備軍が、アジアに集積していることが見込まれ、それら企業の進出を、ラテンアメリカ各国は固唾(かたず)を飲んで見守る構図が出来上がろうとしている。

執筆者紹介
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所長
紀井 寿雄(きい としお)
1998年ジェトロ入構。2004~2007年、在ウルグアイ日本大使館(経済担当書記官)、2010~2014年、ジェトロ・サンパウロ事務所(メルコスール地域日系企業支援および調査担当)などを経て、2017年1月から現職。