通貨テンゲの管理厳格化の功罪は(カザフスタン)
外国企業の支店に現地通貨使用を義務付け

2019年5月23日

カザフスタンの2018年の実質GDP成長率は4.1%だった。外国からの直接投資も増加している。そのような中で、新通貨法が7月から施行される。新法では、外国企業の支店は「居住者」に分類され、国内取引ではカザフスタン通貨テンゲの使用を義務付けられる。これは、テンゲに対する国民の信頼回復を図る一連の「非ドル化」方針に従ったものだが、同時に中央銀行の外貨監視が強化される。

GDPは4.1%増、対内投資も15.8%増

カザフスタン国民経済省付属統計委員会によると、同国の2018年の実質GDPは前年比4.1%増だった。分野別にみると、伸びが大きかったのが商業・自動車修理で前年比7.6%増、鉱業が4.6%増、輸送・倉庫が4.6%増だった。これにより、GDPに占める割合は商業・自動車修理が15.9%、鉱業が15.2%、輸送・倉庫が8.3%となった(表1参照)。

表1:カザフスタンのGDP産業別構成比(生産)(単位:100万テンゲ、%)(―は値なし)
産業 付加価値額 前年比伸び率 構成比
GDP 58,785,738 4.1 100.0
農林水産 2,455,882 3.4 4.2
鉱業 8,909,459 4.6 15.2
製造業 6,834,679 4.0 11.6
建設 3,176,597 4.1 5.4
商業・自動車修理 9,356,107 7.6 15.9
運送・倉庫 4,871,974 4.6 8.3
情報・通信 1,056,919 2.6 1.8
金融・保険 2,001,445 0.8 3.4
不動産 4,485,088 2.7 7.6
法務・会計・研究・技術 2,542,414 3.0 4.3
教育 1,584,625 2.8 2.7
健康・社会サービス 1,093,664 1.5 1.9
その他 10,416,886

出所:国民経済省統計委員会統計速報(2019年1-2月号)

外国からカザフスタンへの直接投資(対内直接投資)も拡大している。2018年の対内直接投資額は、前年比15.8%増の242億7,600万ドル(表2参照)。鉱業への投資は前年比32.9%増、商業・自動車修理が3.9%増だった(表3参照)。ちなみに、主な投資国はオランダ(30.3%)、米国(22.0%)、スイス(10.5%)、ロシア(6.2%)、中国 (6.1%)となっている。

表2:カザフスタンの経済指標の推移 (△はマイナス値)
No 項目 単位 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
1 実質GDP成長率 7.4 4.8 6.0 4.2 1.2 1.1 4.1 4.1
2 インフレ率(期末比) 7.4 6.0 4.8 7.4 13.6 8.5 7.1 5.3
3 テンゲ預金率(個人、期末) 58.3 61.1 56.0 32.7 21.1 38.0 47.8 52.6
4 対ドル為替レート テンゲ 146.62 149.11 152.13 179.19 221.73 342.16 332.47 344.71
5 中銀リファイナンシングレート(期末) 7.5 5.5 5.5 5.5 5.5 5.5 10.25 9.25
6 対内直接投資(実行ベース、フロー、グロス) 100万ドル 26,467 28,885 24,098 23,809 15,368 21,367 20,960 24,276
7 経常収支 10億ドル 10.2 2.2 2.0 6.1 △ 6.0 △ 8.1 △ 5.1 △ 0.1
8 対外債務残高(期末) 100万ドル 125,321 136,918 150,033 157,115 153,007 163,309 167,218 158,787

出所:1~2は国民経済省統計委員会、3~8は中央銀行

表3:対内直接投資(実行ベース、フロー、グロス) (単位:100万ドル、%)(△はマイナス値)
分野 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 伸び率
農林水産 8 18 5 △ 2 72 50 27 12 △ 55.9
鉱業 5,446 7,315 7,458 8,418 3,455 7,208 10,208 13,562 32.9
製造業 5,658 3,461 2,544 3,668 2,588 4,082 5,130 3,419 △ 33.3
電気・ガス・給湯 124 262 344 254 12 72 16 278 1612.3
上下水道、ごみ収集 9 0 △ 6 6 △ 9 △ 2 1 9 691.7
建設 1,135 1,321 1,033 816 971 1,164 326 579 77.7
商業・自動車修理 1,627 2,625 3,153 2,802 1,550 2,293 3,152 3,277 3.9
運送・倉庫 332 417 430 732 484 515 791 786 △ 0.7
宿泊・飲食 46 77 △ 69 118 △ 51 13 73 18 △ 74.6
情報・通信 228 2,005 690 416 41 392 145 185 27.8
金融・保険 648 2,429 849 520 470 385 399 1,309 227.6
不動産 179 103 158 115 41 106 151 △ 35 △ 123.3
法務・会計・研究・技術 10,796 8,689 7,361 5,835 5,613 4,880 195 678 247.1
その他 232 164 148 111 133 209 345 199 △ 42.3
合計 26,467 28,885 24,098 23,809 15,368 21,367 20,960 24,276 15.8

出所:カザフスタン中央銀行

非ドル化政策と通貨監視を強化

2019年1月末現在でカザフスタンにおける外資系企業数は2万5,400社、外国企業の支店・駐在員事務所は1万2,300あるとされる(カザフスタンニュースライン2月20日)。従来、外国企業の支店・駐在員事務所は「非居住者」として扱われ、ビジネス上の支払いは外貨でも現地通貨テンゲでも可能となっていた。しかし、7月から外国企業の支店・駐在員事務所(注1)を対象にしたルール変更が導入される。これら法人格は今後、「居住者」に分類され(注2)、テンゲでの支払いを義務付けられる。その根拠となるのが2018年6月に国会承認された新通貨法で、背景には中央銀行の「非ドル化政策」がある。

非ドル化政策は2016年に打ち出された。その理由として、通貨テンゲの変動相場制への移行、通貨価値の下落、国民のテンゲ離れがある。テンゲは2014年までは管理フロート制下にあった。しかし、クリミア問題などに起因するロシアに対する欧米諸国の制裁、原油価格の下落によるロシア経済の落ち込みなどでルーブル安が進行。カザフスタンは最大の貿易相手国ロシアへの輸出が停滞し、国内産業は苦境に陥った。カザフスタンはロシア通貨ルーブルの為替相場に対応して、2014年2月にテンゲを2割切り下げたが、その後もルーブル相場の下落はやまず、カザフスタン中央銀行は管理フロート制を支えきれなくなり、2015年8月に変動相場制へ移行した。その後1年間でテンゲの対ドルレートは約5割下落した。また、消費者物価も2013年の4.8%、2014年の7.4%から、2015年には13.6%に上昇。テンゲの下落とインフレ高進に対し、国民は資産をドルで保有することを選択し、ドル預金が急増した。銀行預金総額に占める個人預金のテンゲ建ての割合は、2012 年の61.1%から2015 年は21.1%にまで縮小している(表2参照)。

これに対して、ダニヤーン・アキシェフ中央銀行総裁(当時)は「カザフスタンは独自の経済政策を追求する主権国家であり、国民の自国通貨に対する自信を回復させるための措置をとる必要がある」として、2016年に「非ドル化政策」を打ち出した。カザフスタン預金保険基金はこの方針に沿って、「2016年2月1日以降、国内通貨での預金の魅力を高め、インフレによる目減りを補うため、テンゲの個人預金の最高金利を10%から14%に引き上げ、外貨預金については3%から2%に引き下げる」とした。その後の原油価格の上昇、経済回復、インフレ率の低下といった経済環境の改善も相まって、国民のテンゲ預金の比率は2015年の21.1%から2019年1月末には54.1%まで回復した(表2参照)。

これに加えて、非ドル化をさらに推進するため企業にテンゲの使用を促すのが、7月に施行される新通貨法だ。これまでの非ドル化政策が国民や法人の預金をターゲットにしてきたのに対し、新法が対象にするのは法人間の決済だ。前述のアキシェフ氏は新法の目的について、「「国内決済における外貨使用を減らすことと、通貨操作の監視を拡大すること」であり、この改正は「地元企業と外資系企業にビジネスのための平等な権利を与えるもの」としている(オンラインニュースKazTAG 2018年6月21日)。アキシェフ氏が述べているように、新法には、外貨取引や企業間取引に関する中央銀行の監視力強化も盛り込まれた。

居住者間の取引は現地通貨で

新法の要点は次の3点だ。

(1)「居住者」の定義が変更され、カザフスタンにある「外国企業の支店・駐在員事務所」はこれまでの「非居住者」から、「居住者」に分類されることになった。居住者同士の取引は、一部の例外を除き(注3)、国内通貨テンゲの使用が義務付けられる。

(2) 新通貨法では、カザフスタンで1年以上営業している外国企業の支店・駐在員事務所は、居住者および非居住者との取引に関する情報を定期的に中央銀行へ提出することが義務付けられた。

(3) 通貨法の第21条(特定の通貨取引での支払いおよび送金の要件)により、カザフスタンからの「資金の流出」になり得る通貨業務については、(居住者が口座を持つ)市中銀行に対し中央銀行への報告義務が課せられる。カザフスタンの資金が使われる金融事業でありながら、返済金、利子などがカザフスタンに適切に還流しないような事案に対する監視を強化する。法律だけでは偽装を捕捉できないので、関係機関との連携を強化する。新法では資金流出となり得るケースとして次のような例を挙げている。

  1. 非居住者から居住者に返済される金融ローンで、送金が居住者の認可銀行の口座に行われないもの(外国の銀行口座へ入金されてしまうもの)。
  2. 居住者の「関連会社」でない非居住者に対する720日を超える無利子融資。
  3. 居住者が輸出業務を完遂した後、非居住者が輸出代金を720日以上支払わない場合(720日を超える無利子融資と見なされる)。
  4. 輸入取引において、非居住者に前払い金の払い戻し義務があるのに、720日以上返済しない場合(720日を超える無利子融資と見なされる)。

なお、ここでいう居住者の「関連会社」というのは、居住法人の議決権の10パーセント以上を保有する者となっている。

新通貨法は遡及(そきゅう)効果の規定はなく、7月1日より前に行われた外国支店・駐在員事務所の既存の契約には適用されない。しかし、7月1日以降、他の外国会社の支店・代表事務所に契約を譲渡した場合や、既存の契約を修正する場合には、新法が適用される。

このほか、現行の通貨法にはなかったが、居住者が外貨を購入する際、その目的を確認する権限が中銀に付与された。

新通貨法の施行で中央銀行の外貨規制は厳しくなるのだろうか。アキシェフ氏は、新通貨法の法案可決当時、「カザフスタン領土での通貨操作の監視拡大、外貨使用の削減がこの法律の主な目的であり、通貨規則の自由主義は維持される」として、新法が収益の送金や外貨の転換を制限するものではないとしている(カズ・ターク2018年6月21日)。

いずれにせよ、新通貨法が取引に関する定期的な報告を規定するなど、新しい要件が追加されることから、外国投資家や会計事務所からは、新法発効後のコスト増などについて指摘する声も上がっている(米国商務省サイト2018年9月21日)。


注1:
法律の条文や現地の新聞報道では、対象が「外国企業の支店(駐在員事務所)」となっているが、駐在員事務所も対象に含まれるのか現時点で不明。
注2:
全ての外国企業の支店・駐在員事務所が居住者とされるわけではない。カザフスタン政府が利益配分協定を結ぶ一部鉱業関係企業はこれまでどおり、「非居住者」として扱われ、居住者とも外貨で取引を行うことができる。この「非居住者」として認定される企業のリストについては当局が目下作成中だという。
注3:
「居住者」となっても、例外的に次の取引は外貨で実施できる。
(1)非居住者(本社)と在カザフスタンの支店・駐在員事務所間の取引。
(2)カザフスタンにある外国企業の支店・駐在員事務所間の取引。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 欧州ロシアCIS課
今津 恵保(いまづ よしやす)
1981年、ジェトロ入構。1990~1993年ジェトロ・ウィーン事務所、2000~2003年ジェトロ・ヨハネスブルク事務所次長、2011年~2012年ジェトロ・ブダペスト事務所長、2012~2013年ジェトロ・モスクワ事務所長を経て2017年3月末に定年退職。2017年4月から非常勤嘱託員。