一転回復した建設受注高、公共工事が牽引の構造変わらず(シンガポール)
2019年2月22日
3年連続で下落していたシンガポールの建設受注高が2018年に、前年比で2桁増と大きく回復した。民間住宅と工業施設の受注が活発化し、全体を底上げした。ただ、土木工事を中心に公共工事が建設受注高を牽引する近年の構造は変わっていない。今後も、空港や大量高速鉄道(MRT)の新線の工事など、大型公共工事が建設受注高を支えていく見通しだ。
住宅、工場の建設受注が大きく回復
建設庁(BCA)の発表(1月14日)によると、2018年の建設受注高(埋め立て工事を除く)は、暫定値で305億シンガポール・ドル(約2兆5,010億円、Sドル、1Sドル=約82円)と、前年比23.0%の大幅増となった。同国の建設受注高は2013~14年の2年連続で過去最高を更新した後、2015~17年と3年連続で減少していたが、2018年に民間建設受注の回復に伴って一転増加に転じた(表参照)。
公共/民間 | 項目 | 13年 | 14年 | 15年 | 16年 | 17年 |
18年 暫定実績 |
19年 (予測値) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
公共工事 | 住宅 | 6.4 | 4.8 | 3.8 | 3.3 | 3.2 | 3.6 | 2.5 ~ 2.9 |
商業施設 | 0.1 | 0.1 | 0.3 | 0.1 | 0.1 | 0.1 | 0.1 ~ 0.1 | |
工業施設 | 0.3 | 0.6 | 1.2 | 0.8 | 1.7 | 0.8 | 3.4 ~ 4.0 | |
公共施設・その他 | 2.6 | 5.2 | 4.1 | 3.7 | 2.5 | 4.5 | 3.0 ~ 3.5 | |
土木工事 | 5.5 | 8.5 | 3.8 | 7.5 | 8.3 | 9.4 | 7.5 ~ 9.0 | |
公共工事計 | 14.9 | 19.2 | 13.3 | 15.4 | 15.8 | 18.4 | 16.5 ~ 19.5 | |
民間工事 | 住宅 | 9.6 | 6.5 | 4.0 | 3.2 | 3.0 | 5.2 | 4.3 ~ 4.7 |
商業施設 | 3.7 | 3.7 | 1.9 | 2.9 | 1.7 | 1.4 | 1.3 ~ 1.8 | |
工業施設 | 5.2 | 6.0 | 4.5 | 2.8 | 2.5 | 4.0 | 2.6 ~ 3.3 | |
公共施設・その他 | 1.0 | 1.9 | 1.7 | 0.6 | 0.7 | 1.3 | 1.6 ~ 1.8 | |
土木工事 | 1.4 | 1.4 | 1.7 | 1.5 | 1.1 | 0.3 | 0.7 ~ 0.9 | |
民間工事計 | 20.9 | 19.5 | 13.8 | 11.0 | 9.0 | 12.1 | 10.5 ~ 12.5 | |
公共・民間工事合計 | 35.8 | 38.8 | 27.0 | 26.4 | 24.8 | 30.5 | 27.0 ~ 32.0 |
出所:BCA
2018年の建設受注高の回復は、民間住宅の建設受注高が前年比73.3%増、民間工業施設が同60.0%増と、民間工事の受注が大きく伸びたことによるもの。民間住宅は2014年以降、相次ぐ住宅投機抑制策により住宅販売が冷え込み、4年連続で前年実績を割っていた。しかし、2017年下半期から2018年上半期にかけて、景気の回復により中古の民間高層住宅の一括売却〔エンブロック(注)〕が相次ぎ、跡地に新たな高層住宅の建設が活発化した。また、製造業も好調なことから、半導体製造施設やデータセンターなど民間工業施設の建設受注も増えた。
公共工事が建設受注全体を下支えする傾向、変わらず
ただ、民間建設受注が回復したものの、土木を中心に公共工事が建設受注高を牽引するという構造は変わっていない。2018年の公共工事の建設受注高は184億Sドル(前年比16.5%増)と、建設受注高全体の60.3%を占めた(図1参照)。主な大型公共工事受注案件としては、地下高速道路と歩道、サイクリング路からなる多目的道路「南北コリドー(全長21.5キロ、総発注額:31億4,000万Sドル)」のほか、総合病院「ウッドランド・ヘルスキャンパス(発注額:約9億7,000万Sドル)」などがあった。
シンガポールの建設受注高に占める公共工事の割合は、2010年に31%だったものが、2018年には60%と近年、拡大傾向にある。民間工事を牽引していた住宅建設が2017年まで縮小する一方で、公共工事が建設受注高を下支えする傾向が強まっている。中でも、大量高速鉄道(MRT)や下水トンネルなどの土木工事だ。陸運庁(LTA)は2020年までの交通政策長期計画「陸上輸送マスタープラン」(2008年3月発表)に基づき、公共輸送の利用拡大のためMRT網の拡大を進めている。2008年には全長178キロだったが、2021年までに278キロ、2030年には360キロに延伸する予定だ(ビジネス短信2016年7月20日付参照)。
MRTなど大型の公共土木工事の発注が相次ぐ一方、民間建設受注が縮小し、建設受注高に占める土木工事の割合は2010年の10%から2017年に38%へと拡大した(図2参照)。2018年には建設受注が再び拡大したものの、2014年のピーク時のレベルには達しておらず、土木工事は97億Sドルと建設受注全体の32%を占めた。
堅調な大型公共工事、中期的に建設受注がやや上昇へ
2019年以降も、土木工事を中心に公共工事が建設受注全体を引っ張る見通しだ。BCAの予測によると、2019年の建設受注高の見通し「270億~320億Sドル」のうち、公共工事が「165億~195億Sドル」と約6割を占めると見込んでいる。
民間住宅建設は2018年に回復したが、同年7月には新たな不動産投機抑制策が導入され、2017年下半期から続いていた民間高層住宅の再開発ブームも沈静化した。このため、民間住宅建設は2018年の52億Sドルから、2019年に「43億~47億Sドル」へと軟化する見通しだ。一方、土木工事の受注は2019年も引き続き堅調と見込まれる。BCAは、民間を含む土木工事の受注高を「82億~99億Sドル」と見込んでおり、建設受注高の部門別では引き続き最大の割合を占めると予想している。2019年に発注が予定されている主な土木工事の案件としては、MRTのジュロン・リージョン新線(全長24キロ、2026~28年開通予定)、チャンギ空港第5ターミナルの基礎工事、トゥアス新港(2021年から段階的に開港予定)などがある。
さらに、BCAは2020年~21年の建設受注高を「270億~340億Sドル」、2022~23年については「280億~350億Sドル」に上昇するとみている。このうち、2020~23年の公共工事の受注高は「160億~200億Sドル」と見込み、引き続き公共工事が建設受注高の約6割を占める見通しだ。BCAは発表の中で、「中期的には公共工事のプロジェクトの発注が引き続き堅調なことから、建設受注高全体はやや上向くと予想される」と述べた。
- 注:
- シンガポールでの「エンブロック(En Bloc)」とは、建設物件の資産価値の8割以上を保有する複数の所有者から、築年数に応じて8~9割の合意が得られれば、その建物を一括売却できるというもの。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。