中国企業の投資一巡、ボルソナーロ政権の投資環境注視(ブラジル)

2019年4月19日

ブラジル経済省傘下の外務局(SAEIN)ニュースレター(2018年12月21日付)によると、2018年の中国の対ブラジル直接投資額は2017年比75%減の27億6,100万ドルにとどまった(図1参照)。2018年10月の大統領選挙に伴い先行きが不透明であったことや、2016から2017年の大型電力競売案件が一巡したこと、中国の対外直接投資が世界的に減少傾向であったこと、などが要因とされている。2019年1月に発足したボルソナーロ新政権下では今後、電力公社エレトロブラス(Eletrobras)など大規模な民営化推進が期待される。

図1:中国資本によるブラジルのブラウンフィールド・グリーンフィールドへの
投資プロジェクト金額の推移
ブラウンフィールドへの投資金額は2003年5,400万ドル、2004年は1億2,300万ドル、2006年は2億3,900万ドル、2007年は16億9,000万ドル、2009年は2,900万ドル、2010年は153億9,800万ドル、2011年は57億1,000万ドル、2012年は90億1,300万ドル、2013年は60億600万ドル、2014年は7億4,800万ドル、2015年は74億5,700万ドル、2016年は52億6,400万ドル、2017年は112億8,900万ドル、2018年は25億8,300万ドル。グリーンフィールドへの投資金額は2004年300万ドル、2005年は2億ドル、2006年は2,000万ドル、2007年は200万ドル、2009年は1億3,200万ドル、2010年は7億6,000万ドル、2012年は11億2,000万ドル、2013年は7,500万ドル、2014年は10億8,100万ドル、2016年は3,200万ドル、2017年は800万ドル、2018年は1億7,800万ドルとなっている。

出所:ブラジル経済省のデータを基にジェトロ作成

2019年後半にブラジル大統領の中国訪問、11月中旬にはBRICSブラジル首脳会議が予定される。新政権は中国政府を刺激せずに、過度な対中依存度を是正したいというのが本音とみられ、中国企業は両国の新たな外交関係を踏まえて、ブラジルでの投資機会を判断することになりそうだ。

中国企業は経験不足から企業買収を志向

SAEINによれば、中国の対ブラジル投資は2009年から増加傾向となり、2017年には直接投資案件数が20件(金額ベースで約112億9,700万ドル)とピークに達した(図2参照)。金額ベースで75%減となった2018年は、件数ベースでは15件と前年比25%減にとどまっている。なお、ブラジルへの投資は全て中央銀行への登録が義務付けられており、SAEINの統計は中銀登録をベースに各種情報ソースを通じて投資元を特定している(表参照)。

図2:中国資本によるブラジルのブラウンフィールド・グリーンフィールドへの
投資プロジェクト件数の推移
ブラウンフィールドへの投資件数は2003年2件、2004年1件、2005年0件、2006年2件、2007年2件、2008年0件、2009年3件、2010年9件、2011年12件、2012年15件、2013年13件、2014年15件、2015年14件、2016年12件、2017年17件、2018年は9件。グリーンフィールドへの投資件数は2003年0件、2004年1件、2005年1件、2006年1件、2007年1件、2008年0件、2009年3件、2010年3件、2011年0件、2012年3件、2013年2件、2014年3件、2015年0件、2016年2件、2017年3件、2018年は6件となっている。

出所:ブラジル経済省のデータを基にジェトロ作成

表:中国企業によるブラジルへの投資
業種 企業名 形態 実行時期 投資額 概要
IT 滴滴出行(DiDi) 買収 2018年1月 2億9,700万ドル アプリ対応の配車サービスを提供する99社を買収
小売 SZ DJI Technology その他 2018年1月 N.A ブラジル初のドローンの小売店をリオデジャネイロに設立。
小売 Midea グリーンフィールド 2018年3月 90万ドル Eコマースのプラットフォームを設立。
教育 Glory Top 買収 2018年3月 3億9,180万ドル ブラジル国内の5つの高等教育機関を買収
石油・天然ガス Shangdong Kerui コンセッション 2018年4月 6億ドル リオデジャネイロ州イタボライの石油化学コンビナートの天然ガス施設入札落札
機械機器 PDFバルブ 買収 2018年4月 N.A サンパウロ州ソロカバ市を拠点とするバルブメーカーIPPGBrasil社の株式の一部を取得
電力 SGCC コンセッション 2018年6月 202万ドル ブラジル国家電力庁(ANEEL)第6競売にかけられた、ブラジル東北部セアラ州都フォルタレーザ都市圏への送電事業落札
金融 復星国際 買収 2018年10月 5,200万ドル 金融ブローカー、ガイド・インベスチメントスの株式の70%を取得
金融 騰訊控股有限公司 ブラウンフィールド 2018年10月 1億8,000万ドル ブラジルを代表するフィンテックのユニコーン企業ヌーバンクに出資。
電力 SGCC 買収 2018年11月 10億6,000万ドル ブラジル大手配電・発電会社CPFLの残りの株式を取得し出資比率を94.75%から99.94%に上げた

出所:ブラジル経済省のデータを基にジェトロ作成

近年行われた中国企業による対ブラジル投資大型案件のうちの1つに、2016から2017年にかけての中国国営で送電最大手の国家電網(SGCC)によるブラジルの送配電最大手CPFL買収があり、投資額は120億ドルを上回った。

2003年から2018年までの中国の対ブラジル直接投資をみると、案件数ベースで全体の81%(126件)が買収などのブラウンフィールド投資だ。金額ベースでは95%に達する。

2003年から2018年までの投資プロジェクトの発表および実行状況をみると、投資が実行されているのは155件(全体の約49%)、692億ドル(全体の約52%)にとどまっている。

関係者によると、中国の対ブラジル投資は日本と比べると歴史が浅く、日本から学ぶ点が多いとコメントしている。中国は、190万人を超えるとも言われる大規模な日系コミュニティーのようなものが存在せず、ブラジルに進出を図る中国企業はブラジルの法制度やビジネス慣習に不慣れと言われている。これがブラウンフィールド投資を志向する要因となっていると、当地アナリストは指摘する。また、投資実行が半分程度にとどまっている点も同様とみられる。

2018年案件は電力事業からスタートアップ企業投資まで多岐

2018年における中国の対ブラジル直接投資実行ベースをみると、金額が公表されているものの中で最大の投資額となったのは2016年から2017年にSGCCが買収したCPFLの残りの株式買収(10億6,000万ドル)を筆頭に、発表も含めて電力部門4件と目立ち、買収後のインフラ投資や設備近代化、それに伴う電力設備メーカー買収など広がりをみせた。

そのほか、燃料配給会社や燃料バルブメーカーの買収、上下水メンテナンスなどのインフラ事業参入や同資機材生産、食品包装、自動車部品、エアコンの現地生産、教育機関買収や金融ブローカー買収など、中国企業の投資は製造・サービス等多岐にわたっている。さらに、有望とみられるスタートアップ企業やベンチャー企業への出資や買収など、イノベーション企業への投資事例も出てきた。

ボルソナーロ大統領、対中国関係配慮に転換

今後の中国企業によるブラジル投資を左右する重要なファクターは、ボルソナーロ政権誕生による、中国企業に対する投資環境がどうなるかだ。ボルソナーロ氏は2018年2月から3月にかけて日本、韓国、台湾を訪問しており、台湾訪問では外交部次長と面談し、中国を刺激した。ボルソナーロ大統領と共に台湾を訪問したセザール・マイア元リオデジャネイロ州知事は自身のツイッターの中で、中国政府が「両国間の共同戦略に混乱を引き起こしかねない」と抗議書簡を送ったと述べた。

大統領選挙終盤の2018年10月、ボルソナーロ候補は中国投資に関連して「中国はブラジルで買っているのではなく、ブラジルを買っている」とコメント。さらに、電力公社エレトロブラス民営化に関連して「民営化を行う際に世界のあらゆる資本に民営化するのか、中国の手に渡してもよいのか」との懸念を示していた。

これに対して、英字紙「チャイナデイリー」は、ボルソナーロ政権への懸念を伝える異例の記事を掲載し、11月1日付の「エスタード」紙が翻訳記事を掲載した。それによると、「選挙で米国のトランプ大統領の手法をまねているが、政策までまねる理由がない」とした上で、ボルソナーロ新政権の方針は歴史的な景気後退から抜け出たブラジルにとって経済的痛手が大きい」と警告。「ブラジルで活動する企業家や中国政府関係者は、中南米経済最大のリーダーが両国関係に及ぼす影響を注視している」と締めくくった。

その後は、ボルソナーロ大統領自身による中国を警戒するコメントは影を潜め、中国は重要なパートナーだとするコメントに変わっている。しかし依然として、2017年に両国が立ち上げた投資促進共同基金(初期200億ドル)の第1回の中国側拠出が中断していると各紙が3月7日に報じている。同基金は、中国側が中国中南米投資協力基金(Califund)から150億ドル、残りはブラジル側が政策金融機関BNDESと連邦貯蓄銀行(Caixa)を優先オペレーターとする各金融機関からの拠出となっている。

第1回の基金拠出対象案件はインフラ案件4件、工業分野1件の計5案件240億ドルとされ、この中には総額100億ドルとなるブラジル東北部バイア州ベロモンテ水力発電所からリオデジャネイロ州への送電プロジェクトが含まれ、SGCCが同送電事業株式を最大40%取得するための、エクイティファンド資金としての活用が目的とされている。

ボルソナーロ大統領は3月8日の新任大使認証式で楊万明(Yang Wanming)新大使を迎えた際、日程は明言せずに、2019年後半に中国を訪問することを発表した。大統領は世界の全ての国々との貿易関係を拡大する外交政策が新政権の方針であることを強調し、「中国との関係をさらに改善・緊密化して、新たなフロンティアを開き、ビジネスを拡大したい」と呼び掛けた。さらにボルソナーロ大統領は、最初にアルゼンチンを訪問する慣例を破る、訪米直前の3月14日、大統領は自身のFacebookビデオ放映で「重要な経済パートナーは中国で、米国は2番目」とコメントし、改めて年後半の中国訪問を再度強調、中国への配慮を怠らなかった。

対中スタンスが立場で異なる新政権4グループ

ボルソナーロ政権を支える政権基盤は、汚職追及と治安対策を進めるセルジオ・モーロ法務・治安相のグループに加えて、対中スタンスが立場によって微妙に異なる4つのグループに分かれているようだ。

対中警戒論の急先鋒(せんぽう)は、ボルソナーロ氏の政治思想に影響を与えるオラビオ・デ・カルバーリョ氏(ジャーナリスト)や息子のエドアルド・ボルソナーロ下院議員、さらにはカルバーリョ氏が推薦したエルネスト・アラウージョ外相などのイデオロギーグループだ。同グループは、中国の影響力を低下させ、過去の左派政権が軽視してきた米国やイスラエルとの関係重視を唱え、ブラジルのOECD加盟やNATO加盟を通じて中国との相互依存を回避したい、と報じられている。アジアでは、中国よりも日本や韓国との関係を重視したい、とも報じられている。

アラウージョ外相は3月11日に、リオ・ブランコ外交院の授業で「ブラジルの大豆や鉄鉱石を輸出する。われわれの魂は売らない」とコメント。同外相は、過去にブラジルが最も成長した時期のパートナーは米国だったとし、その後にブラジル外交は米国ではなく中南米、欧州、BRICSとの連携を進めたが、これらのパートナーはブラジルの経済発展を支援する力はない、と評した。さらに、中国が最大の貿易相手国になって、偶然か否か景気後退に陥ったともコメントしている。ただし、訪米直前のボルソナーロ大統領のFacebookビデオ放映に参加した際には、「米国とのパートナー関係は無視されてきており、パートナー再開は自然かつ必要なこと。他のパートナーを排除するものでない」と強調、中国を刺激しない発言となった。

2つ目は、パウロ・ゲデス経済相に見られる、社会保障改革や徹底した民営化推進で財政を改善し、世界のあらゆる国との貿易拡大を推進する立場である。ゲデス経済相からは中国を刺激する発言は見当たらず、アラウージョ外相の発言を受けて、ブラジルは中国への鉄鉱石や大豆の輸出を減らす意図がないことを強調している。

3つ目は、アントニオ・モウラン副大統領をはじめとする軍人グループだ。世界各国との現状や勢力を踏まえ、バランスの取れた関係を支持する発言が目立つ。同副大統領は、ボルソナーロ大統領当選直後に「中国はこれからもブラジルの重要な貿易パートナーであり続ける」とコメント、2019年3月には「われわれの中国との関係はお互いの重要性と関連性を理解しており、従属的関係ではないことが明らかだ」とコメントしている。副大統領は2月に大統領の指示で中国、ロシア、ナイジェリアとそれぞれの2国間委員会の調整を担うことを発表、中国との2国間協力委員会会議に出席するため2019年前半に中国を訪問する、と各紙は報じている。

4つ目は、農業族議員など党人派議員グループで、農産物輸出の重要な相手国である中国との関係を重要視している。閣僚では、テレーザ・クリスチーナ農業・畜産・供給相が農業議員の意見を踏まえた発言を行っている。

過度な対中依存是正や国家セキュリティーの確保が影響か

3月17日にトランプ大統領との会談に向けて米国ワシントン入りしたボルソナーロ大統領一行は在米大使主催の夕食会で、トランプ大統領の右腕だったスティーブン・バノン氏らをはじめとした保守派政治家たちと中国問題が議題となった。バノン氏はブラジルの国益を守るために中国との相互依存度を引き下げる必要性を訴えたのに対して、クリスチーナ農業・畜産・供給相はブラジルの農産物輸出の35%が中国向けと中国の重要性を強調している。

ボルソナーロ政権の各グループによって中国に対する対応は異なるが、全体としては依存度が高い資源・食糧コモディティの対中輸出は継続して、中国への工業製品輸出や他国への輸出多角化により、結果的に対中依存度を長期的に引き下げる方針が着地点とみられる。新政権が推進する民営化案件に対する規制方針は定まっていないとみられるが、重要な経済パートナーである中国からの必要な投資は受け入れつつも、国家セキュリティー上の問題を考慮し、かつ過度な依存は避けたいというのが本音と言えそうだ。

国家セキュリティー上の問題では、ブラジルが2020年に導入をめざす携帯通信網5G整備の入札において、中国が通信技術を通じてどう活動するかとの懸念が米国・ブラジル首脳会談のテーマの1つになった。

さらに、イデオロギーグループのカルバーリョ氏は、犯罪対策として公共スペースの顔認証システムを導入する法案を検討する大統領出身党(PSL)議員12人による中国訪問(1月)を批判している。同氏は、中国技術のシステムが導入されれば全ての国民の顔認証情報が中国政府に渡ると警告している。

今後、両国間の首脳や要人の往来を控えて、通信分野のコンセッションや電力民営化の扱いがどうなるかが、中国企業のブラジル投資に大きな影響を与えることになりそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所長
大久保 敦(おおくぼ あつし)
1987年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所調査担当(1994~1998年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2002~2008年)等を経て、2015年10月より現職。同年10月からブラジル日本商工会議所理事・企画戦略委員長、2017年1月から同副会頭。