水素燃料電池の実用化、中国各地で発展計画
長江デルタ地域は一体的な水素発展計画で先行か

2019年6月18日

中国では、2019年から自動車メーカー(乗用車)の平均燃費と新エネルギー車クレジットの並行管理弁法が実施され、ガソリン、ディーゼルなどを燃料とする乗用車を年間3万台以上生産もしくは輸入・販売する企業は、一定比率の新エネルギー車(プラグインハイブリッド車、電気自動車、水素燃料電池自動車を指す。以下、NEV)を生産または輸入・販売することが求められている。

新エネルギー車に占める水素燃料電池車の割合はわずか

NEVの2018年の生産台数は127万台、販売台数は125万6,000台だった。同年の自動車の販売台数が前年比マイナスだったにもかかわらず、NEVの販売台数は60%前後の伸びを記録している。

NEVの内訳をみると、電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド車(PHV)がほとんどで、主要各社とも2018年から2019年にかけて中国市場へこれら車種の投入を発表している。4月に開催された上海モーターショーでも、盛んに展示されていた。一方、水素燃料電池自動車(FCV)については、生産・販売台数とも1,527台と、ごくわずかな台数にとどまっている。

FCVに関しては、EVの充電時間に比べ、燃料充填(じゅうてん)時間が短いことや、1回の充填での航続距離が長いこと、そして何よりも走行時に水しか発生しないというクリーンさが魅力だ。しかし、燃料電池の製造コストが高く、水素ステーションの設置に巨額の資金が必要であるなど、実用化に向けた課題も多い。

中国は国家レベルの計画として、2016年10月に「省エネ・新エネ自動車技術ロードマップ」、2018年2月に「中国製造2025重点領域技術イノベーショングリーンブック技術ロードマップ(2017)」を発表している。2020年、2025年、2030年までの水素ステーションやFCVの導入、技術開発などに関する目標を掲げ、2009~2012年に電動化推進のために一定数の都市で公用車などへのEVやPHVの導入を図った「十城千両」(注1)のFCV版が2019年内にも実施されるとの報道もある。

こうした状況に対して、中国の各地域でも、10以上の都市で水素産業に関する発展計画がある(表1、2参照)。計画によっては、方針のみで導入目標など具体性がないものもあるが、以前から水素産業の発展に取り組んでいる広東省仏山市、江蘇省張家港市などの発展計画は50~100ページに及ぶ詳細な内容で、現状分析や発展に向けた道筋を明らかにしている。

表1:長江デルタ地域(上海市、江蘇省、浙江省)の主な水素産業等発展計画
省・市 発表
時期
計画名 主な目標等
上海市 2017年9月 上海市燃料電池自動車発展計画
  • 2020年までにFCV関連生産高は150億元を突破する。水素ステーションを5~10カ所、FCV運行規模は3,000台とする。
  • 2025年までにFCV関連生産高は1,000億元を突破する。水素ステーションは50カ所、FCVは3万台とする。
  • 2030年までにFCV関連生産高3,000億元を突破する。
江蘇省蘇州市 2018年3月 蘇州市水素エネルギー産業発展にかかる指導意見(試行)
  • 2020年までに水素産業の年間生産高は100億元を突破する。水素ステーションを10カ所、FCV商用車800台導入する。
  • 2025年までに水素産業の年間生産高は500億元を突破。水素ステーションを40カ所、FCV商用車1万台とする。
江蘇省如皋市 2018年10月 如皋市水素エネルギー産業発展を支持する実施意見
  • 2020年までに水素産業の年間生産高は100億元を突破する。水素ステーションを3~5カ所、公共サービス分野の新規購入に占めるFCVの割合は50%超とする。
  • 2025年までに水素産業の年間生産高は300億元を突破。公共サービス分野保有台数におけるFCVの割合は30%超とする。
  • 2030年までに水素産業の年間生産高は1,000億元を突破。公共サービス分野保有台数におけるFCVの割合は50%超とする。
江蘇省南京市 2019年1月 南京市新エネ自動車産業行動計画
  • 燃料電池、完成車などのコア技術に関し、技術応用と産業化を促進する。
江蘇省常熟市 2019年2月 常熟市水素燃料電池自動車産業発展計画
  • 2022年までに一定規模の水素ステーションと公共サービス分野でFCVを普及させる。
  • 2025年までに水素産業規模は100億元に到達する。
  • 2030年までに1,000億元規模の水素産業クラスターを形成する。
江蘇省張家港市 2019年2月 張家港市水素エネルギー産業発展計画
  • 2020年までに水素産業の年間生産高は100億元を突破する。水素ステーションを3~5カ所、バス等の運行規模を100台とする。
  • 2025年までに水素産業の年間生産高を500億元とする。
  • 2035年までに水素産業の年間生産高は1,000億元を突破する。
浙江省寧波市 2019年2月 水素エネルギー産業発展加速に関する若干の意見
  • 2022年までに水素ステーションを10~15カ所、FCV商用車の運行規模を600~800台とする。
  • 2025年までに水素ステーションを20~25カ所、FCV商用車の運行規模を1,500台とする。
浙江省 2019年4月 浙江省水素エネルギー発展育成に関する若干の意見(意見募集稿)
  • 2022年までに水素産業の規模100億元を突破する。水素ステーションを30カ所以上、累計FCV台数は1,000台とする。
浙江省嘉興市 2019年4月 同上
  • 2022年までに水素ステーションを8~10カ所、市内のFCVは200台超、バスの新規購入に占めるFCVの割合は50%超とする。
浙江省寧波市 2019年4月 同上
  • 2022年までに水素ステーションを10~15カ所、FCV運行規模を600~800台とする。
浙江省湖州市 2019年4月 同上
  • 2022年までに水素ステーションを2~3カ所設置する。
浙江省杭州市 2019年4月 同上
  • 2022年アジア大会を契機とし、FCV専用バス路線を設立する。

注:1元=約16円
出所:各政府のウェブサイトおよび報道を基にジェトロ作成

表2:長江デルタ地域以外の主な水素産業等発展計画
省・市 発表
時期
計画名 主な目標等
北京市 2017年12月 北京市新エネルギースマート自動車産業の科学技術イノベーションを加速する指導意見
  • 電動車、FCV、ICVなどに重点を当て、FCV、ICVを産業の新たな成長分野として育成する。
湖北省武漢市 2018年1月 報道のみ
  • 2020年までにFCV関連生産高は100億元を突破する。水素ステーションは5~20カ所。FCV商用車2,000~3,000台を導入する。
  • 2025年までにFCV関連生産高は1,000億元を突破する。水素ステーションを30~100カ所、FCV1~3万台を導入する。
天津市 2018年11月 天津市新エネルギー産業発展3年行動計画
  • 2020年までに水素関連工業生産高を80億元とする。
広東省仏山市 2018年11月 仏山市水素エネルギー産業発展計画
  • 2020年までに水素関連生産高を累計200億元とする。水素ステーションを28カ所、FCV商用車の運行規模は5,520台とする。
  • 2025年までに水素関連生産高は累計500億元。水素ステーションを43カ所、FCV商用車の運行規模は1万110台とする。
  • 2030年までに水素関連生産高は累計1,000億元。水素ステーションを57カ所、FCVの運行規模を2万6,650台とする。
河北省張家口市 2019年1月 報道のみ
  • 2021年末までに各種FCVを3,000台導入する。
  • 2022年までに水素関連産業の生産高の累計が350億元に到達する。

注:1元=約16円
出所:各政府のウェブサイトおよび報道を基にジェトロ作成

また、上海市、江蘇省如皋市、さらにトヨタがR&Dセンターを置く江蘇省常熟市なども、2030年までの計画目標を策定している。これら計画のうち、水素ステーションの建設やFCV導入台数などの数値目標などを合計すると、2020年までに最大78カ所、1万2,400台、2025年までに最大271カ所、8万5,000台などとなっている。

日本の水素・燃料電池戦略ロードマップによる導入計画(2020年までに160カ所、4万台、2025年までに320カ所、20万台)(注2)には及ばないものの、地方政府の2025年までの目標の合計は、中国全体の目標とほぼ同じレベルに達している(表3参照)。今後は各省市レベルで2025年以降に向けた発展計画が発表される可能性もある。

表3:日中間の水素ステーション、FCV導入目標の比較(-は値なし)
地域 2020年まで 2025年まで 2030年まで
ステーション 台数 ステーション 台数 ステーション 台数
日本 160カ所 4万台 320カ所 20万台 80万台
中国全体 100カ所 0.5万台 300カ所 5万台 1,000カ所 100万台
中国地方政府合計 78カ所 1.24万台 271カ所 8.5万台 328カ所 11.2万台

出所:各計画をもとにジェトロ作成

自動車メーカーも積極的にFCVを投入

各省市レベルの水素産業など発展計画によると、各地方政府はバスや貨物車など商用車による導入を進める目標を掲げている。実際、中国自動車工業協会(CAAM)の統計でも、2018年の販売台数1,527台のうち、1,418台がバス、109台が貨物車となっている。また、2019年の上海モーターショーでは8社がFCVを展示しており、自動車メーカーによるFCV(乗用車)投入の意欲も見られた(表4参照)。

表4:上海モーターショーおけるFCVの展示
企業名 車種名
東風汽車 AX7燃料電池版
一汽紅旗 H5 FCEV
上汽大通 MAXUS G20FC
愛馳汽車 RG Nathali
衆泰汽車 E200 FCV
漢騰汽車 漢騰FCV
格羅夫 欧思典
慶鈴汽車 ELF燃料電池版

注:格羅夫はコンセプトカー、慶鈴汽車は貨物車。
出所:各種報道を基にジェトロ作成


一汽紅旗のFCV(ジェトロ撮影)

衆泰汽車のFCV(ジェトロ撮影)

格羅夫のFCV(ジェトロ撮影)

4月21日には、トヨタ自動車が北京汽車子会社の福田汽車に水素燃料電池の部品提供を行ったと発表、さらに、清華大学と水素の積極的な利活用に取り組む「清華大学-トヨタ連合研究院」の設立など、FCVに関する日中企業間の協力も進みつつある。

長江デルタでも発展計画を発表

NEV補助金のうち、EVやPHEVに対する補助金は2020年までに打ち切られるが、その後も3~5年間はFCV向けの補助金は継続される見通しだ。また、5月24日には、「長江デルタ水素ベルト建設発展計画」として、長江デルタ地域(上海市、江蘇省、浙江省)の都市間や都市の水素産業発展計画を結び付け、水素産業と交通網の発展の一体化を目指すことが発表された。発展計画によると、長江デルタ地域には現在、上海、如皋、張家港などに水素ステーションが6カ所あるが、建設中あるいは建設計画中の水素ステーションは17カ所ある。現在、区域内にFCVの貨物車は636台、バスは24台が運行されている。発展計画では、2030年までに長江デルタ地域で約20の水素高速道路(注3)、約500カ所の水素ステーションを建設する目標を掲げている(表5参照)。

表5:長江デルタ水素ベルト建設発展計画
時期 目標
第1段階(2019~2021年) 4つの水素高速道路モデル路線を建設。
第2段階(2022~2025年) 重点都市間で10以上の水素高速道路を建設。
第3段階(2026~2030年) 20以上の水素高速道路による水素ベルトが長江デルタのすべての都市を覆う。

出所:中国政府の発表を基にジェトロ作成

EVをはじめとする自動車の電動化がいち早く進んだ中国で、水素燃料電池の導入・実用化も早期に進む可能性があり、今後もこうした中国各地の取り組みを引き続き注視していく必要がある。


注1:
毎年10都市で1,000台の新エネ車のモデル運行するプロジェクト。主にバス、タクシー、公用車、郵便など公共サービス分野で実施し、新エネ車の利用を促進する。2009年から開始され、第1回は北京、上海、重慶など13都市、第2回は7都市、第3回では5都市が対象となり、新エネ車の導入促進が図られた。
注2:
2019年3月12日の水素・燃料電池戦略協議会
注3:
水素高速道路とは水素ステーションを設置した高速道路を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・上海事務所 経済信息・機械環境産業部長
高橋 大輔(たかはし だいすけ)
1997年経済産業省入省、国際関係、エネルギー・環境関係部署、製造産業局自動車課(2016~2018年)を経て、2018年6月よりジェトロに出向し現職。