特集:世界の知日家の眼日本にとってアフリカ域内での重要なパートナーであり続ける南ア
スカーレット・コーネリセン氏:ステレンボッシュ大学教授

2018年10月15日

ステレンボッシュ大学のスカーレット・コーネリセン教授は、アフリカとアジアとの国際関係・外交政策が専門。特に日本のアフリカ外交政策の分析については、南アフリカ共和国(以下、南ア)における第一人者として知られる。コーネリセン教授に南アおよびアフリカと日本との関係、日本に対する期待などについて聞いた(インタビュー実施日:8月23日)。

質問:
近年の日本と南アの2国間関係をどのように見ているか?
答え:
南アは日本にとって、常にアフリカ域内における重要な経済的パートナーである。1994年の人種隔離政策(アパルトヘイト)廃止後、国際社会との協調路線を採っていたターボ・ムベキ政権時代(1998~2008年)に両国の関係が深まった。しかし、その後のジェイコブ・ズマ政権時代(2009~2018年)に、ズマ氏個人や与党・アフリカ民族同盟(ANC)への利益配分を重視した国内重視の政治が顕著になり、日本はズマ氏やANC幹部と属人的に関係の深い中国やロシアの陰に隠れるかたちとなった。特に2014年以降は大統領府および国際関係・協力省の職員の外交能力の低下が顕著となり、日本との距離はさらに離れた。
一方、2018年2月にビジネスに精通したシリル・ラマポーザ氏が大統領に就任したことで、風向きは変わりつつある。2018年5月にヨハネスブルグで開催された「第1回日本・アフリカ官民経済フォーラム」のホスト国に南アがなったことは2国間関係の転機を位置づけるシグナルとなった(2018年5月14日ビジネス短信参照)。依然として、日本企業によるアフリカ向け民間投資の60%以上をトヨタをはじめとする自動車産業が集積する南アが占めていることから、南アの重要性が今後も急激に変わることはない。
質問:
日本とアフリカ諸国との将来の関係をどのように見るか?
答え:
2008年に横浜で開催された「第4回アフリカ開発会議(TICADⅣ)」においてアフリカへの民間投資倍増支援などが打ち出されてから、日本企業はアフリカを将来的な投資先として見始めるようになった。特にケニアを含む東アフリカは、日本の自動車産業が広がる可能性があることから、今後日本にとって、より戦略的に重要な地域となっていくだろう。西アフリカの大部分は日本企業にとって未開の地だが、ナイジェリアをはじめとして多くのポテンシャルを秘めている市場だ。モザンビークは天然ガスや石炭などの資源開発のみならず、今後農業分野での協力も期待される。もちろん、南アはアフリカへのゲートウェーとして、引き続き日本にとって重要な国であり続けるだろう。また、中国がアフリカにおいて大きな存在感を放っていることは、日本もよく理解している。同じくアフリカでの影響力を拡大させたいインド、フランス、トルコといった国々と、日本との戦略的な連携がすでに見られるのはそのためだ。
何より、日本政府はTICADプロセスを対アフリカ政策における重要な外交ツールとして利用しており、アフリカ各国や国際機関を含む多国間プラットフォームとして機能させることに成功している。この点が、あくまで2国間のプラットフォームでしかない、中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)との決定的な違いである。また、ケニアのナイロビで開かれた前回のTICADⅥで日本が「質の高いインフラ」の支援を強調したことも興味深かった。これは、アフリカのインフラ整備で存在感を放つ中国のインフラの質に対して、アフリカ諸国がポジティブなイメージを持っているとは限らないためだ。また、アフリカでは、中国が表明している支援の実効性への疑問が広がっている。次回2019年に横浜で開かれるTICADⅦでは、日本はこれまでのTICADプロセスや支援実績に基づき、長期的な観点から対アフリカ政策に関する議論をしてほしい。
質問:
日本経済の展望をどのように見るか?
答え:
西側諸国の経済学者は、過去20年以上にわたって実施された金融政策をはじめとする景気刺激策は日本経済を成長させるために十分なものではなかったと指摘している。今後、雇用不安を招かない範囲での雇用流動性の確保や、若年層や女性への労働市場の開放など社会的・構造的な改革が必要だろう。他方で、こうした社会の変化を伴わない解決策もある。それには、日本企業が新規の投資に対するリスク回避型思考を改めること、短期投資を増やしていくこと、企業の経営形態をより柔軟にしていくことなどが挙げられる。また、中小企業の活動は世界中のどの国においても重要である。すでに国際化が進んでいる総合商社のみならず、日本の中小企業の国際化に日本経済の将来の命運がかかっていると思う。
質問:
日本企業の南ア・アフリカ進出に際してのアドバイスは?
答え:
日本は南アの一般市民や一部の政治家にとって、あまりなじみのない国であるのは事実だが、日本のものづくりの精神や製品の質の高さを評価する声も多い。「カイゼン」のコンセプトは南アのみならず、アフリカの製造業の現場でも徐々に広まりつつあるし、日本は特定のニッチな分野でビジネスを拡大できる可能性が十分にある。南アへの進出に関しては、2019年に行われる下院選・大統領選の結果が判明し、政治の方向性が明らかになるまで様子を見る方が賢明だ。特に南ア国内で大きな議論となっている「土地改革政策(主に白人所有の土地を黒人に返還)」の強化の動きは、投資家心理を冷やす要因となっている(2018年8月7日ビジネス短信参照)。他方で、もし、この土地改革政策が適切に実施されれば、農業分野において、新たな日本との協力関係が生まれる可能性がある。2019年の選挙まで政治の不透明な状況が続くが、その間に南アの政財界のエリートとの関係を維持・深化させておくことは有効だと思う。アフリカ全般に関しては、日本政府を中心として、アフリカ域内の経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)締結に向けた議論を支援することにより、日本企業が域内でビジネスをしやすい環境を整えていくことが重要だろう。

スカーレット・コーネリセン教授(ジェトロ撮影)

略歴

スカーレット・コーネリセン(Scarlett Cornelissen)
ケープタウン大学社会学士、ステレンボッシュ大学修士、グラスゴー大学博士を経て、ステレンボッシュ大学政治学部教授。ハーバード大学ラドクリフ高等研究所、ライプツィヒ大学、京都大学、ジェトロ・アジア経済研究所にて特別研究員を務めた経験を持つ。アフリカの国際政治経済を主な研究対象としており、特にアフリカにおける日本の外交、援助、産業政策分析の分野ではアフリカでの第一人者として知られる。ヨーロッパ国際関係ジャーナル、近代アフリカ研究ジャーナル、英国王立国際問題研究所(チャタムハウス)国際情勢誌の編集委員も務めている。
執筆者紹介
ジェトロ・ヨハネスブルク事務所
髙橋 史(たかはし ふみと)
2008年、ジェトロ入構後、インフラビジネスの海外展開支援に従事。2012年に実務研修生としてジェトロ・ヤンゴン事務所に赴任し、主にミャンマー・ティラワ経済特別区の開発・入居支援を担当。2015年12月より現職。南アフリカ、モザンビークをはじめとする南部アフリカのビジネス環境全般の調査・情報提供および日系企業の進出支援に従事。

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