特集:どう描く?今後の中南米戦略新体制に衣替え、太平洋同盟加盟国の南米3カ国(チリ・ペルー・コロンビア)

2018年6月22日

2018年は太平洋同盟の正式加盟国であるコロンビア、ペルー、チリ、メキシコ全てで大統領が交代する。いずれの国も極端な政策転換の可能性は低いが、各国固有の事情により重点政策に違いがみえる。本編ではチリ、ペルー、コロンビアの政治・政策動向を報告する。

チリ:産業界の期待を受けピニェラ氏が再登板

2018年3月11日に第2期ピニェラ政権が発足したチリ。2006年以降、中道左派のバチェレ(2006~2010年)、右派のピニェラ(2010~2014年)、バチェレ(2014~2018年)、そしてまたピニェラ(2018年3月11日就任)と、中道左派と右派が交互に政権を担当する状況が続いている。 2014年からの前バチェレ政権時の平均GDP成長率は1.73%だった。銅価格下落を背景に経済は低迷し、有効な景気回復策を打てない同政権への産業界からの不満が高まったことがピニェラ再選の主因である。

もともと保健衛生・国防関係の閣僚経験はあるものの、経済・産業関係の閣僚経験がなかったバチェレ前大統領は、第2期政権においては第1期よりも明らかに格差是正を目的とした政策を優先的に展開した。第1期ピニェラ政権末期に頻発した大学教育の無償化を求める大規模な学生運動が社会の関心を集めたが、好景気ゆえに相当の利益配分を求める大衆運動の高まりがみられた時期だったことも背景にある。

ただし、こうした格差是正のための財源を主に企業の利益に求めたことで、第2次バチェレ政権では経済・産業界との間に溝が生じたことは否めない。産業界から不興を買った政策が外資法600号(注)の廃止や法人税の引き上げ、環境税の導入だ。好景気で企業の収益が伸びている時期ならまだしも、銅価格下落を背景とする低迷期に景気回復の足を引っ張るような経済政策が展開されたことにより、バチェレ氏は経済・産業界からの支持を失っていった。

こうした中、中産階級の復権を掲げて大統領選に立候補・当選したピニェラ氏の再登板に産業界は期待している。第1期ピニェラ政権発足時、同大統領は、技術・生産性向上による成長を目指した全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)向上を通じ、1人当たりのGDPを南欧諸国水準に引き上げることを経済政策の根幹として掲げていた。


チリ大統領府(モネダ宮殿)(ジェトロ撮影)

しかし、ピニェラ大統領は就任後、意外にも社会政策を前面に押し出している。ピニェラの後継者の1人と目されているアルフレッド・モレノ元外相を社会開発相に起用したことはサプライズだったが、社会政策の中心閣僚として露出が増えていることをみるとあらかじめ計算されていた起用といえよう。このほか、2017年の大統領選を最後まで争ったギジェル氏が公約に掲げていた地方分権と中央政府の縮小も既に着手した。

実際に政権が始まって1カ月以内に表1のような政策を先に打ち出し、第1期政権時の経済一辺倒の政策とは一味違う政策を国民にアピールしているかにみえる。ただし、いずれの政策も間接的に経済活性化、歳入増加、社会不安の解消にもつながる政策である。今般の第2期ピニェラ政権の出だしをみる限り、社会政策への目配りをアピールすることで、継続的に政権を担う基盤を固めているようにもみえる。

表1:チリ新政権の公約と現時点での実施状況
ピニェラ大統領の公約 具体的アクション(執筆時点)
【治安】治安の回復のための警察組織と情報システムの近代化。犯罪者の社会復帰策強化。テロ対策(南部でのマプチェ問題を念頭に)。
  • 汚職事件で信用失墜した国家警察軍のトップ交代。
  • 警察オペレーション戦略システム(STOP:Sistema Táctico de Operación Policial)導入、
  • 犯罪調査能力の向上と検察、司法との調整改善。
  • 不法移民の合法化(移民規制の近代化)を通じた治安改善。
【健康】手術の待ち時間短縮、医薬品価格引き下げなど医療サービスの向上。 手術待ちリスト短縮のため、民間医療機関と一時的に協力し地方で集中的に診察、手術の実施。
【中産階級の活力増進】経済成長を成し遂げることで雇用機会を創出「完全雇用より良い労働政策はない」。他方でセーフティーネットも構築。 セーフティーネットの一環として位置付けられそうなのが障害者の雇用義務の設置。当初200人以上の従業員を擁する企業から開始、2019年はさらに対象を拡大予定。
【教育】あらゆるレベルの教育の強化。高等教育を受けたものの雇用創出。 高度技術教育機関に通う学生の学費援助を拡大。児童に関する公的機関の創設や被虐待児童、孤児救済のための養子縁組法改正など。
【小さな政府と地方自治の権限強化】透明性を高め、官僚主義を減らす。州への権限移行。 従来、大統領による任命だった州知事を公選ポストに。新州(ニュブレ州)創設。
出所:
政府ウェブサイトなどから作成

ペルー:汚職が絡んだ大統領の交代劇

ペルーでは、2017年12月にペドロ・パブロ・クチンスキー前大統領が自身の保有する会社とブラジル建設大手のオデブレヒトとの金銭授受の有無に関し、議会に対して明確な報告を行っていなかったとして、罷免投票が実施された。投票棄権や白票が予想以上に多く否決されたものの、その後、クチンスキー氏による罷免賛成派議員への票の買収疑惑が報じられた一連を理由として3月22日に辞任した。後任として第1副大統領兼カナダ大使だったマルティン・ビスカラ氏が大統領に就任し、自由経済の維持や腐敗防止、透明性強化、インフラ改善などを公言している。

表2:ペルー新政権の公約
マルティン・ビスカラ大統領 セサル・ビジャヌエバ首相
【汚職】公務員の政治汚職に対して、透明性を高めることにより対策をとる。 【汚職】汚職によりGDPの2%が損失されている現状を打破するため、ロビー活動法(Ley de Lobbies)を制定し、規制強化と透明性の確保を目指す。独占廃止法(Ley de Extinción de Dominio)を公布し、資金洗浄対策を加速化する。
【制度的安定性】中央政府および地方政府における権力の一極集中を防ぐ。 【統治に向けた内外の制度安定】国内社会安定のため地方州と積極的な対話を持ち、足並みをそろえる。地方州の独立性を尊重するとともに、権力分散化を進める。
【経済の安定化と回復】民間投資と起業家活動を促進し、中小企業支援を手厚くする。持続可能なインフラ整備を経済政策の柱の1つとする。 【競争力と持続性のある経済成長】子女教育制度を充実させ、就学率を上げることで貧困層から抜け出すチャンスを得る子供を増やす。
【社会の安定】健康、雇用創出、市民社会の安全、教育の各分野への労力を惜しまない。 【社会発展と国民健康】インフラ整備の中で、都市安全を優先課題とする。
出所:
就任演説(ビスカラ大統領は2018年3月23日、ビジャヌエバ首相は5月2日)

クチンスキー前大統領の辞任の要因となったオデブレヒト関連問題は、政治だけでなく、経済においても中南米全体で大きな影響を及ぼしている。ペルーの案件では、オデブレヒトがクスコ州のカミセア・ガス田から南東部沿岸地帯までの約1,100キロにわたりパイプライン敷設整備という大規模建設計画を受託していたものの、ペルーの公職者との汚職が発覚し、案件が白紙撤回された。2017~2018年のペルー経済はこうした汚職から派生した需要減少と、デフレを伴う内需の縮小が響いており、実質GDP成長率は2015年が3.3%、2016年が4.0%だったが、2017年は2.5%へ低下した。2017年第1四半期に発生したペルー沖のエルニーニョ現象に起因する洪水は沿岸州でのインフラ機能に甚大な影響を及ぼし、その後2018年に入ってもデフレが進行している。2012~2016年の平均インフレ率は3.7%だったが、2017年は2.3%まで下落した。財では食品飲料品と工業製品、サービスでは健康福祉とリースにおいて急激にデフレが進んだ。こうした状況を背景に、失業率は2018年3月時点で8.1%と2012年以降最も高い値になっている。

コロンビア:右派のイバン・ドゥケ氏が次期大統領に

3月11日に、各政党からの大統領選挙へ擁立者を決定する統一候補の選出投票、および国会議員選挙が同時に行われ、左派勢力が伸びるのかどうかが注目された。この結果、与党・国民統一党が上下院ともに議席を大幅に減らし、野党・民主中道党や急進改革党(ともに右派系)が躍進し、前者は上院で第1党、下院で第2党となった。また、今後2期にわたり上下院それぞれで5議席(合計10議席)が与えられる元左翼ゲリラ組織(FARC)の政党・人民革命代替勢力(スペイン語では組織名と同じくFARCとつづる)は、その得票率によっては10議席から積み増しが可能だった。しかし、結果として得票率は1%未満となり、コロンビア国内における左派勢力の衰えを象徴する結果となった。

5月27日には、大統領選挙が実施された。現行憲法では大統領の再選が禁止されているため、フアン・マヌエル・サントス大統領は辞任する。同選挙では獲得票の過半数を占める候補者がいなかったため、6月17日に上位2位のイバン・ドゥケ氏(民主中道党)とグスタボ・ペトロ氏(前ボゴタ市長)による決選投票が実施され、それぞれの得票率はドゥケ氏が53.98%、ペトロ氏が41.81%となった。

ドゥケ氏は汚職対策や生活・教育支援を公約に挙げ、クリーンなイメージを打ち出している。また、サントス大統領が進めている左翼ゲリラ組織への懐柔政策を批判し、ゲリラ組織撲滅へ強硬姿勢を崩していない。現政権の懐柔政策によって投じられた国家予算を他の政策に回すとも表明しており、国民の支持を得た。ペトロ氏は元ゲリラ戦闘員でボゴタ市長も務め、格差解消や社会保障拡充が主要公約。サントス大統領の政策を引き継ぎ、和平交渉の継続を表明しており、左右両派の2候補のポストコンフリクト(紛争後)政策は対照的だった。

これまでゲリラ組織が占領していた地域は、長年にわたり武装地帯となっており、北東部には原野が広がっている。ドゥケ氏のポストコンフリクト政策は違法作物の代替作物への転換義務化なども掲げており、新しいビジネスチャンスが生まれる可能性がある。例えば、未開原野でのインフラ開発や、ベネズエラ国境地帯における原油採掘などの資源開発、広大な農業用地(農牧業に適した土地)の耕作用開発が挙げられる。

経済面では、2017年の実質GDP成長率は2010年以降最低の成長率の1.8%だった。原油価格は2017年6月の1バレル42ドル台で底を打ち上昇に転じたものの、投資減少の影響で鉱業がマイナス3.6%となった。他方、2001年以降で2番目に高い成長率となった農林水産は4.9%、金融・保険・不動産も3.8%と伸びをみせた。対内直接投資(国際収支ベース)では145億1,805億ドルで、前年比4.8%増と政府目標の140億ドルを達成した。ただし、コロンビアでは汚職などの防止に関する法律(Ley de Garantias)により、選挙前4カ月間の公共調達が禁止されているなど、大規模インフラ事業への投資などは足踏みとなる可能性がある。2018年8月に発足する新政権の政策が引き続き注目される。


注:
投資家保護の性格を持つ法律で、鉱山関係など大型投資を行う企業からの評価が高かった。

チリ

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主幹(中南米)
竹下 幸治郎(たけした こうじろう)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所(調査担当)(1998~2003年)、海外調査部 中南米チーム・チームリーダー代理(2003~2004年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2008~2012年)、その後、企画部事業推進主幹(中南米)、中南米課長、米州課長等を経て現職。

ペルー・コロンビア

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)などを経て現職。