特集:どう描く?今後の中南米戦略日メルコスールEPAに向けた注目ポイント(ブラジル、アルゼンチン)

2018年6月22日

ブラジルとアルゼンチンの進出日系企業で自由貿易協定(FTA)を使っている企業の割合は現時点で高くない。ジェトロが2017年10~11月に行った中南米進出日系企業経営実態調査(アンケート調査)によると、ブラジルに進出している日系企業からの回答数99のうち、貿易実績があると回答したのは輸出入それぞれ28社。アルゼンチンの場合、回答総数41社のうち輸出が14社、輸入で23社。ブラジルにおいて進出日系企業の間で最も活用されている協定は南米南部共同市場(メルコスール)だが、そのメルコスールを輸出で活用しているのはその28社のうち13社、輸入で使用しているのは8社、アルゼンチンの場合は輸出14社中10社、輸入23社中14社にとどまる。

輸入をめぐる競合条件の変化を懸念

また、FTAに関するコメントについては、輸出と輸入で差があるのが特徴だ。ブラジルは、チリと比べても進出日系企業が使用しているFTAの数は少ないにもかかわらず、ブラジルの進出日系企業からビジネス環境上の問題点として「主要な輸出先との間にFTA/EPA(経済連携協定)が存在しない」との回答割合は3.6%にすぎない。つまり、活用できる協定が少ないのに、輸出先との間にFTAがないことを懸案事項として挙げる声が少ない。この背景には、輸出というオプションをブラジル進出戦略として位置付けている企業が多くなく、あるいはFTA/EPAを使わずとも輸出先の関税がかからない品目(鉱物や食糧資源など)を扱っている企業が多いことを表している。実際にブラジル進出日系企業のビジネスモデルは大きく3つに分けられる。すなわち、(1)豊富な資源の輸出ないしその周辺ビジネスに関わる企業、(2)巨大な国内市場開拓を目指して進出した企業、(3)それら企業のサプライヤーや付随サービスを提供する企業、である。

他方、ブラジルで輸入をしている企業で、ビジネス環境上の問題点として「主要な輸入元との間にFTA/EPAが存在しない」ことを挙げているのは25%にも上り、輸出に対する回答と大きく様相を異にしており、関心度合いは高い。

アルゼンチンに関しては、もともと食糧・食品輸出拠点として進出している企業が多く、また近年、同国から自動車セクターなどが輸出を増やしてはいるが、全体的な傾向としてはブラジルと似ている。ビジネス環境上の問題点として「主な輸出相手国との間にFTA/EPAがない」と回答した割合は14.3%とブラジルと比べると多いが、輸入についての回答(30.4%)と比較すると半分程度だ。

ブラジルの対日輸入上位10品目では完成車などに影響か

日本とメルコスールのEPA締結に関する動きをみても、進出日系企業から出てくる意見はほとんど現地サイドからみた場合の「輸入」の競争条件の変化への懸念である。2018年5月28日に開催された第25回日亜経済合同委員会において、ジェトロ・ブエノスアイレス事務所は、亜国日本商工会議所会員企業による意識調査について、日本メルコスールEPA締結の必要性について90%の企業が「非常に必要性を感じる」または「ある程度必要性を感じる」と回答した結果を発表した。さらに、EU、韓国、カナダ、中国といった国・地域とメルコスールとのEPAが先に発効した場合、EUと韓国との協定についてはそれぞれ67%、カナダとの協定について9%の企業が不利益に感じると回答したことも明らかにしている。

ブラジルに関しても、2018年3月に日本ブラジル商工会議所で開催された第1回日メルコスールEPA準備タスクフォースで、特に輸入に関しての懸念が多く出された。「EUや韓国に競合企業が存在することから、先にEPAがメルコスールとの間で発効すると競争条件で不利になる」などの発言が出た。マナウスに工場を持っている企業も、EU、韓国にFTA交渉で先行されるとマナウスに立地した意味がなくなるというコメントもあった。つまり、本来は大消費地に近いところか、もっと人件費の安い場所で生産した方がよいが、関税減免を受けるメリットが大きいために、ロジ(物流)コストが高いマナウスに進出している。EU、韓国とのFTAが先に発効すると、ロジコストが高い分、不利になるということだ(注1)。メルコスールと他地域間でFTAが先に発効すると、自らの競争力が劣後することについての警戒感が現地の企業からは伝わってくる。

なお、図と表はブラジルにおける対日輸入額上位10品目(2017年)について、既にFTA交渉で先行している国・地域のうち、EU、韓国からどの程度入れているのかを比べてみたものである(注2)。完成車は既にEUからの輸入額の方が多く、また記憶素子については韓国からの輸入が圧倒的に多い。そしてそれ以外は、自動車部品や自動二輪、電気電子機器部品が上位を占めている。自動車部品および自動二輪部品については、特定の車種向けのものも含まれることから上記3カ国・地域とメルコスールのFTAが発効した場合に影響を受けそうなのは同じ部品でも汎用(はんよう)性の高いものだろう。なお、この表にもあるように、多くの部品は、国内で生産できないがゆえに低い税率が適用される例外関税((Ex-tarifario)が適用されるケースも含まれ、当該関税率は2%ないし0%が多くなっている。

こうした例外関税が適用されていない品目としては、完成車や自動二輪部品がある。自動二輪の場合、実際はほとんどのサプライヤー企業はマナウスフリーゾーンに進出しており、輸入税免税措置を受けているはずだ。問題は自動二輪の組み立てメーカーが、競合との関係で他地域のFTAが発効した場合に立地を移す可能性があるかどうかだ。ブラジルにおけるバイクの重要市場は比較的所得の低い北部や北東部であることも考慮する必要もあるだろう。従って現時点でこの上位10品目に限ってみれば、日本製が競争条件面で劣位に立たされる可能性があるのは完成車(HS870323)、そして自動車や電子部品(特定モデル向けではなく、EUや韓国などに競合が存在する部品)といえるだろう。

図:ブラジルの対日輸入(2017年)上位10品目の対EU、韓国輸入の状況
ブラジルの対日輸入品目第一位は「トラクター、 乗用・貨物自動車等の ギヤボックス及びその部品」で3億5,000万ドル、EUからの輸入額は2億3,700万ドル、韓国からは2億1,400万ドル。二位は「ピストン式火花点火内燃機関に使用する部品」で1億2,400万ドル、EUからの輸入額は7,600万ドル、韓国からは300万ドル。三位は「シリンダー容積が1,500立方センチメートル超3,000立方センチメートル以下の乗用自動車その他の自動車」で9,500万ドル、EUからの輸入額は2億1,000万ドル、韓国からは7,400万ドル。四位は「印刷機、その他のプリンター、複写機及びファクシミリ並びに部品及び附属品以外のもの」で8,600万ドル、EUからの輸入額は500万ドル、韓国からは200万ドル。五位は「モーターサイクル(モペットを含む)の 部品及び附属品」で6,500万ドル、EUからの輸入額は1,900万ドル。六位は「プレス用、型打ち用又は押抜き用の工具」で6,000万ドル、EUからの輸入額は3,400万ドル、韓国からは2,600万ドル。七位は「イミド及びその誘導体並びにこれらの塩で、グルテチミド、サッカリン及びその塩以外のもの」で5,200万ドル、EU、カナダ、韓国からの輸入はなし。八位は「その他の車両(駆動原動機としてピストン式火花点火内燃機関(往復動機関に限る)及び電動機を搭載したものに限るものとし、外部電源に接続することにより充電することができるものを除く)」で5,000万ドル、EU、カナダ、韓国からの輸入はなし。九位は「記憶素子」で4,900万ドル、韓国からの輸入額は9億8,100万ドル。十位は「圧電結晶素子」で4,600万ドル、EUからの輸入額は300万ドル、韓国からは1,300万ドル。
出所:
Global Trade Atlas に基づき作成
表:ブラジルの対日輸入上位10品目(2017年、HSコード6桁)の対EU、韓国輸入の状況 (単位:ドル)
HS
コード
品目 日本からの
輸入額
EUからの
輸入額
韓国からの
輸入額
対外共通関税
870840 トラクター、 乗用・貨物自動車などのギヤボックスおよびその部品 350,217,264 236,576,491 214,160,294 14%ないし18%。例外関税適用のものは2%ないし0%
840991 ピストン式火花点火内燃機関に使用する部品 124,269,071 75,598,396 3,136,907 16%、例外関税適用で2%
870323 シリンダー容積が1,500立方センチ超3,000立方センチ以下の乗用自動車その他の自動車 95,385,229 210,465,974 74,445,974 35%
844399 印刷機、その他のプリンター、複写機およびファクシミリならびに部品および付属品以外のもの 86,355,790 4,785,688 1,506,374 12%、8%、無税(0%)、例外関税適用で0%になるものも
871410 モーターサイクル(モペットを含む)の 部品および付属品 65,419,314 19,057,367 28,757 16%
820730 プレス用、型打ち用または押し抜き用の工具 59,832,096 33,947,200 25,729,240 25%だがほとんど例外関税適用で0%
292519 イミドおよびその誘導体ならびにこれらの塩で、グルテチミド、サッカリンおよびその塩以外のもの 52,478,090 480,573 14%ないし2%
870340 その他の車両[駆動原動機としてピストン式火花点火内燃機関(往復動機関に限る)および電動機を搭載したものに限るものとし、外部電源に接続することにより充電することができるものを除く] 49,968,071 20,183 35%、例外関税適用で0%、2%、4%、5%、7%
854232 記憶素子 48,793,932 216,833 980,554,788 8%ないし無税(0%)
854160 圧電結晶素子 45,815,049 2,898,602 12,776,739 6%ないし無税(0%)
参考(日本からの輸入総額) 3,762,634,037
出所:
Global Trade Atlas、Info Consulteから作成

物品貿易以外にも多くの障壁改善への期待

アルゼンチンで進出日系企業を対象に行われたアンケートでは、関税削減(回答企業の91%が挙げた)以外にも日メルコスールEPAに対して多くの関心が寄せられた。通関など貿易手続きの円滑化が79%、原産地規則64%、基準認証制度の改善61%については半数以上の企業から関心が示された。そのほか、投資に関する規制(外資規制、ローカルコンテンツ要求、ロイヤルティー支払いに関する制度など)が33%、サービス貿易については24%、知的財産権について18%などとなっている。

また、ブラジル日本商工会議所のウェブサイトに掲載されている「進出日本企業からの要望・関心事項」をみると、関税削減以外の関心事として、貿易円滑化、行政手続き簡素化などを通じたコスト低減による現地生産・営業拠点の競争力維持が挙げられている。また、マナウスフリーゾーンに進出している企業も多いことを踏まえ、同フリーゾーンのメリット維持への配慮にも関心が高いようだ。なお、メルコスールにおいては、マナウスそしてアルゼンチンのティエラ・デル・フエゴで生産された製品は域内製品扱いされており、ウルグアイ国内のフリーゾーンやパラグアイのシウダー・デル・エステ、そしてマキラ制度を利用したものは域外製品扱いとなっている。なお、マナウスフリーゾーンについては日本とメルコスールEPAが発効した場合、日本からの原材料・部品を無税で輸入している企業と、電子部品などアジアから輸入している企業ではインパクトが大きく異なるだろう。


注1:
ただし、マナウスの場合、IPI(工業製品税)、そして法人所得税の減免など別の恩典があり、ロジコストだけで単純にコスト比較することはできないだろう。
注2:
EUについては少額の取引は省いており、EU加盟国全ての輸入額を合計しているわけではない。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主幹(中南米)
竹下 幸治郎(たけした こうじろう)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所(調査担当)(1998~2003年)、海外調査部 中南米チーム・チームリーダー代理(2003~2004年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2008~2012年)、その後、企画部事業推進主幹(中南米)、中南米課長、米州課長等を経て現職。