特集:ASEAN地域のスタートアップ事情ベトナムのスタートアップに共通する課題は「人材」

2018年9月14日

ベトナムにおけるスタートアップ投資が増加している。現地報道では、2017年の投資額は約3億ドルで、前年比で42%増となった。創業間もないスタートアップから、「ユニコーン」となった企業まであるが、企業規模が拡大していく中で抱える共通課題は「人材」といえそうだ。

政府は「スタートアップ国家」を目指した施策

スタートアップに対し、ベトナム政府は支援策を打ち出している。2013年に、米国のシリコンバレーをモデルとし、スタートアップ支援を行う「ベトナムシリコンバレー」(VSV)が科学技術省傘下で設立。スタートアップ、アクセラレーター、投資家向けの支援プログラムを有し、エコシステム形成を目指している。現地報道などによると、VSVは既に約50社へ創業資金を提供し、数百万ドルの追加資金を集める企業も出ている。2016年5月には、首相決定844号(844/QD-TTg)において、「2025年までのスタートアップ・エコシステム支援プロジェクト」が出され、政府ウェブサイトでは「スタートアップ国家を目指す」とした姿勢を示している。なお、首相決定844号では、800のスタートアッププロジェクト、200社のスタートアップ企業を支援することで、2025年までに2,000のスタートアッププロジェクト、600社のスタートアップが生まれることなどを目指す、としている。

背景には、民間企業の強化により経済発展を促したい、という政府の意向があるとみられる。政府は2016年5月、政府議決35号(35/NQ-CP)において、2020年までに企業を100万社にし、GDPに占める民間部門の割合を48~49%とする目標を掲げている。統計総局によると、2016年時点で国家部門がGDPの約3割、非国家部門が約4割などとなっている。他方、企業数44万社のうち、国有企業が占める割合は0.6%しかない(2015年時点)。政府は国有企業の株式化を目指す首相決定などをしているが、同時に、スタートアップ育成とエコシステムの構築により、民間部門の活性化を狙っているといえるだろう。

一方、有識者からは「国有企業と民間企業でライセンス取得などにおいて差別がある。複数の省庁、関連機関が支援を行っており、とりまとめる組織がない」などの指摘も聞かれ、これら政策の実現性が注視される。

「ハングリー精神」が旺盛なベトナムのスタートアップ

前述のスタートアップ投資のうち、電子商取引(EC)関連が8,300万ドルとなっており、投資額全体の約3割を占める模様だ。ベトナムのインターネット使用者割合は周辺国より高く、近年のスマートフォンの普及もあり、インターネットに関連したビジネスチャンスを見込んだ投資が多いと推測される。

こうしたベトナムで、早くからインターネット関連のスタートアップに投資してきているのが、日本のサイバーエージェント・ベンチャーズ(以下、CV)だ。同社ホーチミン事務所代表のグエン・マン・ズン氏は「ベトナムで2008年に拠点を設立した以降、20社以上に出資している」と話す。例えば、レストラン口コミサイトの「foody.vn」や、eコマースサイト「tiki.vn」などだ。他の外資系ベンチャーキャピタル(VC)などもベトナムでの投資先を探しにきているが、CVに対するベトナムIT企業を中心としたスタートアップからの評価は、他の投資家・企業よりも高いようだ。ズン氏は「ベトナムに拠点を構えてから5年間は案件の発掘に努めたが、当社の認知度が高まり、今ではベトナム企業側から声が掛かることが多い」と語る。

タイも管轄する同氏によると、「ベトナムのスタートアップ経営者の特徴として、タイやインドネシアよりも、ビジネスをより大きくしたいという『ハングリー精神』が旺盛」で、「彼らが求めるのは第1に資金。創業間もないため信用がなく、地場の金融機関から資金を調達するのは難しい」とし、スタートアップの特徴や直面するビジネス環境を指摘する。

現地での認知度が高まった現在は、資金調達だけではなく、ビジネス化のアドバイスなど、メンターとしての役割も期待されているようだ。ズン氏は「メンターを務めることで、当社が投資しなくとも、当社以外の投資家との橋渡し役となることもあり、さらに業界内での当社の知名度が上がる」としている。実際、同社は事務所をホーチミン市内の大学内にあるコワーキングスペースに構えており、ベトナムのスタートアップと日々、情報交換を行っている。「消費者の生活をITで向上させるようなビジネスに対し、サポートしていく。分野は食品、健康、音楽、観光など多岐にわたるだろう」と、今後の展開を語る。


グエン・マン・ズン氏(ジェトロ撮影)

資金、人材ともに確保難のスタートアップも

ハノイで設立されたウィーフィット(WeFit)は、フィットネス需要に着目し2016年に創業したスタートアップで、現在の従業員数は約100人だ。ハノイやホーチミンといった国内大都市のフィットネスクラブ、ヨガスタジオやジムをスマートフォンアプリでつなぎ、利用者はアプリ上で自分の好きな時間、利用目的に沿った施設、指導コースを予約することができる。利用者数は2,000人以上、登録されているクラブとジムは600以上という。同社の共同創立者(Co-founder)で最高マーケティング責任者(CMO)のレ・ドゥック・ビン氏は「ベトナムのフィットネス市場は約2億ドルで、経済成長とともに健康や見た目を気にする消費者が増加し、市場は拡大している。月収1,000万ドン~1,200万ドン(約450ドル~530ドル)の上位中間層がターゲット」としている。「こうしたフィットネス施設に対し、消費者は月収の5~10%を支払う」とみて、利用者の標準利用料を月100万ドン(約45ドル)と設定している。「ジムの設備、フィットネスの指導コースの内容にもよるが、利用料は20万ドン~200万ドン」とビン氏は話す。

国内投資家から資金を既に得ており、現在も投資家に対しては「オープン」(ビン氏)とする同社の一番の課題は、「IT人材の確保」だ。創業間もないために知名度が低く、優秀な人材を確保するのが難しいと同氏は説明する。


レ・ドゥック・ビン氏(ジェトロ撮影)

急激な事業拡大に伴い人材確保に対策必要

創業した2012年から5年以上がたつ宅配サービスのザオハンニャイン(Giao Hang Nhanh)の課題もやはり人材関連だ。同社サービス「AhaMove」の特徴は、フリーランスのバイク配達人と、個人も含めた荷主をスマートフォンやパソコン(PC)などオンラインで結ぶというものだ。1日当たり2万5,000個の取扱量があり、ベトナム全土で9,000人のドライバーを抱える。「当社の特徴は、速さ、安さ、全国をカバーするサービス網」と同社担当者は説明する。資金面では「国内外の投資家からのアプローチは歓迎」すると同時に、「増加する配達ニーズに比して、ドライバーが不足している。慢性的な人材不足に加え、テト(旧正月)にドライバーが実家に帰省した後、戻ってこないという事態も起きやすい」とし、ドライバー募集を通年で行い、テト期間には手当も充当するなど対策を打っている。

他国のガリバー企業と人材の取り合い

前述のCVが2011年に出資し(注)、ベトナムで唯一のユニコーンとも評されるのがVNGだ。オンラインゲームから始め、現在は「zalo」といったSNS、「zalopay」といった電子決済などのインターネットビジネスを展開している。2004年に設立されて以降、現在は従業員約2,000人を抱える企業となった。CV以外にも、中国系テンセントなどからも出資を受けており、「当社にとっても資金(投資家)は重要」(同社コーポレートディベロプメント・ディレクターのトム・ヘロン氏)としつつも、「現在は、当社にとって最適な投資家か否か、慎重に判断する必要がある」という。また、「課題は人材。アリババ、ラザダなどの巨大企業がベトナム市場に注目し、進出しているが、自社ビジネスを支える人材の取り合いになる」としている。特に、ITに精通したIT人材の確保に余念がない。また、「ベトナムで生まれるスタートアップ企業と協業したい」とし、実際、CVも出資する「Tiki.vn」の主要株主になるなど、新たなビジネスアイデアを取り込み、事業分野の拡大やビジネスモデルの変革に意欲をみせる。


注:
CVウェブサイトによると、2015年12月に株式は売却済み。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 課長代理
小林 恵介(こばやし けいすけ)
2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ハノイ事務所勤務(2008~2012年)。2015年より現職。専門は、ベトナム経済を中心としたメコン地域の調査。主要業績として『世界に羽ばたく!熊本産品』(単著)ジェトロ、2007年、『ベトナムの工業化と日本企業』(部分執筆)、同友館、2016年、『分業するアジア』(部分執筆)、ジェトロ、2016年など。