特集:号砲!中南米のスタートアップ社会課題解決型ビジネスを後押しするインパクト投資家
中南米のスタートアップの概要(3)

2019年2月19日

社会課題解決効果も併せ持ったビジネスモデルを持つスタートアップは、政府など公的セクターにとってありがたい存在だ。公的サービスを補完してくれる上に雇用機会を増やし、海外資金を呼び込み、さらには将来のタックスペイヤーとして歳入増に貢献してくれるからである。ましてや、厳しい財政状況に直面する国が多い中南米地域にあっては、とりわけその意義は増す。各国政府も、スタートアップの追い風になるような制度変更を重ねている。また、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の方向性を意識し、社会課題解決につながる事業を展開するスタートアップに投資を行う「インパクト投資家」も存在感を増してきている。

政策を「アップデート」し、各種振興策でエコシステム形成支援

個性的なスタートアップ登場の背景には、法制度の整備やイノベーションとアントレプレナーシップ振興策があることも見逃せない。例えばブラジルでも、2013年10月に出された法律第12865号により、国内の支払いシステムを包含するブラジル決済システム(SPB:Sistema de Pagamentos Brasileiro)において、電子通貨の定義や取扱機関の条件などが定められ、これが後に同国におけるフィンテック興隆を押し上げる要因となった。また、国家通貨審議会は、ネット経由での口座の開設や閉鎖を可能とした(CMN決議4,480号)ことにより、フィンテック企業の事業拡大を可能にした。さらに2018年に入ってからも、フィンテック企業の形態である「直接的クレジット組織」と「個人間融資組織」に関し、外資100%の出資を認める法律を施行(2018年10月29日付9.554号)した。フィンテックなどの起業の後押しに加え、外資参入で、世界的にも高利率の金利を引き下げさせるという政府の思惑もある(2018年11月6日付ビジネス短信参照)。

また、起業をしやすくし、エコシステム形成を促進するために、アルゼンチンでは2017年4月12日に企業家法が出され(Ley 27.349)、オンライン手続きで即日の起業設立が可能となり、また税制面での恩典も設けられた。同国はまた、シード段階の企業、アクセレレーター、グロースステージそれぞれにおける助成メニューも準備している。

チリは、異色の政策を南米の中でいち早く打ち出した。2010年に、チリ産業振興公社(CORFO)が「スタートアップチリ」という、海外のイノベーター誘致を前面に押し出したエコシステムの構築に乗り出した。海外のスタートアップを引きつけて、南米のハイテクのハブにするということで、「チリコンバレー」という造語も生まれた。このプログラムにより、現時点(2019年1月11日)で1,616のスタートアップが生まれ、うち55%は活動中で、その評価額合計は14億ドルに上る。海外から来た企業家には、ビザ発給やコワーキングスペースの提供、段階に応じた補助金、メンタリングなどの便宜が図られ、チリにおける企業活動が円滑に行われるようなメニューも入っているのが特色だ。

投資家からの視線:注目国、注目セクター

エコシステムを支える投資家のうち、LP(有限責任)投資家は中南米のポテンシャルをどうみているのだろうか。ケンブリッジアソシエーツとラテンアメリカ・プライベートエクイティ&ベンチャーキャピタル協会(Latin American Private Equity and Venture Capital Association、以下LAVCA)による中南米および世界の中の100のLP投資家へのオピニオン調査(2018年9月)では、リスクとリターンのバランスを国別でみた場合、コロンビアのプライベーエクイティ(PE)が評価されている(図1参照)。

図1:LP投資家のリスク・リターンのバランスについての
見方(国別)
ペルーに関しては「改善する」が26%、「今後悪くなる」が4%、メキシコに関しては「改善する」が32%、「今後悪くなる」が6%、中南米全体では「改善する」が43%、「今後悪くなる」が9%、コロンビアに関しては「改善する」が38%、「今後悪くなる」が4%、チリに関しては「改善する」が17%、「今後悪くなる」が4%、ブラジルに関しては「改善する」が45%、「今後悪くなる」が23%、アルゼンチンに関しては「改善する」が38%、「今後悪くなる」が13%となっている。

出所:ANDE/LAVCA

全体的に、中南米PEの他地域に対する優位性については、エントリーバリュエーションが魅力的で、この点についてはネガティブな見方は少ない(図2参照)。要するに、割安なことが最大の魅力というわけだ。マクロ経済の今後は、ポジティブな見方もある一方で、ネガティブな見方も多くみられるなど、投資家により、見方が分かれる。取引フローの可用性も、ポジティブな見方の方がネガティブな見方より若干多い。しかし、その他の項目[PE部門の成熟度、GP(無限責任)ファームの数、Exitの可用性、制度や税制面の環境、為替のボラティリティ(変動幅の大きさ)]は、ネガティブな回答の方がポジティブな回答より多い。

図2:中南米の他地域に対する優位と劣位
エントリーバリュエーションに関し、「非常に魅力的」と回答したのは9%、「魅力的」との回答は47%、「懸念」があるとの回答は6%、「非常に懸念」との回答は4%、マクロ経済の今後に関し、「非常に魅力的」と回答したのは1%、「魅力的」との回答は42%、「懸念」があるとの回答は28%、「非常に懸念」との回答は3%、取引フローの可用性に関し、「非常に魅力的」と回答したのは4%、「魅力的」との回答は29%、「懸念」があるとの回答は18%、「非常に懸念」との回答は3%、PE部門の成熟度に関し、「非常に魅力的」と回答したのは1%、「魅力的」との回答は19%、「懸念」があるとの回答は30%、「非常に懸念」との回答は4%、GPファームの数に関し、「非常に魅力的」と回答したのは3%、「魅力的」との回答は15%、「懸念」があるとの回答は33%、「非常に懸念」との回答は8%、EXITの可用性に関し、「非常に魅力的」と回答したのは1%、「魅力的」との回答は13%、「懸念」があるとの回答は35%、「非常に懸念」との回答は9%、制度や税制面の環境に関し、「非常に魅力的」と回答したのは0%、「魅力的」との回答は10%、「懸念」があるとの回答は43%、「非常に懸念」との回答は8%、通貨のボラティリティに関し、「非常に魅力的」と回答したのは1%、「魅力的」との回答は1%、「懸念」があるとの回答は61%、「非常に懸念」との回答は18%、となっている。

出所:ANDE/LAVCA

また、次の3年間の魅力的なセクターについては、中南米に本拠を置くLPと国際的なLPの見方が分かれる。中南米に本拠を置くLPは、教育サービス部門が今後の3年で魅力的になるとし、続いてヘルスケア、金融サービス、他のインフラ、そして農業を、半数以上のLPが魅力的と回答している。一方、国際的なLP投資家の見方はリテール、農業、ヘルスケアの順となっている(図3参照)。

図3:中南米向け投資家からみた次の3年間の魅力的なセクター
農業については、中南米のLPは55%、国際的なLPは54%が魅力的と回答、ヘルスケアについては、中南米のLPは58%、国際的なLPは48%が魅力的と回答、リテールについては、中南米のLPは48%、国際的なLPは57%が魅力的と回答、教育サービスについては、中南米のLPは61%、国際的なLPは41%が魅力的と回答、金融サービスについては、中南米のLPは58%、国際的なLPは37%が魅力的と回答、ITについては、中南米のLPは48%、国際的なLPは39%が魅力的と回答、他のインフラについては、中南米のLPは58%、国際的なLPは26%が魅力的と回答、再生可能エネルギー(クリーンテック)については、中南米のLPは35%、国際的なLPは11%が魅力的と回答、不動産については、中南米のLPは26%、国際的なLPは13%が魅力的と回答、エネルギー(石油&ガス)については、中南米のLPは23%、国際的なLPは15%が魅力的と回答、製造業・運輸については、中南米のLPは13%、国際的なLPは24%が魅力的と回答、メディア、エンタメについては、中南米のLPは10%、国際的なLPは11%が魅力的と回答、となっている。 

出所:ANDE/LAVCA

社会的課題の多さを背景にインパクト投資が存在感を示し始める

他方で、2016年から2017年にかけては、インパクト投資の存在感が増してきた。これは「ソーシャルインパクト投資」などとも言われ、経済的リターンを追求しつつ、社会的・環境的にポジティブな影響を与えることを意図して行われる投資だ。

その背景には、中南米諸国の多くが格差社会であることや、そのために人口の都市集中に伴う各種問題(治安、交通、住宅取得など)と医療、金融、教育など各種サービスに関する格差の存在があり、この解決が税金をベースとした公共事業のみでは解決不可能な状況ということがある。

ANDE(The Aspen Network of Development Entrepreneurs:途上国でのアントレプレナーシップを振興する非営利のネットワーク)とLAVCAによる調査(注1)によると、2016年から2017年にかけて486件、6億5,800万ドルのインパクト投資がなされている。国別でみると、金額面で多い順にメキシコ(1億3,600万ドル)、ブラジル(1億3,100万ドル)、エクアドル(8,300万ドル)、ペルー(6,300万ドル)となり、件数ではエクアドル(132件)、メキシコ(92件)、ペルー(70件)、ブラジル(69件)となっている。

投資先分野をみると、健康、教育、エネルギーが目立つ。多くの投資家(全体の4分の3)がその投資戦略について、国連が2015年9月に定めたSDGsに沿って立てていると答えている。上記調査によると、SDGsの17のゴールのうち、貧困撲滅(ゴール1)を戦略に含めている投資家が60%、働きがい・経済成長(ゴール8)が53%、格差解消(ゴール10)が47%、「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」(ゴール7)が42%などとなっている。

インパクト投資家とベンチャーキャピタルが共同で医療分野スタートアップに投資

なお近年は、こうしたインパクト投資家とベンチャーキャピタル(VC)が共同で投資するケースが増えている。例えばブラジルでは、公的医療制度に対する国民の不満と不景気による市民の医療アクセスの減退(2015年には過去10年で初の医療受診者数減少、注2)を踏まえ、当該問題のソリューションともなるべきサービスを提供する企業が、投資家の注目を集め始めた。もともと、同国の医療事情は極端な表現を用いると二極化、つまり高価な私立病院と、無料だが長時間待たされる数少ない公立病院の、いずれかの選択肢しかない。その中間部分のセグメントを埋める病院や診療所が少なかった。連邦政府は1990年から「統一保健医療システム(SUS)」と呼ばれる公的医療制度を普及させ、4分の3の国民が利用しているといわれるが、予算不足、人的資源の不足、施設・設備などの不足という問題に直面している。医療サービスのワンストップサービスを展開しているDr.Consulta(ドトールコンスルタ)は、こうした現在の医療制度で十分にカバーできていない状況を変化させるため、シンプルな設備ながら患者データの共有化の徹底などでコストパフォーマンスの高い医療サービスを2011年から開始していた。このDr.Consultaに対し、2016年3月にインパクト投資家のLGTが、ベンチャーキャピタルのKasZek Ventures(アルゼンチン発eコマース南米大手のメルカドリブレの元経営層が創設したベンチャーキャピタル)と共に、アーリーステージにあった同社に1,000万ドル投資した。これは同年末までの20の病院開設資金となった。ちなみに、2019年1月現在で病院の数は49まで増加している。

シードステージへの投資拡大が課題

中南米において、開発金融なども含めたインパクト投資の額は14億4,300万ドルとなっている。うちディスクローズ(公表)されている投資8億4,900億ドルの8割以上がグロースステージの企業への投資だ。シードステージへの投資はわずか200万ドル、4件にすぎない。このシードステージへの投資が少ない理由については、開発金融のメインのターゲット地域が中南米から、より貧困層の多い別の地域にシフトしつつあることや、中南米地域におけるフィランソロピー投資の少なさが、ANDEの報告書で指摘されている。今後の中南米におけるインパクト投資の課題であるともいえるだろう。

ANDEの調査では、2018年から2019年にかけての本調査対象となっているインパクト投資家の今後の投資意向に関する情報収集も行っている。それによると、調査対象となっているインパクト投資家は、2016~2017年の3倍弱にあたる17億ドルを今後、投資したいとしている。投資分野としては、金融包摂、教育、エネルギー、健康となっている。社会課題の多さと各国の厳しい財政事情は、さまざまなソリューションを提供できるスタートアップ企業にとり、多くのビジネス機会をもたらしているものとみることもできるだろう。


注1:
2018年2~5月にLP投資家など、中南米に投資している67の投資家を対象に行った調査。なお、開発金融やグリーンボンド(温暖化対策などのグリーンプロジェクト実施のために発行された債券)は除く。
注2:
「エスタード・サンパウロ」紙(2016年3月17日付)“Desemprego e queda de renda fazem clínicas populares avançarem”外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (2019年1月6日アクセス)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主幹(中南米)
竹下 幸治郎(たけした こうじろう)
1992年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所(調査担当)(1998~2003年)、海外調査部 中南米チーム・チームリーダー代理(2003~2004年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2008~2012年)、その後、企画部事業推進主幹(中南米)、中南米課長、米州課長等を経て現職。