特集:号砲!中南米のスタートアップeヘルス分野のスタートアップが隆盛、低所得者層に医療サービス

2019年2月19日

中南米諸国における大きな社会課題の1つとして、国民が医療サービスを満足に利用できないことが挙げられる。国家としての医療制度や医療機関の未整備、中米諸国やメキシコでの医療費の支払いが困難な低所得者層の存在など、さまざまな要因が考えられる。そうした健康医療・ヘルスケア分野の社会問題への解決糸口として注目されるのが、ヘルステックやeヘルスだ。特に、情報通信技術(ICT)を活用したオンデマンドの医療サービスを提供するスタートアップ企業の存在が光る。

ICTを活用したeヘルス・スタートアップ

中南米では、低所得層を中心に十分な医療サービスを享受できない人々が多い。英「エコノミスト」誌のインテリジェンス・ユニットが公表した人口当たりのヘルスケアシステム(医療制度)のカバレッジランキング(2017年)によると、調査対象60カ国(うち米国とカナダを含む15カ国が米州諸国)の中で、アルゼンチン、メキシコ、エクアドル、グアテマラ、ホンジュラス、ベネズエラが30位以下となっている(表1参照)。各国のGDPに占める医療部門の支出では、米国とカナダの公的部門はそれぞれ8.5%、7.7%なのに対し、中南米諸国ではウルグアイを除いて3~4%台となっている。医療費の自己負担率の高さも目立つ。中米諸国の平均自己負担率は42.0%、エクアドルは41.6%、メキシコは40.8%となっている(表2参照)。

表1:人口当たりのヘルスケアシステムのカバレッジランキング
国名 得点 世界順位
キューバ 9.2 2
カナダ 8.9 5
米国 8.8 6
コロンビア 8.2 15
ボリビア 7.9 18
ドミニカ共和国 7.9 18
ブラジル 7.5 23
ペルー 7.2 27
チリ 7.0 29
アルゼンチン 6.9 31
メキシコ 6.2 34
エクアドル 5.6 41
グアテマラ 5.1 43
ホンジュラス 4.9 44
ベネズエラ 4.4 47
注:
最高得点は10点。世界順位は60カ国で比較。
出所:
英「エコノミスト」誌インテリジェンス・ユニット(2017年)
表2:中南米諸国の医療支出比率と自己負担率 (単位:%)
国名 医療支出の
対GDP比(官)
医療支出の
対GDP比(民)
医療費の
自己負担率
中米諸国平均 3.4 3.2 42.0
エクアドル 4.2 4.3 41.6
メキシコ 3.1 2.8 40.8
パラグアイ 4.2 3.6 35.4
チリ 4.9 3.2 31.0
ペルー 3.2 2.0 30.9
ベネズエラ 1.5 1.7 28.2
ボリビア 4.4 1.9 22.5
ブラジル 3.8 5.0 20.3
コロンビア 4.1 1.8 18.3
アルゼンチン 4.9 1.9 17.6
ウルグアイ 6.4 2.6 16.2
(参考)カナダ 7.7 2.8 14.0
(参考)米国 8.5 8.4 10.7
注:
すべて2015年のデータ。
出所:
汎米保健機構(PAHO)

医療分野のスタートアップ企業は、ICTを活用して医療サービスを提供することが多く、ヘルステックやeヘルスと呼ぶ。中南米プライベートエクイティ&ベンチャーキャピタル協会(LAVCA)よると、2017年の中南米におけるヘルステック分野へのVC投資額は620億ドルと、前年比731.1%増だった。また、中南米最大の医療産業市場を持つブラジルでは、多種のeヘルスのスタートアップ企業が生まれている。特に、医療機関や政府当局とユーザーをつなぐプラットフォーム提供事業者が目立つ(表3参照)。その中でも、ドトール・コンスルタ(Dr.Consulta)は2017年、VC3社から合計5,000万ドルの投資を受け、同年のヘルステック分野最大の投資となった。

表3:ブラジルのヘルステックスタートアップ企業
企業名 設立年 段階 事業内容
ドトール・コンスルタ
(Dr.Consulta)
2011 アーリー 検査や治療の予約をオンライン上で行えるプラットフォームを提供。待ち時間の短縮や遅延、たらい回しといった問題を解決するサービス。
ボア・コンスルタ
(BoaConsulta)
2012 シード オンライン上で各種ヘルスケアサービスの予約ができるプラットフォームの提供。
メディシニア
(Medicinia)
2012 アーリー 患者、医師、医療機関、ヘルスケアシステムを相互につなぎ、オンライン上でコミュニケーションができるシステムの提供。
メメジ
(Memed)
2012 シード 医師を対象としたオンラインプラットフォームを開発。ブラジル政府当局が認可し、市場販売された医薬品をプラットフォームに無料で自動アップデートするサービス。
ベントリックス
(Ventrix)
2005 アーリー 心電計と遠隔モニタリングシステムサービスを提供。乳児の呼吸と心音の監視装置や、創傷治癒のための真空包帯といった実装機械も開発。
出所:
中南米プライベートエクイティ&ベンチャーキャピタル協会(LAVCA)

ブラジル以外でもeヘルスが隆盛

ブラジル以外では、コロンビアの1DOC3が挙げられる。2016年にFacebookのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)がFacebook開発者カンファレンス(F8)で、1DOC3の提供サービスとスキームに言及したことで注目された。同社のサービスは、スマートフォン用アプリケーションをダウンロードしてユーザー登録をすることで、登録者はオンライン上で医師の診断を受けることができるというもの。1DOC3はIBMの人工知能(AI)Watsonを導入し、ユーザーが入力した相談内容を適切な医師へとつなぎ、ユーザーは無料で診断を受けることができる。

ユーザーが入力した相談はクラウド上にデータとして蓄積され、同社のウェブサイト上にリアルタイムで相談内容と医師の回答が公開される。ただし、医師名は公開されるものの、相談者名は匿名だ。「こうした患者からの相談内容と医師の回答に関する情報を求める保険業界や製薬業界、各種投資家からのニーズが大きい」とハビエル・コルドナ社長は述べている(「LAVCA」2018年2月14日記事)。

メキシコでは、2017年のOECDのデータによると、成人のメキシコ人の糖尿病罹患(りかん)率は15.8%と、OECD諸国平均(7.0%)の2倍以上だ。特に、女性の死因として、35~79歳までの層では糖尿病が1位だ。第2位は、35~49歳では乳がん、50~79歳では心疾患になっている(表4参照)。

表4:メキシコの女性の死因順位 (単位:件、%)
年齢区分 1位 2位 3位
死因 件数 シェア 死因 件数 シェア 死因 件数 シェア
20~24歳 交通事故 1,693 13.9 殺人 1,655 13.7 出産関連 993 7.7
25~29歳 殺人 1,556 12.1 交通事故 1,434 11.2 出産関連 951 7.4
30~34歳 殺人 1,420 9.3 交通事故 1,208 7.9 糖尿病 1,012 6.6
35~39歳 糖尿病 1,943 9.6 乳がん 1,410 8.0 子宮がん 1,263 6.3
40~44歳 糖尿病 3,860 14.5 乳がん 2,183 8.2 子宮がん 1,739 6.5
45~49歳 糖尿病 7,567 19.9 乳がん 3,084 8.1 心疾患 2,622 6.9
50~54歳 糖尿病 13,233 25.5 心疾患 4,185 8.0 肝疾患 3,578 6.8
55~59歳 糖尿病 19,872 29.3 心疾患 5,929 8.7 肝疾患 4,970 7.3
60~64歳 糖尿病 25,632 31.2 心疾患 8,636 10.5 肝疾患 5,642 6.9
65~69歳 糖尿病 28,776 30.1 心疾患 11,708 12.2 肝疾患 6,302 6.6
70~74歳 糖尿病 30,349 27.3 心疾患 15,744 14.2 脳梗塞 8,520 7.7
75~79歳 糖尿病 30,102 23.6 心疾患 20,797 16.3 脳梗塞 11,635 9.1
80歳以上 心疾患 87,594 23.1 糖尿病 53,699 14.2 脳梗塞 38,839 10.2
出所:
汎米保健機構(PAHO)

乳がんによる死亡率が高い要因として、低所得者層を中心に、専門医療機関での受診が十分でないことが挙げられる。メキシコの総医療費に占める自己負担率は40.8%と高く、低所得者層では金銭面から定期的な健康診断などを受けられない人々も多い。こうした状況で、eヘルスのスタートアップであるNubixが提供する、医療診断データプラットフォームが注目されている。同社は2017年に設立され、2018年11月にブエノスアイレスで開催されたヘルステック分野のイベント「ノバルティス・スタートアップサミット2018」で第3位に入賞した。

同社のサービススキームでは、まず患者もしくは受診先機関が検診・検査データをNubixのクラウドサーバーに保存する。そのデータは官民の病院のサーバーからもアクセスすることができ、医師がそのデータをもとに診断をすることも可能だ。先進医療施設のない地域などでは、例えば都市部から出動する移動式検査車両で検診を受ければ、専門の医療機関や医師の診断を得ることが容易になる。特に、心疾患では胸部エックス線検査画像を、乳がんではマンモグラフィーや胸部超音波検査データをプラットフォーム上に保存することで、専門家の診断と病気の早期発見につなげることができる。同社は今後、行政当局にサービスの導入を提案し、利用者の拡大を図りたいとしている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)などを経て現職。